《53》後ろ盾
冬休み、と聞けば。
作者「ゆったり小説が書けるじゃないか!」
「遊べる」が真っ先に出てこないあたり、作者はもう手遅れらしい。
「いいかい? フロアボス戦というものは、コンテニュー限界突破な超大型レイド戦なのだよ」
そう、彼女はいきなり言ってきた。
彼女と言うのはもうそろそろ皆おなじみ、額のゴーグルをキランと輝かせたロリっ子ことアスパで、彼女は夕食を食べているところにいきなり現れ、そんなことを言ってきたのだ。
「……で、なに?」
「……で、なに? じゃないよ全く! 君が北のボス倒しちゃったせいでもうみんな大慌てなんだからね!? まぁ私は事前に予想してたから別に心配ないんだけどさー! あ、キャストこれお代わりー」
「はいよー」
毎度お世話になっている出店のキャストさんがアスパの差し出した皿を受け取り、おかわりをよそってくる。そしてそれをめちゃくちゃ羨ましそうに見つめるシロ。
「シロちゃん? さっき五皿くらい食べてなかった? もうお腹減ったとか言わないよね?」
ギクッと肩を震わせ、錆び付いたブリキ人形のようにギギギっと顔を背けるシロ。どうやら彼女は消化も早いらしい。
これで太ったら笑えないな、と小さく頭を抱えながら、キャストさんにこちらももう一皿お願いする。
ちなみに何を食べているかと言われれば、キャストさん特製のお好み焼きであり、エセ関西弁とはいえそれなりに勉強しているのか、その腕前はかなりのものであった。
「言っとくけど半分こだからな。それ以上食ったらシロ……お前太るぞ」
「!?」
愕然と目を見開くシロの姿はなんだか新鮮で、それを盗み見ていたアスパが思わずと言ったふうに吹き出した。
「ふぷっ……、一応き聞きたいんだけど、従魔って太るの?」
「いや太んないけど、多分」
盛大なネタバレに体をぽかぽか叩いてくるシロをなだめながら、キャストさんが焼き上げたお好み焼きを受け取った。
「で、いきなりそんなフロアボスの話を持ち出してきてどうしたんだ? パーティ組めとかならやだぞ、もう体験済みだし」
「体験済み!? なんだか物凄く気になるけど……まぁいっか。多分掲示板見たら上がってると思うし」
一人で驚いて一人で納得しているアスパ。
小さく視線を切って妙に軽くなった皿へと視線を向けると、いつの間にか皿の上からはお好み焼きが消えており、変わりにシロのほっぺたがぱつんぱつんに膨れていた。
「明日は朝ごはん串肉一本な」
「――ッ!?」
容赦のない残酷な言葉に……バレないと思ってたんだろうか、シロが驚愕に目を見開いている中、再びアスパへと視線を向ける。
「仲いいねー、君たち」
「はいはい、で、どんな要件だ?」
皿を机に置いてそう切り出すと、彼女は緩んでいた雰囲気を一転、真剣なものへと切り替えてこう切り出した。
「フロアボスは言わばエリアボスの超強化版。単体じゃ絶対に勝てないように設定されてるし、さしもの君でも一人じゃHPバーを七分の一削れるかどうか、ってレベルの存在なんだよ」
「……何それ勝てなくない?」
僕で七分の一ってどういう事だよそのバケモノ。勝ち目ないってことじゃないのか?
瞬間的にそう思ってしまったが、ふと、彼女が最初に言った言葉を思い出す。
「……あぁ、だからこその【コンティニュー限界突破】か」
「そうそう。フロアボス戦ではいくら死のうとデスペナ無しで復活できるんだよ。もちろん復活するのは噴水広場前っていう但し書き付きだけど、基本的に死んでは攻撃し死んでは攻撃し……で、制限時間内になんとか倒し切ろう、って感じかな」
それはなんとまぁ……相手側からしたら最悪だろうな。いくら殺そうと無限に湧き上がってくるゾンビの群れ、地獄絵図でしかあるまい。
そろそろ帰りたがってるかな、とシロを見れば机に頭を押し付けて真っ白に燃え尽きていたため、もう少し話し込んでいても問題は無いだろうと判断する。
「……なるほど、僕が全く知らないだろうって思って色々と情報を売りに来たってことか」
「そゆことー! 今じゃ君はプレイヤーの名でもゴールドに次ぐ小金持ちだからねー。課金勢でもないの感服するよー」
彼女の言葉にハイハイと相槌を打ちながらも、気になった点について質問を投げかける。
「じゃあ質問、制限時間内、ってなんだ? 純粋に」
「えーっと、私がβテストの時にやった時は、街に巨大なモンスターが襲ってきて、街を完全に破壊される前にそのモンスターを倒せれば私たちの勝ち、って感じだったかな。HPバーの近くに街の耐久値が出てきて、それがゼロになったら敗北。次の街には進めるんだけど、一階層――つまりはこの街の機能は壊滅し、一年間使用することが出来なくなるんだよ。……あの時は辛かったなぁ」
恐らく守りきることが出来なかったのだろう、アスパが遠い目をしてどこかを眺めている。
巨大ボス……街の防衛戦といったところか。
破壊される前に殺し尽くせ、か。
なかなかにシンプルイズベストで、それでいてかなり難しい戦いになるんじゃないかと思う。
フレンドリーファイアはもちろんの事……。
「……予想するに、報酬はどれだけダメージを与えられたか、貢献できたか、そしてその最終的なリザルトから死んだ回数だけ減点されたもの、って感じだよな?」
「おお、さっすが頭いいー! それに関しては説明するまでもなかったみたいだねー」
彼女の言葉に少し厄介な未来を想像してしまう。
確かに死んで減点というのは痛いが、それでも中には死んで減点されるよりも多くダメージを与えて帳消しにしたい、なんて思う奴もいるだろう。
他にも、他のプレイヤーが活躍しなければ必然的に自分の報酬がアップする、なんて短絡的な思考のバカもいる事だろう。
まぁ、何が言いたいかっていえば。
「思いっきり邪魔が入りそうだなー。主にプレイヤー諸君から嫌われてるプレイヤーなんかは」
「身に覚えのありすぎるフレーズだねー」
そう笑う彼女だが、こっちとしてはそうそう笑い事でもないわけで。
「大型レイドボス。なら必然的にソロ報酬は無くなっちゃうわけだが……それでもMVP報酬は貰いたいわけだよ。んで、そんな『クリアしなけりゃ報酬もらえない』ことも分からない馬鹿どもに邪魔されて、MVPどころか報酬そのものを逃しかねないとなると……」
「後ろ盾が必要だねぇ……?」
彼女の言葉を聞き、今ここに至って初めて彼女がここに来た本当の理由を悟る。
誰にも邪魔されずMVP報酬をかっさらうには。
一、立ちはだかる奴ら全部皆殺し。
二、殺気で散らす。
三、極力気配を消して隠密にやる。
そして四――強力な後ろ盾を得る。
「今なら出血大サービスっ! この世界の裏の支配者たるこの私が、今なら鍛冶関連に関しての依頼をすべて私のところにしてくれる、って言うなら大々的に後ろ盾になってしんぜよう!」
「それ自分で言っていいのか裏の支配者」
馬鹿げた……それでいて十分にありそうなその言葉に小さくため息をつくが、残念ながらその条件をそのまま飲むことは難しい。
「鍛冶屋にかんしてはアテがないから別にいいんだけど、『鉄』や『鍛冶』の関わらない依頼までそっちでしろって言うなら断るぞ。そっちはもういいところが見つかってる」
それは、このローブをくれたあのNPCのお店のことだ。
全然目立たないし、そんなに商売繁盛してるってわけじゃ無いのだが――それでも、このローブを作り上げた技術は素晴らしい。
僕はその技術を買っている。だからこそ少なくとも布系統の武具に関してはすべてあの店でお願いしようと考えていた。
だからこその言葉だったが――
「あー、はいはい。私の得意分野は鍛冶――つまりは鉄をカッチンカッチンやって武器や防具を作る方だからね。鉄が関わってないなら別にいいよ」
「あれっ」
あっさりと認めたアスパ。
どうせそういう系統も全部依頼してくれって言われるかと思ったが……、そんな表情が顔に出ていたのだろう、彼女は笑って手を振った。
「いやだなー、私は木とか布とか専門外だし、もしやるってなってもそれ相応の力がないと君にとっては足でまといでしょ? なら鍛冶に関してだけは君が扱うに足るものを作るって、それくらいの気概を持って取り組んだ方がよっぽどいいじゃない」
それは、まぁ、正論だろう。
どれもこれも極めようとした奴は、決まって一つの分野を専門とした奴よりもその分野において劣ってしまう。当たり前のことだろう。
だからこそ、アスパがどれもこれも任せてほしい、なんて言った日には考えるまでもなく去っているところだった。
だが、彼女は鍛冶仕事のみ、と言ってのけた。
「……いいのか? 金儲けのチャンスだぞ?」
「何言ってんのさー。ギンくんが強い方が強い素材が入ってきて私のスキルアップにも繋がるわけじゃん? そうしたら私の腕を聞きつけたプレイヤーがわんさか群がってきて……くふふっ。やっぱり君がより強くなれる方法を取ることがお金持ちになる最短の手段だよー」
その言葉に少しだけ頬を緩めると、スッと彼女へと手を差し出す。
「お前、性格悪いだろ」
「いやいやそちらこそだよー」
おそらく僕がこの条件を受け入れることを確信していたのだろう、彼女は驚くこともなく差し出した手を握り返す。
情報屋――兼、現状における最高峰の鍛冶師。
なんだか性格は悪そうだし、裏の支配者とか言ってたから色々と面倒くさそうな感じはするが。
僕は口の端を吊り上げて笑うと。
「まぁ、ただの馬鹿と有能な悪魔、どっちをとるかって言ったら後者だろうな」
アンタの方が悪魔みたいやよ。
そんな声が、どこからか聞こえてきた。
 




