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Silver Soul Online~もう一つの物語~  作者: 藍澤 建
一階層・始まりの街
50/89

《50》後悔だけはしないように

 暗く、暗く、暗く。

 何も見えない闇の底。

 フワフワと、ゆらゆらと、まるで水に漂うように体が浮かんでいる。

 指先からは感覚すら消え、もう一ミリも動けない。

 ただ、瞼の裏に焼き付いたその光景が蘇るのだ。


『これより執行を開始する』


 そう嘯いたのは誰だったか。


『我が力、全てを込めた一撃――【破滅球ザ・デストロイ】』


 そう手を掲げたのは誰だったか。


『弟は、姉をいつか、越えるもんだ』


 そう、傲慢にも突き進んだ愚か者は、誰だったのか。

 何も思い出せない。

 ただ、その光景だけが瞼の裏に焼き付いている。


 振りかざした白銀色の剣。

 姉の驚いたように目を見開いた表情。

 荒い息、薄れる視界。

 そして――消えゆく命。


「あぁ、死んだんだっけか」


 ふと、思い出す。

 何がどうなって死んだのかは分からない。最後に彼女を道連れに出来たのかどうかもわからない。

 ただ、仲間を置いて死んでしまった事実だけは思い出せた。

 その後悔と未練だけは、思い出せた。


「死にたく、無かったな……」


 誰が死にたいと思ったか。

 死ぬかもしれないとは思った。死んだ時のために可能性も残してきた。だから多分大丈夫だとは思う。

 けれど……。



『その時まで、また一緒に笑える日が来るまで。笑顔で、待ってて欲しいんだ』



 そう言ったのは、どこの馬鹿だったか。

 後悔している。今にも死にたいほどに後悔している。

 努力は報われる。そう考えた愚か者がいた。

 自分が進む道こそが正しいのだと、そう考えた馬鹿がいた。

 傲慢にも突き進み、その終局点へと辿り着いた。


 ――一人の男がいた。


「何が正義だ、何が努力だ、何が報われるだ、何が……ハッピーエンドだ」


 憎い、馬鹿な自分がこの上なく憎い。

 なるほどあの男は、かくして生まれた化物なのだろう。今ほどあの男の感情を理解出来た日はない。

 けれどな。僕はお前のようにはならないよ。

 お前が世界を恨み、僕のような偽善者を恨み、憎悪する理由は今わかった。ひたすらに下らぬ正義を掲げて走り続け、その末に何もなせずに死んだバカをお前は嫌うんだろう。

 それは僕も同感だけれど――それでも、後悔するのは次に生かすため。本当は反省して次に進めればいいんだけれど、これだけの事があると後悔せずにはいられない。

 けれど本質的には後悔も反省も同じこと。


 ――同じ失敗を二度しないようにと。失敗を次へ生かすために行う事だ。


 もう同じことを繰り返さないように。

 もう二度と――後悔だけはしないように。

 僕はその失敗を乗り越えてゆく。今更後悔しても、どうすれば良かっただの、そんなことを思っても次に生かす以外には道はないのだ。

 なればこそ、乗り越えて僕は、その先へ行く。



「――フゥ」



 小さく、息が漏れた。

 いつの間にか視界は元の洞窟へと戻っており、僕は壁に背を預けて座り込んでいるようだ。

 胸から腹にかけて巨大な傷跡が刻まれており、気配を感じてみれば、僕の体を涙を貯めたシロが揺すっている。


「し、ろ……」

「……!」


 驚きに目を見開くシロではあったが、驚きたいのはこっちの方だ。

 ……何故、僕は今生きている?

 視界の上の方に存在しているHPバーは残り一ミリほど。感覚的にはHP残り『一』と言ったところだろう。

 大地の籠手で防御力が上がったからか?

 そう思ったけれど、それよりも先に脳内へと声が響く。


 《ポーン! 称号を獲得しました!》

 《ポーン! 称号によりアビリティを取得しました》


「……称号、か」


 気絶から目覚めたからだろうか、恐らくは既に獲得していたであろうアビリティ、そのインフォメーションが遅まきながらに響き渡る。

 一体どんな条件か。

 格上相手に数分持たせるとか、そういう感じだろうか。

 そしてアビリティは、恐らくは致死の攻撃を受けた際にHPを一だけ残して生き残る力。

 名前としては根性――はアイツと被るし。


「――執念(・・)、って感じか」


 苦笑しながら、膝に手を当てて立ち上がる。

 視線の先には驚きに目を見開いたミノタウロスがこちらを見つめており、その瞳には得体の知れないものを見る恐怖にも似た感情が浮かんでいる。


「……」


 不安そうにこちらを見つめるシロ。

 彼女の手には既に槍はなく、HPもかなりの場所まで減っている。


「……なぁシロ。お前は僕とアイツ、どっちが強いと思う?」


 ふと呟いた言葉に彼女は小さく目を見張ったが、すぐに迷う素振りも見せずに僕の方を指さした。

 その瞳には揺らぐ気配のない『確信』が見て取れる。


「それは、困ったなぁ……」


 困ったも困った、どうしようか。

 彼女曰くミノちゃんよりも僕の方が強いらしい。

 どう考えても奴の方が強い気がするのだが……。

 スッとミノタウロスへと視線を向ける。

 少し寝ていたからだろうか。手も動く、足も動く、体力も少しは戻った、魔力もある。視力も聴力も問題はなく、大きく息を吸って、息を吐く。


「……そんな事言われたら、勝つしかなくなるじゃないか」


 銀色の光が煌めき、アゾット剣が召喚される。

 違和感を覚えて視線を下ろせば、アゾット剣の形状が少しだけ変わっていた。

 なんだか少しだけ――あの神剣に近くなったような気がする。

 あの時は、ただ突っ走って死に絶えたんだ。

 男が予期した下らぬ末路へ――旅の終着点へ至り果てた。

 けれど、それは終着点であって、帰着点ではない。


「僕のあの人生は終わったけれど、まだ僕はここにいる。全ては無へと帰してない。それはつまり、まだ帰着するには早すぎるってことだろう? なぁシロ」


 軽く彼女の頭を撫でると、笑って前へと歩き出す。


「今度は逃げろなんて言わないさ。そこで見てろ、さっさと倒して勝ってくる」


 大言壮語。

 その果てに僕は死に絶えた。

 一度死ななければ人の性格は変わらないとは言うけれど、ぶっちゃけた話僕の性は、死んだところで治らない。

 僕は僕だ、永劫にこの大言を張り続ける。

 どんなに絶望したって、どんなに方法がなくったって、僕はほんのちょっぴりビックマウスくらいが丁度いい。


「……そうじゃないと、僕じゃない」


 呟き、短剣を構える。

 一撃でも喰らえば終わり。

 その事実には何も変わらないが、僕はもう大丈夫。

 力量差も技術も何もかも変わらないが、それでも僕は後悔した。後悔して反省して、もう二度と繰り返さないと自らの心に誓を立てた。

 故に、もう繰り返さない。

 もう後悔なんてするものか。

 全部全部――


「何一つとして切り捨てない。犠牲なんて出させない。ちっぽけなこの両手だけれど、何一つとして取りこぼしてたまるか。僕は守りたいもの、全てを守り通す」


 傲慢だろうか。……うん、傲慢だな。

 我ながら愚かしく、馬鹿馬鹿しいほどに傲慢だ。

 けれど傲慢で何が悪い。求めたいから求めるんだ。

 戦う理由なんて下らない感情論でしかない。

 欲しいから手に入れる。

 手に入れたいから足掻き続ける。

 幸せになるために走り続ける。

 目指した光明(ハッピーエンド)に至るまで、必死になって進み続けるんだ。



「――これより、正義を執行する」



 かくして覚悟を決めるように、僕はその言葉を口にする。




 ☆☆☆




 緊張感が張り詰める。

 空気が乾き、ゴクリと小さく喉が鳴る。

 奴の鼻息が白く色付き、冷たい空気が足元から背中の方までよじ登ってくる。

 アゾット剣を握りしめる。

 奴が大剣を左手で握りしめる。

 体力的に……絶歩、縮地はもう使えない。

 ここから先は完全なる実力勝負。身につけた技術、ステータス、胆力と、咄嗟の機転だけがものを言う一種の境地。

 体の底から湧き上がる『デジャヴ』に思わず苦笑して。


「――ッ」


 目を見開き、一気に駆け出した。

 それは奴も同じことで、ほぼ同時のタイミングで走り出し、大剣を振りかぶって迫り来る。

 その姿に小さく息を吐き、一気に加速する。

 速度はそれつまり威力。

 一撃でその命を断ち切れないのならば。

 より速く、より多く。

 斬られる前に――刈り尽くす。


「『暗殺(アサシネイト)』――ッ!」


 振り落とされた大剣をすり抜け、奴の横腹を斬り払う。

 赤いポリゴンが舞い、ミノタウロスの顔が苦痛に歪む。

 しかしここに至って痛みに隙を見せるなど愚の骨頂。ミノタウロスはすぐに振り返って拳を構える。

 右手を潰したことで、右手じゃ剣は握りしめられない。

 なればこそ、左手で大剣を振り回し、小回りの利く右手で確実に僕を捉えに来る。

 堅実にして基本の構え。

 つまりそれは――最も隙のない攻めにくい型となる。


「チッ……」


 咄嗟に飛びすさって拳を躱す。

 まだ、こんなもんじゃダメだ。

 もっと早く、速く、疾く、そして鋭く。

 急所以外は一切要らない。決して腕と足を止めるな。

 その命刈りつくすまで――踏みとどまるなッ!


 反転して思い切り駆け出す。

 重心を低く、前に進むためだけに全ての力を総動員する。

 その速さは先程までよりもさらに速く、一瞬だけミノタウロスがどう対応するべきか逡巡する。

 そしてその隙に、限りない連撃を叩き込む。


「――『神罰(ジャッジメント)』ッ」


 超連続での暗殺(アサシネイト)

 本来は対象の周りにワイヤーを張り、それを伝っての超多連撃なのだが、糸操作はまだコイツ相手には通用しない。

 故にそれらは、足で補う。

 胸を薙ぎ、膝を斬り付け、背中を払い、肩口に一閃する。

 奴の周囲を縦横無尽に駆け巡りながら斬撃を繰り出す。

 けれどもそれも長くは続かず。


『ヴ、ゥォオオオオオオオ!!』


 咆哮が轟き、ミノタウロスは握りしめた大剣を自身を中心としてぐるりと一周薙ぎ払う。

 轟音が響き、唸りをあげる大剣が大気を切り裂くようにして周囲一体を斬り裂いた。

 ――が、僕の体を捉えることは出来なかった。


「左腕、頂くぞ」


 ぐしゅっとポリゴンが吹き出す音が響き、ミノタウロスが焦ったように左腕へと視線を向ける。

 ミノタウロスの真っ赤な瞳の奥には、左肘へと骨を断ち切るようにして剣を突き刺した僕の姿が映っており、その顔には凄惨な笑みが浮かんでいた。


『ゥゥッ、ヴオオオアアアアアアアア!!』


 奴の顔が恐怖に歪む。

 その恐怖を紛らわすようにして奴は右の拳を振りかぶり、それを見ると同時にアゾット剣を返還させる。


「ふぅ……次は格闘戦か」


 この巨体、さて通じるかと内心呟き。

 ――次の瞬間、ミノタウロスの体が宙に舞った。


『――ッ!?』


 ミノタウロスは何が起きたか分からずに目を見開き、直後、鳩尾へと叩き込まれた正拳突きに声にならない悲鳴をあげる。 ――入った。

 この僕をして奇跡と言わざるを得ないほどに完璧な一撃。

 タイミング、威力、衝撃、そして場所。

 何から何まで悪質極まりない最高の一撃。

 見れば目の前に崩れ落ちたミノタウロスは腹を抑えて涎を垂らしており、その瞳は声にもならない激痛に虚ろとなっていた。


「ボディっていうのは基本的に即効性がなく効きにくい。が、僕みたいなステータス格下の攻撃であっても有効的な部位は確かに存在する」


 鳩尾がその中でも一番有名な場所であろう。

 そもそも純粋なステータスじゃどう考えても勝てっこないのだ。せいぜい今の僕に出来ることなんて力を利用して投げ飛ばす、体制を崩させる。そして、ちょっとした呼吸困難を起こさせるとか。せいぜいがそんなものだ。

 ……にしてもどうした僕、キレッキレじゃないか。

 目の前で跪くミノタウロスを見下ろしながらそう想う。


「さて。そろそろ終わりにしようか」


 言いながら剣を振りかざす。

 ぼうっと銀色の魔力が迸り、僕らの体を照らしてゆく。

 恐らくは僕の姿も見えていないだろう。耳も聞こえているかどうか怪しい。

 正直もう一度やれと言われて出来るかどうか甚だ疑問だが、それほどまでに寸分違わず、最悪なタイミング、最高の威力、衝撃を伴って叩き込んだ一撃は悪質極まりない。

 ミノタウロスでさえこうなってしまうほどには。


 一人じゃ多分、勝てなかっただろうな。

 そう、少し悔しい思いを噛み締めながら。



「次会ったら、真正面から叩き潰す」



 赤いポリゴンが舞い、剣がその首を斬り落とした。

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