《70》地上戦
VRって書き続けるの難しいっすね……。
ということで一話。明日また一話出します。
『ビギアアアアアアアアア!!』
大気を震わす咆哮が轟いた。
そのあまりの威圧感に体が震える。
本気でやっても……正直、勝てるかどうか分からない。
そう思えるほどの難敵にして、強敵。
ある意味能力をすべて『知っていた』白虎よりも、さらに厄介極まりない空の王――グリフォンを前に、僕は剣にを握りしめる。
小さく乾いた唇を舐め、大きく口の端を吊り上げる。
「さぁ、こっから本番」
呟き、アゾット剣の切っ先をくるりと回す。
手首の感覚を確認し、改めて剣の切っ先を奴へと向けると、同時に雲の隙間から漏れ出した太陽の光が白銀色の刀身にギラリと煌めく。
奴の憎悪に歪んだ瞳が僕を捉え、睨み返した僕の瞳が奴の視線と交差する。
――正しく、一触即発。
命を賭して、それでも届くかどうかわからない難敵。
そいつを前に、ニヤリと笑みを深めた僕は――!
「……!」
次の瞬間、奴のケツにぶっ刺さったままになってる槍を取り返すべく突撃したシロを見て、そして突撃した勢いそのまま、逆にケツに深くぶっ刺さった槍を見て……その、なんか、頭が痛くなった。
『ビギャアアアアアアアアアッ!?』
ケツに槍がぶっ刺さった空の王。
そして、そのケツに深くぶっ刺さった槍を抜き抜きしようと踏ん張ってるシロ。
――なんと、なんとシュールなことか。
先程までの一触即発がどうのこうの言っていた僕だけれど、それを一瞬にして台無しにしてしまったシロに戦慄していると――次の瞬間、グリフォンが背後のシロへと視線を向け、ギラリと睨みつけたのが視界に入る。
と、次の瞬間、先ほどまで深々と突き刺さっていた槍が一瞬にして奴のケツから弾き飛ばされ、それと同時に槍を握り締めていたシロもまた吹き飛ばされてゆく。
「ってシロ……は、大丈夫みたいだな」
咄嗟に彼女の身を案じて叫ぼうとした僕――ではあったのだが、空中でくるりと回転、そのまま地面へと難なく降り立った彼女を見て言葉を飲み込む。
視線を改めてグリフォンへと向ければ、何だか心配そうに自らの尻へと視線を向けている奴の姿があり、大丈夫、痔にはなっていないと思うぞ、と心の中でだけ呟いた僕をグリフォンは憎悪の瞳で睨み据える。
『ググ……ァァッ!』
唸るようなグリフォンの声が響き、僕は改めて剣を握り締める。
まあ、ちょっとしたシロによる妨害を受けてしまったわけだけど、これでこっちの武器も揃った、奴の能力にも確信を抱けた。
なればこそ、本当に、正真正銘ここから本番。
「さあ、執行開始だ、空の王」
死力を尽くして、殺し合おうか。
☆☆☆
最初に動いたのは――僕だった。
「シロ! 別行動で攻撃畳み込むぞ!」
「……ッ!」
僕の言葉にこくりと頷き、僕とは反対方向からグリフォンへと走り出すシロ。
そしてその姿を見て僕もまた走り出し、対するグリフォンは僕らの姿に少なからず動揺を示していた。
おそらく――と言うか、もうほぼ確実に。
奴の能力は『視界内における全攻撃の無力化』。
あるいはその無効化にも上限があるのかもしれないが、ソレにしたって今の僕らじゃまず間違いなく出せっこないレベルの一撃が必要になる。
故に、現状の範囲内で攻略しようとすれば、片方が囮、そして片方が本命といった二手に分かれての戦法を取らざるを得ないというわけだ。
……まあ、もしアゾット剣の奥の手『悪魔召喚』を使っていいのであれば話も変わるのかもしれないが、それでも一階層の南ボスが二階層の東のボスに勝てるはずもなく、出来たとしてもせいぜいが『時間短縮』。そんなために奥の手を使えるはずもなく――
「らアッ!」
白銀色の魔力を纏ったアゾット剣が軌跡を描き、グリフォンの体に突き立てられる――その直前。シロの方から振り向いたグリフォンの視界に『攻撃が入り』、風の鎧が発動する。
ギィンッ、と甲高い音が響いてアゾット剣が大きく弾かれ、まるで『パリィ』を受けたような大きな隙を曝してしまう。のだが。
「……っ!」
直後、奴の横腹へと突き刺さった一刺し。
『グウゥッ……!?』
僕から視線を逸らしてそちらへ向ければ、そこには奴の腹へと深々と槍を突き刺しているシロの姿があり、特殊能力特化でHPは低いのか、目に見えて減った奴の体力ゲージを確認しながらニヤリと笑う。
「おいおいそっちばかり見てていいのかよ……ッ!」
言いながら換装の指輪で取り出したワイヤーを発射。
糸操作のスキルで奴の胴体へとワイヤーを巻き付けると、そのまま奴の体に馬乗り、その背中へとアゾット剣を叩きむ……ッ!
『ビギィィィィィッ!?』
弾ける赤色、響く絶叫。
叩きこんだアゾット剣に肉を穿つリアルな感触が伝い――直後、充血し、殺気の満ち満ちた瞳が僕の姿をしかと捉え、叩きこんだアゾット剣が大きく弾かれる。だが。
ミシミシ……と奴の胴体に巻き付いたワイヤーが風の鎧ごと奴の体と僕の体を縛り付け、弾き飛ばされることなく僕は風の鎧を両手で掴む。
振り落とされてたまるかよ、死ねば諸共、戦るなら地の果て、死の際まで。
――ジリリ、と。
風の鎧を掴む掌に走った小さな違和感。
見れば僕の視界に映り込んでいる自らのHPバーが少しずつ削られていくのが視界に入る――が、この代償がその程度ならまだまだ安いもんだ。
なにせ、僕からの致命傷を避けたい奴は、決して下を見ることができない。
対し、下を見ることができないとくれば、そこは既に彼女の領域。
「……!」
槍の石突が大きくグリフォンの顎をカチ上げ、奴のぐぐもった悲鳴が漏れる。
次いで奴の右の瞳へ大きく槍が突き込まれ、それには悲鳴を堪えていたグリフォンもたまらず大きな絶叫を轟かせる。
――流石はシロ、優先順位が分かってる。
グリフォンの特殊能力から鑑みるに、奴の一番の武器は『視界』そのもの。
両の瞳で捉えていれば、たったそれだけですべての攻撃が無力化できるのだ。なら、まずやるべきはその両の瞳を――潰すこと。
見れば槍を引き抜いた先に広がっていたのは真っ赤に塗りつぶされ、破損扱いとなった奴の右の瞳であり、それに心の中でガッツポーズをした僕はシロへとそのまま左目も――と口を開きかけて。
「――ッ!?」
――その直前、自らの直感が警鐘を鳴らした。
右目を潰した、それはいい。
これで奴の視界内に死角が生まれた。これで奴に対して攻撃がより、入りやすくなったのだから。
だから、それはいいんだ。ただ、今この時点における問題は――
「……おいおい、嘘だろ……ッ」
奴が大きく広げた両の翼を見て、愕然と目を見開いた。
嫌な気配を前に咄嗟にワイヤーを解除、奴の背中から転げ落ちるようにして飛びのくと――直後、先ほどまで無色透明だった風の鎧が一気に色づいていくのが分かった。
無色透明から――緑色へ。
荒れ狂うような風をそのまま纏ったようなその姿に小さく舌打ちを漏らし、直後、奴は天地を震わす巨大な咆哮を打ち立てた。
『ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!』
「ぐ、ううっ!」
眼前で打ち鳴らされた咆哮をモロに喰らい、かちりと体が硬直する。
――まずい。
咆哮が鳴りやむと同時に僕をとらえたグリフォンの瞳に全細胞が警鐘を鳴らし、本能がただ一言『マズい』と悲鳴を上げる。
然してその結論は極めて正しく、大きく振り上げられた奴の右前足は、真っすぐ、ただ微塵も迷いもなく僕へと向けて振り落とされて――
――直後、横合いから飛び出し、僕の体を抱えて飛びのいたのはシロ。
なんだか幼女に抱きかかえられている事実に僕の僅かなプライドが酷く傷ついたが……まあ、この際どうだっていいことだろうさ。
轟音の響いた方へと視線を向ければ、そこには先ほどまで僕のいた場所を大きくえぐり取ったグリフォンの前足が存在しており、その姿に頬を引きつらせながらも硬直から復活した僕は彼女の腕から地面へ降り立つ。
「悪いシロ……助かった」
「……!」
――後で肉な!
そんな感じで僕へとビシッと指を向けてきたシロへ、人に指をさすもんじゃありません、とデコピンをかましてやると、彼女は目に見えて不満げに頬を膨らませながらグリフォンへと向かって槍を構える。
その視線を追って僕もまたグリフォンへと視線を向ける。
するとそこには、両の翼にまで風を纏ったグリフォンの姿があり、奴は僕らを一瞥すると――直後、大きく両の翼を動かした。
途端に吹き荒れる暴風。
僕のコートとシロのマントが大きく音を立てて風になびく。
両腕で顔面に叩きつけられる風を防ぎながら隙間からグリフォンへと視線を向ければ、そこにはいよいよバトルステージを地上から上空へと切り替えるように、大空へと飛び上がっていくグリフォンの姿があり。
「……ほんっと、厄介極まりないな空の王……ッ!」
上空から咆哮を轟かせた奴を見て、僕は心の底からそう吐き捨てた。




