《76》直感と確信
私――鐘倉光葉は、特殊な生い立ちをしていると自覚している。
生まれはどこにでもある一軒家。
優しい両親と、泣き虫な兄と、私と。
どこにでもいる、四人家族。
……いや、どこにでもいた、が相応しいか。
ある日、従姉妹の友達と遊ぶために、私は祖母や祖父の暮らす家へと足を運び――そして、その間に事件は起きた。
私の故郷を飲み込んだのは、大災害。
死傷者多数、生存者はほぼ皆無。
その理由も明確な災害の実態も謎に包まれた理解不能な大破壊。それは私の街を瓦礫の残骸へと瞬く間に変貌させ、帰郷した私を待っていたのは、壊され、崩れた自分の家と、そして、押し潰された誰かの腕だった。
その光景は、未だに脳裏にこべりついている。
鮮烈で、強烈で、絶望的で。
ただその光景を目にした幼き日の私は、そのまま意識を失ったそうだ。
目が覚めたのは、一週間以上経ってから。
されど目を覚ましたとてあの現実が変わるはずもなく、私は全ての情報を遮断するべく引きこもった。
祖母と祖父は必死になって両親へと連絡を取ろうとしたようだが、もちろんそんなのは無駄だった。
崩れた家の下敷きになった、見覚えのある腕。
あれがその両親のものであると、自分が一番分かっていたから。
だから、何も考えず、ただ引きこもった。
それが、齢にして若干四歳での出来事。
引きこもること、一年と少し。
その間に、なにやら件の事件の唯一の生き残りとかいう輩が世間を騒がせていたようだが、そんなのは外に出てから後で聞いた話でしかない。
まぁ、そんな運良く生き残った顔も名前も知らない人(と言っても、さすがに顔と名前はニュースにも出なかったみたいだけど)の生存を受けても嫉妬しか出てこない。
何故、それが私の家族じゃなかったのか。
何故、お前が生きてあの人たちが死んだのか。
今でこそ随分と過去を飲み込み、乗り越えて生活こそしているものの、今でもあの人たちの背中を追い続けている。
優しかった父の背中と。
暖かかった母の背中と。
そして、弱虫だった兄の背中を。
ただひたすらに、追いかけてい――。
「はぁっ!?」
その映像を見て、そんな回想はぶっ飛んだ。
どうもこんにちは、鐘倉光葉です。
場所は自宅の自室。ちょうど今、学校で友達の真理ちゃんから言われたゲームの映像をパソコンで調べてたんだけど、そのホームページに流されている映像は、どうしようもなく私の脳みそを揺さぶってきた。
揺れる黒髪。
そのどこか懐かしい背中は私の知るソレとは大きくかけ離れているし、その笑顔は記憶の中にあるあの人のそれとは正反対に位置するものだ。
とても、あの弱虫と同一人物だなんて思えっこない。
けれど、それでも確信できた。
他でもない――兄妹だからこそ、確信できた。
「お、おおおお、お兄ちゃん!?」
プレイヤー『ギン』。
それは間違いなく私の兄、鐘倉銀志その人だった。
☆☆☆
「――と、そんなことがあったわけだよ」
店の奥へと『ちょいと卵を選別してくる。少し待っていてくれ』と入っていったアレクを見送ってしばらく。
手持ち無沙汰になった僕は、なんとなーく暇つぶしに自分の過去をシロへと語っていた。
まぁ、僕をして唯一普通に主人公っぽい過去である。
ある日、なんか爆発が起きた。
その爆発は一発で故郷の街並みを破壊失くし、偶然にもその爆発から両親の手によって守られた僕だったけれど、その爆発起こしやがったクソ野郎に見つかって、普通に瀕死の重傷を負う。
ま、でもその後に紆余曲折あって、こうして生き長らえているわけだけど、依然としてその事件より前の記憶は僕の頭から抜け落ちたまま。
ただ、父と母と、妹がいた。
その事実だけは覚えているけれど、その名前も、顔も、今じゃぼんやりとしか思い出せない。
そんな感じの、どこにでもなさそうな過去。
ま、その爆発を起こしやがったクソ野郎と戦って、普通に負けちゃったから、こうして死後のゲーム三昧と洒落込んでいる訳だが、そこら辺は『本編読め』としか言えない。
「……」
対するシロは、正直何考えてるか分からない。
口をむにむにとさせながらこちらを見つめており、その瞳にはなんとも言えない感情が浮かんでいる。
悲しみか嫉妬か不満か怒りか。
珍しく何も読み取れない彼女の表情を前に首を傾げていると、のっしのっしと足音が聞こえてくる。
「おぅい、待たせたな兄ちゃん。これがご要望の騎獣の卵だ。厳選に厳選を重ねてある、どれを選んだって後悔だけはさせないぜ」
その声に視線を向けると、そこには小さな荷台を転がしてくるアレクの姿があり、その荷台には無数の小さな卵が並んでいる。
何だか見るからに煌めいている純白の卵だったり、ラスボスでも出てきそうなおどろおどろしい終焉オーラ纏ってる卵まで、ありとあらゆる卵が揃っている。
「ご要望の通り、馬型の騎獣が生まれる卵。その中でも特別珍しいのが生まれて来そうな予感がある卵のみを厳選してきたぜ。まぁ、あくまでも『珍しさ』重視で選んでるから、どんな騎獣が生まれてきても責任は取れないがな」
隠して目の前に突き出された卵の行列。
見れば見る程に全部欲しい。もうここまでゲームの域超えてリアルなクオリティ誇ってるなら少しお願いすれば二つ三つくれるんじゃないかと思えてしまうが――
「ちなみに無理やり二つ以上の契約をしようとした野郎はみんな四肢が内から爆散してる。兄ちゃんはそんなことするような輩じゃあるまいが、一応注意しとくぜ」
「おいおい、僕がそんな傲慢なやつに見えるか? どこを切っても謙虚しか出てこない金太郎飴みたいな人間だぞ?」
そんなことを言いながら思いっきり目を泳がせる。
定まらない視線の先にシロの姿が映り込む。その瞳は思いっきりジト目で僕のことを見つめており、あらやだこの子僕のことどんな人間だと思ってるんでしょう、なんて思いながらも視線を逸らす。……うん、きっと何一つ誤解なく分かってらっしゃるんでしょうね。ごめんね反面教師の代表例みたいな奴で。
「とまぁ、何はともあれ今は騎獣だな……」
無理矢理に話をそらすべく切り出すと、シロの視線もまた卵の方向へと向かってゆく。
一瞬その瞳に『おいしそう』って感情が透けて見えて戦慄したが、直ぐに頭を振った彼女の瞳には真剣な光が宿り始め、『今晩の夕食何にしよう』みたいな真剣さじゃないことを切に願った。
「ちなみに俺のオススメとしてはこの卵だな」
そう、アレクが指を向けたのは暗黒卵。
件のラスボスオーラが吹き荒れているその中でもダントツにぶっ飛んだ威圧感の持ち主である。
その闇のオーラは他の卵まで侵食しつつあり、なんか触れたらその時点で即死みたいな雰囲気にアレクですら触れるのを躊躇ってる感じがする。
「……何入ってるとか、想像つく?」
「……そうだな。死霊馬コシュタパワー、ペガサスゾンビ、血濡れバイコーン、腐蝕スレイプニル等々――まぁ、端的に言えば強いがまず間違いなく扱いこなせねぇ暴れ馬だな。みんな脳みそ腐っちまってるからどうしようもならん」
「うーし、それ以外から選ぶとするか!」
といっても、それ以外の卵もなんかだいたいラスボスオーラに飲み込まれて黒く変色しつつあるんだけれども!
言いながら視線を巡らせていると――はたと、炎のマークが描かれた小さな卵が目に付いた。
それは単純に、ついさっき炎が弱点である『グリフォン』と戦ったことが原因なのだけれど。
「……うむ」
元は白い卵は少し黒く染まり始め、元は青かった炎の模様は血のような真紅の炎に染まり果てている。
――一言、中二っぽくてカッコイイ。
ただ、それだけであった。
隣を見れば、何だか卵選びに飽きてきたのか、ぼんやりとしか僕のコートの裾を弄り始めたシロの姿があり、その姿に小さく息を漏らし、アレクへと視線を向ける。
「じゃ、これで頼むわ」
かくして手に取ったのは、件の炎の卵。
正直いって、なんかカッコよかったのと、とうの昔に捨てたはずの中二心が疼き始めたって理由しかないわけだし、有り体にいえばテキトーここに極まったふざけた選択――なのだけれど。
これは、所詮はゲームだ。
現実だと思って動くようにはしていても、いくら突き詰めてもゲームでしかない。僕が、この世界で死ぬことは無い。
ならば、僕にしか迷惑がかからない範囲でならいくらでも遊び尽くそう。
それこそがゲームの本質。
ゲームの、本懐なのだから。
「……本当にいいのか?」
そう問いかけるアレクに、大きく頷く。
シロを仲間にする時もそうだった。
こういう時は、ノリと直感、あと雰囲気。
そんでもってよく考えた上での結論ならば、きっと後でどんな目にあっても後悔はしない。
それは、地球、異世界通した上で。
最初っから決して曲がらぬ、僕の生き方だった。
今月、もう一話投稿……できるかな?
出来たら凄いな、奇跡だな、程度に思っていて下さい。今日から必死で描き始めますすいません。




