《77》唐突なイベント発生
『騎獣の卵はな、肌身離さず持っていたらそれだけ羽化するのが早くなるんだ。兄ちゃん、このバッグやるから、せいぜい肌身離さず一緒にいることだな』
とは、従魔屋のアレクの言。
この街の中心部。
メインストリートの一角にあるベンチに座り、盗み聞きという名の情報収集に努めること三十分から一時間くらい。どうやらこのエリアから本格的に地形が広くなるとの話がちょくちょく耳に入ってくる。
曰く、人の足じゃ攻略に最低でも半年はかかる、だとか。
曰く、騎獣なしじゃこんなクソゲーやってられるか、だとか。
曰く、シロたま今日も可愛いでゅふふ、だとか。
若干一名、なんかどうでもいいのが聞こえてきたような気もしないでもないが、そういうこともあって僕は肌身離さぬよう、卵用のバッグを装備することにした。
――シロに対して。
「……?」
彼女は唐突に装備させられたバッグを不思議そうに見つめており、僕はそのバッグの中へと小さな卵をやさしく入れる。途端、卵からまばゆい光が弾け、先ほどまで手乗りサイズだった卵があら不思議。いつの間にかバッグのサイズにぴったりの、ラグビーボールサイズへと変貌していた。
「ファンタジーよりもファンタジーしてるな、相変わらず」
言いながら改めて周囲を見渡してみる。
先ほどまではあんまり注目してはいなかったが、こうしてみるとなんだかんだで似たようなバッグを装備した人たちが大勢いる。まだ騎獣を羽化させたようなつわものはいなさそうだが――それでも出遅れた分、僕らの騎獣羽化はもう少し先になりそうだ。
……いや、あるいは。
「僕らって廃人レベルだしな……プレイ時間」
なにせログアウト不可である。
通常なら何時間か置きにログアウトしないといけないところをそういう縛りなしで完全サバイバル。もしかしたらほかのプレイヤーたちと同時期――あるいはもっと早く羽化しちゃうかもしれない。まあ可能性でしかないけれど。
そう、一人呟いて――。
《唐突なイベントが発生!》
そんなウィンドウが、目の前に浮かび上がった。
☆☆☆
【唐突なイベント発生】
クエスト名:唐突な宝探しゲーム!
二階層、マーレの街の北部に位置する霧の森。
その中に佇む洋館の主、魔人ヒテルスが街中からこっそり少しずつ盗み出した盗品を集めているとの情報が入ったぞ! なんて狡い奴だ!
ということで、プレイヤー諸君に緊急依頼!
北の森のどこかに存在する洋館を見つけ出し、魔人ヒテルスが盗み出した盗品を奪い返せ!
※ただし、森の中に転がってたり、魔人ヒテルスを討伐しないと開かない隠し扉の先にしか置いてない盗品とかもあるかもだぞ! 頑張ってやっつけよう!
「だんだんテキトーになってきたなこの運営」
そもそも誰だ魔人ヒテルスって。
というかなんで盗んだ盗品が森の中に転がってんだ。もしかして『その場のノリで盗んでみたけど……いらねえなコレ。捨ててくか』みたいなことでも思ったんだろうかヒテルスさん。盗んでおいて酷い奴だ。
と、そんなことを思って周囲を見渡すと、どうやらほかのプレイヤーにも同じようなインフォメーションがあったらしい。各々立ち止まって何やら操作をしていたり、他のプレイヤーとさっそく作戦会議をしていたり、はたまた北の方へと向かって猛ダッシュかけてるプレイヤーもいたりする。
うらやましいなあ、そのなんか純粋にゲーム楽しんでる感。
僕なんてこっちの世界で寝泊まりしてるんだからね。
もうゲームってより現実っぽくなりつつあるからね既に。
というわけで、なんかいきなりイベントとか言われても「よっしゃ行くか!」みたいなテンションの高さに持っていけない。まあ行くわけですけども。
「せめてアレだよな。各町北のボスだけは戦っておきたい」
噂に聞くに、一回層の北のボス――ミノタウロスことミノちゃんは、どうやら僕が倒したッきり出てきていないらしい。一回暇つぶしに北の森へと散歩しに行ったら洞窟なんてどこにもなくなってたし、ボスは道中で倒したちょっと強いゴブリンになってた。
だから、流れ的に言えばその洋館の主『魔人ヒテルス』ってのも一回きりの可能性が高い。
ま、何の準備もなく突入していったプレイヤーにあっけなくやられるようなら別に戦う必要もないだろうが、強いなら戦ってみたいとは思う。
「……さぁて、気が乗らないけど行くかぁ」
呟き、シロを引きつれ歩き出す。
広大なステージに、霧の森。
なんとまあ迷う予感しかしないけれど、ひとまず様子見。
攻略できそうなら、本腰入れて。
とにもかくにも現場を見なきゃ始まらない。
「うし、行くぞシロ」
「……!」
僕の言葉にガッツポーズをかました彼女は、いつものようにコートの裾を掴んでくる。
その腰には、卵の入ったバッグが揺れていた。
……ゲームだから割れないとは思うけど、道中は僕が戦うようにしよう。
☆☆☆
で、到着、霧の森。
街の北門から出れば瞬く間に視界を埋め尽くしたのは濃霧。
一寸先――とまではいかないが、十メートル先も見通せないような最悪の条件下。
現に霧の向こう側からは。
「ぐわー! 木が! 木が襲って来た!」
「馬鹿! お前が歩いてて木にぶつかったんだろ!」
「いやちょっと待て! こいつってトレント――ぐはぁっ!?」
「ちょ、ちょっとどこ触ってんのよ変態!」
「ち、違――って、ちょっと待て。俺とお前しかいないのに俺触ってねえぞ?」
「…………え? そ、それじゃあ誰が――」
『グギャアアア!』
「「ああああああああ!? なんじゃコイツはあああ!?」」
そんな悲鳴が聞こえてくる。
とりあえず察せられるのは、なんか樹木系統のモンスター『トレント』が森の中に紛れてるってこと。そしてもう一つは、霧に紛れて変なところ触ってくる変態モンスターが居るってこと。
「とりあえずシロ。変なところ触られたら切り捨てていいぞ」
「……?」
ああ、シロ。変なところって言って分かってるのかな。
なんか純真無垢すぎてそういう言葉が通じるのかも怪しい。
というか触られたってなんの羞恥心も持たなそうで怖い。
……とりあえずアレだな。濃霧に紛れて変なところ触ろうとしてくるモンスターは僕が切り伏せる。ついでにどさくさに紛れてゴールドあたりがシロに突撃してきても僕が切り伏せる。シロは僕が守る。
そう考え、アゾット剣を構えながら霧の中へと歩き出す。
――そして、間もなくのこと。
「……ん?」
背後から、背中をつつかれ声を漏らす。
「どうしたシロ、何か出てきたか?」
僕の方では何も感じられないけど。
そう言いながらも周囲へと警戒の視線を向けていると、再度背中の方――というか、ケツをつつかれる。おいおいシロ、さすがにそれはちょっときわどすぎるぞ。
とか、そんなことを思って振り返りろうとして――
「あふぅっ」
なんか、変な声が出た。
唐突に背後から『ブツ』を触られ、身を竦める。
え、なに。シロ? 本当にシロかコレ。
僕はシロのこと、唐突に人の陰嚢わしずかみにするような子に育てたつもりはないぞ!
そう言わんばかりに振り返り――
『グギャァ』
背後から僕の股間へと手を伸ばしていた、見たこともない化物と目が合った。
「…………はっ?」
『……グギャ?』
広がるのは痛々しい沈黙。
片や股間を鷲掴みにされた黒ずくめ(♂)。
片や音もなく人の背後から股間を鷲掴む化け物。
圧倒的な情報量に脳内がオーバーヒートし――次の瞬間、体中からどっと冷や汗が溢れ出してくる。
…………いや、……え?
なんかものすごいシュールな絵面だけど……これマズくない?
いや、絵面もマズいんだが、これってつまり、いきなり背後から急所を握り締められてるってことでしょ? なんか知らないけどこれって今迄で一番のピンチなんじゃないですか?
思わず頬を冷や汗が流れ落ちる。
背後には『グゲゲ』と笑いながら僕の股間へと手を伸ばしている化け物。
見た目は――オーガに似ているだろうか。
筋骨隆々とした肉体に、その顔は……なんとなく人間に似ている。
角ばった顔に、ぷっくりとした唇。両の瞳からは妙に長いまつ毛が生えてる。
一言で表すと――ゴリマッチョなオカマ野郎。
そう自覚した途端、なんだかどうしようもない怖気が背筋に走り抜ける。
「……シロ?」
助けを求めて彼女を呼ぶが、返事はない。
――はぐれた。
あり得ないとは思っていても、その可能性が頭をよぎる。
接近に気付けなかったこと。
というか、ここに来てもなお気配察知に何の反応もないこと。
――もちろん、目の前の化け物や、シロも含めて。
「――ッ!」
正直舐めてたけど――これは、マズい気がする。
もしかしてこの霧……気配察知を妨害でもする力があるのか?
でも最初はシロの気配もちゃんと感じ取れていた。
なら……どういうことだ? 条件付きで発動する能力?
霧の中に足を踏み入れるたびに能力が強まるとか?
だったとしたら――
『グギャア!』
思考をかき消すようにして化け物の声が響く。
股間が、ぎゅっと握り締められる。
「ひゅぇっ」
変な声が出て、アゾット剣を握り締める。
……奴が僕の股間を握りつぶすが先か。
僕が振り返り、その首を跳ねるが先か。
緊張にゴクリと喉が鳴る。
霧の向こう側から無数の悲鳴が響き渡る。
そして――。
「――フッ!」
振り返り、アゾット剣を一閃する。
それは、奴の首筋へと吸い込まれてゆき、そして――。
さて、股間鷲掴みにされたまま一か月か、あるいは一日か。
明日、次話が投稿されるのを期待しましょう!
 




