《58》銀滅炎舞
本編のまえがきで書きましたが、そろそろ本編がクライマックス入りそうなので、またこちらがお休みさせてもらう流れになりそうです。
申し訳ありません。
――銀滅炎舞。
白虎の力にそう呼ばれるものがある。
それは一言で表せば銀色の炎を操る能力であり、白虎が持つ一番ベーシックで、それでいて厄介な能力でもある。
この白虎と最初に相対した時、僕が思ったことは「この白虎があの力を使う気配がなくて助かった」だった。
なにせ、もしもそんな力を使われたら。
「勝ち目ないもんなぁ……」
頬を強ばらせながら思わずため息を漏らした。
視線の先には身体中から銀色の炎を吹き上げる白虎の姿があり、自らのHPバーへと視線を向けて苦笑いしてしまう。
「少しでも触れたら即終わり。その上有効な攻撃は近づかなきゃできないと来た、か」
燃え尽きずに残っている換装の指輪で弓と矢筒を取り出すと、同時に街の方から拡大された声が聞こえてくる。
『ギンくーん! 色々言いたいことあるけどとりあえずあと数分! あと数分持たせてお願い! 今その炎上げながらこっち来られると対処できなくて大変なことになるからー!』
無茶なこと言うな馬鹿、と叫び返してやりたかったが、今の白虎を前にするとそんな気力も失せてくる。
勝ち目はない。多分まともにダメージも入らない。
だからこそ、圧倒的な逆境だからこそ戦ってみたい。
「まだまだ、僕も強くなりたいから」
弓を握りしめる。
矢をつがえて白虎へ向けると、歯をむきだして威嚇し始めた白虎に笑って。
「もとより死ぬつもりで来てるわけだしな。来いよ白虎、あと数分はダメージ与え続けてやる」
白虎が駆け出すと同時に、僕もまた駆け出した。
☆☆☆
残った矢は残り少ない。
突き刺さった矢は既に燃え尽き、これが終わったらもっと矢を調達しないといけなさそうだな、と考えるがそれも全部これが終わってからの話だ。
「まず一本――」
奴に向かいながらその顔面めがけて矢を放つと、顔面に突き刺さるより先に白虎が前足を振ってその矢を弾く。
――その刹那、先ほどと同じようにして絶歩を発動し、奴の脇へと潜り込む。
先程は左の側へと回り込んだ故に今度は右側。左側へと注意を向ければ横腹へと矢を撃ち込み、腹の下だと考え体を伏せれば、今度は右眼を奪ってやろう。
そう考えて――ふと、白虎と視線が交差した。
「――! や、やば……!」
咄嗟にバク転の要領で背後へと飛び退くと、つい先程まで自分のいた場所へと炎を纏った前脚が通り過ぎた。
――バレていた。
その事実に冷や汗を流しながら十数メートル離れて止まると、矢をつがえながらも笑ってしまう。
「絶歩を見破った……? いや違うな。今の感じは多分、ただの直感って感じか」
なんとなくこっちに来ると思った。そしたら来た。
だから攻撃したけど躱された。
今の白虎から感じられるのはそんな感じ。いやはや、『直感』まで強化されてるとか本当に嫌になってくるな。絶歩での回り込みもそろそろ封印せざるを得なくなってきたか。
「なら次はどうするか、と」
一番の奇策『絶歩』が封じられ、体術も近接戦闘も不可能で、魔法も使えないとなると……本格的に詰んできた気がする。
足がズブズブと沼地に埋まっていくような、戦えば戦うだけ自分の首が絞まっていくようなこの感じ。
自分は被虐で興奮するタチじゃないとわかってはいるが、それでも笑わずにはいられなかった。
「いいね、こういう戦いを待っていた」
打つ手がない。
どうしようもない。
敗色が濃く、勝機が見えない。
こういう戦いの中でしか、成長なんてありはしない。
しかもその成長しようとしてる僕が色々とカンストしちゃってる『強くてニューゲーム』状態なんだ。そんじょそこらの危機じゃ足りない。
こういう危険の中でしか、望むものは手に入らない。
そう笑うと、白虎は舐められたとでも思ったのだろう。怒りを込めた唸り声をあげた白虎は真っ直ぐこちらへと向かってくる。
『グラァッッ!!』
奴は怒りに目を血走らせてこちらへと走り出し――けれど、全く動く気配のない僕に目を見開いた。
そう、全く動く気配どころか、躱そうという気力も戦おうという気力も見せず。
ただだだほくそ笑む僕の姿に、奴の怒りのボルテージは一気に天辺まで跳ね上がった。
「ヴオオオオオオオオッッ!!」
目を真っ赤にした白虎は僕の目の前で大きく腕を振りかぶり、そして――
「相手を何らかの形で怒らせ、焦らせ、乱すことが出来れば、そっから致命傷に切り込むことが出来る」
ふっと、僕の姿が消え失せた。
――絶歩だ。
そう奴は思ったことだろう。
けれどもついぞどこへ行ったか判断がつかなかった。
右を見て、左を見て、腹の下を見て。
それでもいない。ならばどこへ消えた?
そう考えて――ぐさりと、後ろ足に響いた痛みに小さく悲鳴をあげた。
奴が振り返った先――つまりは後方で笑っていた僕は手にアゾット剣を呼び戻す。
「知ってたか? 僕は騙しと誤魔化しと嘘のスペシャリストだ。だから『何も準備してないと言うふうに見せかける』ことなんて朝飯前なんだよ」
僕はそう言って、地面についた細い糸を手繰って笑ってみせる。
戦闘中、幾らでも隙はあった。
だからこそ仕込ませてもらった。
白虎が焦ったように周囲へと視線を巡らせると、そこらには数多の糸が張り巡らされており、奴も今僕がどうやって躱したのか理解したようであった。
そう、単純に、糸で足を引っ張っただけ。
すると僕を刈ろうとしていた腕を躱すように僕の体は後ろに倒れ、同時に白虎側へと引っ張られてゆき、咄嗟に止まることの出来なかった白虎は地面に横になった僕の上を滑るように移動してゆく。
怒りに目が眩んだ奴からすればそれは『消えた』ように見えただろうし、僕からすれば絶好の攻撃チャンスでもあった訳だ。
手元に戻ってきたアゾット剣を矢をつがえるようにして弓に構える。
「さて、もう一投」
フッと、構えたアゾット剣を弓から発射する。
流石弓のようににまっすぐ飛んでゆく訳では無いが、それでも狙い違わず白虎めがけて飛んでいったアゾット剣。
眩い銀色の光を放つその剣に何を感じたか、咄嗟に前足でガードした白虎は前足に突き刺さったアゾット剣に顔を苦痛に歪める。
しかし前足へと視線を向けた白虎の視界には突き刺さったアゾット剣は映らず、その時にはもう既に僕の手の中にアゾット剣が戻ってきていた。
「飛ばしにくいし手間はかかるし、弓に比べたらスピードも格段に下がる。が、防御貫通ってのはそれだけでも役に立つ」
もちろん、これだけで勝てるだなんて思っていない。
だからもっと、もっと、なにか手段を考えなければならない。なにかコイツに勝てるような手段を
僕の声に何を思ったか、白虎は唸り声をあげると、僕を中心としてグルグルと時計回りに走り出す。
「くっ……、面倒くさい……」
短剣をつがえながら周囲を回る白虎へと狙いをつけるが、やはりうまく狙いが定まらない。矢を飛ばす分にはなんとか当たるだろうが、それでも矢よりも重い短剣を飛ばすとなると、この距離からではまず飛ばした直後に見切られて躱されてしまう。
かと言って攻めあぐねてずっとその姿を追っていれば、目が回って三半規管がやられてしまう。そんなことになれば接近した白虎には対応出来ないし……、その上奴と来たら僕の周囲を回っているように見せかけて片っ端から僕の設置した糸を焼き始めている。
「全く厄介な――」
――野郎だ。
そう続けようとした次の瞬間、途端に勢いを止めた白虎は目にも止まらぬ速さで僕めがけて駆け出してきた。
「ぐ――」
あまりの急転に咄嗟に身を捻って体を投げると、すぐさま僕の目の前を白虎の腕が通り抜ける。
轟ッと、明らかにオーバーキルな一撃に背筋を凍らせながら地面に受け身をとると、すぐさま目の前にはもう片方の腕が迫っていた。
「あぶなっ!?」
すぐに反転して体を転がすと、目と鼻の先に前足によるスタンプが落ちてきて冷や汗が流れる。
間一髪どころでは無かった。
右を見ても、左を見ても燃え盛る白虎の足が。
顔を前へと向ければ、燃え盛る白虎の顔面が目の前まで迫ってきており、咄嗟に持っていた黒の破弓を口の中へと突っ込んだ。
『グルルル……』
「く、クソッ……」
目の前には真っ赤な白虎の口の中が広がっており、口の中へと突っ込んだ黒の破弓がミシミシと嫌な音を立て始める。
いや、嫌な音といえばこちらもそうか。
「こ、ここでブレス来るかよ……!」
見れば轟々と音を立てて白虎の口の中が明るく光り始め、思わず頬が強ばるのを感じてしまう。
どうする、HPは今や一、少しでも体に触れればその途端に全てが終わる。
だが、このままだったとしてもブレスで僕は木っ端微塵に吹き飛んでしまうだろう。白虎が一度利用されたブレスを再び使ってきたということが『止めをさせる』という奴の確信を感じさせてくれる。
ちろりと銀色の炎が視界の隅で燻る中、噛み殺さんとばかりに力を加えてくる奴を弓で押し返しながら――
「あぁ、こりゃ死んだな」
そう確信した。
詰んだ。これは勝てない。
そう思った途端に僕が取った行動は、多分考えるよりも先に、反射で行ったことだろうと思う。
咄嗟に足元に召喚したアゾット剣を、サッカーボールを蹴るようにして奴の喉仏へと叩き込んだ。
『ガァッ――!?』
喉を潰されたことで視界の隅で燻っていたブレスの炎がなりを潜め、わずかにあった僕のHPバーが完全に消し飛んでゆく。
見れば僕の体は青い光を上げて光へと変換され始めており、その刹那、勝ち逃げを悟った僕はほくそ笑んで。
「それじゃあお先に失礼するよ」
瞬間、意識はプツンとブラックアウトし、次の瞬間、僕は噴水広場に立っていた。
 




