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Silver Soul Online~もう一つの物語~  作者: 藍澤 建
一階層・始まりの街
60/89

《60》死の選定

今回はシロちゃん主人公。

 深く、深く息を吸い込む。

 自分は闇だ。自分は石だ。自分は空気だ。自分はその他大勢のうち一人でしかない、ただの通行人だ。

 誰も路頭の石を気にはしない。

 誰もただの通行人を注意深く見やしない。

 誰も空気に、注目したりしない。


 ――そう、誰も自分を気にしない。


 常にそこにあって当たり前。

 だから何も気にしないし、気にすることもできやしない。

 空気が動いた、なら風が吹いているんだろう。

 石が動いた、少し風が強いかも。

 そこいらの人が動き出した、当たり前だ。


 瞼を閉ざす。

 深く、深く息を吐き出す。


「――僕は、一人の暗殺者」


 誰にも見つかることなく対象を惨殺する一人の獣。

 そこに標的の死以外はあってはならず、見つかること、自覚されること、それら全てはこちらの『死』と化す。


 スっと、瞼を開く。

 視線の先には暴れ狂う銀色の獣の姿が見えており、その獣へと向けてスッと、矢を番える。

 かくして僕は、一人笑うと。



「――これより執行を開始する」



 風切り音が、耳朶を打った。




 ☆☆☆




 ヒュンッと、白虎の体に矢が突き刺さる。

 それは唐突の出来事で、それを確認していたハイドは咄嗟に弓の使い手たるアオへと視線を投げた。

 しかし、その先でアオは愕然に目を見開いており、彼女は思わずと言ったふうに呟いた。


「……綺麗」


 それ、一体何を以て『綺麗』と言ったのか。

 その弓が放つ銀色の魔力か。

 あるいはその弓の軌道か、あるいは。


「――ッ!?」


 本能が警鐘を鳴らし、咄嗟にハイドは上空を仰ぎ見る。

 見れば上空からは数十本の銀色の矢が白虎目掛けて風を切っており、それらの矢はすべて、付近で白虎と切り結んでいたプレイヤー達を避けるようにして奴の体に突き刺さる。


『グゥ……ッ!』


 身に覚えのある痛みに、身に覚えのある気味の悪さに、白虎は小さく憤怒の声を漏らした。

 炎の纏った腕を一閃して周囲のプレイヤー達を屠り尽くすと、その射手を探して視線を巡らせる。

 あの男が、どこかにいる。

 ここまで気味の悪い弓を放てる存在など、あの化物のような男以外存在するはずがない。


 そう視線を巡らせた白虎は――直後、眼前へと迫っていた矢を咄嗟に身を捻って回避する。

 少しでも回避するのが遅ければ、目が潰されていた。

 その事実に白虎の背筋が凍る中、再び体に複数本の矢が突き立てられる。

 タイミングからして、間違いなく白虎が回避するのを見るより先に放っていた。

 つまりこう撃てば相手がどう動き、どんな感情を抱いてさらにそこからどう動くのか、そこまですべて読み切った上での射撃。


 ――間違いない、今のこの男は本気でこちらを殺しに来ている。


 先程戦った時でさえ本気ではなかったのか。

 そんな考えが脳裏を過ぎり、すぐに違うと察した。

 本気だった。あれはあの時、あの時点におけるあの男の最大出力であり、紛うことなき本気だった。

 にも関わらずこの現状はなんだ。


 射手を探すようにして走り出す白虎。

 途端に目の前へと毒の大剣が突き出され、咄嗟にその場へと足を止める。


「おいおい、頂けねぇな白虎さんよ? そんなチンケな矢にビビって逃亡か? あァ?」


 そう言って笑ったのはグライだ。

 奴はそう言って白虎を睨み据え、直後、顔の真横を通り過ぎて白虎の方に突き刺さった矢に、思わず目を見開いた。

 けれどもすぐにフッと吹き出すと。


「なぁるほど、チンケな矢だなんて言わせねぇと、つまりはそういう事かシルバーソウル」


 その頃党のシルバーソウルは「あ、やべ手が滑った」と一人呟いていたが、そんなことを知らないグライは喧嘩を売られていると勘違いし、ニヤリと口角を吊り上げた。



「――ぶっ殺すッ!」



 グライは毒の大剣を振り上げると、そのまま目の前の白虎目掛けて振り下ろす。

 そのあまりの威力にさすがの白虎も一歩下がって回避したが、直後にその判断は正しいものだったと理解する。

 轟ッと唸りを上げて振り下ろされた大剣は足元に広がっていた石畳を一瞬にして粉々に打ち砕き、その衝撃は白虎の足元にまで及んでいた。

 ――危険。

 こと威力に関してだけいえばこの男はあの化物すらも上回っている。

 そう考えた白虎は咄嗟に大剣を振り下ろしたその男へと前足を振りかぶり――ギィンッと、火花が散った。


「ふむ……ッ、なんとか耐えられる、のかこれは」


 見れば真っ赤な大盾を構えた赤髪のプレイヤー、ハイドが白虎の前足を受け止めており、直後にハイドの受け止めた白虎の腕へと二つの斬撃が叩き込まれる。


『グゥ……』


 見ればそこには金色の鎧を着たプレイヤーと、青い髪をしたプレイヤー、ゴールドとアオの姿があり、それぞれに長剣と短剣を手に白虎へと睨みを利かせている。


「フッ、決まりましたねアオ様」

「くさい、近寄るな成金」

「なんか酷い!」


 直後にアオが持ち替えた弓から無数の矢が放たれ、それを痛みを堪えながら回避した白虎へ――上空からは矢の群が降り注いだ。

 ドドドドドドドドド――……と、流星群の如く降り注ぐ銀色の矢の連射に白虎も思わず苦痛に顔を歪める。

 ――だが。


『……グルルッ』


 矢を堪えながら小さく瞼を開いた白虎は、遠く離れた屋根の上に立つその人影をしかとその瞳に映した。

 間違いない、あの男だ。

 そう確信した時にはもう、白虎は走り出していた。

 誰も彼も『一芸』には秀でているものの、単純な強さでいえば白虎に叶う存在はいない。


 ――ただ、あの男を除いて。


 あの男を倒せばそれで全てが終わる。

 そう確信した時には白虎は目尻を吊り上げて駆け出して。

 ふと、前方に立つ人影に気がついた。

 肩まで伸びる白銀の白髪を風になびかせる一人の少女。

 翼のような模様の浮かび上がったヘルムが太陽に煌めき、構えた銀色の槍がその切っ先を白虎へと向けてくる。


『グルルルッ!』


 その少女を白虎は知っていた。

 あの男の隣にいた、自身の目を焼いた憎き少女。

 その姿にカッと頭に血が上った白虎は、奴への通り道、なればこのまま轢き殺してしまえば良いと確信し――


「――――」


 瞬間、体からどっと力が抜け落ちるのを感じた。

 ヴァルキリーの固有アビリティ『死の選定』。

 それは命、つまりはHPを削ることで対象の力を一時的に下げる、つまりは格上ですら一時的に死の選定対象へとするための特殊なアビリティだ。

 それは他でもないギンが【必要な時以外は使うな】と言い聞かせていたために、普段は使わぬようにと言い聞かせを守ってきた彼女ではあったが、彼は先程こう言ってしまった。


『好きに戦え』


 そんなことを言われれば、誰よりも近くで彼の背中を見てきた彼女が、彼の無謀とも呼べる冒険の数々に胸を踊らせてきた彼女が、その真似事をしないはずが無い。

 見れば彼女のHPは一ミリ程度にまで減っており、主と同じその値に彼女は小さく笑みを浮かべた。


「……!」


 途端に動きの鈍くなった白虎へ、シロは一気に走り出す。

 一撃でも喰らえば『死ぬ』。

 その事実を前に、彼に守られてばかりで一度として死んだことのない彼女は、足が竦みそうになるのを感じた。

 けれど、もう迷わない。もう逃げたりしない。

 彼女は一度、彼を見捨てて逃げ出した。

 涙を流しながら、死ぬのが嫌で逃げ出した。

 そして――死ぬほど後悔した。

 後悔して、逃げ出した自分が悔しくて、それ以上にあの場所へ残ったあの人が心配で。

 それで戻った先にいたのは、自分を必死に守って死にそうなあの人と、それを前に嗤う大きな悪魔だった。

 気がついた時には彼の静止を無視して突撃してしまった彼女だったが、結局、自分は庇われ、代わりにあの人がまたも自分を守ってくれた。


 悔しかった。

 嬉しいと思ったのが、悔しかった。

 今、彼を支えられる力を持っていなかった自分が、この上なく憎く、疎ましく、そして悲しかった。


 だから、もう逃げない。

 後悔なんてもうしない。

 あの人の背中に追いつけるように、今度はあの人の背中を支えられるように。

 今度は、ありがとうって、助かったって、心の底から笑ってもらえるように。

 最初から助けてくれないかって、頼ってもらえるように。


 あの人のために、もっともっと、強くなるんだ。


「――ッッ!」


 シロの一閃した槍が、白虎の前脚を切り裂いた。

 赤いポリゴンが舞って白虎が苦痛に顔を歪める中、重くなった体を動かして逆の前脚を振るうが、彼女はそれを紙一重で躱して奴の腹の下へと潜り込む。

 彼の戦いはずっと紋章の中から見続けてきた。

 だから、どう攻めればいいのかも、分かってる。


「……ッ!」


 燃え盛るその腹に、大きく槍を突き刺した。


『グオオオオオオオッ!?』


 白虎が痛みに叫び、シロはその腹を掻っ切るようにして、槍を突き刺したまま後ろの方へと走り出す。

 彼女の武器は短剣ではない。

 彼女の武器は、短剣よりリーチの長い狼の銀槍。

 それに加えてギンよりも遥かに小回りが利く彼女の小さな体も相まって、彼女なればこそ、炎の影響を受けることなく近接戦闘を行えるのだ。


「ッ!」


 シロは駆け抜けると同時に槍を振り抜く。

 途端に鮮血がはじけ、白虎は腹に刻まれた一筋の傷跡に大きく顔を歪め、シロはよく出来た、と満足げに頬を緩ませる。

 ――だが。


「――!」


 風切り音にシロが前を向くと、そこには炎を纏った白虎の尻尾が迫っていた。

 そう言えばこれがあるんだったと、今になって思い出す。

 あの人もこれにやられていた。これは多分、白虎の奥の手のようなものなのだろうと、心のどこかでシロは思った。

 そしてこうも確信していた。

 ――あぁ、これは躱せない。

 槍を振り抜いたせいで体勢を崩した。にも関わらず目の前へと尻尾のなぎ払いは迫っている。

 ここで……死ぬ?

 その可能性に考え至り、思わず彼女の顔が歪む。

 こんなところで死にたくない。

 こんなところで……終わりたくない。

 まだあの人の役に立ってない、だから。


 ――こんな所では、終われない。


 気がついた時には、彼女の体は動いていた。

 躱せないのなら、無理矢理にでも躱せばいい。

 暴論にも近いその言葉を、シロはどこかで聞いたことがあった。


『あー、シロって槍使うんだったよな?』


 それは、この前勇者ごっこをした時、ギンが彼女へと言った言葉だった。

 それに対してこくんと頷くと、彼はイベントリから練習用の長槍を取り出すと、すっと構えて見せる。

 その時の衝撃は、未だ忘れることが出来ない。

 構えただけで分かってしまったのだ。あぁ、槍だけとってもこの人は、多分自分よりもずっと上手いんだって。

 短剣も、弓も、体術も、そして槍でさえも自分よりも遥かに上を行っている彼の姿に、ちょっと嫉妬して、それ以上に憧れた。


『槍って言っても最初だけ教えて貰ってあとは全部自分でやったからな……。なんて言っていいかわからないけど、槍っていうのはどうやって攻撃に当たらず、槍のリーチを生かすか、って言うのがミソかなーって勝手に思ってる。多分極めた奴からすれば【何知ったかぶってんだよこの野郎】って感じなんだろうけど、まぁそれはいいとして』


 そう言ってしゃがみこみ、シロと視線を合わせた彼は真剣味を帯びた表情で。


『敵と戦う時は、絶対に攻撃には当たるな。力で勝てないと思ったらその瞬間に防御を捨てろ、躱し、場合によっては受け流すことも諦めろ。躱し、攻撃することだけに全ての集中力を費やし――』



 ――それでも躱せないなら、無理矢理にでも躱せばいい。



 その瞬間、シロは地面へと槍を突き刺し、体を棒高跳びの要領で無理矢理に上空へと跳ねあげる。

 空気を薙いだ尻尾に白虎は大きな焦りを見せ、背後を振り返り、そこでこちらへどうぞ走り始めているシロの姿を見て目を見開いた。


 彼女は、彼からたくさんのことを教わった。

 世間の歩き方。人の罵倒の仕方。嫌な相手の見極め方。しつこい男の断り方。

 今から思うと役に立つのかわからないことばかりだけれど、それでも。


 大切なことだって、沢山学んできた。



「――ッ!」



 同じように、槍をバネに見立てて跳ね上がる。

 それを見上げた白虎だが、その姿はちょうど太陽と重なり、強い光が奴の目を一瞬だけ眩ませる。

 そして、次の瞬間。

 バリィンッと、シロの真上からガラス瓶が弾けたような音が響いて、青い液体が彼女の体に降りかかる。

 驚いてみれば彼女のすぐ隣を見覚えのあるポーションの瓶が落下してゆき、彼女のHPは既に全快していた。

 ――上級ポーション。

 彼がボスドロップ品として持っていたものだ。

 見ればこの距離で寸分違わず彼女へとボーションの瓶を割って届けたギンは遠く屋根の上から笑っており、その姿にシロは、くすっと口元に笑みを浮かべる。



『ありがとう』



 そう、彼女の口が動いたように思えた。

 けれどすぐに目尻を吊り上げた彼女はすっと息を吸い込むと、彼に教わった槍の技をその背中へと叩き込む。


『まぁ、理論的に覚えろとは言わないから、この感じを見て、覚えておいてくれればいいから。シロは槍の才能ありそうだから、その時になったらこの技、自然と出てくると思うよ』


 そう言って笑った彼が教えてくれた技。

 彼女の口元が小さく動き、その名前を形にする。



 ――戦女神の一撃ヴァルキリア・ショット



 その背中へと大きな一撃が突き刺さり、白虎の悲鳴が響き渡った。


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