《65》二階層へ
お久しぶりです。
全知全能の神が創りし、もう一つの世界。
そう呼ばれる、VRゲームがあった。
その世界は現実世界と見紛うほどにリアルを追及しており、聴覚、味覚、錯覚、嗅覚、あらゆる面で他のVRゲームを圧倒していた。
その技術は現代の誇る最先端技術を以てしても再現不可能と専門家に言わしめる程であり、幾度となくネット上で『理外の何か』が介入しているだの、宇宙人が手伝っているだのと言われてきたが、その事実は未だに明かされることはなく、ただそこにあるのは発売会社すら発表されない最先端VRゲームだけである。
しかしながら、そのゲームは発売台数に制限があり、初期の発売台数は日本において一万台。
故にありとあらゆるゲーマー達が死にものぐるいでそのゲームを手に入れようと尽力したが、けれども手に入れられない者は確かに現れる。
――故に、運営は一つの約束をした。
それはβテスターたちがゲームを終える際、全プレイヤーへと送られたという一通のメール。
その内容は単純明快。
『第一層をクリアしたその四日後、新たに二万台のSilver Soul Onlineを日本において発売する』
かくして、一層クリアから三日が過ぎ。
発売日前日となったその日。
相も変わらず一階層に留まっていたその青年は、やっと行動を起こそうとしていたのであった。
☆☆☆
どうもこんにちは、ギンです。
何だかお久しぶり、って感じもしなくもないが、ゲーム時間じゃ二階層がオープンされてから三日しか経っていないわけで、その間はシロと遊んだりシロと戯れたり、シロとキャッキャうふふしたりして過ごしていた。
まぁ、基本的にふざけてシロに踏まれたり殴られたり頭突きされたりと、暴力しか振るわれていないような気もするが、まぁ、それも一種の愛情表現として受け取っておくとしよう。
「なぁシロ?」
「……!」
何を言っているのか分からなかったのだろう彼女は、とりあえずふんすーとやる気を見せてガッツポーズをしている。久しぶりだが安定の可愛さである。
――現在位置は、一階層の中央広場。
噴水のたてる水しぶきの音が耳の裏を撫で、爽やかな風が頬を滑ってゆく中、僕はメニューからステータスを開き、新しい装備を身につけてゆく。
そして――決定。
途端に僕とシロの体を白い光が包み込み、それぞれの体を新たな装備が包み込んでゆく。
僕は……まぁ、変わったのはネックレスのみだろうか。
首から下げられているのは、銀色のネックレス。
銀色のチェーンに、モチーフの部分には円形の円盤が取り付けられている。その中には四つの溝が刻まれており、内一つには綺麗に磨かれた『白帝の炎石』が収まっている。
あからさまに『残りを集めろ』と言わんばかりのそのネックレス――
───────────
魂のネックレス ランクS+
魂の刻まれたネックレス。
世界に散らばりし四つの魂の収集器。
壊れることはなく、離れることは無い。
ただ、それらの魂は主へと力を貸すであろう。
――かつてのように。
Luk+10 炎耐性
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まぁ、あれだ。
運が良くなって、あと炎に対する耐性を得たようなものだ。
加えてちょっとした能力が使えるようになってるっぽいのだが――それについてはまた今度。
チラリと隣を見れば、そこには装備そのものがガラリと変わったシロの姿があった。
モコモコとした純白の毛皮のマントを纏い、その下から伺えるのは顔が反射する程に眩く光る白銀色のミスリルの鎧。
その背中には尽くを貫かんと言わんばかりに凶暴性を迸らせている鋭い槍に、翡翠の盾が背負われている。
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白虎の銀槍 ランクA 100/100
聖獣白虎の素材を元に作られし槍。
その槍は白夜の爪の如く全てを貫き、斬り裂く。
Str+20 炎耐性
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白夜のマント ランクA 100/100
聖獣白虎の素材を元に作られたマント。
炎に対する絶対的な耐性を持ち、あらゆる斬撃と魔法を通さない高度を誇る。
Vit+10 Mnd+10 炎耐性
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ミスリルの銀鎧 ランクB+ 60/60
希少金属ミスリルを用いて作られた鎧。
物理、魔法、両方に対する大きな防御力を誇る。
Vit+20 Mnd+20
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翡翠の盾を除いて心機一転。
何だか全体的にモフモフとしたシロはきょとんと小首を傾げて自分の体を見下ろしており、その姿は正しく天使。自らのマントをもふもふしているその姿を見てほんわかしていると、トントンと肩を叩かれて背後を振り返る。
「おう、久しぶりだなお前さん」
そう話しかけてきたのは、どこぞのギルドマスター。
既にほとんどのプレイヤーが二階層へと進出し、今や一階層はほとんど『もぬけの殻』と化している。
ま、その分NPC――現地人の人達が多く伺えるため何ら寂しくはないが、それでも周囲を見渡してプレイヤーのマークが無いのは新鮮である。
「どうしたギルマス。見送りにでも来てくれたのか?」
「その通りだとも」
僕の冗談半分の問にニカッと笑ってそう返した彼は、バンバンと僕の肩を力強く叩いてくる。
冗談半分の言葉がまさか的中しているとは、そう少し驚いていると、シロがギルマスの髭を引っ張ってあそび始めたため、彼女の首根っこを掴んで引き寄せながら口を開く。
「良くもまぁ、僕の出る時間帯が分かったな」
「なに、そこの武器屋にちょっとコネがあってな」
そう彼が指し示した先には、影のローブを作ってくれた店主さんの店前にツキちゃん一家が勢ぞろいしており、彼らは満面の笑みで僕らの方へと手を振っている。
……まぁ、シロの装備は店主さんに頼んでたからな。店主経由でギルマスも知った、と考えれば納得も行くが――
「で、何で僕の見送りになんて来てんだ? 他の人たちの見送りなんてしてなかったと思うけど」
「ガハハ、お前さんとはけっこう付き合いがあったからな、特別だよ特別――」
そう言いながらも耳元へと口を近づけた彼は、落ち着いた声色でしっかり言含めるようにしてこう告げる。
「それと、新しい街じゃお前さんは新人、つまりは全くの未知ってわけだ。そりゃあこの街でのお前さんの噂が行ってると思うからこの街ほど苦労はしねぇと思うが……それでも色々と気を付けな、吸血鬼さんよ」
その言葉に小さく目を見開き、けれどもしっかり頷いた。
確かにこっから先は初めての領域だ。僕の顔なんて知らない奴らがほとんどだし、この街に来た当初のあの『めんどくさい感じ』が再来したっておかしくない。
ただ不幸中の幸い、こっちでの良い噂が向こうにも広まってるみたいだが――それにしたってそれで全て解決、って訳でもないだろう。
「つまり、誰も信用するな、ってことだな?」
「……はぁ、注意のしがいが無いやつだぜ」
そう苦笑するギルマスに笑って右手を差し出すと、彼は一瞬きょとんと目を丸くして、すぐに笑って僕の手を握り返した。
「そんじゃ、きっちり手紙は渡してくるよ」
「おうともさ。手紙渡して、たまに寂しくなったら戻ってこい。この街はお前さんの味方だからよ」
――味方、と。
そう告げた彼の言葉に頬を緩めると、わくわくし始めたシロを伴って噴水の前へと足を踏み出す。
途端に目の前へと現れる透明なボード。
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《転移》
どこに行きますか。
→第二階層『マーレの街』
→キャンセル
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さて、第二階層、『マーレの街』。
噂に聞くに、海が綺麗な港町だそうだ。
小さく笑って隣を見ると、ローブの裾をきゅっと握りしめてくるシロと視線が交差する。
彼女はどこか不安げに。
それでいて好奇心旺盛に僕の瞳を見据えており、その瞳に、その姿に、思わず笑って頭をくしゃりと撫で付ける。
「さて行くか、シロ。新たな冒険の始まりだ」
「……!」
彼女が元気よく頷いたのを見て、小さく背後を振り返る。
そこにはいつの間にか、ちょっと顔見知りになった現地人が十数人集まっており、それらの顔ぶれを見渡して一言。
「それじゃあ、行ってきます」
背中に『行ってこい』との視線を受けて。
僕らは一歩を踏み出した。




