《55》VS白虎
――白虎。
僕が向こうで仲間にしていた聖獣で、その力は間違いないく怪物クラス。流石にそのままの力で出てきた、ってことは無いだろうが……それでも。
「いやー、こんな無理ゲー久しぶりだわ」
苦笑いをしながら立ち上がる。
シロへと視線を向ければ、彼女もまた白虎の姿を見て固まっており、嘆息して彼女の前にしゃがみこむ。
「シロ、僕は行くけど、ここで待ってるか?」
「……、……!」
やっと正気に戻ったらしいシロは目を見開いて僕の瞳を覗き込んだが、すぐに口を真一文字に結んで槍をぎゅっと握りしめる。
「……言っとくけど、多分今回ばかりは死ぬからな?」
見れば彼女はこくこくと頷いており、どうやら彼女の中で覚悟は決まったらしい。
……まぁ、あんな事があったばかりだからいろいろと思うことはあるのだろうけれど。
「ありがとう、シロ」
立ち上がり、彼女の頭を軽く撫でる。
どうしたの、と小首を傾げてくる彼女だったが、何でもないよと笑って返す。
「よし、それじゃあ周りが惚けてる間にやっちまうか」
小さく魔力を送ると、乾燥の指輪が小さく煌めいて手の中にこの前の弓が召喚される。
黒い金属で出来た巨大な弓。
初心者装備だらけの現状では浮きに浮きまくったその黒弓はミノタウロスからドロップした件の装備で。
──────────
黒の破弓 ランクC+
正体不明の黒い金属により作られた大弓。
威力を向上させるためだけに改良を重ねられた弓であるため、威力は高いが扱いが難しい。
Str+10 自己修復
──────────
これまた使い手を選ぶ装備である。
この弓を見て近くのプレイヤーが愕然と目を見開いていたが、まぁそこら辺はこの際どうだっていい。どうせこのフロアボス戦で嫌という程にみることになるだろうし。
「それじゃあシロ、行くぞ。とりあえず街にたどり着く前に三割くらいは削っておきたい」
「……!」
僕の言葉に大きく頷いたシロを伴って、僕は外壁目掛けて走り出した。
☆☆☆
外壁に近づくにつれ、徐々にプレイヤー達の姿が増えてきたように思える。
装備から……これはβテスターだな。
全員が一度、これと同じくらいの脅威を味わったことがあるからこそ、通常のプレイヤーとは異なり迅速な対応ができているのだろう。
「ま、こういうヤツらに限ってプライドとか高そうだけど」
誰にも聞こえない程度に小さく呟く。
こんな事で喧嘩になって時間を潰すのも面倒臭いからな……。言う時は言う、言わない時は知らん顔。それが鉄則だ。
思いながらも、シロの速度に合わせて走っていると、城門のところに多くのプレイヤー達が集まっているのが見えてきた。
その中には見覚えのある顔ぶれが多く……ハイド、アオはもちろんのこと、何故かこちらを睨み付けている白髪の少年、及び全身焼肉器の成金野郎。その他にも攻略中に見た――言うなれば攻略組って連中がわんさかいた。
「うわぁ……流石にコイツら敵に回したら勝てないかも」
仮にも先陣切って突き進んでいる攻略組。
やっかみをかけてくるだけのそこらの雑魚とは話が違う。格が違う。多くのプレイヤー達は道連れに出来る……とは思うが、アオ、ハイド、ゴールドあたりが乱入してくると多分勝てない。
我ながら、揉め事が起こる前提で考えていることに苦笑しながら、たまたま近くにいたゴールドのそばで立ち止まる。
「なにこれ、行っていいの?」
「ふん、勝手にしろ。これは一種の作戦会議のようなものだが……もとより貴様のようなプレイヤーは扱い切れん。だから好き勝手遊撃でも何でもすればいい。あとシロたまを置いて行け」
……いや、流石に今回は単体じゃ勝てないから、なにか作戦あるなら普通に守るつもりなんだけど……遊撃でいいって言うならそうするか。
「ふーん、よし行くかシロ」
「おい待て置いていけと聞こえなかったのか貴様」
ゴールドの言葉をガン無視決めて歩き出すと、こちらに気づいたハイドが僕の方へと寄ってくる。
「ギン君、ゴールド君から聞いているかとは思うが、君には遊撃を頼みたい。こちらからも何パーティか遊撃に向かわせているから、基本的にこの壁に辿り着くまでのHP削り、及び時間稼ぎだな」
「了解したよ。そっちは――」
「……まぁ、βテスター以外のプレイヤーがなんとまぁ情けない限りだが、最初のフロアボス戦だ、できうる限りのことは尽くそう」
壁の上へと顔を上げた彼の視線を追ってみると、そこには数多くのバリスタが設置されており、なるほどこの時のために用意していたのかと思い至る。
「それでは健闘を祈る。あのモンスターが外壁近くまで来てから魔法を打ち込む予定だから、煙玉が上がった時は素直に撤退してくれると嬉しい」
「わかった、それじゃあお先に削らせてもらうとするよ」
そう返して外壁の外へと足を踏み出す。
僕みたいな『異分子』が来てもなおほかのプレイヤーから何も無いということは、アスパが裏から手を回してくれたのかな。
とりあえず厄介なことにならなくて良かった、と安堵しながらも遠くに見える白虎を睨み据える。
白虎は遊撃部隊を迎撃しているのか、前足を振りながらも少しずつ前進してきているようだ。
「よし行くぞシロ」
流石にそろそろ参戦しなきゃまずいということもあり、シロの体を小脇に抱えると、そのまま全速力で走り出す。
ミノタウロス戦でさらに上昇した僕の速度。
景色があっという間に流れてゆき、シロがあまりの速度に目を丸くして固まっている。
だが、シロの我慢もあって比較的すぐに目的地へとたどり着くことが出来たようだ。
「――よし、こんなもんか」
立ち止まり、フラフラとしているシロを下ろすと、改めて百メートルほど先にいる白虎へと視線を向けた。
強さ的には……本物ほどじゃないが、大きさは本物よりも少し大きいかな……。
まぁいずれにせよ一人じゃ絶対に手に負えない。今も遊撃部隊と戦ってはいるが、満身創痍のプレイヤー達に対して余裕綽々の白虎。そのHPゲージは驚異の『三本』で、そのうち一番目のゲージが一ミリ削れているかどうか、ってレベルだ。
「なるほど……。シロ、早速で悪いけど光魔法頼めるか? バッファローの時使った目くらましのやつ」
すぐさま頷いたシロは槍を地面へと突き刺し、瞼を閉ざして魔力を練り始める。何だか白虎がこっち向いてないからここでやっても意味なさそうな感じだが……そこら辺は僕がなんとかしろ、ってことなのだろう。
「それじゃあ僕も、参戦するか」
呟き弓を構えると、背中の矢筒から『数本』の矢を取り出す。
白虎は未だこちらには気づいていない。
もしかしたら気づいているのかもしれないが、それでも取るに足りないと感じているのか一瞥もしない。
「なるほどなるほど――いい度胸してるじゃないか糞野郎」
確かに僕単体じゃどう転んだところで勝ち目はない。一人で倒すとなると軽く十回くらいはコンティニュー考えないといけないくらいだ。
けれどな、アイツじゃない見知らぬ白虎。
「いずれにせよこっちの最高戦力は紛うことなきこの僕だ。無視こいて後で痛い目見ても知らないぞ」
笑って殺気を送り付けると、流石にこちらを無視することは出来なくなったのか白虎は小さくこちらへと視線を向ける。
そして『一本』の矢を弓に番え、引き絞っている僕を見て、何を思ったかガバッと上空へと視線を向ける。
「危険察知は超一流、って感じかな」
瞬間、上空めがけて放った都合四本の矢が白虎めがけて降り注ぎ、咄嗟にそれら全てを躱してみせる白虎――ではあったが。
「なら素のステータスはどうか」
四本の矢を躱しきり、一瞬だけ気が緩んだその刹那。
そのタイミングを逃すことなく、渾身の一投を撃ち放つ。
付与された銀色の魔力が空中に軌跡を描き、結局白虎がその矢に気がついたのは眼前に迫ってから。
『グゥ!?』
白虎は咄嗟に前足でその矢を弾き飛ばし――直後、眼前に迫っているもう一本の矢に目を見開いた。
仕掛けは簡単。一本に見せかけて、弱く撃った一投目の直後に隠し持っていた二本目を強く撃ったのだ。それも全く同じ軌道を通るようにして、だ。
さすれば一本目が弾かれたところで、死角からもう一つの矢がそれ以上の速度で迫ってくる。
――さてどうするか。
そう考えながら弓を下ろし――その直後、視線の先で白虎は、二本目の矢を噛み砕いた。
「……なんか、強すぎないですか」
躱すでも受けるでもなく――噛み砕く。
三つ目の選択肢に思わず乾いた笑みを浮かべてしまったが、それでも白虎のヘイトをこちらへ集めることには成功したようである。
『グルルルル……』
見れば白虎はほかのプレイヤー達から視線を切って僕の方を睨みつけており、その姿に思わず笑ってしまう。
「……お前さぁ、もう少し状況見た方が良くないか?」
その言葉に白虎は小さく首を傾げる。
そして――目の前に降ってきた小さな人影に思い切り目を見開いた。
それこそが先程矢と同時に放り投げていたシロちゃんで、彼女は思いっきり放り投げられたことに不機嫌そうにしながらも、目を見開く白虎の前で例のアレを食らわせる。
目を塞ぐと同時に視界が一瞬にしてホワイトアウトし、直後に白虎の悲鳴が聞こえてくる。
『グラアアアアアアアアッッ!?』
目を隠していた腕を退けると、目を押さえて暴れている白虎の前から離脱してきたシロを抱え、プレイヤーたちの前へと走っていく。
「大丈夫か? 被害はどれくらいだ?」
「あ、えっと、十五人いたうちの八人が脱落。他のメンバーもHPが半分を切っていて……」
そう僕へと返してくれたのは、確かアオやゴールドと一緒にいた赤髪の少女である。まぁ、少女っていうか高校生くらいで身長もけっこう高いのだが、まだどこかあどけなさが残ってる。
他のプレイヤーへと視線を巡らせると、同じく以前のアオパーティにいたメンバーが数人残っており、小さく会釈してくる。
それ以外は……まぁ、『なんだこいつ』みたいな感じでこっちを見てる。こっちが当然の反応だろう。
「まぁいいや。僕は遊撃しろって言われてきたギンって言います。簡潔に言うと手伝いに来ました」
「あ、こ、こちらこそ……昨日ぶり」
唐突な登場に驚いているのか、赤髪の少女は昨日よりかは落ち着いた様子で返してきて、見知らぬプレイヤー達が僕の名前を聞いて目を見開いてくる。
「お、お前……! あのギンか!」
「多分そのギンですねー」
言いながらアゾット剣を抜き放つと、徐々に悲鳴が小さくなってきた白虎へと向き直る。
「ポーションは?」
「あ、あぁ! まだ少しは残ってるぜ! 少し譲――」
「別にいい。シロがやばかったらちょっと頼みたいけど、僕は基本回復魔法とかそういうの一切要らないわ」
赤髪の少女に淡々と返すと、見知らぬ数人のプレイヤーたちに対して口を開く。
「僕が正面切って切り合います。後ろ。前、斜めには絶対来ないでください。やるとしたら横から攻撃、シロもそっちの攻撃に混ざる。良いですか?」
「あ、あぁ……っていうか! 横も危ないんじゃ……」
思わずと言ったふうに返事をしてからどこにいようと危ないって結論に達したその男プレイヤーだったが。
けれども僕の横顔を見て彼は言葉を詰まらせる。
「横なら安心ですよ。僕から視線を切って横に攻撃しようものなら、そいつはただの自殺志願者ですから」
視線の先の白虎は、他のプレイヤー達には見向きもせずに僕のことをギロリと睨み付けている。
僕がいる限り横から攻撃する分には何も問題は無い。
もしも万が一そんなことをやろうものなら、その隙に懐に入ってその首数回は掻っ切ってやるさ。
シロの『タメ口にするんじゃなかったの?』みたいな視線に晒されて苦笑しながらも。
「いやなに、普通に接してくれる初見の人にタメ口とか、ちょっと僕にはハードル高すぎたわ」
言いながら、背中の矢筒から矢を数本取り出した。




