《62》お前を超える
白虎戦決着!
片足で地面を蹴り、地面を滑るように移動してゆく。
相手は白虎。しかもステータスこそ変わらないが、その中身は幾度となく視線をくぐり抜けてきた強敵へと変わっている。
対して僕は片足を失い、速度や戦術だって先ほどと比べれば精細さに欠けるだろう。だが。
「痴態を晒すわけにはいかないしな」
そう呟いて、スッと目を細めた。
僕が一度白虎相手に死にに行った理由。
それは圧倒的な速度で対応し、成長してゆく白虎の姿を間近で見て、この身で味わって、そして――知ることだ。
知れば対応策が出る。否が応でも思いつく。
それだけの頭脳を僕は兼ね備えている。
――はずだった。
「はぁッ!」
『グルルッ!』
高速で振った短剣が火花を散らす。
牙に阻まれた短剣は大きく弾かれて状態を逸らしてしまったが、同時に白虎の体にも響いた様子で、奴は頭を大きく震わせて後方へと飛び退る。
けれど隙を与えてしまえば不利になるだけ。
すぐさま奴の方へと駆け出した僕は弓を取り出し、連続で何本もの矢を連続で放っていく。
はずだった、とそう言ったのには理由があった。
僕はたしかに戦っている最中、奴の弱点をいくつか発見していた。
カッとなり頭に血が登りやすいこと、直感が優れているが故にその直感に頼りすぎていること、その他にも多くの弱点や隙を発見した。
だが、それらは全て無駄と帰した。
なにせ、今の白虎の中に存在しているのは百戦錬磨の猛者である。そんな相手にわかりやすい弱点などあるはずもない。
自身の弱点など一瞬で克服される、対応される。だから僕が一回死んだ意味はほとんどなくなったようなものだ。
――だが、完全になくなった訳では無い。
「ヴオオオオッッ!!」
咆哮が轟き、矢を弾きながら白虎が駆け出す。
大きなステータスに百戦錬磨の魂を持つ最悪の敵。
大して僕はステータスでもくぐった修羅場の数でも、まだコイツには勝てないと思う。どこからどう考えても格下だ。
なればこそ。
「僕が勝つ方法はただ一つ」
そう呟くと同時にアゾット剣へと持ち直し、足元の壊れた屋根のレンガを足首の消えた足で思いっきり蹴り付ける。
そのレンガは真っ直ぐに白虎の顔面へと向かってゆき、弓を消したことから遠距離での攻撃はないと見込んでいた白虎は咄嗟にそのレンガを払い除ける。
――そして、眼球のすぐ前にまで迫っていたアゾット剣を、間一髪のところで躱してみせた。
「ぐっ……」
小さな悲鳴を漏らしながら体勢を整えると、切り落とした足がじくじくと痛むのをこらえながら白虎への向き直る。
一瞬意識を外してからの痛み覚悟での本気の絶歩。
見ればやつの頬には大きな傷跡が刻まれていたが……今ので目を潰せなかったのは少し痛い。
考えている間にも白虎は体を反転させてこちらへと前脚を大きく振りかぶり、咄嗟に体を半歩横にずらした僕は短剣を使ってその攻撃を受け流し、手に響いた衝撃に顔を歪めながらもその下顎に短剣を叩き込む。
『がァッ……!?』
小さく弾けたポリゴンを頬に受けながら、すぐさまアゾット剣を離してその場から飛びすさると、直後にもう片方の前脚が僕のいた場所をえぐっていく。
この白虎は間違いなく格上だ。
能力も経験も遠く及ばない、言うなれば大先輩。
その先達が僕との戦いの最中で成長し、強くなっていくのだとすれば。
「――僕はもっと早い速度で、成長するだけだ」
もう行き詰り、だなんて思わない。
技術も精神も強さも何もかも、僕にはまだまだ大きな伸び代が残っている――と仮定する。否、断定する。根拠なんてどこにもないが、そう断定して、前に踏み出す。
もう、強くなることに謙虚にならない。
貪欲に、強欲に、強さを求め、手に入れる。
チートとさえ呼ばれる純粋な強さを。
人々が蔑むことも忘れて『馬鹿馬鹿しい』と一蹴してしまうような絶対的な強さを。
そんな強さを手に入れる、そのためにも。
「今この瞬間に――お前を超える」
アゾット剣を召喚し直し、白虎目掛けて投擲する。
対して白虎はその投擲を前脚の爪で大きく弾くが、それと同時に奴の顎の下から衝撃が走り抜ける。
一瞬で奴の顎の下へと潜り込み掌底を見舞った僕の掌には傷口を抉る嫌な感触が響き、同時に真下の僕へと視線を向けた白虎と視線が交差する。
『グオオオアアアッ!!』
目尻を大きく吊り上げて怒りを顕にした白虎は、体ごと押しつぶすようにして大きなその体を頭上から突き落としてくる。
だが、それは二度見た。
なれば対応策をねっていないはずがない。
すぐさま奴の首へと大きく跳ぶと、その毛皮を掴んで力任せに奴の上へと飛び乗った。
もちろん炎を出されれば使えるはずもない手段ではあるが、今のコイツはおそらく、位置変換の手段こそあれ炎を使う能力を完全に失っている。
なればこそ、使えなかった戦法だって十分に使えるはずだ。
「――歯ァ食いしばれ」
轟ッと炎のように右腕へと銀色の魔力が纏う。
単なる拳は外殻を――つまりは『器』を壊す手段でしかない。
そのために熟練の相手にとってただの拳とは、痛みを我慢すればそれで終わるだけの攻撃でしかなく、上にいえばいくだけ単なる拳じゃ倒しきれない相手が増えていった。
けれどそれに気がついたのはちょうどサタンとかいう化物と戦った時のことで、ついぞ生きている間に新たな攻撃手段を極めることは出来なかった。
だが、死んでから沢山の時間が出来た。
この世界に来て、いろんな敵と戦って、シロにも槍について教えながら、それでも余った時間をひたすらに修行に費やした。
その果てに行き着いたのが――我が名を冠するこの一撃。
「――『破鐘撃』」
ゴォォォンッ、と巨大な鐘を撞木で叩いたような衝撃が奴の頭蓋に突き抜け、声にならない悲鳴が白虎の歯の隙間から漏れだした。
――破鐘撃。
簡単に言えば高速で打ち出される掌底である。
拳に比べ、掌底というのは相手の身体の『内』を壊す手段であり、外的な殺傷力はないが、それでも意地や根性なんかじゃどうにもできない傷と痛みを相手の身体へと残していく最悪にして最高の攻撃手段だ。
奴の上から近くの屋根へと降り立った。
見れば、いくら白虎と言えども脳を揺さぶらるのは大打撃だったらしく、大きく体を揺らした白虎は焦点の定まらない瞳を虚空へと漂わせている。
――絶好の機会。
あまりにも大きすぎるその隙に思わずそう重い、足に力を込めた――その時だった。
「ぐっ、が……ッ!」
痛みに見れば、破鐘撃を打ち込んだ右腕がだらんと下がっており、指先の感覚すら感じられない痛みに、流石にまだ実戦では早すぎたかと小さく後悔する。
破鐘撃は、言わば僕が開発した最強の物理技。
だが、撞木のように突き出した腕はそれ相応のダメージを相手へと与えるが、その衝撃は少なくない割合でこちらへも返ってくる。
見れば僕のHPバーは『執念』が発動したのか『一』まで減っており、足首の切断に右腕の負傷、HPの消耗と……ここに来ての絶好の機会は僕だけに訪れたものではないのだと実感する。
『グ、グオ、オオオォ……ッ!』
見れば瞳に光を灯した白虎は確かに僕の姿を睨みつけており、そのHPは僕同様に残り僅かなところまで減っていたが、それでもその闘志には微塵も揺らぎは感じられない。
「っそ……、やっぱり強いなぁ、お前。今だからぶっちゃけ言うけど、今ので倒しきる計算してたんだぞ」
『……』
僕の言葉に、奴が小さく笑った気がした。
――お互い様だろうが、この化物野郎。
そんな声が聞こえてきそうで、僕も思わず笑ってしまう。
「……さて、この歩く度にダメージが走る足で歩けるとしたら、あと一秒。左手しか動かないし、体力も魔力もほとほと尽きた」
つまるところ、多分勝とうと負けようと、ここから歩いた僕はその場でHPが全損されてゲームオーバー、死に戻りだ。
だが、全損からポリゴンと化すまでにほんの少しだけタイムラグが存在する。
だからこそその一瞬で、コイツのHPを全損させるような一撃を叩き込む。
『……』
クロエがもしここから離れ、歩くことの出来ない僕へと向かって遠距離からブレスの一つでもかますことが出来れば、その時点で勝負は決まる。
僕もなかなかだが、こいつもこいつでかなり一割もない残りHPだ。僕が駆けつけるより先にほかのプレイヤーによってこいつは討伐され、お互い消化不良のまま全てを終えることになるだろう。
そして、そんなのは僕もコイツも望んじゃいない。
もうここまで戦い尽くした。もうここまで死力を尽くした。
ならばお互い、考えることはただ一つ。
「――次で勝負を決める。そして勝つ。今必要なのはそれだけだ」
すっと瞼を閉ざし、左手で剣を構える。
両利きだった事が理由して左手で短剣を扱うことに全く不備はない――どころか、逆に左手で短剣を扱っていたことの方が長かったために、先程までよりも更に良い一撃を繰り出せる気しかしない。
が、ここで一つ問題が起きた。
「ひ、ヒャッハァ! チャンスだぜオイ! ボスにトドメさせばMVP間違いなしだぜ!」
「お、オイずるいぞ! 俺が先だ!」
「ふざけんな! 僕が先だぞ!」
「私がやるわ! ……ってアンタら邪魔! さっさと退けなさいよ!!」
聞こえてきた声に小さくため息を吐く。
見れば隣の屋根にはこちらへと駆け寄ってくる先ほどの妨害プレイヤー達の姿があり、その姿を前にもはやため息しか出てこなかった。
全く……こいつらが来たところで今の白虎にすら勝てるわけがないだろうに。思わずそう苦笑して――
「――失せろカス共」
瞬間、持ち得る限りの正真正銘、本気の殺気をぶち込んだ。
この世界において……どころか、あの世界においてさえ滅多に放つことのない、触れるだけで意思をへし折る絶対的な威圧感。
それを前に狂気と興奮に目の眩んでいたプレイヤー達は一瞬にして顔を蒼白させ、カチカチと奥歯を鳴らし始める。
「……悪いなクロエ、時間取らせた」
恐らくもう、こいつらはこの世界には訪れないであろう。現実世界の体にさえトラウマを植え付けるレベルの殺気を送り込んだから。だからきっと、二度と僕のいる世界には顔は出せない。
それはとてもいい事だ、
レッドプレイヤーにならず、犯罪者ギルドに依頼をせずに済み、更にはこんな雑多に時間を割かれずに済む。いいことずくめの最適解だ。
改めて剣を構え直すと、初めて彼女の声が響いた。
『――相も変わらず、お優しい性格だな』
「うるせぇこの野郎。純粋に相手するのが面倒なだけだ」
そうお互いに笑って――直後、一気に駆け出した。
視界の隅でHPバーが消失し、体の端がポリゴンとなって消え始める。
――その刹那。
体の底から魔力を振り絞って剣へと流しこみ。
大きく振りかぶったクロエの爪が唸りを上げ。
そして――
《Congratulation! 一階層フロアボス【白虎】が討伐されました。報酬をイベントリへとお送りします。MVP報酬は最も討伐に貢献したプレイヤー【ギン】に送られます!》
《ポーン! 二階層への転移陣が開かれました! 一階層中央広場の噴水前からご利用ください!》
《ポーン! 一階層攻略により、現時点を以てのリザルトを公式サイトにて発表いたします!》
《ポーン! レベルが上がりました!》
《ポーン! レベルが上がりました!》
そのインフォメーションを死に戻った噴水広場で聞いていた僕は、あまりの疲労感に座り込みながら。
「いよっしゃッ!」
そう呟いて、小さくガッツポーズをした。
☆☆☆
一階層・始まりの街――攻略完了。




