《41》スキル屋
雪道歩いて筋肉痛。
――僕の用事。
それはプレイヤーたちが満足してくれるように、適切な価格でアイテムを売り捌くこともある。
けれど、その他にもう一つ、僕には目的があった。
それこそが――
「ほぉ……、ここが――」
目の前に広がるのは四方を囲む棚に並べられた数多くのオーブの数々。
隣には満足げに髭をさするギルマスの姿があり。
「そう、ここが冒険者ギルドの誇る『スキル屋』だ」
僕の目的。
それは金を手に入れることと。
そしてその金を使って――新たな力を手に入れることである。
☆☆☆
――スキル屋。
それは冒険者ギルドの中にある施設であり、ギルド職員の案内がなければ行くことの出来ない場所でもある。
その条件としては、カルマが普通で、ある程度信用があること――なのだが、何故か僕はこのギルマスに期待されているようなので、カルマは酷いが案内してもらえることとなった。
「くくく……、ここで損しただけの金を……」
という下心は透けて見えているが、高額な出店を貰ったのだ、値引きはせずに買い物しようと心に誓う。
……ま、高すぎなければ、って話だけど。
「という訳で、とりあえず高額なオーブを買ってゆけ。あれだけの品だ、そろそろ一つか二つ、売れている頃だろう」
ギルマスの言葉にメニューを開いてみると、彼の想像通りかなりの金額が増えていた。どうやらもう何か売れたらしい。
「本当だ……。買うっちゃ買うけど、決めどころは高いかどうかより役に立つかどうか、だと思うけどな」
言いながらも棚に並べられているオーブへと視線を向ける。
近くから順に。
・闇魔法
・料理
・算術
・糸操作
・黒魔術
・自爆
・錬金術
・身体強化
……等々、かなりの品ぞろえがある。
その中でも一番目を引くのは――
「……この、『自爆』ってなに」
「文字通り、自爆するスキルだが」
思わず呟いた言葉に、カウンターに座っていた厳ついおじさんがそう答える。
「自爆スキルは自らの命を断つことで周囲一体を巻き込んで自爆するスキルだ。自爆スキルは持っているだけでデスペナルティが大きくなるが、スキルレベルが上がればそれだけデスペナルティが通常使用へと戻ってゆき、爆発の威力も上がるという特性もあるぞ」
「……見事に、現地人向けのスキルじゃないですね」
というか、そもそもプレイヤーでもこのスキルを買うやつは少ないと思うけれど。……まぁ、使い方次第ではかなり使えるんじゃかいかと思うけど。
閑話休題。
第一に、『どんなスキルが欲しい』とか、そういう確たる意志があって来たわけではないため、何を取ればいいのか少し悩んでしまう。
攻撃力……は、自身と魔力付与のレベルが上がれば自然と上がってゆくだろう。それに格上のボスモンスターを倒し、その宝玉を取り込めば武器の威力だって上がるわけだし。
ならば純粋な攻撃系のスキルは除外する。
魔法……も別に要らないか。少し前なら考えていたかもしれないけれど、今の僕には光魔法を使えるシロが居る。
さて、ならばどうするかと。
顎に手を当てて悩んでいると、一つの名前が目に入った。
「……『糸操作』?」
呟いてしまったその名前にギルドマスターが大きく反応する。
「あちゃあ……。よりにもよって、お前さんみたいなタイプがそのスキルに目をつけるか……」
「え、何か問題あるの?」
言葉のニュアンスとしては呆れの混じったような感じだったが……、もしかしてはずれスキルだったりするのだろうか。
するとカウンターのおじさんがまた口を開く。
「そのスキルは言うなれば超上級者向けのスキルだ。最初は糸を生成すること、そして少し操ることくらいしか出来ないが、それでも極めれば糸の質を大幅に変えたり、太さや硬さを変更することも出来る。ただ、莫大な集中力を必要とするため、間違っても戦闘中に使える代物じゃあない。わかりやすく言えば、『ここに来る前に幾度となく死線をくぐり抜けてきた化け物』専用のスキルだ」
…………あれっ。
どうしよう、ものすごく身に覚えのあるニュアンスが聞こえてきた。
思わず眉根を揉んでいると、ギルドマスターが不思議そうに口を開く。
「そのスキルは極めりゃかなりのモンになるが……よりにもよって、この中からなんでそのスキルを選んだんだ?」
「なんで、って……」
……まぁ簡潔にいえば、糸の生成には慣れているからだ。
向こうでは『影』を使っての戦闘を主としていたため、影を糸状に変えたり、細さや硬さ、更には形状に至るまで詳細に変更したりと。糸を形成、生成するのは手馴れたことなのだ。
「……まぁ、何となくかな」
テキトーに返しながらも、改めてそのオーブへと――正確には、そのオーブの下に書かれた金額へと視線を向ける。
そして再びメニューを開き、それぞれに刻まれている値段を見比べる。
「……全財産、って言っていいほどに飛んでくな」
瞼を閉ざす。
先程見た時よりもさらに増えている全財産。
それをほとんど使わなければ買えないほどに、そのスキルは何故かものすごっく高かった。
ちらりと隣へと視線を向けると、その隣の自爆スキルなんてその十分の一ほどの値段しかしない。
思わず唸りながらも眉根にシワを寄せ――
「今なら特別、十パーセントオフ」
「か、買ったッ!」
その誘惑に、どうしても勝つことが出来なかった。
☆☆☆
糸操作。
早速スロットオーブからの糸操作のオーブを使用してそのスキルを身につけた僕ではあったが、その代わりに持っていたお金の殆どが無へ帰して行った。
そのせいか、なんだか細々とした感覚を覚えながらも、僕は一人帰途へとついていた。
といっても、向かう場所は眠ったシロを預かってもらっているキャストさんのお店だ。
「さて、そろそろ起きてる頃かな」
呟きながらも顔を上げ――直後、腹部へと衝撃が走り抜けた。
「ぶふぉっ!?」
さすがは極振り紙装甲。
たった一撃にも関わらず数メートル後方へと吹き飛ばされ、鳩尾にクリーンヒットしたのか、体中へと痺れるような痛みが走り抜けていく。
「な、何が……」
何が起きたんだ……?
そう呟くより前に、何か体が重いような感覚を覚える。まるで、誰かにのしかかられているようか重みだ。
困惑しながらも視線を下へと下ろし――
「し、シロ……?」
僕の上にのしかかっているシロを見て、思わず目を見開いた。
「おー、いたいた! 全くこんな時間まで何しとったんねん!」
キャストさんの声が聞こえて視線を向けると、なんだなんだと集まってきた人混みをかき分けてキャストさんが現れる。
「い、一体どうしたんですか?」
「いやー、あの後しばらくしたらシロちゃん起きちゃって……。置いてかれたて思うたんかな? 不安そうにソワソワしだしてなー。そんで今見つけたって感じや」
思わずシロへと視線を戻すと、彼女はその頭を僕の鳩尾へとぐりぐりと押し付けてくる……どうしよう、かなり苦しい。
何とか上体を起こすと、苦笑しながらもぐりぐりして止まないシロを軽く撫でる。
「……」
すると少しだけぐりぐりが収まったような気もしないでもないが、逆に僕の胴に回された両腕がギチギチと音を立てて締まり始める。
「し、シロちゃん……?」
「ははー、さては甘えとるんやなー?」
と、キャストさんが空気の読めないことを言った途端、鳩尾へと頭突きが繰り出される。
「ちょ、き、キャストさん黙ってて!」
「なんやー、おもしろうなってきた所やのに……」
面白いっていうか……周囲に人が集まり始めてて恥ずかしい以外の何物でもないんですが。
にシロの頭を軽く撫でると。
「……とりあえず家に帰ろうか、シロ」
彼女は小さく、頷いた。




