《73》サイコの対処法
とりあえず、僕はそそくさとその場を逃げ出した。
ああ、もちろん目的は果たしてきましたとも。
ドロップしたグリフォン素材、ついでに芋虫共の気色の悪い素材も店頭へとお手頃価格(という名の設定可能最大価格)にて売り出し、絶句から回復しない初心者プレイヤー達を傍目にそそくさと二階層へと戻ってきたのだ。
「いやー、二階層は楽でいいね」
周囲を見れば転移により目立ったのだろう、そこらにいるプレイヤー達と目が合うが、『あ、なんだお前か』みたいな感じで特に何事もなく注目は収まっていく。
明らかに僕を知ってる雰囲気醸し出してるあたりにちょっとツッコミたいし、さらに言えば僕を見た途端に顔を嫌悪に歪めてるあたりには苦言を呈したいけれど。
――あれっ、よく考えたら自業自得じゃね?
とか思って言葉を飲み込む。
うん、自分で言っててなんだけど、数日遊びふけってもなおゲームの最前線いってるリアルチートが、喉から手が出るほどに欲しいアイテムをチラつかせ、妙にイラッとくるドヤ顔を浮かべ、全部分かった上でボッタクリ価格で売ってたらまず殴りたくもなると思う。むしろ僕がその立場にいたらイラってきてGMコール覚悟で殴りに行ってるまでもある。
「シロはそんな大人にはなるんじゃないぞー」
「……?」
こてんと首を傾げるシロにほんわかしながら、僕はとりあえず二階層での用事を済ませておくことにする。
と言っても二階層での用事なんて、それこそ攻略進めるか、グリフォンの肉食いたそうにしてる白のためにキャストさん探しに行くか、あるいはもう一つしかないわけで。
「さて、それじゃあ――」
☆☆☆
「やぁやぁ君は確か、グリフォン討伐にいってた吸血きうひゃぁッ!?」
とりあえず、ギルマスぶん殴りにやって来た。
場所は二階層、マーレの街、冒険者ギルド。
『糞虫の掃き溜め※オマケにグリフォン付けといたよ♡』みたいな場所に送り込んでくれた怒りに駆られて出会い頭に拳を振り下ろし、すんでのところで『あれっ、殴ったらレッドマーカーになるんじゃないか』と気が付き寸止めする。
途端、目の前でイケメンフェイスを崩したギルドマスターは情けない悲鳴を漏らして尻餅をつき、その姿にギルド中から『ざまぁみろ』との囁きの合唱が轟いた。
「やぁギルマス。依頼終わったから報酬貰いに来たぞ死ね」
「お、おっとぉ、最後の最後で本音を隠しきれてないね吸血鬼君。半日足らずで依頼終えてきたことよりも出会い頭に殴られそうになったことに驚いてるよ……」
言いながら、ふぁさぁっ! と金髪を払うギルマス。
その姿に額に青筋が浮かんだが、これでも異世界でいろんなこと学んできた僕である。
いやね、ぶっちゃけこんな感じの人種なら今までにいくらでも見てきたんですわ。
最初に冒険者ギルドに入った時にお約束(酔っ払った冒険者に絡まれる例のアレ)をぶち破って登場してくれやがった勇者(笑)然り、学園編突入したと思ったらいきなり僕の仲間に『やぁ幼馴染み、あの時は裏切ったけど僕正しかったよね? それじゃ結婚しようか』みたいなサイコパスかましてきた宗教野郎然り、初期から出てた癖に本編登場した瞬間にワンパンで沈んでいった同郷のイケメン野郎(名前は忘れた)然り。
こうしてピックアップしてみると『混沌とした作品だな……』ということがありありと分かるが、それでも今挙げた三つの例はあの世界が孕んだ闇のうち一部に過ぎない。
他にも『魔法職なのに何故か素手で戦う馬鹿』『結婚出来ない死神ちゃん』『姉相手に平気で顔面殴る主人公』『弟を平然と殺すラスボス』『神レベルに強い一般人』『ハーレムと言う名の人外魔境』『変態系ピラミッドの頂点』『世界一血潮と殺意に満ちた殺伐とした姉弟』『変態ホイホイ』等々、一言では表せないくらいにイカれたのがあの世界。
ちなみ一つを除いてだいたい僕が関わっているわけだけれど、今回それは置いておくとして。
とどのつまり、僕が何が言いたいかと聞かれれば。
「知るか、さっさと報酬寄越せよコラ」
「うんうん流石は心が広……あれぇっ!? なんか今の回想違くない!? 人の首筋に短剣突きつけてる人の考えてることじゃなくない!?」
ギルマスの悲鳴が轟いた。
そんな彼へと、僕は小さく笑んで口を開いた。
「知ってたかギルマス。話の通じないサイコ野郎を前にした時の最も単純にして簡単な解決策」
「まず一ついいかい? なんだか遠まわしに僕のこと『話の通じないサイコ野郎』ってディスってないかい君」
僕の言葉にそんなツッコミが響く中。
僕は「ハッ」鼻で笑い、彼を見下ろしこう告げる。
「――答え『武力行使』」
「ダメだこの男ッ! メーデーメーデー! この人、狂気に満ちた現場に慣れすぎてて既に対処法が手馴れてる類の危険人物だ!」
そうギルマスは周囲を見渡すが、されど誰とも視線が合わない。というか露骨に合わせてくれない、誰一人として。
その光景を前に思いっきり頬を引き攣らせるギルマスではあったが、上から聞こえてきた声にガバッとこちらへ視線を戻す。
「だってしょうがないじゃない。肝心要な話が通じないんですもの。話し合いも騙すことも和解も妥協も降参も脅迫も、何一つとして通用しないなら、あとは逃げるか殴るか二つに一つって話しだろ? こんなのそこらの子供でも分かる」
「なんだろう! 気持ち的には反論したいけど正論すぎて全く言葉が出てこない!」
そうだろう、そうだろう。
以上のことから『サイコ野郎=逃げるor殴る』という公式が出来上がり、次に逃げるか殴るか二つに一つを問われることになる。
そんでもって、そう問われたらとりあえず殴る。
もちろん条件次第では前者も取るけど、八割がたはまず後者。
すると『サイコ野郎=殴る』という見事な公式が浮かび上がり、最終的に僕の中で、こんな状況に対する答えは確立される。
「とまぁ、とりあえず殴るか」
アゾット剣をしまって胸ぐら掴みあげ、拳を振り上げると、目に見えてギルマスが焦り出したのがわかった。
「冗談! 冗談だよね吸血鬼くん! いやギンくん! 君ってば噂に聞くと頭いいんでしょ! これはアレだ、僕を焦らせてより大きな報酬を奪っていこうと言った感じの心理戦! そう、それに違いな……ねぇちょっとぉ!? 光の消えた瞳で無言のまま拳を握りしめるのはやめてくれないかな!?」
その言葉に小さく嘆息して胸ぐらを離す。
ちなみに彼を殴ろうとしてた内訳としては、打算三割、怒り六割、残り一割はギルドに蔓延する『やっちまえ』みたいな雰囲気のせいである。
見ればギルド中から『なんだ殺らねぇのか……。まぁ、それでもギルマスの悲鳴聞けただけでも上出来だぜ、名も知らねぇ兄ちゃん!』みたいな視線が僕の体に突き刺さっており、『本気で嫌われてるんだなこの男……』と思わず苦笑してしまう。
けれどもそんな僕の苦笑をどうとったか、襟元を正してビシッと立ち上がったギルマスは、僕へとジョ○ョみたいな立ちポーズをしながら指を向ける。
「さぁてとっ! なんだか話の腰が折れてしまったというか最初から折れてたというか。兎にも角にもグリフォンの討伐ご苦労さま! かのグリフォンに恐怖して山から雪崩の如く糞む……虫系のモンスターが溢れ出してきて困ってたんだ! これでこの街の人たちも君のことを快く認めてくれるだろうさ!」
そう言って彼は両手を広げる。
するとギルド中から溢れんばかりの拍手と歓声が鳴り響き、それらを前にドヤ顔を浮かべたギルドマスターは。
「良くやった! もうそんなギルマスぶっ殺しちまえ!」
「グリフォン討伐するなんてさすがね! ついでに目の前の糞も討伐しちゃったらどうかしら!」
「あのぉ、結構真面目な話なんですけど、一つ依頼受けてくれませんか? え、内容?『とあるギルマスの暗殺』ですが何か?」
「流石だぜ吸血鬼の兄ちゃん! もうそんなひ弱な雑魚とっちめてギルマスの座、奪っちまえよ! がはははは!」
「ギルマス……きも」
「グリフォン討伐かぁ……! さっすがは始まりの街のギルドマスターが推してただけはあるな! ビビってた小便くせぇどっかのギルマスとは大違いだぜ!」
溢れんばかりの僕への歓声と。
さり気ない彼への罵詈雑言と。
それらを聞いて……ほんの少し、瞳に涙を浮かべてた。
ここまで混沌とした作品もなかなか類を見ないのではないか(本編)。




