《71》白帝の力
空高く。
それこそ、手の届かないような上空を、自由自在に飛び回るのは自らよりもはるかに大きな獅子の体を持ち、鷹の頭を持った空の王――グリフォン。
遠距離攻撃――つまるところ僕の今持ち得る手段の中では『弓』。
それを使えば攻撃は届く。
届くっちゃあ、届くのだけれど。
「なんだあの鎧……厄介すぎるだろうが!」
そう叫び、僕は再度矢を放つ。
けれども奴へと真っすぐ突き進んでいった矢は、ギィンッ、と音を立てて奴の体を覆っている風の鎧に阻まれてしまい、全く攻撃が通らない。
……これは、アレだな。まず間違いなく有効な攻撃手段があるんだろうな。そう思いながら換装の指輪で武器を弓からアゾット剣へと換装する。
多分風の鎧越しに攻撃を与えるような重量系の武器での攻撃か、あるいは魔法による攻撃か……。かろうじてシロは光魔法を使えるわけだけれど、それにしたってあんな上空を、それも高速で動いてる奴に当てられるはずもない。
「くっそ……攻撃手段が少ない!」
そう呻くようにして吐き捨てた僕へ、グリフォンが上空から襲い来る。
何とか横へと緊急回避を行って回避するが……それでも空中戦が始まってから既に数分、最初よりも明らかに『合ってきている』攻撃に――と言うか、読まれ始めている僕の動きに、このままでは死ぬ未来が容易に想像がついた。
見れば奴は再び上空へと駆け上がり、僕らへと見下すような視線を向けてきており、その姿に大きく息を吐いた僕は――瞼を閉ざす。
――さて、どう打破する。
考えることはただ一つ、それだけだ。
僕の武器は数少ない。
切れ味よりも特殊能力に重きを置いたアゾット剣。
威力こそあるが風の鎧を貫くほどではない弓矢。
正直まだまだ使いこなすには至らぬ糸操作。
そんでもって、あと一つ。
そこまで考えて、瞼を開く。
「……出し惜しみ、出来る状態じゃなくなったな」
そう苦笑して、胸のペンダントを握り締める。
正直言うとね、この力はちょっとばかし……と言うかなんというか、このゲームの中において異質を極める。だからこそ、なんだかズルしてるみたいで使うのはエリアボス戦だけにしようと、そう思っていたんだけれど。
それでも、空を飛び、鎧をまとい、物理攻撃も効かず、魔法も届かず、ただ一方的になぶられる現状。このままいけば僕かシロのいずれかが捉えられ、死に至る現状よりは――たぶん、ずっといい。
「くだらないプライドなんて、コボルトも食わないってか」
そう呟き、上空の奴へと視線を向ける。
僕は素早さ特化に運微量、魔力量など雀の涙ほどしかない。
今の今までは『魔力付与』しか魔力を使うような攻撃手段がなかったから問題なかったが――けれど、この力ともなると話は変わってくるわけで。
「――チャンスは、一瞬」
この力を思う存分使えるのは、たぶん一回だけ。
それ以上は魔力が持たない。
そう、心の中で直感した僕は――口の端を吊り上げ、笑って見せた。
「チャンスあるだけ、上等だ」
確率はある、可能性は点在している。
なればこそ。
数少ない可能性の糸を手繰り寄せ、現状の最善の身を取捨選択し、足掻いて見せろ。
綱渡り、一歩間違えれば即死に繋がる大博打。けれど。
「悪いな、そんな修羅場くぐり慣れてる」
そんな逆境、そんな命の危機。
だいたい全部乗り越えて、ここに立ってる。
なら、今回だって乗り越えて見せなきゃ嘘ってもんで。
上空の奴へとアゾット剣の切っ先を向けた僕は、大きく笑ってこう告げる。
「さあ、二回戦開幕だ……ッ!」
上空から、グリフォンの怒りの咆哮が鳴り響いた。
☆☆☆
強襲するグリフォン。
独特の咆哮を響かせながら僕らへと襲い掛かったグリフォン。
ギラリ、と鋭い爪が太陽の光を浴びて剣呑に煌めき、前方に大きく身を投げるでその一撃を回避する。
と、同時に換装の指輪で再度召喚した弓で奴の背中を狙い撃つ。だが。
「く……ッ」
もうね、馬鹿なんじゃないかと思うよこの難易度。
いざこいつの能力を察して目を穿てば――なんで風の鎧の効果範囲が広がるんだよ。もう攻略しに来てるプレイヤーに嫌がらせするつもりしかないだろ絶対。道中の虫ステージも含めてさ。
そう、弾かれた矢に大きく呻きながら地面を転がり、再度奴へと弓を構えると、同時に僕の隣を抜けてシロがグリフォンへと走り出す。
グリフォンは、地上へと強襲した際に一瞬、空中ではなく地上に降り立つ。
彼女の向かう先へと視線を向ければ、そこには風の鎧越しに前足で大地を踏みしめるグリフォンの姿があり、僕は彼女を援護するべく奴が嫌がりそうな場所へと矢を放ちだす。
――が、しかし。
『ビギャアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
――途端、咆哮が轟いた。
今までとは明らかに異なる攻撃方法。
……決めに来たかッ!
そう心の中で考えながら耳を塞ぎ、叩きつけるような風圧を伴う咆哮に耐えていた僕ではあったが、僕よりも至近距離で咆哮を食らった影響か、完全に硬直したシロが僕の方へと吹き飛ばされてきて、咄嗟に弓を収納しつつ彼女をキャッチ。
「大丈夫かシロ! あんまり無茶すんなよ……!」
「……!」
僕の言葉に頷きながら、硬直しながらも必死に槍を握り締める彼女。
その瞳は今だ微塵も揺らいではおらず、全身全霊で勝利を追い求める彼女の姿に苦笑し、僕はグリフォンへと視線を向ける。
「……そうだな、負けたくないよな」
プライド、とか。
そういうのも時にはけっこう大切なものだけど、たぶん一番は違う。
一番はきっと、渇望するほどの何かを成し遂げたいという、絶対的なエゴ。
他に流されることなき、絶対的な自らの願い。
自我、意地、その他呼び方は色々とあるだろうけれど、たぶん一番はそれだ。
そんでもって、その次に大切なこと。
――それこそが、負けないこと。
道中でいくら失敗するのはいい。
そう、失敗で済ませられるなら別にいいのだ。
「――ただ、敗北だけは、決してだめだ」
敗北ってのは、折れることだ。
失敗してもいい、それは折れる事ではないのだから。
再び、立ち上がることを許されているのだから。
けど、敗北ってのはそういう権利も何もかも、全部まとめて自分と言う自我がへし折れること。
つまるところ、自らの終焉を意味する。
だからこそ、負けられない。
「僕はもう、負けられないんだよ」
例えその結果、ちっぽけなプライドがへし折れたって。
その結果、いろんな人から軽蔑されたって。
最後の最後、僕が笑って、立ってさえいれば。
――その時は、僕の勝ちってもんだろうさ。
そう笑って、前方を見据える。
そこには自らの後ろ脚で大地を踏みしめ、勢いよくこちらへと駆けてくるグリフォンの姿があり、その姿に大きく右手を構える。
その手に握るのは換装の指輪より取り出した、先程もやつの体を縛ったワイヤー。
それは風の鎧を前には通じない代物だが、それでも。
「別に、体全体完全防御って訳でもないだろうさ!」
そう笑い、やつの突進を躱しながらもワイヤーをやつの後ろ足へと引っ掛ける。
先程前足は『風の鎧』越しに地面に立っていたにも関わらず、後ろ足は直だったからなんとなく分かった。
――風の鎧は、完璧なんかじゃないんだと。
奴は後ろ足へと引っ掛けられたワイヤーに気付きながらも、それすら振り払わんとばかり上空へと駆け上がってゆく。
その動きにつられ、ワイヤーを強く握りしめていた僕も上空へと連れ去られて行くが――これで、全ての準備が整ったわけで。
チャンスは一度。
外せないから、超接近。
ワイヤーを握りしめる腕とは逆の腕をやつ目掛けて構え、胸のネックレスへと魔力を込める。
込める魔力量は――今、僕が持ち得る全魔力。
視界の端に映り込むMPバーが勢いよく削られていくのを感じながら、僕は口角を吊り上げる。
「悪いなグリフォン、死んでくれ」
かくして放つは、超高熱。
白虎の力が宿るこのネックレス。今、現時点においてこのネックレスに宿っている力は一つのみ。
それこそが他でもない――白帝白虎の、白銀の炎。
「喰らい尽くせ『白帝の咆哮』……ッ!」
瞬間、構えた掌から一条の光線が迸る。
極限まで鋭く、一点に力を集約したソレは風の鎧――否、その向こうのグリフォンの体にまで突き刺さる。
『ギ、ギヤアアアアアアアアアッ!?』
瞬く間に全身に炎を伝わせ、風の鎧を脱ぎ捨て、地面へと落下してゆく哀れなグリフォン。
咄嗟に近くの木へと糸操作を用いて乗り移りながら、僕はその姿を見下ろしてため息を漏らす。
「……なんだ、お前の弱点って炎かよ……」