《83》邪竜の正体
「……!」
「おいおいおいおい……!」
シロが警戒したように槍を構え、僕も短剣を油断なく構える。
『グオオオオオアアアアアアアアッッ!』
空気を切り裂くような鋭い咆哮。
脅威度、まさかのSランク。
断言しよう、今出てきていい相手じゃない。
間違いなくもう何階層か下のところで出てくるボスモンスターだ。
「シロ! 逃げるぞ!」
「……!?」
やる気満々といったシロを小脇に抱え、一目散に逃げてゆく。
間違いない、今、ハッキリと察した。
A-ランクの依頼におけるSランクの討伐モンスター。
これ単体でも依頼内容がS、あるいはS+辺りでもいいだろうに、これだけの罠が張り巡らされた地下水道に、盗賊団ってオマケもついててA-だ。
断言しよう、普通じゃない。
明らかに正攻法での討伐が予想されてない。
何かしら裏技……この邪竜を討伐するのに必要なアイテム、場所、武器があるはず。それを使えば簡単に討伐……。
「で、出来るのか、これを――っ!」
『グギャァァァァァァ!!』
盗賊団を全滅させたことに怒ってるのか、怒気を撒き散らしながら迫ってくる邪竜。その姿は、威圧感は今までのどの敵とも一線を画しており、悪魔召喚して頑張っても勝てないと容易に想像がついた。
「しかも、これ前哨戦だろ!?」
この後、北の洋館で卵を捜索しないといけないんだ。
それを、こんな所で奥の手使ったり、はたまた死んだりなんてしていられない。こんな前哨戦に時間を使っている暇はない。
「……! ――〜っ!!」
小脇に抱えたシロが暴れる。
嫌な予感を覚えて咄嗟に転がると、直後、先程までいた場所へと竜の尻尾が突き刺さり、地面が爆ぜる。
「うぉっ……、す、すまんシロ、全然反応できなった!」
「……!」
しっかりしてよ! みたいな感じで背中をペちペち叩いてくるシロ。
僕は彼女に急かされるように再び逃走を始めると、背後からさらに怒ったような咆哮が聞こえてくる。
「くぅあぁあっ! もう! こんな格上相手にするの、ルシファーとやったとき以来だぞ!」
七つの大罪、傲慢の罪の大悪魔ルシファー。
存在が、心の在り方が傲慢であればある程に力が増す、という、なんともふんわりとしたチート能力を持った化物。
そいつと戦った時は惨敗の果てに右腕奪われて……と、散々な目にあった訳だが、今回の状況としてはそれに近い。
「く……、死に戻り覚悟で特攻するか……?」
さっきの攻撃からもわかったが、多分こいつ、僕より早い。
敏捷値に極振りしている僕以上。ってことは間違いなくシロじゃ攻撃も当たらないし、なによりこうして逃げていても追いつかれるだけ。
ならば、とも考えるが、攻勢に出たとしても勝ち目は薄い。
「くっ、シロ!」
僕の意を汲んだシロが、僕に抱えられた状態で背後の邪竜目掛けて巨大な『光』をうち放つ。
それは攻撃力のないただの光。
だが、暗闇に目が慣れた所に放たれる光の玉は一瞬にしてドラゴンの視界を奪い尽くす。
そしてついでに、シロの視界も。
『クギャァァァァァ!?』
「…………ーーッッ!?」
視界を潰されて叫ぶ邪竜と暴れるシロ。
なんで毎度毎度自分も目くらまし食らっちゃうのか分からないが、兎にも角にもこれでわずかに隙が出来た。
「攻勢に出る……ッ!『銀滅炎舞』!」
構えたアゾット剣に銀色の炎が宿る。
シロをその場に置き、反転した僕の刃は奴の横腹を大きく切り裂く。
「これで――んんぅ?」
振り返り、奴のHPバーへと視線を向ける。
そして、思わず変な声が出た。
「む、むむ、無傷!?」
『グオオオオオアア!!』
咄嗟に繰り出された爪を躱すと、警戒して大きく距離を取る。
いくら本家本元より弱まってるとはいえ……仮にも白虎の銀炎だぞ? それが乗ったアゾット剣を受けて無傷とか……いよいよ持って勝ち目が――。
「……って、まてよ?」
左手に握ったアゾット剣へと視線を向ける。
刀身には一切の血液は付着していない。ゲームだから当たり前、とも思えるが……今、斬った時にそれっぽい欠損エフェクト出なかったよな? ゴブリンとか刺されたら赤いポリゴン吹き出すのに。
「……!」
頭をぶんぶんと振って立ち上がるシロ。
彼女は徐々に塞がっていく傷跡を見て大きく目を見開いていたが、僕はようやくその『正体』に思い至って笑ってみせた。
「なるほど、おかしいと思ってたけど……仮に、モンスターが『自分の脅威度を書き換えられる』としたら話は別だよな」
『グァッ!?』
僕の声に、明らかに驚いた様子の声が返ってくる。
なるほど、盗賊に飼われたドラゴンと思しきモンスター。
その上、いつの日からか記憶から消えていた、正確には『姿を消した』と思われる存在。そして、今のダメージエフェクトの無さ。
まだ確定ではないけれど……たぶん。
「……お前、本当はそこまで強くないだろ」
『……ッ! ギャォォォォォ!!』
咆哮が轟き、奴の前足が僕へと迫る。
確かにものすごい速さだ。だが。
大きくガードを固めると、僕目がけて迫るヤツの前足。
しかし、その前足は僕の体を完全に『透過』し、一拍遅れて見た目よりもずっと弱い衝撃が身体中へとつきぬけた。
「ぐっ……くぅ、やっぱり思った通り」
もちろん今の衝撃だけでも僕には致命傷。
執念スキルが発動し、1になったHPをポーションで回復させていると、驚きに固まった邪竜は愕然とこちらを見据えている。
「あいにく、あったことは無いんだけど……聞いたことはある。ジャバウォック、だっけか? 形なき無形の化物。どんな姿にも化け、あらゆる状況に適応、対応する魔物。こっちではモンスターか」
その証拠に、その体は実態じゃない。
今のでわかったが、本体の上から煙のようなもので形作ったドラゴンの姿。それが今、僕らが目にしている邪竜の姿であり、本物はあの中に潜んでいるだけ。
そして、邪竜とかいう表示ステータスは、おそらく偽装スキルでうまい具合に何とかしたんだろう。
「本体見せろ……っていっても、無理なんだろうな」
『グオォォォォオオオッ!』
咆哮が轟き、偽邪竜は臨戦態勢に入る。
……正直、見た目よりは弱いとわかっても厄介なことには変わりない。
一撃で僕を屠れるレベルの高威力。
僕をも上回る超スピード。
そして、本体の場所が不明というアドバンテージ。
「さぁて、こりゃ、厄介だ」
呟いた、次の瞬間。
偽邪竜は勢いよく僕へと迫り、その前足を振り下ろしてくる。
その一撃に余裕を持って大きく躱すと――次の瞬間、邪竜の体から『ぬいっ』ともう一つの腕が飛び出して来る。
「ちっ、本体か――」
「……!」
咄嗟に間へと滑り込んだシロが腕を弾く。
その光景に邪竜は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、再び大きく距離をとって僕らを睨む。
「シロ、大丈夫……そうだな」
「……!」
のーだめーじ! とばかりに胸を張るシロ。
その姿に笑みを浮かべていると、偽邪竜が勢いよく息を吸っているのが目に入った。
「って、おいおい嘘だろ……!?」
どうしよう。身に覚えのあるモーションだ。
僕奴が何をしようとしているのか。
僕から一瞬遅れて気がついたシロが僕の前に立ち塞がり、白虎の毛皮マントを体にまきつけ、重心を落として盾を構える。
その瞳には『後ろにいて』と言わんばかりの決意。
咄嗟に周囲を見渡すが、地下水道が狭すぎてかわせるような場所はない。
「くぅ……っ! すまんシロ! 帰ったら串肉奢る!」
「……!」
途端にやる気が出たようなシロ。
そんな彼女へと首のネックレス(炎耐性付き)をあずけ、その背中へと入り込んだ――その、次の瞬間。
『グオオオオオァァァァァァァァァァッッ!!』
鋭い咆哮と共に、僕らの体は真っ赤な炎に包まれた。




