《46》人体壊し
そろそろ十二月。
一年前は何書いてたのかな、と思いだしてみると、混沌が初登場し、サンタクロスとサタンクロスが登場し、あとエロースも出てきたころだということに気がつきました。
一年って長い。
一体、なぜ自分は前衛として戦っているのだろうか。
いままでに、そう思ったことは数知れない。
一体何度そう思い、疑問を抱き、後衛として戦ったほうが合理的だと、そういう結論に至ったことだろうか。きっと二桁では収まらないほどの回数、そう思ったに違いない。
にもかかわらず、相も変わらずこうして前衛として、どころか前衛としてのステータスを手に入れてまで前衛にこだわっている理由。
それはきっと――
『GUUUUUU……』
唸り声が響き、意識が研ぎ澄まされていくのを感じる。
そう、この感じ。少しずつ研ぎ澄まされ、集中力が高まり、自意識が沈んでいくような、そんな感覚。
瞼を開く。
視線の先には赤い瞳を爛々と輝かせるキングゴブリンの姿があり、奴は肩に棍棒を担ぐようにして武器を構えた。
さて、相手は格上だ。
ステータスにおいてはほぼ全てがこちらの方が下回り、まだ辛うじて素早さだけは勝っているような状態。
そんな危機的状況に、不思議と笑みが漏れてくる。
「いいね、燃えてきた」
駆けながらも拳を握りしめる。
――直後、僕めがけてその棍棒が振り落とされる。
当たれば即死。
紙防御力の僕は、基本的に当たればその時点で死に絶える。
なればこそ、一度も当たらなければいい話。
「フゥ」
小さく息を吐くと同時、目を見開いてその光景を見据える。
棍棒、腕、キングゴブリン、視界に映る全てを認識し――把握し、一寸先の未来を想像する。
以前はちょっとした魔眼があったお陰で、それらの情報は簡単に頭の中へと入ってきていたわけだが、今この世界においてはそういうわけにもいかない。
最低限の動きで棍棒を躱すと、勢いそのまま棍棒の上を伝ってキングゴブリンへと接近する。
それには奴も驚いたように目を見開いたが――おいおい、そんなに『弱点』晒して大丈夫か?
「――まず片目」
瞬間、鮮血が舞った。
地面に着地すると同時に視線を下ろすと、そこには赤いポリゴンがへばりついた片腕が。
そして背後からは――絶叫が響き渡った。
格上と戦う上で、狙うべきいくつかの弱点というのは存在する。
鍛えられない場所、あるいは鍛えたところでなお弱い場所。
その中でも一番の弱点こそ――眼球、目の玉だろう。
振り返れば、そこには片方の目を瞼の上から押さえつけているキングゴブリンの姿があり、奴はもう片方、残った真紅の瞳を爛々と怒りに煌めかせている。
奴に体ごと振り返ると、口の端を吊り上げて、右手をゴキリと鳴らして見せた。
「こちとら『人体壊し』のプロフェッショナルに色々教わってきたんだ。せいぜい、人型に生まれたその運命を恨んで逝け」
呟いた――その直後。
『GUAAAAAAAAAAAAAAA!!』
咆哮が轟き、キングゴブリンが怒り狂いながらこちらへと突撃してくる。
奴の右眼は大きく潰れており、抉れた眼窩からは赤いポリゴンが流れ出ている。
視界を半分抉り取られ、怒りに狂い、荒れている格上の敵。
これを攻略するのがボス戦の醍醐味だろうに……どうやらうちの子は、そこら辺の空気は全く読めないようである。
苦笑しながらもスッと首を左へ傾げると同時。
先程まで僕の頭があった場所を『槍』が轟音を立てて通り過ぎ、それは寸分違わず奴のもう片方の眼窩に突き刺さる。
然して悲鳴が轟き、それと同時に不機嫌そうなシロが僕の隣にまで追いついてくる。
「はぁ……、やっぱりそっちの方が早かったか」
「……」
ため息混じりに見てみれば、シロは雑魚処理を任されたことにでも怒っているのだろうか。ぷんすかと頬を膨らまて、ふくらはぎ辺りを足蹴にしてきた。
雑魚処理も重要なんだけどな……と苦笑していたが、どうやら僕の考えは見当違いなものだったらしい。
――ぐうううぅ。
腹の音が鳴り、驚いて彼女の方を見ると、そこには耳まで真っ赤にしたシロが僕の足を蹴り続けていた。
「……あ、食べられそうにないボスだからか?」
「……!」
すると何だか本気で蹴ってきたためひらりと躱す。
すると更に不機嫌そうなオーラを纏い始めるシロだったが……いやシロちゃんね、お兄さんそんなに頑丈じゃないんですよ。現にもうHPバーが五割近く減ってるんですよ。今の食らったら間違いなく死に戻ってたんですよ。
「大丈夫だって、どうせこいつ中ボスだし、ボスはきっと食べれそうな奴だって」
するとまるで「ほんとう?」とばかりに首を傾げるシロではあったが、その姿からはもう不機嫌そうなオーラは感じ取れなかった。
本当に扱いやすいなぁ、この子、と苦笑しながらも、スッとキングゴブリンへと視線を戻す。
そこには視界を完全に失っても尚、闘気を漲らせるキングゴブリンの姿があり――奴に対して、あっけらかんと一歩を踏み出した。
「!?」
驚くシロを他所に近づいてゆく。
足音はなく。呼吸音もなく、気配も無い。
故に奴は気がつけない。
――目の前に佇む僕に、気が付けない。
ふと、右手の中にアゾット剣を召喚する。
手を離れようと、誰の手に渡ろうと、どこにあろうと。
この剣が僕のものである以上、使えない状況なんてそうそうありはしない。
「さて、次はどんな急所がいい?」
奴の胸へと手を当てる。
この世界には急所システムというものがある。
どれだけHPがあろうとも、急所へ攻撃を打ち込まれればいとも簡単にHPを削れる。正式名称は知らないけれど、僕はそれを急所システムと呼んでいる。
それはプレイヤーにも当てはまるし――もちろん、モンスターにも当てはまる。
『GIi!?』
目の前の奴は驚いたように声を上げ、目の前へと棍棒を振り落とす。
そして――首筋に添えられたその刃の感覚に、声にならない悲鳴をあげた。
「――なるほど、首を刈られて死にたいか」
直後、銀色の魔力が迸り、奴の体は崩れ落ちた。
☆☆☆
目をキラッキラと輝かせながら寄ってきたシロの頭を撫でていると、頭の中にインフォメーションが鳴り響く。
《ポーン! 中ボス、キングゴブリン一行を討伐しました。800経験値を獲得しました》
《ポーン! レベルが上がりました》
《ポーン! MVP討伐報酬を受け取りました》
《ポーン! 初回討伐報酬を受け取りました》
《ピコンッ! 第一階層の北の中ボスが二パーティによって討伐されました》
「あ、そう言えばソロじゃ無かったもんな……」
なればソロ報酬がない上に、経験値が分割されて減っているのも納得できる。こんな微妙な経験値なのは、恐らくホブゴブリンの経験値も含まれているからだろう。
思いながらも慣れた感覚でステータスを開く。
しかしながら、その前に声が聞こえてきたわけで――
「おーい! アンタら大丈夫だったかー?」
元気そうな声が聞こえてきてみれば、パーティメンバーの一人が元気よく手を挙げてこちらへと歩いてきており、その背後から呆れたようなアオ、舌打ちして悔しげな表情を見せるゴールドなどが居り、大方手伝おうと思ったらほどんど終わっててアレだったんだろう。
「いやすまん。倒しちゃった」
「あぁ! 凄いなアンタら! 私感動しちゃったぜ!」
近寄ってきた活発な赤髪少女はそう言って僕の手を握り、ブンブンと振ってきたが、その背後から大きな舌打ちが聞こえてくる。
「チッ、これだからロリコンは……」
「お前そろそろ世の中のロリコン達に謝った方がいいぞ」
ゴールドのやっかみに軽く返していると、精神的に疲れたようなアオが一歩前に出た。
「で、今の何? 中ボスって言ってた気がしたけど」
「そうなんだよね……」
視線を道の先へと向ければ、そこには先程まで見当たらなかった洞窟への入口が現れており、その先からは――見る者によっては分かるだろう、一目で『格が違う』と感じさせるオーラが溢れ出していた。
セイクリッドオーガ……と同等かは分からない。
ただ間違いなくボスよりも上位――Aランクの怪物だろう。
「……これは、私たちには早いかも」
呟いたアオの言葉に、少し驚いた。
少し目を見開いて彼女を見ると、その『可能性』について示唆してやる。
「言っちゃ悪いけど、これだけのメンバーが揃ってたら多分倒せる相手だぞ。お前らからすれば北を攻略できるいいチャンス――」
「だけど、それは私たちの力じゃない。私たちには私たちのプライドがある。北エリアのボスなら私たちだけでも勝てると思ってたから一緒に来たけど、あれは多分まだ勝てない。だから、貴方とはここまで」
それは言外に、先ほどのキングゴブリンなら勝てると言っているようなものだが……まぁ、アオにゴールドまで居るんだ、そりゃあ勝てるだろうな。
思いながらも苦笑する。
「分かった。ぶっちゃけた話、これだけ労力かけてソロ報酬無しとか嫌だなーって思ってたし」
「フッ、現金なヤツだ」
まぁ否定はしない。
なにせ『主人公』なんて人間とは最もかけ離れた、言うなれば性格の悪い一般人。それが僕だからな。
「それじゃ、貴方ならどうせ倒すだろうし、私たちは一足先に戻って階層ボスの攻略の準備を進めとく。階層ボスは全員参加型の超大型レイド戦。私たちプレイヤー全員の力が必要で――それにはもちろん、貴方達の力も必要となってくる」
「……予選で見せた狼に期待してるなら、あれはたぶん出せないぞ。物理的に」
何せまだあれから一週間は経っていない。
だからこそ、そう事実を突き付けた僕ではあったが、彼女は微笑をたたえて首を横に振る。
「一緒にいて確信した。あの狼よりも――たぶん、貴方のほうがよっぽど強い」
視界の隅で腕を組み、満足そうに首肯するシロの姿が見えていたが……それは少し、買いかぶりすぎというものだろう。
「あんな化け物とこんなひょろっちい人間比べてそんな意見に達するとは……頭でも打ったのか?」
「こんな化け物とあのお犬さんを比べてそんな意見に達するとか、頭でも打ったの?」
すぐさま返された言葉に思わず唖然としてしまう。
思わずフリーズし、立ち尽くす僕へとほほ笑んだ彼女は来た道へと振り返り。
「それじゃ、ボス攻略の吉報待ってるよ」
それぞれ各々が、手を振ったり睨みつけたり一礼したりと、来た道を戻っていく中。
ふと、出しっぱなしになっているステータスボードへと視線を下す。
そこにはレベルの上がった、新たなステータスが描かれており――
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【name】 ギン
【種族】 吸血鬼族
【職業】 盗賊
【Lv】 9
Str: 15 +26
Vit: 9 +7
Dex: 12 +2
Int: 9
Mnd: 9
Agi: 42 +9
Luk: 20
SP: 3
【カルマ】
-73
【アビリティ】
・吸血Lv.1
・自然回復Lv.7
・夜目Lv.3
・モンスター博士
【スキル 8/8】
・中級剣術Lv.1(new)
・隠密Lv.7(↑1)
・気配察知Lv.8(↑1)
・見切りLv.9(↑1)
・下級魔力付与Lv.9(↑1)
・軽業Lv.5
・危険察知Lv.4(↑1)
・糸操作Lv.3(↑1)
【称号】
小さな英雄、月の加護、孤高の王者、最速討伐者、ウルフバスター
【魂の眷属】
・従魔:ヴァルキリー
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【name】 シロ
【種族】 ヴァルキリー
【職業】 選定者
【Lv】 5
Str: 12
Vit: 7 +5
Dex: 5
Int: 12
Mnd: 7 +5
Agi: 10
Luk: 5
SP: 6
【好感度】
+32
【アビリティ】
・死の選定Lv.1
・素手採取Lv.1
【スキル】
・下級槍術Lv.3(↑2)
・下級盾術Lv.1
・気配察知Lv.3(↑2)
・見切りLv.2(↑1)
・下級光魔法Lv.3
【称号】
なし
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――もちろんSPは、素早さへと全振りした。




