《54》一階層フロアボス
今日は短め!
時間ありませんでしたすいません!
――翌日。
相も変わらずログアウトを禁止されている僕はテントで夜を明かし、今日も今日とて痛む節々を伸ばしていた。
「あぁ〜……、ベッドほしい」
そろそろ寝袋とか毛布とかじゃ体が持たなくなってきた。見ればシロも筆舌に尽くしがたい体勢で体ガッチゴチになってるし、これが終わったらテントの中身を新調しようと心に決める。
しかしまぁ、それもこれも……。
「今日を乗り切れたら、って感じか」
ジッパーを開け、テントから一歩外へ踏み出す。
視線の遙か先には、普段よりも賑わいを見せている街中が。朝早いというにも関わらず大勢のプレイヤー達がここからも窺える。
「さて、平和に乗り切れるかどうか」
ググッと身体を伸ばしながら、昨日作ったばかりの『後ろ盾』が機能してくれるか、少しばかり心配になってきた僕であった。
☆☆☆
「あぁん? テメなーにこんなところ来てやがんだアァん?」
――絡まれた。
早速……早速だぞおい。
朝ごはんを食べようと、眠たそうに目をこするシロの手を引きながら街まで歩いてきた途端にこれである。
目の前には顔に刀傷(凄いなダサいけど自分で設定したんだろうか……)の跡が残る男のプレイヤーが僕のことをガンつけており、周囲を見渡してみても否定的な視線ばかりであった。
「いやー。こんなにも注目集めてるだなんて有名人になった気分ですよー」
「アァン? ギャハハ、確かにテメェは悪い意味で有名人だがなぁ?」
さっきから『テメ』なのか『テメェ』なのかはっきりして欲しいそのプレイヤーは、三下顔負けの笑い声を上げると、嘲笑にも似た笑みを浮かべてきた。
なんだかイラッときたので泣かすまで言い負かしてやろうかと思ったが、それより先に助け舟がやってきた。
「……おやギン君、こんな所でどうしたんだ?」
背後からかかった声の方へと視線を向ければ、そこには赤い鎧に身を包んだハイドが仲間のプレイヤー達を連れて佇んでいた。
「げっ、ハイド……。クソが、命拾いしたな!」
形勢が不利だと見るやいなや傷跡のプレイヤーはそう吐き捨ててさってゆき、周囲の僕を睨みつけていたプレイヤーたちもまたそそくさと足早に去ってゆく。
それを見て小さく嘆息したハイドは改めて僕の方へと視線を向けると。
「命拾いしたね……彼」
と、苦笑混じりにそんなことを言ってきた。
「え、今の流れ的に僕のこと助けてくれたんじゃ」
「いやいやいや……、どこに君のことを助ける必要性があるんだ」
それはそうだけれども。
思わず乾いた笑みを浮かべていると、くいくいっと裾が引っばられるような感覚を覚える。
見れば眠けまなこなシロが『ごはん』と言わんばかりのオーラを醸し出しており、ぎゅるるるという音が不機嫌さを伝えてくる。
「あっ、朝ご飯がまだだったのか。従魔はそういうものが必要だからな……」
「そうですね……」
ぶっちゃけ言うとこの中に閉じ込められている僕もまたそういうのが必要なわけだが、そこら辺は言わなくても問題はなかろう。
「それではギン君、今日はよろしく頼むよ。準備があるので失礼させてもらう」
「あぁ、そっちこそ頼りにしてるよ」
格好よく片手を上げた彼はそのまま踵を返してどこかへと歩き去ってゆき、その後ろを彼のパーティメンバーが追随してゆく。
今回のフロアボス戦はあくまでも単体競技ではない。
まず間違いなく、全員で行かねば勝ち目すらない怪物が現れることだろう。だから今回だけはハイドやアオなど、他のプレイヤーの力を借りねば攻略できない。
「ま、MVPは貰うけど」
問題は『死に戻り』と『ダメージ比率』をどう調節するかだが……。そう考えながらシロの方へと視線を向けると、彼女は不機嫌そうに僕の裾を引っ張りまくっており、力ずくで僕を近くのケバブ屋へと連行しようとしている。
その微笑ましい光景に満面の笑みを浮かべ――がしっと、彼女のうなじを掴みあげる。
「シロちゃーん? 串肉一本って昨日言わなかったっけー?」
かくして暴れまくるシロを連行する僕だったが。
『ファンクラブ』なるハチマキを付けたプレイヤー達に睨まれたことは、すぐさま脳裏の彼方に埋蔵した。
☆☆☆
――唐突に。
雲一つなかった空を真っ黒な雲が覆い尽くし、街の至るところから警報が鳴り響く。
《警告! 警告! 街の付近に超大型のモンスターが現れた! 冒険者諸君は至急迎撃の用意を!》
どこからか声が響き、目の前に見たこともない透明なボードが現れる。
──────────────
【フロアボス戦開幕!】
街の城壁の外より巨大モンスターが到来!
街の耐久度がゼロになる前にそのモンスターを打倒せよ! さもなくばその街は跡形もなく壊滅するであろう!
──────────────
「――やっと来たか」
その文章を読み進めながら、座っていた噴水の縁から立ち上がる。
――フロアボス。
果たして敵はどんな奴だろうか。
ドラゴンか? グリフォンか?
あるいは巨人か神獣か。
胸をふくらませながらその文章を読み進め――
「ボス、モンスターは……ッ!?」
その名前を見た途端、言葉が詰まった。
目を見開き、城門の方へと視線を投げる。
冷や汗が頬を伝い、頬が引き攣る。
視線の先では先程まで閉ざされていた門が大きく開け放たれ、その先に巨大な体をこの目に捉える。
「これは――勝てなくないか?」
そのモンスターを、僕はよく知っている。
むしろ、この名を知っていないゲーマーこそ存在しないだろうと、そう言っても過言ではない。
だが、僕の『知っている』というのは【情報として】知っている、という訳では無い。
僕はそいつを――【仲間として】知っている。
『ヴオオオアアアアアアア!!』
咆哮が響き、大気が震える。
周囲のプレイヤー達があまりの殺気に顔色を青くする中。
「フロアボスモンスター……、個体名――白虎」
そこに居たのは、かつて僕の仲間として戦った一匹の聖獣の姿だった。




