《39》ランチタイム
――アースバッファロー。
西に広がる荒野エリアのボス。
見た目はただ巨大なバッファローであり、その体高は優に五メートルを超えているだろう。
「あぁクソッ! エリアを徘徊するボスとか普通のプレイヤーが出会ったら死ぬ未来しか見えないぞ!」
『な、なんか地鳴りしない……?』
『た、確かに……って』
『な、なんか近づいてくるぞ……!』
と言った感じの後に死ぬ未来しか見えない。
現に、今僕が逃げ切れているのはほぼ全振りした素早さと、そして吸血鬼の回復能力によってギリギリ維持できている体力のおかげである。
しかし、そのお陰でこいつを倒す算段ができた。
――というか、倒しきるのは難しくとも、敗北だけはないと、そう確信できる未来まで道筋を描くことが出来た。
なればこそ、後はそれを指でなぞるだけ。
「行くぞシロ! 初ボス戦、思いっきりぶちかませ!」
小脇に抱えていたシロを肩車の要領で肩へと乗せる。
瞬間、頭上で……魔力なのだろうか、肌を刺すような感覚を覚えたと同時、逃げていた足を一転、アースバッファロー目掛けて駆け出した。
『バゥッ!?』
それには一瞬驚いたような声を出した奴ではあったが――それでもこの体格差だ、踏み潰してしまえばそれでいいとでも思ったのだろう。ブフゥと鼻息を吐き出し、さらに加速するバッファロー。
まぁ、だからこそ――体格差のある奴とは戦い易い。
「シロ、今だ!」
合図すると同時、瞼を閉ざす。
――直後、まるで見計らったかのように瞼越しに閃光が迸り、周囲を一瞬にして光で包み込む。
瞼を通してもなお感じられた大きな光。
それを、真正面から受けてしまったアースバッファロー。いくら強くても、眼球まで強いだなんてことはないだろう。
『ブルルルルルルウウウウッッ!?』
絶叫が轟き、瞼を見開く。
頭上のシロは今の魔法に全魔力を費やしたのか、くらりと体勢を崩す。なんとか受け止め、彼女へと視線を向けると、彼女は小さくサムズアップして見せた。
……一体どこでそんな合図を覚えてきたのか知らないが。
「けれどまぁ、あとは任せろ」
シロを小脇に抱え直すと、腰に差していたアゾット剣を抜き放つ。
白銀色の光が虚空へと奇跡を描きながら、両目を一時的に潰されて絶叫しているアースバッファローへと一直線に向かってゆく。
そして――
「『暗殺』ッ!」
白銀色の魔力を帯びた短剣は、僅かな手応えの後に虚空を切り裂く。
勢いを付けすぎたのか、水平方向に数度回転しながらもなんとか勢いを殺し、改めて通り過ぎた背後を見やる。
そこには、悲鳴を上げ、地面をのたうち回っているアースバッファローと、半ばから切断され、赤色のポリゴンをまき散らしている奴の右前脚が存在している。
「これで――移動手段は断った」
これで油断なくもう片足でも切断してしまえば、やつは本格的にもうどうすることも出来なくなる。
つまりは――
「――僕らの、勝ちだ」
魔法を使ってこない相手は楽だなと。
そしてシロが居るだけでも随分助かるものだと。
そんなことを思いながら――僕はアースバッファローを惨殺した。
☆☆☆
《ポーン! エリアボス・アースバッファローを討伐しました。1000経験値を獲得しました》
《ポーン! レベルが上がりました》
《ポーン! MVP討伐報酬を受け取りました》
《ポーン! ソロ討伐報酬を受け取りました》
《ポーン! 初討伐報酬を受け取りました》
《ピコンッ! 第一回層の西のエリアボスがプレイヤーによって討伐されました。よって、現時点でのリザルト集計結果を発表します。メールボックスからご確認ください》
そんなインフォメーションを聞き流しながら。
「さーて、今回も倒したはいいけど後始末がめんどくさそうな気がするぞ……」
「……」
僕の横には消えゆくアースバッファローと、そして両手を組んでお腹の上に乗せ、まるで死体のように横になっているシロの姿がある。
ちなみにさっきお腹を突っついてやったら蹴ってきたので、多分横になってるだけで起きてるんだと思う。
というわけで、シロも初めての魔法にも関わらずアレだけ頑張ったのだ。無理やり起こすわけにも行かない。
故に、とりあえずはステータスでも見て暇を潰そう。
というわけで、僕は改めて、ステータスを開示する――
───────────
【name】 ギン
【種族】 吸血鬼族
【職業】 盗賊
【Lv】 8
Str: 14 +21
Vit: 8
Dex: 11 +2
Int: 8
Mnd: 8
Agi: 38 +9
Luk: 19
SP: 3
【カルマ】
-73
【アビリティ】
・吸血Lv.1
・自然回復Lv.7
・夜目Lv.3
・モンスター博士
【スキル 6/6】
・下級剣術Lv.9(↑1)
・隠密Lv.6
・気配察知Lv.7
・見切りLv.8
・下級魔力付与Lv.8(↑1)
・軽業Lv.5
・危険察知Lv.3(↑2)
【称号】
小さな英雄 月の加護 孤高の王者 最速討伐者 ウルフバスター
【魂の眷属】
・従魔:ヴァルキリー
──────────────
【name】 シロ
【種族】 ヴァルキリー
【職業】 選定者
【Lv】 4
Str: 11
Vit: 6 +5
Dex: 4
Int: 11
Mnd: 6 +5
Agi: 9
Luk: 4
SP: 3
【好感度】
+25
【アビリティ】
・死の選定Lv.1
・素手採取Lv.1
【スキル】
・下級槍術Lv.1
・下級盾術Lv.1
・気配察知Lv.1
・見切りLv.1
・下級光魔法Lv.3(↑2)
【称号】
なし
──────────────
――流れるように、SPを素早さへ全振りする。
結果としてAgiの値が50となり、もはやそんじょそこらのプレイヤーにはとても追いつけない速度となっている事だろう。
シロのSPはどうやら主である僕しか操作できないようだが、それに関してはシロが起きてから相談する流れでいいだろう。
というわけで、お次はアイテムだ。
いい加減慣れた手つきでイベントリを開くと、新しく増えているアイテムを目で追ってゆく。
──────────
○アースバッファローの毛皮×2
○アースバッファローの肉×3
○アースバッファローの角×1
○スロットオーブ×1[MVP]
○アースバッファローの特上肉×1[ソロ]
○大地の籠手×1[初討伐]
──────────
宝玉は……今回はなさそうだ。
僕が想定した通りならば、あれはボスとか一対一……とまでは行かずとも、しっかりと真正面から勝負した上で力を認めさせないと手に入らないものだと思う。
故に、今回のようなシロの力無しでは成立しない戦い方をしているうちは、きっと宝玉は手に入らないのだろう。
「……そのうち、僕以外にも宝玉手にするヤツとか現れたりしてな」
……まぁ、当分はなさそうだけど。
そんなことを思いながらも立ち上がると、ググッと背伸びをする。
とりあえず、お金に困っているわけでもないが、それでも素材を持っていればアスパに言われたようなことになりかねない。
更には、きっと今さっきのインフォメーションも全プレイヤーに伝わっていることだろう。
大会中……それも、以前と同じような感じで流れたことからも、多分勘のいいやつは『またか……』とでも思っているに違いない。
だから、要らない素材はボスのだろうとなんだろうと売り捌き、そして使えるものは――有効活用させてもらおう。
「さてシロ、今日はお昼からご馳走だぞ?」
見下ろした先にいたシロは、涎を垂らして虚空を見上げていた。
☆☆☆
それからおおよそ十分後。
場所は移り、噴水広場のから繋がるメインストリート。その一角に存在しているキャストさんの店にて。
ジュワアァァァ――……
肉の焼けるいい匂いが鼻の奥に突き刺さり、思わず腹が大きな音を上げる。
それは隣にいたシロも同じだったようで、見ればナイフとフォークを手に、ダラダラと涎を垂らしていた。
「全く……、いきなりインフォメーションがなったかと思えば、十分もしないうちに西エリアのボスの名前をした肉を持って来る……。アンタら、ほんま目立ちすぎちゃうか?」
「まぁまぁ。その事実はキャストさんしか知らないわけですし……」
「まぁ……そうやけど」
言いながらも周囲を見渡す彼女。
同じように周囲へと視線を巡らせれば、暴力的なまでの匂いにつられてよってきた多くのプレイヤー達の姿が。そして彼らは皆、屋台に座ってる僕を見て目を見開いている。
「あ、どうもこんにちは」
とでも、言おうかとも思ったが、彼らの僕を見る目がものすごーく怖かったのでやめておいた。
「……とんでもないことになってるやないか。おたく、間違いなく私達ごく少数を除くプレイヤーに敵対視されてるで」
「はっはっは、キャストさん美人だから、その店占領してる僕らに嫉妬してるんですよー」
「そりゃ椅子二、三台しかおいてあらへんからな」
テキトーに返した世辞に、全く反応することなくそう返してくるキャストさん。
何だかなぁ、と思っていると、突如として脇腹にフォークが突き刺さる。
「ぐふっ……」
「……」
脇腹を抑えてそちらへと視線を向ければ、そこには頬をふくらませながらそっぽを向いているシロの姿が。
「なんや、シロちゃん。嫉妬かいな?」
目敏く色々と察してきたらしいキャストさんがニタニタして顔を寄せてきたので、こっちも目敏く、そのいい感じに焼けた肉を指さしてやる。
「キャストさん、そろそろいいんじゃないですか」
「おお、せやせや。何やアンタ、料理できそうやないか」
まぁ、人並みには。
小さく答えながらも、僕の視線はその肉へと釘付けになっていた。
分厚く切られた大きなステーキ肉。
鉄板の上にて焼かれたそのステーキ肉をキャストさんは真ん中のあたりで切り分け、それぞれを真っ白なお皿の上に乗せてゆく。
「ほな、完成やで。現状、ステーキソースとか一切ないから、とりあえずは純粋に塩胡椒で味付け……っと、約束通り一切れもらうで?」
「あ、どうぞどうぞ」
あらかじめ、キャストさんが無料で料理をしてくれる代わりに、僕の取り分からお肉をほんのちょっと分けてやる、という約束をしていたのだ。
そのため黙って見ているとキャストさんは一切れ……って程には思えない、結構な分量を持っていった。正確には半分にされた三割ほど。
「……」
「ま、まぁええやないの! どーせいつでも取ってこれるんやろ?」
「そりゃそうですけど……」
言いながらも、そのステーキ肉へ向かって合掌する。
まぁ、下手に生きてた頃のバッファローを知ってるだけあって、しっかりと挨拶だけはしておこう。
「それじゃあ改めて、いただきます」
チラリと横を見れば、既にシロはステーキを半分くらい平らげていた。




