《52》商売繁盛
「は? また来たんですか店長。北に行ったと聞いたのでゴブリンキングに敗北、そのままの流れで巣へと連れていかれ、○○○され、○○○○にされて○○○○、○○○にされているかと思ってたんですが……。でもまぁ、生きて帰ってこられて何よりです。……チッ」
「ねぇ今舌打ちしなかった?」
件の毒舌受付嬢。確かギルド長からこっそり聞き出した彼女の名前は『アリア』さん。
結局『肉』をドロップできなかった僕は、ミノタウロスの素材でも売ってむくれているシロになにか買ってやろうと思い、件の『二号店』へと訪れたのだが……。
「なんでジャ○プ読んでるんですか」
「ああ、昨日買い忘れちゃったんですよね」
今週は“僕らのヒーローアカデミー”が巻頭カラーですよ。合併号なのがちょっと残念ですが。
そう続ける彼女に思わず頭を抱えてしまう。
「アリアさん……仕事しようよ」
「は? 仕事ないじゃないですか。あえて平均より安く設定したウルフの素材は一瞬で売れ、馬鹿みたいな値段で並べられていたレア素材は顔を真っ赤にした人たちが『死に晒せ』と怨嗟の呟き混じりに買っていきました。あとなんで名前知ってるんですかいや答えなくても結構ですストーカー。死んでください」
「違うわ! ギルマスに聞いたんだよ!」
「チッ、あの老害、死ねばいいのに」
なんだろうこの感じ。
この人と話してるとゴールド相手してるよりもよっぽど疲れる。
肩を落としてため息を吐きながらも、慣れた手つきでメニューからイベントリを開く。
「おや、またなにか仕入れてきたのですか? 通りで……」
「……ん?」
彼女の視線を追って背後を振り向くと、鬼のような形相を浮かべ、真っ赤に充血した瞳を僕へと向けてくる大勢のプレイヤー達がそこにはいた。
「知ってましたか? 最近巷では『クソ野郎をぶっ殺せ同盟』なるものが結成されたのだとか」
「ふーん。どうせ殺せないのに何やってんだかな。時間の無駄すぎて失笑すら出てこないよ」
ブチぃっと、背後から何かがブチギレる音がした。
――が、もちろん無視した。
そんなことしてるくらいならボスの一匹でも狩って来た方がよほど効率的だし、そんな数揃えるくらいなら鍛えてステータス上げてきた方がよほど効率的だ。
そも、人間というのは元来『集いたがり』な習性を持つわけで、最近の女子高生然り、チャラチャラした男達然り、何も言い返せなくなって苦い思いしているプレイヤー達然り、誰も彼もが誰かと集団を作り、皆で互いを正当化しあって『自らが正義、ならばこれでいい』という思い込みをしたがる。
知性を持つ『人』……それも高校生、大学生にもなると、心の奥底、本音の部分ではその思い込みは間違っているとわかっているのだろう。けれどもその甘美にして妖艶で、抗いがたい魅力を持つ『思い込み』にどうしても依存したがる。自分の本音すらも誤魔化して。
――と、何度言ったか分からないような持論を繰り広げながら小さく背後を振り返ると、そこには今にも襲いかからんばかりのプレイヤー達が僕を半円状に囲み始めていた。
「こんなにも早くいけ好かない店長の死にざまが見られるとは。ご愁傷様です」
「いや死なないからね。それにいざとなれば……」
チラリと彼らへと視線を巡らせ、獰猛に口の端を吊り上げる。
「GMコール、しちゃおっかなぁ〜?」
「「「うぐっ……」」」
途端に黙るプレイヤー達。
が、中には威勢のいい奴もいるようで。
「はっ、腰抜けが。所詮はGMコールしなきゃ――」
「あ、GMコールいいですか。今なんかちょーつよそーなプレイヤーに武器チラつかされた上で暴言吐かれてるんで助けてください」
「あれちょっとぉ!?」
――もちろん待ったなしでGMコールした。
途端に現れたエインヘリャルに連れ去られてゆくそのプレイヤーに対して嘲笑を浮かべながら、改めてそれらのプレイヤーを見渡してゆく。
「おうどうした? ほれほれ、なんか暴言か何かあるなら言って見たまえよ諸君。そらそらどうした? ん〜?」
言いながらも僕の指はGMコールボタンのすぐ上のところで踊っており、それを見たプレイヤー達がぐっと言葉を詰まらせる。
「ひ、卑怯だぞコノヤロウ! そんな事しないで戦――」
「はいさようならー」
瞬間、GMコールと共にそのプレイヤーが連れ去られてゆく。
その光景を眺めながら「そもそもさぁ」と語りかける。
「GMコールってのは運営が認めた正当的な防衛手段なわけだろ? 見ろよこの現状、ひょろひょろした弱そうなプレイヤーをよってたかって……なんて酷い、これはイジメだな。集団リンチだ。いやー、弱々しい僕は泣いちゃいそうだよー」
明らかに青筋を浮かべるプレイヤー諸君。
そんな彼らへ我ながら性格悪そうな笑みを浮かべて。
「ハッ、なんか言うなら言ってみやがれこの野郎。まぁ、その時は情け容赦なくGMコールさせてもらいますがね」
こちとら主人公とは正反対、言うなれば反面教師の鏡みたいな存在だ。
チクリ魔? それはなんていい称号だ。
チクることは正義である。弱者が絶対的強者の力を借りていけ好かないチャラチャラした奴らを屠れる簡単にして最も効率的な手段。
報復? されればまたチクればいい。
それでもされたら証拠全部引っさげてまたチクればいい。
「言葉で来るなら覚悟しろ? それでも僕がいけ好かないなら……なんならこの場で『殺っても』いいんだぞ?」
小さく腰のアゾット剣をチラつかせると、その場にいた全員のプレイヤーが顔を真っ青にして視線を逸らす。
なんだ、腰抜けしかいないじゃないか。
興味が失せて視線を切ると、何だかシロがキラキラした瞳でこっちを見てた。
「……え、どこが?」
「……!」
一体どこにキラキラしてるんだろうこの子は。
思わず心配になってしまった僕だったけれど、この子は僕という反面教師を完璧に乗りこなしている最強ライダーである。そう簡単に悪しろちゃんにはならないだろう。
「で、そろそろアイテム出していい?」
「……はぁ、認めたくはないですが、惚れ惚れするほどに見事すぎる手際でした。これでしばらく表立って血眼で睨まれることもなくなるでしょう」
なんかごめんね、と軽く謝っていると、これも仕事ですから、という呆れの混じった答えが返ってくる。やっぱり話していたらわかるけれど、案外この人はいい人だ。
思いながらも迷うことなくミノタウロスの素材を取り出すと、アリアさんは思いっきり目を見開いた。
「な――!? ば、馬鹿ですか!? そ、そのモンスターを倒せたこと自体が驚きなのに、よりにもよってその素材を……」
「うん、売る」
アリアさんの叫びに先程逃げ出していったプレイヤー達もなんだなんだと再び寄ってきて、それを見たアリアさんが疲れたように額に手を当てた。
「……はぁ、見たところ素材内に含まれている魔力量が通常のものと比べてかなり多いです。ただでさえ超高額になるのにも関わらず、この素材を、よりにもよってこの店で出すとなると……クランが一つ潰れますよ?」
「あぁ……そうだよね」
小さく溜息をつきながらも、指に嵌めた『換装の指輪』へと視線を落とす。
――換装の指輪。
異世界で僕が最後まで身につけていた馴染みのある装備。
その能力は単純明快で、アイテムボックス――こちらでいうイベントリから自由自在に武器を取り出し装備、また返還することの出来るという優れもの。
これが初討伐報酬であり、ミスリル鉱石や黒の破弓がそれぞれMVP報酬、ソロ報酬となっている。
まぁ、どれも使い道しか見えないためにこの三つは売る気は無いが、その他、普通に手に入ったキングゴブリンの通常ドロップ、及びミノタウロスの角と黒皮は……その、使い道がないといいますか。
「シロも黒い装備は要らないもんな?」
「……」
予想通りこくこくと頷くシロ。
彼女にはその代わりとして『ミスリル鉱石』を用いて装備を強化してもらう予定だが、それも明日の昼頃にあるという階層ボス――フロアボスだったか、どちらでもいいけれどそれを倒し終わってからになるだろう。
ならば僕の装備は……となるが、重たいミノタウロスの皮なんて付けてたら動きが鈍るし、どこぞの出会いを求めてるダンジョン系主人公みたいにミノちゃんの角で短剣を作って二刀流、というのも……何だかなぁという感じである。
まあ、確かにいずれは二刀流スタイルになるわけだが、せっかく手にするならばアゾット剣と同格の武器がいい。でないと逆に足でまといになりかねないから。
「とまぁ、考えてみたけどやっぱり要らないわ。考えつくとしても角を半分に割って肩パットにするくらいしか思いつかない」
「それでは売りましょうか。そんなくだらない末路に至るくらいならばこの素材も売ってしまった方が宜しいかと」
彼女の言葉に満足して、取り出した黒皮と角、あと名前も覚えていないレベルのキングゴブリンの素材を置いてゆく。
価格設定としては……どうするかな。『魔の使い』ってことだから恐らくあのミノタウロスは復活しない気がする。キングゴブリンが元々あの洞窟に住んでいて、ミノタウロスが来たから逃げてきた、って考えると筋は通るし、なんなら次からは中ボス無しでボスがキングゴブリンになっていてもおかしくはない。
ならば、と。
「よし、――Gで売ろうか」
「ピー音が入るほどに残虐極まりない価格設定、ありがとうございます」
漏らした言葉に彼女はホクホク顔で値段を設定し、その様子を伺いみていた奴らは顔を真っ青に染めてガクブルと震え出す。
そんな彼らへと視線を向けて、大きく息を吸い込むと。
「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今回仕入れたのはミノタウロスの、現状最も品質の高い素材だぞ! 間違いなく二階層でも通じるであろうこの部材はここにあるこれだけしか入手出来ない! 次に入手できるのがいつかも定まっていない!」
その言葉にプレイヤー達がお互いに顔を見合わせる。
あと一押しだな、と内心でほくそ笑んだ僕は笑って。
「もしもこの素材でも武具を作ったならば、まず間違いなく他のプレイヤーに差をつけられるだろうなぁ〜?」
――彼らは一斉に駆け出した。
やっぱりギンは書きやすい。
それに比べて久瀬の書きにくさといえば……。




