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Silver Soul Online~もう一つの物語~  作者: 藍澤 建
一階層・始まりの街
59/89

《59》壁内へ

「すいません、なんでもいいので矢を売ってもらえませんか?」


 そう声をかけられたのは、ちょうど外壁から魔法やバリスタなどの攻撃が放たれた時のことだった。


「弓だ? なんだいアンタ、アオさんの真似して弓で始めたプレイヤーかい? やめときなやめときな、この中でまともに弓を使えるようなプレイヤーは現実で弓かじってるやつだけだよ。それとも何か、アンタも現実で弓かじってると……か?」


 そう言いながらもその声の方へと振り返り、その姿を見て思わず愕然とした。


「え、あ……」

「いやすいません、無いなら別にそれでいいです。ちょっと遅れますがギルド行って来ますんで」


 そこに居たのは、焦げ茶色の外套に身を包んだ一人の人物で、ゲームの中にしては珍しい何一つといじっていない黒髪に、ゲーム用に設定し直したにしては信じられないほど板についた赤い瞳が印象的なプレイヤーだった。

 ――シルバーソウル。

 その名が頭をよぎり、咄嗟にその背中に声をかけた。


「あ、アンタさっきまで1人で戦っていた……!」

「まぁ、はい。そうですけど……」


 よく見れば男は見たこともない黒色の弓を手に持っており、その傍らには小さな女の子が付き従うようにして佇んでいた。

 ――SS(シルバーソウル)、プレイヤー名『ギン』。

 最近巷を賑わせているこのゲームにおいて、最も異色を放っている最悪にして最強のプレイヤー。

 その我が道を行くスタイルに大勢の者が反感を抱き、チートツールだの運営の回し者だの、酷いことを言い放った。しかし、それすらも我幸いと独自で突き進むその姿に、憧れていた者少なからずもいたのだ。

 そして俺はどっちかっていうと前者。

 憧れ嫉妬して、チートだと騒いでいた方の人間だ。

 ――だけど。


(あぁ、こいつは本物だ……)


 その姿を目の当たりにして、なんとなく分かったんだ。

 こいつはそういう類の存在じゃない。

 間違いない、コイツは本物なんだ、ってな。


「矢、矢ならある! とりあえず百本くらいは常備してあったはずだ! それで足りるか?」

「百本……。二百五十、用意できますか?」

「に、二百五十……!? わ、分かった! これでも顔はある程度広いからな、周囲の店にも頼んでみる!」


 そう言いながら大急ぎで露店の片隅から矢を集め、イベントリにもしまい込んでいた矢も片っ端から彼の前へと出してゆく。


「すいません、助かります」


 そういった男はスッとその場にしゃがみこむと、それらの矢を一本一本吟味してゆく。

 けれどその瞳は俺はもちろん、矢そのものすら見ていない気がした。

 遠く離れた何かを――そう、まるで既にこの矢を用いでどのように相手を殺そうかと考えているような、暗殺者の瞳だ。

 その冷たい瞳に背筋が凍る。

 この男は一体、今までどれだけのゲームを経験し、どれだけの戦闘を繰り返し、どれだけの世界を渡ってきたのか。

 男の放つ底知れない『何か』に鳥肌が立つのを感じながら、すぐさま周囲の店へと駆け出してゆく。


 ――なにか、凄い事が起きる。


 そんな予感を覚えながら。




 ☆☆☆




「ギンくん! さすが良くやってくれたようん! 君の勇姿はきちんと動画に収めておいたから、これでみんなのヒーローになれるね!」

「心にも思ってないことを……」


 どうせもう掲示板とかに乗せたんだろこの情報屋。

 そう小さく嘆息しながら立ち上がると、僕の背後に立っていたアスパはこてんと首を傾げ、目を丸くしていた。


「……あれ? なんか装備変わってない?」


 彼女の言葉に視線を下ろすと、そこには今までの影のローブではなく、体に張り付いた黒いインナーシャツの上に、焦げ茶色の外套一枚羽織っただけの僕の姿があり、そういえば言ってなかったかとふっと腕を上げてみせる。


「これな、ちょっとツテのある店に頼んで作ってもらったんだけど、ステータス上昇能力とか一切ない代わりに、気配遮断能力が強化される『盗賊の外套』ってやつ」

「なにそれ凄い!」


 途端に食いついてきたアスパを腕を振って追い返すと、改めてこの外套を作ってくれた件のNPC武具屋に心の中で感謝を捧げる。出来っこないって思ったことが出来ちゃうんだからな……、二階層に行ってもあの店だけは利用させてもらおう。

 ということで。


「この街を使い続けるためにも、白虎にはここで敗退願おうかね」


 言いながら外壁の方へと視線を向けると、壁の上からは絶え間なく魔法やらバリスタやらが飛んでいたが、それでも白虎は大きいと言ってもシルバーナイトウルフ以上、アースバッファロー以下といった感じだ。そうそう捉え切れる大きさでもないだろう。


「ま、ハイドやらアオやらがいるなら大丈夫か」


 言いながらもアスパへと視線を向けると、彼女も僕の装備から大体の事は察したのか、少し疲れたようにため息を吐いた。


「五分だね。それ以上はどうやっても壁が持たない。君が事前に言ってたとおりブレスを封じてくれたみたいだからそれくらいは持つと思うけど、それを超えたら本格的に街を破壊しにかかってくると思うよ。前回もそうだったし」

「なるほど……」


 言いながらシロへと小さく視線を向けると、そこには槍を手にやる気満々といった様子のシロがこっちを見つめており、何だかもう言っても聞かなさそうな様子にため息を吐く。


「……言っても聞かないんだろ? 今日だけだ、なんにも言わないから好きに戦ってきなさい。危ないと思ったらこっちでフォローするから」

「……!」


 心底嬉しそうに口元をむにむにさせたシロは、そのままピューと壁の方へと走ってゆく。

 その背中を見てアスパが「だ、大丈夫なの?」とでも言いたげな視線を向けてきたが、シロはまだまだ半人前だけれど、それでも決して弱くはない。

 それに。


「いざとなれば、どこに居たって守ってみせるさ」

「おおっ! カッコイイねーっ!」


 全てを見透かしたように笑いながら横腹を肘で押してくるアスパを鬱陶しく払いながら、改めて作戦を確認する。

 僕の今回の作戦①――それは完全なる暗殺。

 街中に隠れながら街の中へとまんまと入り込んだ白虎を狙い撃ち、地道に、そして街が破壊され尽くす前に倒しきる。

 まぁ、間に合わないと知れば服を着替えて近接戦闘に戻ればいいわけだし、なにより街中じゃ『囮』には困らない。

 口元を隠すように抑えてフッと笑むと。



「僕もそろそろ、狙撃場所を探すとしますかね」



 準備は整った。

 さぁ、虎狩りを始めようか。




 ☆☆☆




「クソッ、これでは壁自体が持たん……!」


 ハイドが苦悩の声を上げ、壁の外で白虎と相対していたゴールドが焦ったように声を上げる。


「おい! 俺達は単体でこんな怪物とやり会えるほど強くはないのだ! そろそろ後退させろ、でないと壁どころか死に戻りかねん!」

「く……、分かった! 白虎を街の中に引き入れる! 後に我らプレイヤーで総攻撃だ!」


 これ以上は外で戦うのが不可能だと悟ったハイドは、すぐさま街中に呼び込み、戦うことを決意する。

 本来ならばプレイヤー全員が壁の外に出て戦うべきなのだろうが、もしも万が一それをやって壁を壊されてしまえば、白虎にとって万が一の逃げ道が出来上がってしまう。ハイドはそれを避けたかったのだ。

 しかし、そこまで考えの至らぬプレイヤーも中に居るわけで。


「おいおいおい、ハイドさんよぉ? こんなら壁の外行ってチョチョイと倒しちまえばいいんじゃねぇのか? 所詮はさっきのガキひとりでも足止めできる、所詮はその程度のモンスターなんだろぉ?」


 話しかけてきたのは、名前の所に赤いマーカーのついた犯罪者クランのメンバーだ。

 グライ率いるクラン《破壊の使徒》はかなりの練度で、構成メンバー一人とっても厄介極まりないが、今ハイドの目の前にいるプレイヤーたちは破壊の使徒の『真似』をしている実力的にも精神的にも雑魚としか言いようがない塵芥。

 彼らの言葉に小さく嘆息したハイドはスッと冷笑を顔に貼り付けると。


「ちょうど良かった。肉壁がちょうど欲しかったところだ。勝てるというのであれば言ってきたまえ。アオ君」

「りょうかい。ゴールドー、今からそっち援軍送るから、確認したら帰ってきて大丈夫だってー」


 どこからか「わっかりましたー!」と声が聞こえる中、愕然と目を見開くプレイヤー達にハイドはスッと足を踏み出す。


「言ったな? 所詮はその程度と。ならば行け、その体でその事実を確かめてこい。それも出来ずにそんな戯言を吐けたのならば、今すぐに貴様らの首が飛ぶこととなるぞ?」

「あ、あぁ? テメェ一体何を――」


 そう言った途端、男の首が宙へと舞った。

 その頭部は近くの地面へとグシャりと落ちて、体がパアンっと弾けてゆく。

 目の前の光景に固まってしまった彼の連れではあったが、スッと首筋に添えられた紫色の大剣を見て、背筋に怖気が走り抜けた。


「おいテメェら、俺らの真似っ子すんのは自由だが、やっちゃいけねえ事ってのもあるわけだよ、なぁ? そん中でも相手の実力を測り間違えて高笑いしてるなんざ俺らに対する冒涜だぜオイ?」


 見ればそこには彼らの憧れていた《破壊の使徒》のクランリーダーであるグライが立っており、彼が放つ威圧感に思わず口の端から悲鳴が漏れる。


「まぁ、そこの嬢ちゃんが我慢してんだ、俺も首一つくれぇで無かったことにしてやるさ。ほら、さっさと壁の外行って時間潰してこい、ただでさえ切羽詰まってんだからよ」

「は、はいいいいっ!」


 男の取り巻きたちが壁の外へと駆け出してゆく中、ハイドは苦笑しながらグライへと口を開いた。


「相も変わらず自由だな、貴様は」

「ったりめェよ。レッドは自由って称号だ。俺は別に人殺しが好きでレッドになってんじゃねぇ。イラッと来た時に容赦なくぶっ殺せるようにレッドになったんだ。そこんところ履き違えてんじゃねぇぞ? なぁお嬢」


 そう言ったグライの視線の先には、いつの間にか戦場へと現れたギンの従魔――ヴァルキリー、シロの姿があり、その姿にハイドは小さく目を見開く。


「シロ君……だったか? 一体どうしたんだグライ」

「あ? そこら辺で腹減ってそうに屋台を眺めてたからちょっと奢ってやったらついてきた。まったく知らない不審者についていくなって教わってないのかねー」


 そう笑いながらも、グライは恐らくどこかに隠れているであろう目的を探して周囲を見渡す。


「あー、こりゃあ見つかりそうにねぇな。短剣も弓もトップクラス、加えて気配遮断に関しちゃもうアッパレの一言じゃねぇか」


 ま、今回来たのはアイツと戦うためじゃねぇけど。

 そう言って壁の方へと視線を向けたグライ。それに習ってハイド、シロも壁の方へと視線を向けると、ゴールドたちが息を荒らげながら逃げ出してきたのとほぼ同時に、門の向こうから先ほどのプレイヤー達を噛み殺した白虎が姿を現した。


 その姿にククッと笑みを浮かべたグライは目尻を吊り上げ。


「今回の目的はこっちの虎だ。いいなハイド、思いっきり暴れさせてもらうとするぜ?」


 そう言って、真正面から白虎へと駆け出した。

 その姿に苦笑したハイドではあれど、彼もまた口元に笑みが浮かんでいたのは言うまでもないことであった。

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