《8》Rクエスト
おや? 様子が……。
「申し訳ございません。貴方のギルドへの所属は認められませんので、どうぞお帰りください」
瞬間、僕は思わず頬が引き攣るのを感じた。
場所は冒険者ギルド。
見れば、受付のお姉さんが言った言葉に周囲の列に並んでいたプレイヤー達も思わず目を見開いて固まっており、コソコソとこんな声が聞こえ始める。
「お、おい、受付自体が拒否されるとかあるのか?」
「NPCだってカルマ値見えてるわけじゃないんだろ? っていうか別に赤マーカーでもないし……」
「じゃあ何かのイベントかしら? 条件付きの」
「新しいレア種族って可能性もあるわよね……」
僕はそれらの言葉を完全に無視すると、その受付のお姉さんへと問いかける。
のだが――
「なぁ、流石に登録しに来た人間を一目見ただけで追い返すのは頂けないんじゃないか?」
「申し訳ございません。何を言っているのか分かりかねます」
おいこのアマ、僕に喧嘩売っているのか?
僕はさらにピクピクと痙攣し始めた頬をビタンッと叩くと、精一杯優しい笑みを浮かべる。
僕も冒険者ギルド――つまるところNPCが経営している場所に行けば一悶着あるとは思っていた。だがしかし、まさか最初の受付の段階で拒否られるとは思いもしていなかったのだ。だってそんなことになったらゲーム出来ないんだもの。
(っていうか何なんだよこのクソ種族! アビリティ全然強くないし、最初っからカルマとんでもない事になってるし、クエスト受けて初めて前に進めるゲームのクエストにすら辿り着けないし……)
全くひどい種族もあったものだ。
かつて僕はこの種族を『ハズレ』と評したがとんでもない。この種族は間違いなく『大ハズレ』だ。
そうしてバチバチと僕と受付さんの間で火花が散っていると、それを興味半分で見ていた周囲のプレイヤー達は顔を青くしてその場を去ってゆく。
次第に周囲から人はいなくなってゆく。
そして――
「コラ、一応は客なんじゃぞ。その言い方はなんじゃ」
ふと、そんな声が聞こえてきた。
受付のお姉さんはその言葉にピクリとも身を震わせる。
その声がした方へと視線を向けると、ギルドの奥の方に取り付けられていた二階への階段から一人の老人が降りてきており、僕はその姿を見て軽く目を見開いた。
「ど、ドワーフ……?」
「ほっほ、ワシの種族を一目で見抜くとはなかなかやりおるの? いい眼力を持っているようじゃ」
どうしよう。完全にたまたまなんだけど。
僕はとりあえずそれらしい顔で頷いておくと、その様子を見ていた受付のお姉さんが口を開いた。
「ギルドマスター……、いま一体なんと言ったのですか?」
その言葉に老人はほっほ、と笑……ってあれ?
今このお姉さん何ていった?
僕は思わずガバッとその老人の方へと再び視線を向けると、彼は顎から伸びる白い髭をその服の上からでもわかる筋肉の盛り上がった手でさすり、さも当然とばかりに口を開く。
「ふむ、コヤツは……ここは公の場故にあまり言及はせぬが、現地人から見ればひと目でわかるほどに特徴のあるあの種族じゃ。お主が受付の時点でそれを察してああいう行動をとったのは――ギルドのためにそうしたのは分かっておる。――じゃが、この男とて一人の人間じゃ。それすらも否定するのはやりすぎじゃ」
その言葉にうぐっと受付のお姉さんは言葉を詰まらせる。
そんな中、僕は先ほどの僕の問と、それに対して返ってきた彼女の言葉を思い出していた。
(なるほど、僕が自分を人間、って言ったことに言ってたわけか……。っていうか、それはそれで酷い嫌われようだな)
僕は内心でそう呟くと、老人――ギルドマスターは僕へと視線を向けて軽く頭を下げた。
「すまんの、ワシのところの若いモンが。お主には特例として、ワシからギルドへの所属の許可を出そう。あまり出せんが、謝礼金ということならばワシのポケットマネーから幾らか払うことも可能じゃ。……それで、この件については終わらせてくれんかのぅ?」
僕はその言葉に首を横に振る。
その瞬間ギルドマスターの眉に皺が少し寄ったのを目敏く察すると、僕は誤解を解くように口を開いた。
「いえ、僕はギルドに所属できるのならそれでいいですよ。今回はどれだけこの種族が嫌われてるのか、ってことがハッキリしただけでも儲け物、というふうに取っておきます」
――それこそ、この優しそうなギルドマスターでさえ苦手にしているくらいだからな。
僕は内心でそう呟く。
彼は必死に隠しているようだが、正直その努力も僕の前では無駄としか言いようがない。その言葉の端々や裏に隠れる吸血鬼という種族への『棘』が簡単に透けて見えた。
僕の言葉に彼は目に見えてほっとすると、ここに来て初めて本心から頬を緩めた。
「ほぅ……、こう言っては失礼かもしれんが安心したわい。内心ではお主が善か悪か、正直判別がつかなかったからの」
知ってました。
僕は素直に「やっぱり」と返すと、僕が薄々感づいていたことにも気付いていたのか、彼は難しそうに顎髭をさすった。
「なるほどのう……。お主になら、あの件について任せても大丈夫かもしれんな」
……あの件?
僕はその言葉に思わずピクリと眉を上げると、なにか決めたのか、彼は僕へと視線を向けてこう告げた。
「早速じゃが、お主に頼みたいクエストがある。そのために少し力を見せてもらっても構わぬかの?」
《Rクエスト『自らの力を示せ』が発生しました! ギルドマスターの指定する条件をクリアすれば成功です。クエストを受けますか? yes/no》
「……はい?」
僕は目の前に現れたスクリーンを見て、思わずそう呟いた。
☆☆☆
ギルドにきたら受付に喧嘩を売られ、気がついた時には意味不明なクエストを受けるかどうか問われてました。
それだけ聞けば『なんのゲームやってるんだ』と聞かれそうだが、僕はとりあえず息を吐き出して心を落ち着かせると、そのスクリーンへと視線を下ろした。
(Rクエスト? ギルドマスターの条件……力を示せってことだから誰かと戦う? もしくは魔物の討伐か……)
そこまで考えたところで僕は視線をあげる。
流石は『生きている』と製作者が自分で言うだけある。ギルドマスターは『どうしゃ?』と言わんばかりに首をかしげており、よくゲームなどで見るその質問が終わるまでその場を少したりとも動かない、というのは無いようだ。
僕は顎に手を当てて考えること数秒――
「分かりました。受けることにします」
そう言いながら、スクリーンの『yes』の文字をタップした。
――Rクエスト。
明らかに通常のものとは違う特殊なクエストに思えるし、正直どんなクエストなのか少しだけ恐ろしくもある。内容が不透明すぎるしな。
けれども――
(ここで拒否して、それ以降受けることが出来なくなったら、多分そっちの方が後悔しそうだ)
やらないで後悔するくらいなら、きっとやってから後悔した方が断然いい。
僕がそんな意思とともに返した答えに彼は満足げに頷くと、彼はそのクエストについて語り出す。
「実はの。お前さんも薄々気付いてはいると思うが、この世界ではお主らの種族の地位は限りなく低い。それこそ全種族のうち魔人族を除けば最も忌み嫌われている種族と言っても過言ではないであろう」
――魔人族。
その言葉が少し気になったが、僕は説明してくれている人の話に疑問を挟むのも無粋だろうと、黙って頷くことにした。
「お主の種族は個体数が異様な程に少ないからの。あまり問題にはならんのだが、たまにやってくるお主のような者からすればこの現状はあまりにも辛すぎる。そうであろう?」
「ええ、まぁ……」
まぁ、僕は異世界で様々なことを経験してきた。
何度も死にかけたし、人の醜い部分も沢山見てきた。それ何により、たぶん、三桁に近い数の人間を殺してきた。
盗賊によって滅ぼされた集落、両親や友達が遺体となり、そこにただ一人残された少女がいた。
幼少期に狂信者どもに連れ去られ、実験体として地獄を味わい続けた少年もいた。
混血だからといって幼少期のころから差別され続け、常に周囲を恐れながら生きていた女性もいた。
それらを見て、それでもどうにかして生きていかないといけない。だからこそ僕も自然とこういう『逆境』や『悪環境』というのには慣れているが、けれども普通にゲームをやってこの種族を当てた運の悪い奴は――きっと、この悪環境には耐えられない。
だからこそ僕は頷いた。
すると彼は僕の様子を見て笑みを浮かべると、その本題について語り出す。
「そこで、じゃ。お主にはその種族の意識改革を手伝って欲しいのじゃ。正確には民の役に立つことをして皆に認められ、その種族が悪い者達ばかりではない、と広めることじゃな」
僕はその言葉を聞いて大体のことを察した。
「なるほど……、その意識改革をする中で凶悪なモンスターと戦う場面が出てくるかもしれない。だからこそ、その改革を成し遂げられるだけの『力』を持っているか試そうと。そういう訳ですか?」
「話が早くて助かるのぅ、ここまで賢い者も久しく見たわい」
彼はそう呟くと、受付のお姉さんへと視線を向けた。
「という訳じゃ。Fランク……は誰でもなれるからの。Dランク、あるいはCランクの冒険者を一人呼んでくれるかの? なるべく今暇そうにしているやつで」
その言葉に受付のお姉さんはコクリと頷くと、ペラペラと手元のと資料を見ながらこう呟いた。
「別に、実力はBランク間違いないと言われている荒くれ者でも、Cランクなら別にいいのですよね?」
どうやら、かなり難しいクエストになりそうである。
カルマ-100はβ時代、最凶の犯罪者プレイヤーと呼ばれた人と同格の値です。
他のゲームでは知りませんが、少なくともこの中ではそのように考えてください。