《40》二号店
「いやー、食べた食べた……」
言いながら、なんとなーく膨れたような気がしないでもない腹を軽くさすった。
隣を見れば、結局僕の分も半分くらい持っていったシロがお腹をパンパンにしながら眠りこけており、涎を垂らしながら寝ている姿に思わず苦笑してしまう。
「キャストさん、予定よりも多く肉取ってったってことで、しばらくシロのこと預かっといてくれませんか? 数時間くらいで戻ると思いますので……」
「良いけど……大丈夫なんか? 目ぇ離して」
そりゃまぁ……確かに目を離すのは不安だけれど。
――それでも。
「ま、こんなにも気持ちよく寝てるんだ。起こすのも申し訳ないかな、って」
軽くシロの頭を撫でると、小さく身をよじりながら頬を緩める彼女。一体どんな夢を見ているのだろうか。
でもまぁ、きっと彼女のことだ。美味しいものを食べてる夢でも見てるのだろう。
「……ま、せやな。なるべく早く帰ってきぃや。ウチも一応攻略組やけど、こんな女の子に暴れられるのもアレやからな」
「は、ははは……、シロに限ってそんなこともない……と、思いますけど……」
……まぁ、シロはこれでも色々と物分りのいい(戦闘時以外は)女の子だ。だいたい察してくれるだろう。
タトゥーに戻してもいいのだが……戻し方分からないしな。
少しだけ冷や汗をかきながらも立ち上がると、「それじゃ」と言って歩き出す。
目指すは――冒険者ギルドである。
☆☆☆
「……出店を構えたい?」
僕の顔を見た途端に顔を歪めたその受付の職員さんは、僕が放った言葉を復唱した。
その言葉からは「馬鹿なんじゃないですか?」というニュアンスがありありと伝わってきたが、流石に声に出したりはしないよ――
「馬鹿なんじゃないですか? 冒険者のくせに」
「おい、お前なんで受付やってんだ」
この野郎……普通に言いやがった。
なんでこんな奴に受付をやらせているんだ、と思っていると、どこからか聞き覚えのある笑い声が響いてくる。
「ガハハハッ、いやー、その受付は基本的にいい子なんだがなぁ、最近嫌なことでもあったのか、お前さんをストレス発散のサンドバックにしておるようだー」
「おいそれでいいのかギルドマスター」
思わず問い返す。
正直それくらいの罵倒は言われ慣れてるし、何よりもご最も過ぎて反論できないわけだから別に気にしてないのだが……。
思わず件の受付へと視線を向けると。
「申し訳ありません。最近、黒髪赤目のパッとしない男がしつこく私の場所を訪れるもので。ストレスが溜まっておりました」
「あれっ」
なんだかなー。
どこかで聞いたことがあるような容姿だなー、ソイツ。
思わず頬を引き攣らせていると、見かねたギルマスが割って入ってくる。
「で、いきなりどうしたのだ? 出店を開きたいなどと……」
「あぁ、実はプレイヤー……外の人間と盛大に喧嘩してしまって……。また厄介な事言われても困るわけで」
「あぁ……、なるほど」
言いたいことを察してくれたのか、クソアマ……じゃなかった、受付の綺麗なお姉さんが首肯する。
「貴方の実力は外から来た冒険者の中では頭一つ抜きん出ておりますし、大方シルバーナイトウルフなど、希少な素材を売れと迫ってくるのでしょう。そんな実力もない役立たずな雑魚のくせに」
思わず指を鳴らしてサムズアップしてしまう。
なんだこの人……普通にいい人じゃないか!
「……いやー、お主たち、案外似たもの同士だな」
とか、そんなふざけたことをほざきやがったギルマスを睨み据えていると、受付さんが机の下から一枚の用紙を出してくる。
「貴方のことです、大方【商業ギルド】の存在は知っていたが、吸血鬼だし直接行けば門前払いを食らうだろうな、ということでこちらへいらしたのでしょうが……、まぁ正解でしたね。商業ギルドはぶっちゃけ、出店一つ出すのにも膨大なお金が必要となりますので。あとギルドマスター、死んでください」
この人はアレかな。僕の心の中でも読めるのだろうか。
思わず苦笑いを浮かべていると、うんうんと頷いていたギルドマスター(死ね)が口を開いた。
「まぁ、商業ギルドは名前に【商業】と入っているから勘違いしがちだが、基本的に売買をするにはいずれかのギルドへと報告、そして登録すればそれで良いのだ。まぁ、その際にちぃとばかし、登録用の金を払わねばならぬのだが……、商業ギルドはだめだ。ウチの軽く十倍は取ってくからなー」
「へぇ……」
商業ギルドっていうから、もしかしたらこの街の商業をすべて取り締まっているのかと思ってた。実際に『向こう』じゃそうだったしな……。っていうか、全然気にせず出店とか出してたけど、あれきっと違法だったんだよな……。
閑話休題。
「じゃあ、ここで登録、って言うことでいいんだな?」
「はい、そうですね。出店のシステムとしましては、基本的に自分で経営するか、あるいは現地人を雇って経営させるか、どちらかになります。値段はご自身でつけられますが、あまりにも高いようでしたら買い手が来なくなるのでご注意を」
で、どちらにします?
そう訪ねてくる受付さん。
自分で経営……は、なんかヤダな。あのクレーマーの集まりみたいなプレイヤーと接しないといけないとか絶対に嫌だ。
ならば現地人――NPCに任せる流れとなるわけだが。
「……あぁ、値段ですか? 小さな木造の出店を買うのにだいたい一万G、出店で働く現地人は暇なギルド職員の中から選別致しますので、格安ということで一月につき五千Gで結構です」
……つまり、日本円にして十五万円がかかるという事か……。まぁ、それ以降は五万円ずつという流れになるようだが……まあ、払えるっちゃ払えるけど、ほぼ全財産の半分近くが消えていく感じになるな。
「……もしかして、商業ギルドって――」
「少なく見積もっても、この十倍はかかりますが」
「冒険者ギルドでお願いします」
聞いた途端、僕は十五万円――つまりは一万五千Gを机の上に出していた。
十倍……十万Gとか、払えるわけがないだろう。
すると五千Gずつ、三つに分けて机の上に置いた袋のうち一つを懐にしまいこんだ彼女は颯爽と立ち上がる。
「さて、それでは行きましょうか」
「……は?」
思わずフリーズする。
いやその五万どうするのとか。
いやどこに行くのとか。
そういうのをひっくるめて、彼女はたった一言。
「そっちの方が楽そうなので、私が店番やります」
――血の涙が溢れた。
☆☆☆
「ででででってでーん。出店があらわれたー」
「そのドラ○もん風な効果音やめてもらえません?」
というわけで、目の前には小さな出店が存在していた。
木造の小さな掘っ立て小屋……というか、もはや小屋でもない。ただの屋台である。
実はコレ、最近作られたばかりのニューバージョンらしく、出店の中で店番をしている人、及び商品には一切攻撃できず、どころか触ることも出来ないという優れものらしい。
――こんなもの、一万Gでいいのか?
と聞いたところ。
「これから私がサボ……一生懸命働く場所ですよ。ギルドマスターに頼み込んで変えてもらいました」
との事だった。
どうやら店番の職員はギルドを常に有給状態で休めるらしく、なるほど彼女がやる気なのも納得できた。
――だが。
「……おいギルマス、本当にいいのか」
「は、ははは……。仕方ないんじゃない?」
顔を真っ青にしたギルマスはしおしおになってそんなことを言っている。どうやら勢力図的には受付>ギルマスのようだ。
「……まぁ、お前さんは外から来た人間の中では飛びっきりの逸材だしな。これくらい、お前さんにウチを離れられるよりはよほどマシってものだ」
「そういうものかね……」
「そういうもんだ」
実際、ボスを攻略できているのは今の所僕達だけらしいし、彼の言い分も……まぁ、正しいのだろうけれど。
それでも僕にここまでかける必要があるか、と聞かれればよくわからないって言うのが現状だ。
と、それはまぁいいとして……。
「……そのうち、ボスの素材をそっちにも卸すよ」
「……だと、助かる」
嬉々として店の準備を進める彼女を眺めながら呟いた。
「……よし、っと。それではそこの吸血鬼――もとい店長、品を出してもらえますか。あとお客様がいらした際、ふざけた野郎だった際に思いっきり罵倒する許可をください」
「よし許す」
「あれぇっ!?」
ギルマスの変な声が響いたが聞かなかったことにしよう。
出店の前まで足を進めながらイベントリを開く。
「えっと……、商品は――」
「ここに台がありますので、その上に置いてください。個数が複数ある場合は台の下にある戸棚に。劣化しないように魔法がかけられてますので」
……本当にこんな出店もらっていいのだろうか。小さい割には高機能すぎて少し引いているんだが。
思いながらも、とりあえずは森に出てきた雑魚ウルフたち、そしてシルバーナイトウルフの素材一式、そして先程ドロップしたばかり、アースバッファローの素材も並べてゆく。もちろん肉やら防具やらは出してない。
「……貴方はまた、とんでもない品を仕入れてきましたね。狩ったんですか?」
「まぁ、うん。一狩してきた」
言いながらも素材を置き終わると、ギルマスが出店の奥の方から大きな看板を引きずってきた。
「まぁお前さんに関してはもう驚かんさ。それじゃ、仕上げということでこの店の名前を決める、って感じだな」
言いながらも僕の前に出された看板。
「これは……」
「あぁ、念じれば名前が描かれる特別仕様の看板です」
……ギルマスがさらにやせ細ってるけど大丈夫か?
思いながらも顎に手を当てる。
さて、向こうでも店を開いたことがある僕だけれど、あっちではハンバーガーショップを開いたわけで……あの中二ネームも今からすればイタすぎる。
ならばどうするか、と考えて――
「……あっ」
ふと、遊び心が芽生えてしまった僕だった。
☆☆☆
――その日の晩。
掲示板にて大きく取り上げられたその出店。
小さな屋台のような店構え。
毒舌すぎる店員さん。
そして何より――馬鹿げた商品と、馬鹿げた値段。
普通ならば買わないところが、その商品一つ一つが超がつくほどの激レア素材。
裏で『さぁ、買いたいんだろう? 買えばいいじゃないか、そして僕にその大金を明け渡せ』という冷たい嘲笑が透けて見えるその店。
プレイヤー達は皆顔を真っ赤にしながらも大金を払い、結果としてその店の素材は一晩にして消失した。
その店の名は――二号店。
どこの? とか、そういうのは一切書かれていない。
ただの【二号店】であった。
――追伸。
プレイヤー【ギン】への怒りがなお一層に高まったそうだが、残念ながら、まだ彼に挑もうという勇者は現れていない。
いつになったら勇者は現れるのか。




