《56》強すぎんだろ
『ヴオオオオオオ!!』
咆哮が轟き、骨の髄まで突き抜ける。
あまりの格の違いに思わず『え、これ十回コンティニューじゃ足りなくね』と思ってしまい、恐怖が煽られた炎のように広がっていくのを感じた。
だが、こんな恐怖今まで何度となく味わってきた。勝てないと思ったミノタウロスだって倒した。
ならば――
「とか、ノリで倒せればどれだけ良かったか」
とりあえず、相対して最初にしたのは死ぬ覚悟。
あぁ、これは死んだわ。なら生きてる間に可能な限り削って次に生かしてやろうじゃないか。
そんなことを考えた。
「さーて、それじゃあ行くか」
呟き――一気に駆け出す。
視線の先には眩んだ目が回復した様子の白虎がこちらを睨み付けており、奴もまた同時に走り出す。
当初十数メートルあった彼我の距離は徐々に縮まってゆく。
僕が弓を構え、奴がキッと眉尻を吊り上げる。
そして――ふっと、頭を横に倒した途端、僕の背後から光球が白虎めがけて飛んでゆく。
『グルッ!』
突然現れた光球に一瞬意識を取られた白虎だったが、すぐに肩口に矢が突き刺さって目を見開く。
「……結構硬いな」
言いながらも弓を下ろすと、白虎はシロが放ったな光球を粉砕してこちらへと殺気のこもった視線を向ける。
体が大きいこと以上に、軽く見た感じ、防御力と速度、攻撃力が一番シャレになっていない。
見れば本気で放った矢は毛皮を貫通しただけで全くダメージは与えられていなさそうだし、速度にしても、殺せ○せーでさえ傷を負った先ほどの戦術を全て躱したことから、かなりのものだと考えられる。
「……どうしたものか」
言いながらも弓を仕舞うと、アゾット剣を取り出した。
どうしたものか、そう言いながらも結局答えは分かっているのだ。弓でダメなら近づいて斬るだけ。魔法も弓も、最後の最後じゃ役に立たない。
信用できるのは――培ってきた技術のみ。
「行くぞ白虎、どうせ死ぬんだ、体力なんて気にせずに――」
――最初から、全力で行く。
言った途端、僕の体が一瞬で白虎の目の前まで移動し、奴が目を見開いて僕を見下ろす。
――絶歩。
ミノタウロス戦では体力が尽きて最後の方はめちゃくちゃだったが、所詮は死ぬこと前提の自爆アタック、そんなの気にせず、殺しに行く。
「――死ね」
構えた短剣を奴の首筋めがけて薙ぎ払う。
銀色の軌跡を空中に残しながらもその剣はまごうこと無く白虎の首へと吸い込まれてゆき――直後、奴は後ろ足で立ち上がった。
「な――」
見れば奴の首には赤い筋が一本刻まれていたが、それでも肉まで完全に断ち切れたのは最初の少しだけ。残りは皮を切ったとかせいぜいがそこらだろう。
今の一撃すら交わす反応速度とか……本当に嫌になってくる。
思いながらも前方へと走り抜けて緊急回避を行うと、同時に白虎は振り上げていた両前足を地面に叩きつける。
――瞬間、轟音が響き渡り、周囲を砂煙が覆い尽くす。
「くっ、これはやば……ッ!」
直後にその場から飛びすさった僕だったが時すでに遅し。
煙の中から襲いかかった白い尾に体を横薙ぎに払われ、物凄い速度で吹き飛ばされてゆく。
「が、ぐぅっ……!」
幾度か地面にバウンドしながらも勢いを落とすと、乾いた笑みを浮かべて体勢を整える。
「早速使っちゃったよ奥の手……」
見ればアビリティ『執念』によって僕のHPは一まで減少しており、早速のピンチに思わず悲鳴を上げたくなる。
いやなんだよあの強さおかしくない?
内心で幾度となく繰り返したその言葉を再度復唱すると、口の端を伝う赤いポリゴンを拭って立ち上がる。
「なにが七分の一だよ、何が十回コンティニューで勝てるだよ……」
吐き捨てながら剣を払うと、砂煙の中から白虎がこちら目掛けて駆け出してくる。
なるほどどうやら、白虎は今ので完全に僕をロックオンしたようで、その瞳にはもはや僕に対する怒りしか映っていない。
なればこそ――戦いやすいっていうものだ。
奴は怒っている。
怒って、殺意を抱いて、体より気持ちが前に出ている。
ならばその飛び出た鼻っ面――へし折ってやるよ。
「ハァッ!」
再び絶歩で奴の目の前へと躍り出る。
流石に瀕死の相手が向かってくるとは思わなかったか、白虎は咄嗟にブレーキをかけて噛み付いてくる。
――が、タイミングは少し外れたようだ。
奴の牙を踏み台に頭の上を通り越して背中へ乗り込むと、驚く白虎を他所に――ニヤリと笑った。
「さぁて、解体するよ?」
どこぞの切り裂き魔のようなセリフを口にして、その背中へと思いっきり剣を突き刺した。
『グオオオオオッ!?』
背中に激痛が走り、思わず白虎が悲鳴を上げる。
――が、まだまだ解体ショーは始まったばかり。
「良くもやってくれやがったなこの猫野郎……。背骨見えるまで解体してやるよ!」
叫ぶと同時、切り裂いた傷口に足を突っ込み体を固定すると、そのまま背中を短剣で切り裂いてゆく。
その度に赤いポリゴンがはじけて頬を赤く染め、白虎の悲鳴が轟き響く。
小さく光が弾けてそちらを見れば、暴れる白虎にシロが絶え間なく魔法を放っているようで、他にも魔法使いのプレイヤーが火やら風やらの魔法を打ち込んでいる。
背中の僕に対して対応のしようがない現状。
予想通り白虎は目障りなシロや魔法使い達へと殺意のこもった視線を向けたが――
「おいおいおい……、よそ見してる暇どこにあるんだ?」
傷口にねじりこんだ片足を抉ってやると、さらなる悲鳴をあげて白虎がさらに暴れ出す。
もう既に奴の背中はズタボロで、僕の手の届く範囲でいえばかなーりグロテスクなことになっているだろう。全部赤いポリゴンで修正されているから分からないけど。
捻りこんだ足を短剣を利用して抜くと、同時に奴の体が背中の僕を押しつぶすように転がり始めたため離脱する。
スッと着地すると同時に奴の体が地面を転がり、硬い地面に背中の傷が響いたのか奴はさらに悲鳴をあげる。
「す、凄い……! 凄いぜアンタ! 流石だよ!」
「あ、あぁ……! すげぇよアンタ! 味方になるとこんなにも心強いだなんて!」
プレイヤーたちが寄ってきたが、残念ながらそう楽観視も出来やしない。
「……はぁ、あれだけやってまだ十分の一かよ」
見れば、あいつのHPバーは三本のうち一本が三分の一削れているかどうか、と言った感じで、これだけ命張っても未だこれしか削れていない現状にため息が漏れる。
「……これって、死んでもアイテム消失とかステータス減少とかないんだっけ?」
「あ、あぁ……そうだぜ。だから私たちも安心して戦ってるんだ」
そう言う赤毛の少女だったが、やはり殺されに来たって言うことは分かっているらしく表情は晴れない。
まぁ、否定はできないからな、と小さくため息を吐いていると、唸り声が聞こえてきてそちらへと視線を向ける。
見ればそこには僕らへと――というか僕へと怒りと憎しみと殺意を向けてきている白虎がおり……。
「……あれっ」
そのフォームに、思わず冷や汗が流れた。
「ね、ねぇ、何でアイツ息吸い込んでんの? なんで喉の奥ちょっと光ってるの?」
――嫌な予感しかしない。
視線の先で、大きく息を吸いこんだ白虎はカッと目を見開いてこちらを睨みつける。
その姿にとうとうやばいと確信した僕は、咄嗟にシロを抱き寄せて彼女を庇い。
そして、次の瞬間――
『ヴオオオアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
僕ら全員の体を銀色のブレスが貫き、一瞬で視界がブラックアウトした。
☆☆☆
「強すぎんだろ!」
思わず叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
場所は町の中心の噴水広場。
見れば先に負けていった遊撃隊のメンバーも近くにいたらしく、僕と一緒に死に戻ってきた連中が引き攣った笑を漏らしながら手を挙げている。
思わず手をわきわきしながらあまりにもふざけた強さにイライラしていると、門の方から焦ったようなハイドとアスパが走ってきた。
「お、おぉーい! ど、どうなったんだい!」
「な、何だか砂埃が舞って赤い血が舞ったと思ったら巨大なクレーターが出来上がったのだが!」
全力で走ってきたのか、ぜはぜはと息を整えながらアスパが先に辿り着き、その後から白虎の進行を確認してから走ってきたのか、ハイドがこちらへ走ってくる。
「いや……その、死にました」
「そんなのは分かってるよ! ただ何あのブレス! みんなまとめてやられちゃってるじゃん!」
いや仕方ないじゃんという感じだが、流石にあのブレスに関してはなんかかんか対応策を考えなくてはならないだろう。
深いイライラを吐き出すようにしてため息をつくと、ふと、手の甲の紋章が輝いていることに気がついた。
「ん? あぁシロ、出たかったら出てきていいぞ〜」
そう言うと、途端に手の甲から光が溢れ、目の前にむくれた顔のシロが現れる。
ぷりぷりと怒ったようにそっぽを向いているシロに思わず首を傾げていると、アスパが何か思い出したように手を打った。
「あ、そう言えば仲の良かった従魔を庇ってプレイヤーが死んだ時、再召喚したら機嫌が悪かったとか、そういう情報があったような……」
その声にギクッとしたシロの体が視界の端に映り、見てみればシロは僕の足をげしげしと小さく蹴りつけていた。
何だかわがまま言ってる子供みたいで、思わず頬を緩めて彼女の前にしゃがみ込む。
「どうした、シロ?」
「……」
見ればシロは恥ずかしそうに顔を染めており、やっぱりぷいっと顔を背ける。
これでも結構頭はいい自覚あるし、だいたい今ので彼女が何を思ってるのかは分かってしまったのだが――残念ながら、またアスパが余計なことを言い出した。
「あー! そういえば従魔だもんね。本当はこっちが守る側なのに、何だか逆に守られたことが嬉しくってイライラ……あ痛い! シロちゃんいきなり蹴ってくるのやめて!」
図星をつかれたシロがアスパを蹴りつけ、蹴られたアスパが悲鳴をあげて逃げ惑う。ものすごく微笑ましい光景だが……あのシロちゃん? どこに基準があるかわからないけど僕が赤マーカーになりかねないことは止めてね?
気が気でなくてすぐさまシロの首根っこを掴んでアスパから離すと、落ち着いた様子のアスパが深呼吸をしてから口を開いた。
「痛たた……。で、どれくらい削れたの?」
「えっと……一割くらい?」
そう答えると、ハイドが疲れたようにため息を吐いて額に手を当てていた。
「全く君は……常識外れというかなんというか。とにかく了解した、その情報が得られたところで俺は壁へと戻らせてもらう。そろそろあのモンスターが近づいていそうだからな」
「あぁうん、こっちもギンくんから情報引き出しながらそっち行くよー」
その情報を知りたかったらしいハイドはアスパの言葉を聞くや否や来た道を走り去ってゆき、周囲で休息していた遊撃隊もその後を追ってゆく。
「それじゃあギンくん、私たちも壁に向かおっか。その途中で色々と情報教えてね? 流石にこのタイミングでお金云々はなしでさ?」
「分かってるよ、きちんとみんなに広めろよ?」
言いながらもまだむくれているシロを小脇に抱えると、アスパと共にハイドたちの後を追い始めた。




