《69》風の鎧
それは、唐突のことだった。
生い茂るような森の最奥。
遮蔽物はなく、岩肌の広がった半径百メートルほどの広場。
周囲は血のような真っ赤な結界で囲われており、その中には生き物の気配は感じ取れなかった。
感じ取れなかった――はずだった。
「……ッ!」
突如として上空から放たれた膨大な殺気。
それを受けて弾かれたように上空を仰ぎ見た僕と、一拍遅れて同じように上空へと視線を向けたシロは――同様に、太陽を背にしたその姿を垣間見た。
「――シロッ!」
太陽に目を焼かれた僕は視界内の明滅に顔を顰めながら、それでも咄嗟に彼女へと指示を出す。
その一言で彼女も現状を察したのだろう、僕とは反対側へと体を投げるようにして緊急回避を行い――そして直後、その場所へと鋭い爪が襲来した。
「……っ」
その姿に一瞬、シロが硬直したのがわかった。
天高く飛ぶ鷹の如く鋭く獲物を狩ることに特化した爪。
猛々しくも荒々しい、筋骨隆々とした獅子の体。
千里先からも獲物を見逃すことなく捉え続けるであろう金色の瞳はぎょろりと僕らを睨みつけており、その姿に苦笑しながらアゾット剣を抜き放った僕へと。
『ギィヤアアアアアアアアアッッ!!』
――天を割るような、グリフォンの声が轟いた。
【BOSS】
グリフォン
脅威度A+
☆☆☆
「ハアッ!」
――先手必勝。
そう言わんばかりにアゾット剣で斬りかかる。
相手はグリフォン、ステータスだけでいえば確実に負けている。むしろ勝っている部分の方が少ないだろう。
なら、なりふり構ってなんていられない。
グリフォンの首めがけてアゾット剣が銀色の光を煌めかせ――そして、カァンッと大きく弾かれた。
「な――」
奴は回避行動も防御体勢も取っていない。
にも関わらず、アゾット剣が弾かれた事実。それを前に愕然と目を見開いた僕は――ふと、グリフォンの体に纏われている風の鎧を視界に映した。
「う、嘘だろおい……ッ!?」
今の一撃は魔力も角度も力加減も、今の僕に出来る最高の一撃だった。何なら一撃で首を刈り取ってやろうとすら思っていた程にだ。
にも関わらず、それが弾かれたということは――
「斬撃耐性……いや、無効化か……!」
『ビギアアアアアアアアアア!!』
僕の言葉を肯定するように、あるいは憤激したように、グリフォンの威嚇するような声が響く。
至近距離で食らったその衝撃に体が一瞬硬直する。
――咆哮スキル、強制硬直。
そんな言葉が脳裏を過ぎり、あまりの馬鹿げた戦闘能力に頬を引き攣らせた僕は、硬直が解けると同時に後方へと大きく飛び退る。
目の前には薙ぐようにして振るわれる前足。
タイミング的には問題ない、とすぐさま反撃に移ろうと考えながらその攻撃を回避した僕は――直後、HPバーが半分近く消失した。
「な、う、嘘だろ!?」
今の明らかに躱しただろうが。お前の当たり判定はガノ○トスかこの野郎!
そう言わんばかりに奴を睨み据えた僕は、直後にやつの前足近くの空気が『歪んで』いるのを見て、どう使用もなく先ほどの空気の鎧のことを思い出す。
空気の鎧、アレがもしも、もしも斬撃無効以外に攻撃面においても有効なのであれば――
「いやこいつ強すぎるだろ……!」
言いながらも、連続で振るわれる両の前脚を大きく余裕を持って躱してゆく。さすがにガノト○ス並の狂った当たり判定でもある一定まで離れていればその当たり判定ですら届かない。
まぁ、僕が素早さ極振りだってこともあって、こと躱すだけならばなんてことは無い。
しかしそこから攻撃も考えなければならないとなると……ものすごーく難易度が跳ね上がってしまうが辛いところ。
大きく息を吸う動作を察知して大きく距離を取ると、同時に大きな咆哮が響き渡る。
距離をとっていたからだろうか、何とか硬直にこそ陥らずに済んだわけだが、それにしたって行き詰まっていることには変わりない。
「どうしたもんか……」
言いながらも、そう言えばシロの姿が見えないということに気がついた僕は、グリフォンに気付かれぬようにこっそり周囲へと視線を巡らせる。
そして――見つけた。
「っておい……!」
思わず声を上げた僕を、一体誰が咎められようか。
見ればグリフォンの背後、僅かに結界の中へと入り込んでいる草むらの中には槍を片手に隙を窺うシロの姿があり――そして、咆哮で僕に硬直が効いているか否かをグリフォンが確かめようとした、その、僅かな隙をついて走り出したのだ。
無謀にも思えるその突撃。
されどその結末は、僕が思っていたソレとは大きくかけ離れており――
『ギィヤアアアアアアア!?』
「えぇっ……」
響いたグリフォンの悲痛な絶叫に、暴れ狂うグリフォンのお尻に突き刺さった槍に、その槍にしがみつき、無表情のままぶんぶん振り回されるシロに、僕は驚きに思わず声を上げた。
いや、めちゃくちゃシュールな光景にもちょっとばかし驚いてはいるのだが、それよりも驚いているのは『シロが風の鎧を無効化出来ている』という事だ。
何故、なんで僕の攻撃は通じず、彼女の攻撃は通用した?
そう考えて一番最初に思いつくのは、武器の種類の違いだ。
アゾット剣が【斬】属性として、彼女の槍は【突】属性となる。もしや防げるのは斬撃系だけなのだろうか。
そんな淡い希望を抱いた僕は、すぐさま換装の指輪でアゾット剣から弓へと持ち替え、奴の両の瞳目掛けて矢を放つ……!
――が、しかし。
ギィンッ! と弾かれるような硬い音が響く。
見れば放った矢はグリフォンの足元に転がっており、武器の種類で攻撃が通るシステムでもないのだろうと再認識する。
そしてこうも思う――ならば何だ、と。
武器の種類ではなかった。
なら他に、僕と彼女で何が違う、一体何が異なった、何が原因で攻撃が通った。
そう悩む僕の視線の先では、尻に槍を突き刺したままへばりついているシロをグリフォンが睨み据えており、その視線を受けてすぐさま槍を抜き放ち、再度大きく突き刺そうとしたシロは――ギィンッ、と風の鎧に阻まれ、大きく後方へと吹き飛んだ。
「……」
さっきは通って、今は通らない。
その二つの違いはなんだ、何が違う。
そう、先ほどの構図と今さっきの構図を見比べた僕は――
「――まさか」
とある可能性が脳裏に浮かび、シロへと視線を向け、威嚇するように喉を鳴らしているグリフォンのケツへと――矢を放つ。
するとどうだ、先ほどは弾かれたはずの矢は見事予想やつのケツへとぶっ刺さっており、小さく悲鳴をあげたグリフォンは憎悪に歪んだ瞳を僕へと向ける。
――たぶん、今ので確信した。
奴の持つ風の鎧。
それは攻撃においては攻撃範囲を延長し、防御においてはありとあらゆる攻撃を弾く、かなり有用なものであったろう。が、しかし。
「そんなに強い能力だ、デメリットがないわけが無い」
でないとそれこそ『チートやチーターや!』みたいなセリフを吐かれたっておかしくない。
ならどこかにデメリットがあるはず。
言い換えれば――攻略法があるはずなのだ。
そしてその攻略法も、シロの活躍あって確信できた。
「お前さ、『視認した攻撃』しか無効化できないんだろ」
その言葉に、グリフォンが震えたような気がした。
「もしかしたら知覚した攻撃、なのかもしれないと思ったけど、だったとしたら足音が聞こえた時点でその能力は発動される。そんなチート、このゲームが許すと思うか?」
このゲームは言っちゃなんだが、結構普通だ。
クオリティこそ馬鹿みたいに高いが、せいぜいそれだけ。
異世界と同等のクオリティと、NPC一人一人に至るまで人間と同等の知性を持っていると思しき、圧倒的なデータ量、そして技術力。
それがこのゲームのすべてであり、他は一切と言っていいほど『チート』が許されていないのがこのゲーム。なればこそ。
「攻略法の一つや二つ、見つからないはずがない」
そう呟き、僕は改めて矢へと弓を番える。
さて、グリフォン戦の攻略の道筋が見えたところで、そろそろ僕も全力を尽くして――その命を刈り取ろうか。




