《7》VSウルフ
走る――走る。
左右へと素早く視線を向けると、僕に少し遅れて二体のウルフが追随しており、彼らは怒りに目を充血させてウオンッ、と吠える。
というのも、ちょうど三匹の群れを見つけたから不意打ちで一体を倒したのだが、すると残りの二体が怒る怒る。これが現実でないと分かってはいても、このリアリティの高さには製作者へと脱帽する限りだ。
僕は視線を前へと向けると、前方数メートルの所に手のひら大の大ぶりの石ころが落ちているのを発見する。
「ラッキーっ!」
僕は通り過ぎ際にその石ころを拾うと、ノーモーションで僕から見て右後方のウルフへと投げつける。
『キャウンッ!?』
よし、怯んだ。
僕が今現在『現実』の技術において使えるものは、恐らくは武器や身体の使い方、学生時代からかなり得意としていた気配の消し方。そして、相手を騙す――詐術くらいなものだろう
特に詐術に関しては僕が最も得意とすることで、別に悪さとかはしてないけど『詐欺師になったら大成するんだろうなぁ』とはよく思う。きっと僕の天職は詐欺師だろう。
……って、今はそれどころじゃないか。
僕はギギっと足でブレーキをかけると方向転換。石礫をぶつけられて怯んでいるウルフ――を心配しているウルフの方へと駆け出した。
奴は一瞬僕への反応が遅れる。
正直アーツしか取得のない通常のプレイヤーなら、その一瞬があったところでさして意味は無いだろう。
だが――
「こっちは常日頃から神話クラスのドラゴンとかと戦ってる身の上でねッ!」
ウルフは僕めがけて噛みつきを放つ。
僕は『見切り』スキルによって視界に現れたその赤い危険信号を頼りにそれを最小の動きで躱すと、流れそのまま身体ごと一回転することで剣に遠心力という攻撃力を加える。
さらに――
「『エンチャントマジック』ッ!」
瞬間、剣が淡い光を放ち始め、それを確認した僕はその剣を真っ直ぐウルフの大口へと切り込んだ。
ズバァァァァッ!!
ウルフのこちらへ向かう力。
回転して生み出した遠心力。
僕のエンチャントマジック。
それらがうまく噛み合ったのか、そのウルフは口から後ろ足の周辺まで剣が喰いこみ、パァンっとポリゴンとなって砕け散る。
「よし一体!」
僕は立ち上がって振り返る。
もう一体のウルフはもうすぐ目の前まで迫っており、僕はその振るってきた前足を剣でガードする。
『ウワォンッ!!』
一瞬の硬直。
けれどもウルフはすかさず噛み付きへと攻撃を移行し、それを見た僕は堪らず交代する。
「くっ……、お前多分あの中で一番強いだろ……」
間違いない。
一匹目は比較的小ぶりだったし、二匹目は上手い具合にハマったからよく分からなかったが、ここまで強いようには感じられなかった。
に対してコイツ。攻撃が防がれたと思えば押し切ろうと思わずに次の手を使ってくる。
明らかにそこらの人工知能が持ち合わせていいレベルの知能ではないだろう。間違いなく高性能知能が入ってる――もしかしたら単独行動をしていただけの群れのボス、あるいは幹部かもしれない。
「だとしたら……、早めにケリつけないと不味いよなッ!」
僕は駆け出した。
もしもそうだとしたら他の群れのウルフたちが集まってくる可能性がある。二匹ならば余裕、三匹ならギリギリ、四匹以上となると死に戻りを覚悟しなければならないだろう。
だからこそ、僕は早く決着をつけてこの場から離れなければならないわけなのだが――
「ハァッ!」
僕の振るった剣は軽くそのウルフの毛皮を切り裂き、ウルフはたたたんっと地面を蹴って距離をとる。
その瞳はもう既に充血しておらず、そもそも闘争心自体が感じられなくなっている。
僕は試しに一歩後ずさってみる。
すると全く同じタイミングで一歩を踏み出してくるそのウルフ。
「コイツ……、援軍を待つ気だな……?」
確信した。
コイツは恐らく僕を足止めし、その間に駆けつけた仲間の群れと一緒に僕を片すつもりだ。
僕はニヤリと笑みを浮かべる。
別に卑怯とは言わないさ。なにせ僕が卑怯な手を得意としているわけだしな。
それに――
「ふはははははっ! ならば逃げるのみ!」
今から、ものっすごい卑怯な手を使うから。
僕は高笑いしながら踵を返して走り出す。
それにはウルフも一瞬唖然としたが、すぐに焦ったように追いかけてくる。
どうやら本当に知能が高いらしい、唖然としたところでそれは半ば確信していたが、素の速度が僕の方が少し早いことにも気がついているのだろう。その焦った様子を見れば明らかだ。
僕はニヤリと笑ってさらに一段階速度をあげてトップスピードに乗ると、その狼へと向けてこう告げた。
「さぁ、追いつけるものなら追いついてみろ!」
僕は木々の生い茂っている方向へと走ってゆくと、ジグザクとランダムに木々を挟みながらテキトーな方向に進んでゆく。
それにはウルフも付いてこれなかったのだろう。何度か木の根に足を取られ、時には木の幹に身体をぶつけるような時もあった。
けれども追うものと追われるものの関係上、こういう入り組んだ地形では追うものの方が断然有利。
僕が再びジグザクと動き始めた途端、すぐ背後まで移動していたウルフがニヤリと笑うのが見えた。
僕の姿が木の幹に隠れる。
ウルフはそれを見届けた直後、僕が駆けて行った方とは逆回りに気の幹を回り始める。
なるほどそうすれば普通ならば相手と正面衝突出来るだろう。
――普通ならば、の話だが。
ウルフは幹を回り終える。
奴は牙をむき出しにし、走ってくるであろう僕へとカウンターで反撃しようとして――
『ウヮウッ!?』
誰もいないそこを見て、目を見開いた。
ウルフは困惑したように周囲へと視線を向けるが僕の姿は見当たらず、奴は結局困ったように虚空を見上げ――
ズダァッ!
木の上から降りてきた僕の、下敷きになった。
ウルフは目を見開いてこちらを見上げようとするが、その前に僕の腕がウルフの首へと周り、ロックする。
そう、僕はウルフの知能から、追いついた上で僕が木の幹に隠れると、それを逆手に取って逆から反撃してくるであろうことを読んでいた。
だからこそ幹に身が隠れた途端、僕は木登りの容量でそそくさと木を登り、丁度いい高さでの所で幹に剣を突き立てていたのだ。
「フンッ……賢いのが仇となったな!」
僕はぎゅっと腕に力を込めると、ウルフは必死に暴れ出す。
けれども完全にキマっている首のロックを、よりにもよって腕の骨格からして違うウルフが外せるはずもなく、奴は徐々に動きを緩めてゆき、十数秒後にはポリゴンとなって砕け散っていった。
《ポーン! ウルフを三体倒しました! 150経験値を獲得しました!》
《ポーン! レベルが上がりました!》
僕はその声を聞きながら「ふぅ」と息を漏らす。
視線をあげれば木の幹に刺さったままになっている僕の剣があり、僕は木の幹に足をかけながらこう呟いた。
「まさか、決め技でモンスター倒せるとはな……」
少しだけ、巨人族とかになってドラゴンを絞め殺すのに憧れた僕であった。
☆☆☆
「ふぅ……」
僕は剣を抜いた後、近くにあった大きな木の枝へと飛び移って枝の上に座り込んだ。
一応さっきのレベルアップについてステ振りしておきたいけど、下にいたらまたウルフに狙われそうだし、ここまで木の密度が多いと空を飛ぶモンスターもいないだろうと言う理由からだ。
「んじゃ、ステ振りしますかね」
僕はメニューからステータスを開く。
そこには全ステータスが一つ上がり、SPに三が入ったものが表示されており、僕は少し悩んだ末にステータスにSPを割り振った。
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【name】 ギン
【種族】 吸血鬼族
【職業】 旅人
【Lv】 3
Str: 8 +3 (↑1)
Vit: 3
Dex: 3
Int: 3
Mnd: 3
Agi: 11
Luk: 6 (↑2)
SP:0
【カルマ】
-100
【アビリティ】
・吸血Lv.1
・自然回復Lv.2 (↑1)
・夜目Lv.1
【スキル 5/5】
・下級剣術Lv.4 (↑2)
・隠密Lv.2 (↑1)
・気配察知Lv.3 (↑1)
・見切りLv.3 (↑1)
・下級魔力付与Lv.3 (↑1)
【称号】
なし
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スキルは順調に上がっていっているのであまり気にしてはいない。
今気にしているのは、果たして僕が街に行ってNPCから素材を買い取ってもらえるかどうか、ということである。
正直今日はもう疲れたし、そろそろ時間的には昼時だ。街へと帰って何か食べたいし、防具も買いたい。
だがしかし、そこで待っているのがその問題であり、僕は少しでもいい状況になってほしいという思いも込めて、運勢値に多めに割り振った。
「敏捷値も上げたかったけどな……」
僕は思い出す。先ほどの戦いを。
攻撃は通じていた。
もう少し――それこそ今のSPを全て敏捷値に振り込んでいれば、きっと次はもっと楽に戦えるだろう。
僕は「これで何もいいこと起きなかったら詐欺だな」とため息をひとつ漏らして木から飛び降りる。
「……さ、帰るか」
僕はそう呟いて、マップを開いた。
《補足説明》
このゲームには『ウィークポイント』という弱点が存在します。首や心臓と言った場所ですね。
ギンがウルフを簡単に狩れているのは的確にウィークポイントを狙い撃ちしてる為です。
……なんにも知らずにやってるんですから、本当に何なんでしょうね、彼は。
次回、Rクエスト。
Rとは一体……? カルマ-100の実力が明らかになります。