《43》変態と慣れ
本編はあんなにシリアスなのになー。
「「……あっ」」
それは、なかなかモンスター出てこないなぁと、ゆったりダラダラ山道を歩いていた時のこと。
僕とシロは、見覚えのある顔を鉢合わせた。
サラサラの金髪に、悪趣味な金ピカな鎧に身を包んだ歩く焼肉焼器。
その名も――その名も……、その名も?
「……名前、なんだっけ」
「ゴールドだっ!」
そうそう、ゴールドである。
山道にゴールドの叫び声が響き、それを聞きつけたか彼の後ろから数多くのプレイヤー達が姿を現す。
そしてその中には、見覚えのある青髪の少女の姿もあった。
「……あ、件の魔王様」
「……魔王様?」
もしかしてそんな二つ名もあるのだろうか。
だとしたら嫌だなー、と思っていると、隣にいたシロが僕の裾をぎゅっと引っ張っていることに気がついた。
「……」
見れば彼女は僕の後ろに身を隠しており、その瞳からは不安そうな表情が見て取れた。……どうやら大勢の人を前に人見知りしているようだ。
「と言うか、なんでアンタらこんな所にいるんだ? 散歩だったらモンスター出てくるから気をつけろよ?」
「違うッ! 攻略に決まっているだろうが!」
すぐさま反論してきたゴールドはなんだかピリピリしている。
さては――
「……お前、大会で負けたな?」
「うぐっ……」
図星だったのか言葉に詰まるゴールド。
ねぇねぇ、誰に負けたのー?
とか、煽ってやってもいいのだが、予選敗退した僕らが言えたことじゃないので自重した。
その代わり。
「――ふっ」
鼻で笑ってやった。
すると彼は顔を真っ赤にして憤慨したが、すぐに大きく深呼吸をしてその怒りを収めたようだ。
珍しい……、彼なら容赦なく怒ってくるかと思ったが。と思っていると、彼はなんだかソワソワし始め、それを見た隣の青頭がため息を吐いた。
「ゴールド、言うことあるでしょ」
「そ、それはそうなのですが……」
頬を朱に染め、なんだかクネクネしているゴールド。
きもちわるい。
「は? なに、言いたいことあるならはっきり言えよ」
「う、うるさいな! 分かっている……」
彼は言いながらも左手で右腕を掴み、ソワソワしながら視線を逸らしてたった一言。
「………………シロちゃんの頭撫でさせてください」
「……は?」
思わずフリーズしてしまった僕を、一体誰が責められるだろうか。
ものすごーく小さな声でボソッと言われたその言葉……もしかしたら聞き間違いだったかもしれない。
「……今なんて言った?」
とりあえず問い返す。
すると彼は顔を真っ赤に染めて。
「し、シロちゃんの頭撫でさせてください!」
――どうしよう、物凄くぶん殴りたい。
そう思っていると、横から青頭が思いっきりゴールドの頭を叩いていた。
「馬鹿なの? ストライクゾーンど真ん中の幼女を連れてるプレイヤーがいるからってちょっかいをかけ、その上自分より強くてちょっとガッカリして、しまいにはエリア内で遭遇して頭撫でさせてくださいとか馬鹿なの? このロリコンが」
「ろ、ロリコンではありません! 何度も言っているでしょう!」
そう声を張り上げた彼は頬を赤く染め。
軽く胸に手を当てて。
「私はぺドフィリアです」
――つまりは変態ということか。
小さく呟いた言葉にゴールドが反応する。
「変態とはなんですか! ぺドフィリアだっていいじゃないか! ロリコンだっていいじゃないか! 小さな子が好きでもいいじゃないか!」
「うるさい変態! うちのシロの前で変なことを叫ぶな!」
突如として本心を表し始めたゴールドからシロを遠ざける。
なんだコイツ……。もしかして僕をロリコンのぺド野郎だって噂を広めたのは、ただ好みの幼女と一緒にいて嫉妬したからだとでも言うのか?
「すいません、うちの変態が。コイツ、ちょっと度を越したロリコンでして」
「あ、いえ……。大変ですね、お宅も」
青頭の少女が申し訳なさそうに頭を下げ、その後のプレイヤー達もほんっとうに申し訳なさそうに頭を下げている。
対して件のゴールドは。
「な、何をこんなにクソロリータコンプレックスに頭を下げているのですか! 皆さんはあのご尊顔を見てなにも思わないのですか! きょとんとした表情、くりくりのお目目……、そして全体から醸し出されるそのオーラっ! 今すぐにでも撫でくり回したいとは思わないのですか!」
そう熱弁するゴールドに。
僕らは一斉にこう叫ぶ。
『お前が言うな! このロリコン!』
山道で出会ったゴールドは。
心境の変化でもあったのか――思いっきし本性を出してきた。
☆☆☆
「おいで〜! 飴ちゃんありまちゅよー!」
と、赤ちゃん言葉でニタニタしているゴールドを傍目に、呆れたように額を抑えている青頭へと歩を進める。
するとやはり嫌われている――というか、警戒されているのだろうか。咄嗟に背後のプレイヤー達が武器を構え、それを青頭が手で制した。
「いい、話したいと思ってたところだし、ちょうどいい」
「別にこっちからはあの変態をどうにかしてくれれば何も言うことないんだけどな」
背後をクイッと指さすと、何を見たのか疲れたようにため息を吐く青頭。その瞳から光は消えていた。
「……まぁ、悪いヤツじゃない。イエスなんとかノータッチ、とか言って絶対に手は触れないから安心してほしい。願望がダダ漏れなだけで」
「……そう、だと言いけれど」
振り返ると、そこには恍惚な表情を浮かべているゴールドを槍の先でちょんちょんと突っついているシロがおり、……まだ純真なのだろう、その顔には心底不思議そうな表情が浮かんでいた。
――ので。
「おーいシロ、その金ピカは病気持ってるから離れなさーい。ばっちくなるよー」
「!?」
ズザ――ッとゴールドから飛び退るシロ。
彼女は頬に冷や汗をかいており、その視線は真っ直ぐにゴールドへと向かっていた。その瞳は正しく、未知のボスに遭遇した冒険者のもの。
……フッ、シロもいつの間にかあんな目をするようになったか。
と、成長を感じていると、ゆらりと上体を揺らしたゴールドが光の消えた瞳を向けてきた。
「貴様ァァァァ……、よくも……、よくもこの、この私の楽園を……!」
「いや、幼女と戯れている時間を楽園と書いてパラダイスと読むやつとシロを一緒にさせておきたくないなーって」
ぶっちゃけた話、僕もかなーりそっちの気があることはあるような気もしないでもないわけなのだが、この男はそれがその比では無いのである。
もう、正直ドン引きするレベル。
たたたっと僕のそばまで駆け寄り、僕の背後に身を隠したシロは、先程から一転、警戒したようにゴールドを睨みつけている。
これにはさすがのゴールドも効いたのか、胸を抑えて状態を逸らし――
「惚れ……たぁ――!」
――あ、もうコイツダメだ。
確信するとともに彼から視線を切り、青頭へと視線を向ける。
「無視するのが正解。良くその境地にたどり着いた」
「慣れてますんで」
これでも変態ドMを始めとし、中二病、露出狂、マッドサイエンティストにポンコツ神様、……そして、あの筆舌に尽くしがたい変態系ピラミッドの頂点と、あらゆる変態と関わってきた僕である。今更この程度の変態性に動じるほどヤワじゃない。
達観した言葉に何を感じたか青頭が哀れみの視線を向けてくるが……まぁ、あれだ。
「……お互い、頑張ろうな」
「うん、我が同士よ」
青頭と硬い握手を交わす。
僕らの間には変態性によって繋がった歪な絆が芽生え始めており、なんだか無性にいい人なんじゃないだろうかと思えてくる。
「で、今日はどうしたんだ?」
「今日は、北を攻略しに来た。……あと、やっぱり貴方、敬語使わない方がいい。ハイドとかアスパとかから色々聞いてるけど」
「あ、そう……」
一体何を話しやがったあの野郎。特に後者。
後で嫌がらせしてやろう、と内心で色々と考えていると、コテンと首をかしげた青頭が不思議そうに問いかけてくる。
「そちらこそ、今日はどうしたの? まさか二人で攻略しに?」
「ん? まぁ、そんな感じだな。一階層なら……もう相手になりそうなのは北のボスか、あとは全部倒した後に来るっていう階層ボスしか無いだろうし」
かるーく答えてやると、彼女は一瞬きょとんと目を丸くしたが、すぐに獰猛な笑みを口元に浮かべた。
「……なるほど。鬼と戦ってた時の感じといい、やっぱりただのイラつくビックマウスじゃ無さそう」
イラつくビックマウス……もしかして傍から見ればそう見えてしまうのだろうか。
少し発言も自重しようかな、と思い始めていると、青頭は顎に手を当ててこんなことを言い出した。
「今のところ、ボスを攻略できていないのは私のところだけ。貴方は南と西、二つのエリアを攻略し、ハイドは南をもう一度、グライは東を攻略した。ので、私たちはここを譲ることは出来ない」
――戦闘になるか?
ふと、そんな考えが過ぎったが、彼女の口元に浮かんでいたのは楽しげな笑みだった。
彼女はキラキラと瞳を輝かせ。
「ねぇ、私たちと一時的に組まないかな?」
幼い子供にそんな瞳を向けられて、なんだか物凄く断りづらい僕だった。




