《42》大地の籠手
家に帰ってきてすぐ。
いじけたように頬を膨らませていたシロは布団にくるまって引きこもってしまった。
一晩寝れば大丈夫かな、とは思ったけれど、残念ながら朝になっても昨日のヒッキー具合は治っていないらしく。
「お、おーい。シロちゃん? そろそろ機嫌直してくれませんかー?」
目の前の白い塊に向かって声をかけるも、返ってくるのは無言のみ。無口キャラ故にそこら辺は分かっていたが……反応すら一切ないとはどういう事だろうか。
……やっぱり、昨日のアレがアレだったんだろうか。
なんて言うか、シロの寝顔を見ちゃったら起こすなんて考えに至るはずがないし、かと言ってタトゥーに戻す方法も知らないから、結局はキャストさんに預けるしかなかったわけだが……。
あえて言及はしないけどさ、これってもしかしてアレじゃないの? よくラブコメとかであるアレ。
『もうっ、どこいってたのよ……。私がどれだけ心配したか分かってるの!?』
『え、ええっと……』
『ひ、ひどいっ! もう貴方なんて知らないっ!』
とか、そんなアレだろう。
一体どんなテンプレだよ、という感じだが、とりあえず喋ってくれないことからもそう考えるしかない。
あるいは――
「……勢いで抱きついちゃったけど、よくよく冷静になって考えてみたらものすごく恥ずかしいことをしていたことに気がついた――とかはないよな……?」
カマかけた次の瞬間。
――ビクンッ!
目の前の白い塊が大きく跳ね上がった。
「……」
どうしよう、いきなり図星ついちゃった。
思わず汗を流しながらも、弁解するべく口を回す。
「な、なんてな! シロちゃんに限ってそ、そんなことないよなー。いやー、こんなイケメンでもない僕にそんな羞恥心持つわけもないよなぁ! はっはっはっはっは……はぁ」
……何言ってんだろ、僕。
言って初めて物凄く自分を卑下していることに気がつき、更にはその卑下がさして間違っていない事実だということに気がつき、二重に落ち込んでしまう。
思わずブルーになり、体育座りで地面に『の』の字を書いていると、隣の白い布団が小さく捲りあがったのが視界に入る。
「……?」
視線を感じてみれば、布団の隙間から恥ずかしそうに頬を染めたシロが僕の方をじっと見つめていた。
僕と彼女の視線が交差し――何を思ったか、彼女は布団をかぶったまま僕へとにじり寄ってくる。
「……ど、どうした?」
昨日の鳩尾へと食らった一撃が脳裏にチラつく。
一言――めちゃくちゃ痛かった。
呼吸困難はもちろん、体中の肉が軋み、骨が悲鳴をあげ、小さく見上げたHPバーは半分以上が減っていた。
「し、シロちゃん……?」
思わず頬を引き攣らせる。
もう目の前には白い塊が迫っている。
その中からギラりと青い瞳がこちらを覗き込み。
そして――
「……はい?」
彼女はそのまま、僕へと身を寄せてきた。
少しだけ身構えた僕の懐――足と足の間に体を入れ、僕の胸に体を預けてくる。
……これは、なんというラブコメだろうか。
思わずそんなことを思ったが、布団の隙間から見えた彼女の顔を見て、そんな考えは消えてしまった。
「……」
そこから見えたのは、どんな感情だったと思う?
正の感情か、負の感情か。
喜怒哀楽か、それ以外か。
そこら辺は……まぁ、ご想像にお任せしますと言った感じだが。
「……はぁ、調子狂うな、もう」
思わず苦笑して、頭を撫でた。
たまには一日、シロの引きこもりに付き合うのも、また面白そうだ。
☆☆☆
《ピコンッ! 第一回層の南のエリアボスが【ハイド】パーティによって討伐されました》
《ピコンッ! 第一回層の東のエリアボスが【グライ】パーティによって討伐されました。よって、現時点でのリザルト集計結果を発表します。メールボックスからご確認ください》
それらのインフォメーションが鳴り響いたのは、それまた翌日のことだった。
……へ? 昨日はって?
はっはっはっ、お楽しみでしたよ――トランプタワーで。
別に女の子(幼女)と一日同じテントで過ごしたからって手を出すほどに、僕の精神力は弱くない。
どころかどうやって手を出せばいいのかすらもわからない。
ので、とりあえずは市販のトランプで、トランプタワーのギネス記録に挑戦していた。もちろん無理だったがな。
閑話休題。
「にしても、東は先越されたか……」
ハイドのインフォメーションから十数分でグライ(誰かは知らない)のインフォメーションが流れたはずだ。大方ハイドがボスを倒したことを知って、そのグライとやらもボスへと挑み、そして勝ってしまったんだろう。
「うーん、さてどうするか」
メニューから金額を見るに、どうやら『二号店』に出した素材はすべて売れたらしい。おそらく今回のボス攻略はその素材あってのものだったのではないか、とも思うが……、本人達の実力もあってのことだろう。
張り合えそうなライバルのいない僕からすればそれは喜ばしい限りだが、ボスが攻略されたということはつまり、二号店でぼったくり……じゃなかった、あの店の優位性が無くなったということ。
個人的には東のボスを攻略し、次いで一番難易度が高いらしい北のボスを攻略しようと思っていたのだが――
「北、行くかな……」
東は行かないのか? と聞かれるかもしれないが、一昨日ギルマスに話を聞いたところ、東は毒沼ステージ、物理攻撃の全く効かないスライム系のモンスターが生息しているとのことで、魔法がないならば行かない方がいいとまで言われたのだ。
そんなステージのボス……間違いなく大型のスライムだろう。
そんな相手にシロの魔法だけで対抗なんて……出来るはずがない。
そのため、ちょうど東の攻略に関して悩んでいたところで――今回のインフォメーションは、その覚悟を決めるいいきっかけになった。
「シロ、一日休んだしそろそろ大丈夫か?」
「……」
ふんっとそっぽを向く彼女。昨日、トランプタワーの後にやったドラ○エごっこで勇者シロを倒してしまったから拗ねてるのだろう。
何してんだお前ら、とは言わないでほしい。引きこもりも引きこもりで暇だったんだ。
シロの頭を優しく撫でながらもテントの中で立ちあがる。
「――さて、いつまでも一階層で足踏みしてるわけにも行かないしな」
言いながらもテントの入口を開け広げる。
僕の目標は――この世界の踏破。
この先もっともっと辛く、険しくなっていくであろうこの世界。その最初のステージでなんて……足踏みしていられない。
ニヤリと口の端を吊り上げると。
「行くかシロ、とりあえず、北のボスの素材でも取りに行こう」
さて、今度はどんな高値で売り捌いてやろうか。
そんなことを考えて、笑いが止まらなかった。
☆☆☆
一階層――北エリア。
そこに広がるのは果てなく続く『山道』だった。
「……ワイバーンでも出てきそうな勢いだな」
「……」
視線を感じてそちらを見ると、まるで『一階層でそんなの出るわけないじゃん、馬鹿なの?』とでもいいたげなシロがこっちを見ていた。辛辣だなー。
「分かってるって、ワイバーンとか出たとしても二階層以降だろ。ここで出たとしてもエリアボス、って所かな」
言いながらもイベントリから新たな装備を取り出した。
僕の両手に収まっているのは、暗めの茶色をしたガントレットだった。
この装備の名は――大地の籠手。
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大地の籠手 ランクC+
大地の力を受けた籠手。
力と防御力を上昇する大地の加護を持っており、大地の力が宿った素材で強化する度、その加護も強大になってゆく。
Str+5 Vit+7 自己修復
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紛うことなき、影のローブの籠手バージョンである。
影のローブにもあった『自己修復』機能も搭載なため、壊れなければ永遠に使い続けることのできる優れものである。
さらには最近気になっていた『攻撃力』と『防御力』を上昇させる力を持っており、色も相まって僕にとってはご都合主義が過ぎる装備である。
……まあこれも最初にボスを攻略した故の褒賞だ。その面でいえば東のボスを攻略した【グライ】とやらもこれと同等のものを手にしたはずである。
考えながらも影のローブの下に大地の籠手を装着する。
シロのことだから自分のものはないのかと拗ねるんじゃないかと思ったが……。
視線を向ければ、そこにはそわそわと何かを探している様子のシロが立っている。
……どうやらこの前の極上肉がよほどおいしかったらしく、僕と同じかそれ以上に北ボスの攻略――否、北ボスの攻略によって出るかもしれない素材(食糧)獲得に乗り気である。
「……食べれそうなボスだったらいいな」
元気良くうなずくシロを見ながら。
――お願いします、どうか食べれそうなボスでいてください。
そんなことを、天に願った。