《47》魔の使い
そこは、暗い洞窟だった。
吸血鬼の夜目のおかげで辛うじて洞窟内を確認することが出来ているが、僕の隣に佇んでいるシロは何も見えていないのだろう、不安げに僕の服を握りしめる。
「ここが、本物の北エリア、って感じかな」
大きく息を吐き、一歩、足を踏み入れる。
途端に道の先から無数の気配が感じられ始め、暗かった洞窟の壁が青い光を帯び始める。
なるほどこれならば戦えるかな。
そう思った次の瞬間――パタバタと、いくつもの羽音が聞こえ始める。
咄嗟に腰のアゾット剣へと手を伸ばし――スッと、シロがその手にした綺麗な蒼色の盾を構えた。
それはキングゴブリンを討伐した際、初討伐報酬として受け取ることのできた盾――その名も【翡翠の盾】である。
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翡翠の盾 ランクC-
魔力を帯びた特殊な翡翠を用いた盾。
元々は儀式用に使われる代物ではあるが、防御力、耐久力ともに市販のものを大きく上回る。
Vit+5 Mnd+3 耐久50/50
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特殊効果はないものの、その性能は市販以上。
彼女の持つ『狼の銀槍』と同格の武具である。
かくして盾を装備した彼女の最新ステータスは。
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【name】 シロ
【種族】 ヴァルキリー
【職業】 選定者
【Lv】 5
Str: 15 +9
Vit: 10 +10
Dex: 5
Int: 12
Mnd: 7 +8
Agi: 10
Luk: 5
SP: 0
【好感度】
+32
【アビリティ】
・死の選定Lv.1
・素手採取Lv.1
【スキル】
・下級槍術Lv.3(↑2)
・下級盾術Lv.1
・気配察知Lv.3(↑2)
・見切りLv.2(↑1)
・下級光魔法Lv.3
【称号】
なし
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なるほど、普段から紙装甲がすぐやられるわけである。
彼女のステータスを思い浮かべて苦笑していると、視線の先――洞窟から入ってすぐのところにあった曲がり角から数匹のモンスターが溢れ出す。
紫色の体。体格はシロと同じくらいだろうか。
しかしながら奴らはゴブリンよりもさらに醜悪な顔面偏差値をしており、この僕が『哀れ……』と思ってしまうレベルである。
といっても所詮はモンスター。パタバタと背中の羽をはためかせてこちらへと向かってくるそれらの魔物をスキルによって鑑定する――
――――――
ミニデビル
脅威度C
――――――
――脅威度Cランク。
ホブゴブリンよりワンランク下のモンスターのようではあるが、それでも突撃猪よりも上にランク付けされたモンスター。
それが――とりあえず三匹。
柄を握りしめる、腰からアゾット剣を抜き放つ。
「行くぞシロ! 油断してたら痛い目見るぞ!」
言いながらもミニデビル目掛けて走り出す。
隣を走る彼女の顔からは、油断なんてのは見て取れなかった。
☆☆☆
その洞窟は、入り組んでこそいたが、作りとしては至極単純なものであった。
その洞窟を一言で表すとすれば、円形に作られた巨大な通路。それが大小大きさを重ねて同じ中心点から広がっており、それぞれ、横の通路と今の通路が何本かの道で繋がっている。つまりはそんな感覚だ。
最初から二本道に分かれており、全容を把握するのに少々時間がかかってしまったが、一時間もかからずに全てを把握することが出来たのは僥倖だったろう。
そしてなにより、この構造がわかれば自然とボスの居場所も分かるというもの。
「なぁシロ、ボスってどこにいるか分かるか?」
迷いなく進みながらも問いかけると、彼女はまっすぐ僕の向かう先へと視線を向けた。……その年にして『僕向かうところに強敵あり』の心理を察するとは、一体誰に似たのだろうか。
思いながらも頭を撫でてやると、口元をむにむにとさせて何とか無表情を貫いている彼女から視線を切った。
「まぁ、経験則でしかないけれど、こういう円形に広がる迷宮とかでは、ボスってのは案外中心にいることが多い。或いは入口から最も離れた外周円上、とかさ」
「……」
まぁ、後者となるとただひたすらに外周部を歩き続ければつくわけだし、先ほど外周部を一周して遭遇しなかったってことは、つまりは前者である可能性が今最も高いということ。
というわけで、今僕らはまっすぐ、横道を使いながら円形に広がる通路の中心地へと向かっているわけだが――
「――ビンゴ」
目の前の扉を見て、口の端を吊り上げた。
岩肌がむき出しになった壁、そして天井。
床は外と変わらず砂や石が散乱しており、どこからどう見ても普通の『洞窟』にしか見えないこのステージ。
その中に存在する――唯一の人工物。
重厚感のある黒い扉には金色の装飾がなされており、その先からは――入口のところから感じ続けていた強者の気配が、ビンビンと感じ取れていた。
「……シロ。この先に居るのは、多分今までの中ボス達とは比べ物にならない化物だ。シロも僕も、流石にこれは敗北する可能性を視野に入れなきゃならない」
負けるつもりなんて微塵もない。
けれどその可能性が皆無かと聞かれれば、全然、大いにありうるというのもまた事実。
だからこそ、彼女へ向けてしかと問う。
「死力を尽くす。その覚悟は十分か」
本来ならば、こんな小さい子供に問うような内容じゃない。
本来ならば、ここに置いていく一択でしかない現状ではあれど――きっとこの子なら、そんな『常識』ぶっ壊して進みたいだろう。
然して彼女はコクリと頷く。
その瞳には消える気配のない覚悟の炎が燃えており、少し頬を緩めて彼女から視線を切る。
「よく言った。それでこそ僕の知ってるシロちゃんだ」
スッと、扉へと手を伸ばす。
その黒色の、硬い扉に手が触れた途端。脳内にインフォメーションが流れ始める。
《ポーン! これより先は北エリアのボスエリアとなります。他エリアのボスとは別格のモンスターとなっておりますが、進みますか? yes/no》
別格のモンスター。
その言葉を聞いて――迷わずその扉を押し開いた。
☆☆☆
その先に広がっていたのは――巨大な空間だった。
上を見上げれば数多の鍾乳石が存在しており、先程までの洞窟と、この場所は全くの別物なのだろうと確信できた。
「……!」
シロが前方へと視線を向けて、固まっているを視界の端で捉える。というのも、僕がなぜ上へと視線を向けたかと聞かれれば、そのいかにも怪しげな現場から目をそらしたかったからに他ならない。
視線を下ろす。
視線の先には、部屋の中心の地面に大きく突き刺さった巨大な装置が存在しており、紫色の体躯の中には赤い光が渦巻いていて、不思議とそれは『ここにあっては行けない』もののような気がした。
そしてその機械の前には――一つの、大きな巨体が佇んでいた。
「……マジかよ」
思わず声が漏れる。
ピクリと耳を反応させたその巨体は大きく、体ごとこちらへと振り返る。
奴から感じ取れるのは――膨大な威圧感。
ステータスが違う、体格が違う――格が違う。
嫌でもそう思えてしまうような、圧倒的な力の差。
思わず頬を冷や汗が流れ落ちるのを感じながら、そのモンスターを鑑定する――
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【BOSS】
魔の使い(ミノタウロス)
脅威度A+
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『ヴオオオオオオオオオオオオオオ!!』
――脅威度A+。
大気を震わせ、体の芯にまで響き渡るような咆哮に、本当に勝てるかなと思ってしまったことは秘密である。




