《57》一発死んでみようか
――さてどうするか。
一体何度その言葉を口にしたか知れない。
勝ち目がない。ステータスに差がありすぎる。強すぎてちょっと笑えないレベル。
この道中、アスパと様々なことを話し合ったがやはりその結論に落ち着くわけで。
「自滅覚悟の無謀な突撃……か」
思わず遠くの空を見て乾いた笑みを浮かべてしまう。
やっぱり僕一人じゃ勝ち目は見えない。今さっきので十分の一くらい削れたっちゃ削れたが、だからといって、相手の学習能力を鑑みるに同じこと十回繰り返せば勝てるってわけでもなければ、そんなに死んでればMVPなんざ取れるわけないじゃないか、ってのも事実である。
「さてどうするか」
ここで最初の問題になる。
――さてどうする。
もちろん答えは無謀な突撃。
だがそれをすればMVPがどんどん遠ざかるばかり……。そう考えるとまたもや『さてどうするか』に行き着くわけで、なるほどこれが行き詰まり、ってことなのだろうと確信できた。
「行き詰まり――」
まぁ、ぶっちゃけ言うと打開策は見えている。
だが、その打開策があまりにも難しすぎるのだ。ステーテスに関してはいきなり伸びやしないだろう。技術も突き詰めるところまで突き詰めた感じするし、弓に関しちゃまだまだ伸び代はあるだろうが、純粋な威力が欠ける現在、弓を鍛えたところで効果は薄い。
なればこそ、その打開策しか使えないわけで。
「……フゥ」
だからこそ今、こうしてここに立っている。
小さく息を吐き、アゾット剣を握りしめる。
「……?」
裾を引っ張られるような感覚を覚えて視線を下ろせば、そこには不安そうに僕を見上げるシロがおり、その瞳に映る悲愴な自分に少し笑ってしまう。
「いやー、死にたくないんだけどねー」
そう笑って、彼女の頭を優しく撫でる。
「シロ、ミノタウロスの時とは違う。今死にに行くのは、このあときちっと勝つためだ」
彼女から視線を切って前方へと投げる。
そこには僕へと向かって注意深く視線を向ける白虎の姿があり、背中の傷を受けた以上僕に対してもう『油断』なんて感情は向けてくれやしないようだ。
「だから今は目を瞑ってくれ。嫌だろうけど、ここはちょっと僕の顔を立ててくれると助かるかな」
「……」
僕の言葉に目に見えてムスッとした彼女は、ぎゅっと腰に抱きついてきたと思えばすぐに光となって紋章の中へと消えてゆく。どうやら彼女主体でならば収納も自由自在にできるらしい。
「さて、と。準備は整った」
背後には、既に攻撃準備の整った外壁が。
目の前にはこちらを睨む白虎の姿が。
僕が外壁に辿り着くなり願ったことは、もう一度だけでいいから、一対一であの白虎と戦わせてほしいってことだった。
もちろん大勢のプレイヤー嫌な顔はされた。
めちゃくちゃ罵詈雑言を浴びてきた。
だが、結局はアスパの「へぇー、顔覚えちゃおっかなー」という言葉で収束し、ハイドも嫌な顔一つせずに時間を作ってくれた。
なれば、もう引き下がれない。
この打開策、なんとしても成功させなきゃ。
「そうじゃなきゃ、カッコ良くないだろう?」
それじゃあ打開案を成功させるためにも。
一発、死んでみようか。
☆☆☆
大きく息を吐く。
瞼を閉ざして、体から力を抜く。
目の前から驚いたような気配が伝わってくる。
これは相手からすれば大きな隙だ。
襲いかかるなら好きにすればいい。そうすればもしかしたら隙をつけるかもしれない。
だが、おそらくそんなことは出来っこない。
「――さて、やるか」
瞼を開く。
視線の先には明らかに瞳に怯えの色を灯した白虎が牙を剥いて唸りを上げており、その姿からはもはや油断なんて色は全く感じられなかった。
ステータスの差。
それは確かに存在する。
僕がレベル一だとすると、こいつは多分、レベル三十くらいあるんじゃないかと思う。
けれど、それでも。
「さあ来い白虎――」
――僕らを隔てるは、絶対的な経験の差。
今までに百、千、いや、それ以上の命を奪ってきた。殴り、斬り、絶望の底へと突き落としてきた。
その末に、僕はここにいる。
戦い、傷を負い、死にかけながらも泥に塗れて進み続けてきた。足掻き続けてきた。
その果てに身につけたこの『力』。
「この僕を、お前は殺し尽くせるか?」
嗤って言うと、白虎は一気に駆け出した。
ステータスの力か、屍の上に築き上げたこの力か。
まぁ、ステータスの力の方が有利なのだろう。だから最初から勝ち目があるだなんて思っちゃいない。
だから今は――
「ハァッ!」
絶歩で眼前まで躍り出ると、すぐさま振り落とされた前足をくぐり抜けて腹の下まで進みでる。
そして迷うことなく――その腹へと短剣を突き刺した。
『ガァァァァッ!?』
悲鳴が漏れ、赤いポリゴンが体を濡らす。
――この配置、少しまずいかな。
考えると同時に腹をかっ捌くようにして横腹の方へと抜けると、同時に押しつぶすようにして白虎がその場に倒れ込む。
間一髪、無傷で済んだというべきか、あるいは経験則に助けられたと言うべきか。
「どっちにしろ、この体力何とかならんかね……」
腹を捌いても微々たるダメージ。
首と背中を抉ってもたった一割。
本当に嫌になると嘆息すると、起き上がった白虎が腕を薙ぎ払う。
「グラゥッ!」
「っと」
すんでのところでかわしながらその腕へと一閃すると、赤いポリゴンが弾けて奴の眉間に皺が寄る。
そしてその瞬間に連続で絶歩。
一瞬にして奴の前足の影に出来た死角に入り込むと、僕の姿を失った奴は咄嗟に『また腹の下に入られた』と勘違いする。
反射にも近い速度で地面へと伏せた白虎は――ふと、目の前で弓を構える僕の姿に目を見開いた。
「――弱点、晒してくれて助かるよ」
即座に放たれた魔力のこもったその弓は、今度こそ防がれることなく奴の左の眼球へと突き刺さり、奴の絶叫が響き渡る。
咄嗟に暴れ狂う白虎から飛び退いて矢をつがい直すと、連続で手持ちの矢を放ち出す。
ヒュッ、ヒュッ、と一発一発にしっかりと魔力を付与させた矢は奴の体へと確実に突き刺さってゆき、徐々にだがHPバーを削り取ってゆく。
「――そろそろ一割五分、か」
矢の残りが少ないと見ると換装の指輪で弓矢を返還し、すぐさまアゾット剣を持ち直す。
見れば流石に落ち着いたか、体の至る場所に矢が突き刺さった白虎は殺意に燃える右の瞳でこちらを睨みつけており、ぎゅっと剣を握りしめる。
――ここからが本番、か。
流石に極振りステータス、この速度がなきゃそもそも戦えていなかったろうが、まだ余裕こそあれ絶歩二連続で体力が少し心配なってくる。
といっても元から長引かせるつもりこそない。
今すべきはコイツとより内容の濃い戦いをすること。
そして、今も見ているプレイヤーたちに、ハイドにアスパに、アオにゴールドに、コイツの『戦い方』を教えること。
「目指すは三割ッ!」
それまでは何とかやってやる。
そう走り出し、直後に白虎が大きく息を吸い始める。
――ブレス。
一度受けたあの光線を思い出して苦笑しながらも、先程アスパに言われた言葉を思い出す。
『ブレスを喰らったみたいだから何となく分かってるかもしれないけれど、フロアボス戦じゃ死に戻った時、そして戦闘が終了した時に自身の身につけている装備が全部元に戻るんだよ。だから光線を喰らっても何一つ装備が傷ついてないでしょう?』
これが終われば元通り。
我ながら強ばった笑みだとは思うが、無理矢理に口角を吊り上げると。
「さて何割行くか――ッ!」
アゾット剣を返還し、両腕を体の前に組み直す。
足を振り上げ、体を前傾に。
全ての力を――今、前に進むためだけに振り絞る。
『ヴオアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
咆哮が轟き、眩い閃光が身体中を包み込む。
ジュゥ、と大地の籠手が溶けてゆく。
影のローブが燃えてゆき、身体中を絶え間なく襲い続ける激痛に奥歯をギリッと噛み締める。
だが、この程度なら耐えられる。
この程度の痛みなんて――もう慣れた。
カッと目を見開き、全身を使ってひたすら前へと突き進む。今この状態で消えていないということは、それはつまり、今現在進行形で『執念』の発動中だということ。
つまりこの痛みの中では、無敵だということだ。
「ぐおおおおぁァァァァアアアアアッッ!!」
靴が溶ける、肌が焼ける。
眼球が悲鳴を上げ、喉が焼ける。
でもこれよりも強い炎を、いつかどこかで浴びた覚えがある。
覚えてはいないけれど、もっと強い炎を――太陽を。
それを耐えきった僕ならば、この程度屁でもないさ。
奴の目の前で光線の中から飛び上がる。
まさか生きているとは思ってもいなかったのだろう、完全な予想外に目を見開いた白虎は目を剥いてこちらを見上げるが、それでもブレスを止めることは出来やしない。
知っている。僕はアスパから聞いて、知っているぞ白虎。
なぜ死を確信しているにもかかわらずお前がブレスをやめていないか。
その答えはただ一つ。
「――十秒間。さっきも今も、お前はブレスを止められない」
ぐっと拳を握りしめる。
速さとは、それつまり力だ。
ステータスで劣っている。
攻撃力も防御力も、咄嗟の反射速度も、何から何までお前の方がよほど優れているんだろうさ。
でもな、白虎。
速さでだけは――僕はお前に負けてない!
「うぉらォッ!!」
振り下ろした踵が銀色の魔力を帯びる。
――中級魔力付与。
下級では武器にしか付与できなかったが、今この力があれば、自分の体に魔力を付与できる。
「『正義の蹴爪』ッ!!」
轟ッ、と鈍い破壊音が響き渡り、直後に白虎の顔面が地面へと沈み込む。
見れば白虎の顎は完全に閉まっており、予想通りの展開に思わずニヤリと笑ってしまう。
「十秒まであと二秒。その炎、己が身にとくと味わえ」
次の瞬間、白虎の口の中で巨大な炎が暴発し、その衝撃に吹き飛ばされた僕は地面に受け身をとってなんとか死を免れる。
「あっぶな……、今ので死んでたら笑えなかったぞ」
冷や汗を流しながらも視線を白虎へと向けると、そこには目や鼻から炎を吹き出している白虎の姿があり、本当にここがゲームじゃなきゃこれで死んでるんだけどなぁ、とつくづく思う。
だが、ここはあくまでもゲームの世界。
全知全能の神が作ろうとも、僕らの世界と何も変わらなくても、それでもゲームであるのならばそれに従うべきで、普通なら倒せたのにー、といつまでもグチグチ言ってるのはその世界においてはかっこ悪い。
――郷に入っては郷に従え。
なればこそ、まだ死なないという白虎を僕は賞賛し、拳を握りしめよう。
「丁度いい、まだ消化不良だったところだ」
そう笑って立ち上がる。
衣服はすでに燃えており、ズボンは足先から膝あたりまで燃え尽き、上半身はなんとか右半身だけは残っているが、左半身はほとんど裸みたいなもんである。
正直この格好で戦うのは遠慮したいし、初心者装備でいいなら身につけたいところなのだが。
『グルルルル……』
見れば、全ての傷が完治した白虎は身体中から炎をあげて立ち上がっており、矢が燃え落ちて元に戻った左眼が僕の姿をじっと睨みつけていた。
「なるほど、HPゲージ一つ削られると傷が治るのか……」
見れば奴のHPゲージは三本のうち一本が削られており、自分よくやった! と褒める反面、なんか少しだけ体が大きくなった白虎に冷や汗が流れる。
あれなんか強くなってない?
そんな言葉は言いたくない。言うまでもなく奴の発する威圧感ですべて分かったから。
「……これ、勝てるかな」
全身から炎を吹き上げる白虎を見ながら、今日何度目ともしれない言葉が漏れだした。
強っ! ギン強っ!
ちなみに『正義の蹴爪』は本編の港国編、VSルシファーで出てきました。覚えてる人いたらすごいです。




