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Silver Soul Online~もう一つの物語~  作者: 藍澤 建
一階層・始まりの街
49/89

《49》限界

こんなにも追いやられているギンはなんだか新鮮です。

「はぁっ、はぁっ……」


 荒い息を吐き出しながらも奴を睨み据える。

 視線の先にはブルルルと鼻息を吐き出すミノタウロスの姿があり、その鼻息がブワッと白く色づく。見れば奴のHPバーはもう既に半分程度にまで減ってきており、なかなかに僕も頑張った方なのではないかと、そう思えて仕方が無い。

 しかしまぁ……。


「ここいらが、限界、って感じ、かな……」


 息を切らしながら呟く。

 体力が限界まで来ているのだろう。視界が歪み、頬を滝のような冷や汗が流れ落ちる。

 おい、ここゲームの中じゃなかったのか。

 思わずそう問いただしてしまいたくなるようなリアリティだが、この緊迫感が無ければ戦いじゃない。もしも僕のキャラクターだけそうしてくれているのであれば、全能神様に天を仰ぐようにして感謝を捧げてやってもいい。

 ただ……なぁ、ゼウス。


「ぶっちゃけてくれていいけど、これって間違いなく僕のこと殺しに来てるよな。お前」


 呟かずにはいられない。

 脳裏には楽しげに微笑む彼女の姿が浮かんでおり、思わず苦笑してしまう。


「……あるいは僕が勝てると信じて疑ってないか」


 なんとなーく、今言ってみた感じだと後者な気もしないでもないが、彼女がちょっとしたイタズラでこの化物を配置した可能性も無きにしもあらずだ。

 震える腕で、手でアゾットを構え直す。

 けれどまぁ、理由が前者だろうが後者だろうが、結局彼女の望む『結末』は変わらない。その結論に達して、口の端を無理矢理に吊り上げた。


「つまりは勝てと、そういう事だろ?」


 大きく息を吸い、吐き出す。

 今の僕の限界はここだ。

 記憶は無いが、向こうの世界で生きていた僕の限界。それがこのミノタウロスに苦戦している現状なのだろう。

 なればこそ、この限界を超えてゆく。

 この限界を超えて――


「お前の命――刈り尽くす」


 剣を握りしめ、駆け出した。

 息が切れる、視界が歪む。

 けれど足は止めない、足を止めればその瞬間こそが敗北の瞬間。僕が死に、シロが危険な目に遭う最悪の状態。

 だからこそ、意地でも止まらない。


『ヴォアアアアアアア!!』


 咆哮が轟き、目の前へと大剣が迫る。

 それを真横に緊急回避して躱すと、右手首に対し、甲の側からアゾット剣を突き刺した。

 するとミノタウロスは小さく悲鳴をあげ、握りしめていた巨大な大剣をその場に落とす。


「はぁ、はぁっ……、さて、利き手じゃ剣は持てなくなったな、ミノタウロス」

『グッ、ヴウウウ……』


 奴は怒りに目を血走らせ、口の端から唾液を撒き散らす。

 全く汚いミノちゃんだこと。

 こんなにもピンチ、死を眼前にした状態でこんな軽口が浮かんでくることに内心で驚きながらも、召喚し直したアゾット剣を握りしめる。


「右手は殺った。次に右肩、左手、左肩。両足のアキレス腱に、両の膝。潰した後に――その首貰う。こんなもんか」


 小さく呟くと、まだまだ先は長いとため息を吐く。

 まだ手も足も動く。ならば戦える。

 まだこの相手を――殺せる可能性を見いだせる。


「さて、体力尽きる前に殺しきれるか」


 もう頭も真っ白だ。

 こういう時に限って意味もない言葉の羅列しか出てこない。

 あぁ……、シロは大丈夫だろうか。

 シロ、僕のこの世界での相棒。

 食べることが好きで、戦うことが好きで、お肉が好きで、昼寝が好きで、怒りん坊で、可愛くて、将来が楽しみな自慢の子だ。

 自分に子供が出来たらこんな気持ちかなって、彼女と一緒にいるといつもそう思う。

 だけどまぁ、僕の子供だったらあんなに素直ないい子には育たないだろうな。きっと僕みたいにひねくれてネジ曲がった、反面教師の代表例みたいなやつになるんだろう。

 ……それはそれで嫌だな。シロみたいに育って欲しいもんだ。


「――さて、と」


 そろそろ思考もやめにしよう。

 見れば奴も業を煮やしてこちらを睨み据えており、そろそろ我慢の限界も近そうだ。

 なれば始めようか、最後の潰し合い、殺し合いを。

 ふらふらと揺れる体にムチを打ち、足に力を入れて大地を強く踏みしめる。


「魔力は……まだ持つか」


 ゆらりとアゾット剣から銀色の魔力が吹き上がる。

 体力よりかはまだ少しだけ余裕のある魔力に笑みを浮かべると、キッとその真紅の瞳を睨み据える。

 奴は縮地を警戒してか、大きく円を描くように動き始めており、そうされると縮地なんて通じない。……知性としてはなかなかに高そうである。

 けれど――

 そう、口の端を吊り上げて笑うと。

 次の瞬間――再び、奴の懐へと入り込んだ。


『ヴォッ!?』


 信じられない、そう言いたそうなミノタウロスの悲鳴が響く。

 それもそうだろう。これは縮地では無いのだから。

 ――絶歩。

 完全なる縮地の上位互換。

 身体中、頭の先から足の先まで、全ての細胞を総動員して奴の意識を『他』へと移す――詰まるところはミスディレクション。

 それを縮地の直前で行い――その上で、縮地よりも精度の高く、素早い踏み込みを行う。

 それらがうまく合致すれば、相手にとって僕の姿は【消失】して見える。向こうの世界じゃ簡単な幻術なんかも用いていたため、あれほどの精度では使えないわけだが。


「何のために先に『縮地』なんて慣れない真似をしたと思ってる?」


 すべては今この瞬間――二度目の隙を付くためだ。

 この技は体に負担がかかる。縮地とは比べ物にならないほどの体力を用いる。故に、多分これが最初で最後。

 アゾット剣を握りしめる。

 視線の先にはがら空きになった胴と――丸太のように太い首。

 この時、この瞬間、この一瞬に。

 今の全てを力を――使い尽くす!


「ハアアアアアアッッ!!」


 銀色の光が煌めき、ミノタウロスが目を見開く。

 そして――



「――あれっ」


 ガクリと、膝が折れた。

 思わず勢いが静止し、首を刈るつもりで振るった剣が空を切り裂く。

 思わず膝が地面に付き、視界がぐにゃりと歪み出す。

 ――限界。

 その言葉が頭を過ぎり、目の前からブルルルと声が響く。

 顔を上げる。

 目の前には至近距離からこちらを見つめるミノタウロスの姿があり、その瞳には純粋な、こちらを観察するような瞳が宿っていた。


「く、クソ……」


 手が、足が動かない。

 アゾット剣が手から零れ落ち、銀色の光となって消えてゆく。

 白い鼻息が前髪を吹き上げ、久しく感じる『恐怖』が体の芯へと突き刺さる。

 目の前のミノタウロスは僕から顔を遠ざけ、一歩だけ後ろへと下がると、そのまま大きく大剣を振りかぶった。

 それは致死の一撃。

 目の前に迫る『死』に思わず乾いた笑みが浮かぶ。

 もう、無理そうだな。

 諦めて瞼を閉ざし、大きく息を吐いた。


 ――その時だった。



『ヴアアアアアアアアアアアアアッ!?』



 目の前から悲鳴が轟き、驚きに瞼を開く。

 目の前には痛みに大きく暴れているミノタウロスと――その左眼に槍を突き刺した、見覚えのある彼女の姿があった。

 なんでここにいる。逃げたはずじゃ無かったのか。

 そんな当たり前の疑問が浮かぶよりも先に、僕はその名を呼んでいた。



「し、シロッ!?」



 彼女は小さく僕を振り返る。

 その瞳には涙が溜まっており、頬には涙の跡が残っている。

 きっと、一人で泣いたんだろう。

 僕に怒鳴られて、一人っきりで泣いたのだ。

 ――にも関わらず、彼女は今、ここにいる。

 それは何故か。

 視線の先で、眼窩に槍を突き刺していた彼女はミノタウロスに掴み上げられ、思いっきり投げつけられる。

 不幸中の幸い、投げられた先は僕のすぐ側。

 ギリッと歯を食いしばり、絞りカスとなった残りの力すら総動員して走り出す。


「ぐっ……!」


 何とか彼女を受け止める。

 けれど受け止めるべき体に力が入らず、彼女とともに数メートル吹き飛ばされてしまう。


「……ッ」

「し、シロ……」


 見れば彼女のHPバーは今の一撃で七割近くが減っており、彼女は痛みに顔を歪め、それでも僕のことを見つめてくる。


「この、馬鹿が……! 何で戻ってきた! さっきならまだしも、このままじゃ……!」

「……」


 しかし彼女は嬉しそうに笑って、僕へと手を伸ばしてくる。

 その顔に、その姿に。どうしても彼女が何を思ってここに戻ってきたのかが分かってしまい、思わず歯を食いしばる。

 拳を握りしめ――ふと、手の甲に刻まれているタトゥーが視界に入る。


「そうだ……! おいシロ! 今すぐタトゥーに……」

「……」


 しかし彼女は首を横に振る。

 タトゥーへの従魔の収納。やり方は分からないが、それでもあの時は、咄嗟に『ピンチの時、シロが勝手に出てくる可能性』を考えて彼女を逃がした。

 だが、今はもうそんなことは言っていられない。この際タトゥーの中だろうとなんだろうと、彼女を守れればそれでいい。

 なのに……なんでお前は――


『ヴォアアアアアアア!!』


 怒りに染まった咆哮が響く。

 ミノタウロスの視線は真っ直ぐシロへと向かっており、視線を感じたのか、シロはゆっくりと立ち上がる。


「ま、待て! シロ……!」


 手を伸ばすが、体が全く動かない。

 息が荒く、視界も定まらない。

 けれど彼女優しげに、笑ったのだけは何とか分かった。

 彼女は盾を構えてミノタウロスへと向き直る。

 その姿からは『迷い』というものは一切無く、彼女は僕をかばうようにして目の前へと立ちはだかる。


 ――ごけ。


 拳を握りしめ、歯を食いしばる。


 ――動け。


 ここで行かなきゃ、何が主だ。

 何が負けると思ってるのか、だ。

 負けてちゃ意味が無いだろうが。


 ――動け……!


 視線の先では、ミノタウロスがシロめがけて大剣を振り上げている。

 彼女の背中は小さく、弱々しく、それでいて何よりも誇らしげだった。

 彼女に――シロに、こんな思いさせて。

 シロにここまで覚悟見せつけられて。


 限界の一つや二つで止まってられるほど、僕も人として落ちぶれちゃいない。


 ――動けッ!


 大地を蹴り上げ、手を伸ばす。

 視線の先には振り落とされる大剣と焦ったように僕を振り返る白の姿が。

 必死に手を伸ばして――伸ばして。


 その体を――真横へと突き飛ばす。


「――ッ!?」


 驚きに目を見開くシロが視界に入る。

 僕の眼前には大剣が迫っているが、その攻撃範囲にはもう既に、シロの姿は存在していない。

 ――なんとか守れた。

 そう、薄く笑って。


 そして――

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