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Silver Soul Online~もう一つの物語~  作者: 藍澤 建
一階層・始まりの街
48/89

《48》VSミノタウロス

最近は感想欄でギンの名前を見なくなりましたね。一体何故でしょう。

『ヴオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 咆哮が轟き、大気がビリビリと振動する。

 体の芯にまで突き抜けるようなその咆哮に思わず眉を寄せながらも咄嗟にアゾット剣を抜き放つ。


「シロ! コイツは不味い! 今すぐ逃げろ!」

「……!」


 驚いたようにこちらを見つめてくるシロだったが、今回ばかりはどうしょうもない。

 ――ミノタウロス。

 経験則から鑑みるに、通常仕様だったならばおそらくAランク。セイクリッドオーガと同格であったであろう。

 しかし――【魔の使い】と来た。その【魔】がどこのどいつかは知らないが……全く、モンスターを強化した上で使役するなんてどこぞのラスボスにそっくりだ。

 背後を振り返れば、まだかろうじて扉は開いたままとなっている。その扉はミノタウロスすらも通れるように設計されており……、今現在閉ざされていないということは、つまりはそういう事なのだろう。

 小さくシロへと視線を向ける。


「大丈夫、こんな奴今まで何度も倒してきてる。だから、先に行ってくれ。後からきっと、追いつくから」


 もちろん嘘だ。

 こんな相手、今のステータスじゃ手に負えない。

 どころか今から逃げたとしても、多分、背中を晒した途端にミノタウロスが襲いかかってくるだろう。さすれば僕ら二人が殺される未来なんて意図も簡単に想像がつくし――だからこそ、一人がここに残り、奴を足止めしなければならないわけだ。

 多分僕は――ここで死ぬだろう。

 きっと数分後には死に戻って、また公に恥を晒すハメになるのだろうが……それでも、彼女だけは殺させない。

 優しく微笑み、その頭を小さく撫でる。


「それとも何か、僕が負けるとでも思ってるのか?」


 目を見開き、大きく首を横に降る彼女。

 今まで、彼女の前でカッコつけておいてよかったと、内心でそう思いながらも彼女の背中を大きく押した。


「さっさと行け。こっから先は、僕の見せ場だ」


 その言葉に、彼女はぎゅっと槍を握りしめる。

 ……もしかしたら、全部察してるのかもしれないな。

 僕とこのミノタウロス、どっちが強いかなんて……多分聡明な彼女なら分かってる。

 だからこそ立ち止まる。死ぬ可能性しか見えない僕を置いてはいけない。そう思って。

 全く……本当に優しい娘だよ、お前は。

 なんで僕みたいのと一緒にいて、そんなに優しく成長できるんだと問い出してやりたいばかりだが――けれど、それらも全部ひっくるめて、全部終わってからにしよう。


「早く行けッ!」


 怒声が轟く。

 僕から初めて向けられた大きな怒声に彼女は涙目になって大きく体を震わせる。

 ……本当にごめんな、シロ。

 彼女は目元を袖で拭うと、反転して出口へと駆け出した。

 その背中を見送って僕は、心の中でそう呟く。


「……嫌われたかなぁ」


 ま、あんな声浴びせたら嫌われるだろう。

 だけどまぁ、それでも――

 視線を前へと向ける。視線の先には巨大な大剣を手にしたミノタウロスが唸り声をあげており、その視線は真っ直ぐ僕へとロックオンされていた。

 それでいい、僕だけを狙え。

 視線なんて一瞬たりとも他に移すな。

 でなけりゃその命――一瞬にして刈り取ってやる


『……ヴゥ』


 僕の瞳を見て何を感じたか、奴はスッと大剣を構えた。

 まるで片手剣を扱うようなその動作……、間違いなく一撃でも食らったら、どころか掠っただけでも死にかねない。

 思わず苦笑しながらも肩口から背後を振り返る。

 そこにはもう、シロの姿はなく――


「嫌われたとしても、お前が生きてくれればそれでいい」


 だから僕も、自分の責務を果たそうか。

 アゾット剣を握りしめ、ミノタウロスめがけて駆け出した。




 ☆☆☆




 轟ッ!

 唸りをあげて大剣が横薙ぎに払われ、咄嗟に背後へと飛び退いてそれを躱す。

 しかし、その風圧によって体が煽られ、思わず体勢を崩しかける。


「く……、この化物が!」


 アゾット剣を返還すると、背中に担いでいた弓を手に取り、矢を番える。

 近距離じゃ話にならない――ならば、遠距離から狙い撃つ!


「フッ――!」


 連続して幾つもの矢が放たれる。

 それらは狙い違わずミノタウロスの体へと向かってゆく。一番戦力を削ぎやすい眼球はもちろんの事、傷つけば激痛が走る臓器、傷つけば大量出血はままならない臓器など、人体の意外と知られていない急所にまで放ってある。

 これだけ放てば、一つくらいは……。

 そう思った――次の瞬間だった。


『ヴオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 咆哮が轟き、周囲へと衝撃波が放たれる。

 衝撃波によってそれらの矢は尽く吹き飛ばされ、どころか僕のいる場所にまでその波が襲ってくる。


「ちょ……、嘘だろおい……!」


 たったそれだけ。

 にも関わらず僕の体は数メートル吹き飛ばされ、HPバーは五分の一が減っている。

 攻撃に当たらなきゃ問題ない。遠くから攻撃を放ち続ければ問題ない――だなんて、もう考えられない。

 見れば奴の紅蓮の瞳は『そんなものか』と愉悦に歪んでおり、思わず額に青筋が浮かぶ。


「上等だよこの野郎……!」


 咆哮で防御不可避の攻撃ができるって言うなら、その喉を掻っ切って声すら出なくしてやるさ。

 そんなに攻撃ができるって言うなら、体を動かすのに必要な筋全部叩き斬って、その上でゆっくりとなぶり殺してやるさ。

 こちとらもう、守るものなんて一切ないんだ。

 ならば死ぬ気で――その命、取りに行こう。


「――死に晒せ」


 瞬間、僕の体が奴の目の前に現れる。

 ――縮地。

 久しぶりに使ったが、やはり体というものは覚えているもので、目の前のミノタウロスは思いっきり目を見開いている。


「ハァッ!」


 再度召喚したアゾット剣をその腹へと叩きつける。

 ズブッと、肉を断ち、内臓を穿つ感触を覚えると同時、奴の悲鳴が轟いた。


『ヴアアアアアアアアアア!?』


 傷口から真っ赤なポリゴンが吹き出す。

 しかしまだ――致命傷には程遠い。

 口の端を吊り上げると、グリッと、差し込んだ剣を抉るように回転させる。

 瞬間、ぐしゅりと赤いポリゴンが跳ねて僕の頬を汚し、更なる絶叫が谺響する。


「痛いだろ、ここの内臓。僕も師匠によく抉るように殴られて、さぞかし悶絶したものだ」


 しかしながら、こういう時に限って考えることは皆同じ。

 ――一刻も早く、激痛の原因を排除したい。

 見ればミノタウロスは空いた左手をこちらへと伸ばしてきており、その充血した瞳には怒りがありありと浮かんでいた。

 あぁ、懐かしいな。

 かつて師匠と模擬試合をしていた時は、いつも懐に潜り込み、抉るように拳を放ってきた彼女へとこんな瞳を向けたものだ。

『この野郎……、ぶっ潰してやる』

 そう思わずにはいられないほどにこの部位は痛く、苦しく――そして、思わず冷静さを欠いてしまうほどに良い弱点だ。


「故に、隙が出来やすい」


 アゾット剣を離し――直後、返還からの再召喚。

 一度抜いて握り直し、構えてなんてやってる時間はコイツ相手には存在しない。

 故に剣は使い捨て。一度使えば返還し、次に使用する直前に召喚する。


「フンッ!」


 ぐしゅっと、向かって右側、奴にとっては左の脇腹へとアゾット剣を抉り刺す。

 それによって向かってきていた左腕から一瞬だけ意識が逸れ、その瞬間に返還、召喚を繰り返して、奴の体を回るように剣を突き刺してゆく。

 その度に鮮血が弾け、顔を赤く染めてゆく。


 ――グロい。あるいはエグい。


 まぁ、傍から見ればそうだろう。

 けれども異なる世界で――命の軽いこういう世界で生きてく上で、そんな倫理観なんて不必要。

 ただひたすらに相手を痛めつけ、なぶり、怒らせ、冷静さを欠かせて惨殺する。

 嫌なことをしろ、相手が嫌がることをしろ。

 頭は常に冷静に。自分が相手なら何をされるのが一番嫌か、常に考え行動する。

 でなけりゃ格上になんて勝てやしない。


「ハァッ!」


 剣を思い切り振り抜く。

 奴の横腹からポリゴンが溢れ出し、同時に大剣が目の前へと迫ってくる。


「タイムリミット、かな」


 身を翻すように大剣を躱すと、先ほどと同じように風圧に煽られながらも距離を取る。

 見れば奴の瞳にはもはや油断も隙も窺えず、どうやらここからが本番なのだろうと察することが出来た。


「……気持ち的には、もう少し削っときたかったけど」


 見れば奴のHPバーの減り幅は一割五分、と言ったところだろう。首や心臓、頭蓋といったわかりやすい弱点だったならばまだしも、単純な痛みと手数だけならば隙を付いたとところでこの程度か……。


「ま、しょうがないかな」


 ここから先は持久戦。

 どれだけ少ない手数で攻撃を躱し、相手の体力を消耗させて隙を付くか。生憎と僕は体力が酷く低い。一撃をくらっただけでもアウトだし、ずっと動き続けていられる体力も持ち合わせていない。現に今だって息が切れている。

 だから、多分負ける。

 けれども、少なくとも彼女がここを離れるまでは。

 この洞窟を出るまでは、僕がなんとか持たせてみせる。


 大きく息を吐き出して、瞼を見開く。

 視線の先には怒りに染まりながらも、もうすっかりと僕へと標準をロックオンしたミノタウロスの姿があり、もう隙を付くこともままならないだろう。

 だからこそ、こっちも死力を尽くして戦える。



「さぁ来いミノちゃん。この僕がちょちょいと相手してやる」



 ミノタウロスが駆け出したのは、荒い息を吐き出しながらそう煽ったのと同時のことだった。



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