《38》西のボス
小説を書く上で最も楽しいのは、考えるまでもなく設定を考えることだと思う。
なにせ作者には文才がないから。
――その後。
時刻としては夜、吸血鬼の目が最も冴える頃。
いつも通り、噴水広場にてシロと並んで串肉を頬張っていると、何だかいつもより一層視線を感じることに気がついた。
「おい、ほら、アイツだよ……」
「え、あのSSって……」
「あー、あの調子乗ってる……」
――SS。
確かアレだったか、予選で最後に倒したプレイヤー。アイツが最後に口走ってた変な二つ名。
そう言われているのを見るに……どうやら定着してしまったのかもしれない。だとしたらなんて格好悪い二つ名だろうか。正直呼ばれるのが恥ずかしい。
せっかくならさ、『漆黒の代行者』とか『地獄帝』とか、そんなカッコイイ感じの二つ名がよかった。
後で掲示板とかで確認してみようかなと、そんなことを思っていると。
「おっはー! ギンくん、シロちゃん! 今晩もお楽しみですねー!」
――もちろん無視した。
目の前にゴーグルをかけた茶髪ロリっ子が手を上げた状態で固まっているが、もちろん無視させていただいた。
そもそももう晩、おっはーじゃない。あと古い。
そして何より、目立ちすぎて周囲から音が消えてるし……、知らない人のフリしようっと。
「なぁシロー、明日何するー?」
「おっとっと。さっすがギンくん、この私をここまで見事にスルーする人なんてそうそういやしないぜ!」
「……」
「へー、串肉もっと食べたいって?」
「無視しないでよっ!」
いい加減無視されるのが堪えきれなくなったのか、彼女――アスパは胸ぐらを掴みあげて揺さぶってくる。
「ん? なんだ、アスパさんじゃないですか。こんな所でどうしたんですか?」
「何その今気がついたみたいな敬語! ……っと、まぁそれはいいとして」
んんっと、わざとらしく咳払いをしたアスパは、周囲へと視線を向けて目を細めると、僕の方へと口を寄せてくる。
「あのさ、ギンくんたち……なんだっけ、あの鬼みたいなやつと戦ったでしょ? 実はアレ、気がついてるとは思うけど、かなり公に放送されちゃってて……」
「……やっぱり?」
まぁ、それはなんとなーく気がついていた。
しかし、それに一体なんの問題が――
そう言いかけて、はたと気がつく。
「……もし、かして」
「そう、そのもしかして」
ピンと指を立てた彼女は、疑う素振りも見せずに。
「――君が、南のボスの攻略者だってこと、絶対にバレるよ」
思わず頭を抱えたくなった。
今までは、久しく戦えていなかった――それこそ、勝ち目すら薄らとしか見えないレベルの格上と戦った際に分泌したアドレナリンのせいか、そこまで頭が回っていなかった。
しかし、そう言われればそうだろう。
あれだけの力を見せておいて……バレないはずがない。
「あー……、めんどくさい」
「そーなんだよねー。今は君の爆弾発言のおかげでまだそこまで考え至っていない人の方が多いけど、冷静になればそのうち気づく人も出てくる。現に三大クランの上位陣は気がついてるみたいだし」
「えっと……、ハイドとか?」
黙って苦笑するアスパ。
たしかに現段階においては僕の爆弾発言によってそっちに気をそらされている人たちが多いだろう。だが、次第に冷静になればその事実に気がつくものも現れるに違いない。
そしてそうなれば……。
「イチャモンはまだしも……、情報売れだの、ドロップアイテム売れだの、そういうことを言われるわけか」
「その通り。めんどくさいねー」
「うん、めんどくさい」
生憎と、こうして有名な(らしい)情報屋と公に話していることからも、情報関連に関してはアスパに聞く人が多くなると思う。
だが、ドロップアイテムに関してはまた別の話。
「確か……毛皮と爪だったかな。合わせて三つくらい」
その他のMVPドロップとかは宝玉、シロの使っている槍に、僕の使った魔物大図鑑なわけで、現状持っているドロップアイテムは三つとなる。
シロの使っている槍でさえこの性能……ならば、その原材料になっているそれらの素材のポテンシャルも推して計れるというもの。
「ま、私が言いたかったのは色々と気をつけなよー、って言うことと、きっと明日にでも攻略を始めるだろうから、またボスを倒したら私のところに情報売りに来てねー、って、そんな所」
「……ご忠告感謝するよ。本当に」
もしも知らずにその時になっていたら、今よりも精神的にめんどくせぇって思ってたことだろう。どうすることも出来ないが、それでも事前に知れてよかった。
それじゃーねー、と。
手を振って去ってゆくアスパに、苦笑しながらも手を振り返した。
☆☆☆
――翌日。
今日も今日とて見事予選を勝ち抜いた皆々様はイベントに勤しんでいるようではあるが、残念ながら僕ら、予選敗退した負け犬達にとってはどうでもいい事なのである。
中には、真面目に『どうすれば上に行けるのか知りたいから本戦も見に行く』とか、そんな感じで本戦を見に行く人も居るみたいだが――だがしかし。
そんな事をするつもりもない僕らは、再び西の荒野へと訪れていた。
「いいねー、イベント中は人が居なくて」
周囲を見渡すと、普段ならばちらほら見えるプレイヤー達の姿は窺えず、突撃猪の姿が逆に目立つようになってきている。
――イベント。
それはこの世界を楽しむにあたって必要不可欠な(のかもしれない)モノである。
しかし、言い方を変えれば、プレイヤー達はそのイベントをゲームの攻略よりも優先しがちになるということ。
――つまり、誰にも邪魔されることなく攻略し放題ということである。
「って訳で、とりあえず、今日中にここのボスエリアの位置だけでも確認する。それを目標に頑張ろう」
「……」
元気よくガッツポーズをするシロ。
しかしその瞳は訝しげに僕の方へと向けられてきており。
「……? あぁ、ステータス低下云々についてか?」
そうかもしれないと話を振ると、その通りだったのか彼女は思いっきり首を縦に振っている。今日も今日とて見事なヘッドバンギングである。
小さく右腕へと視線を下ろし、試しに拳を握ってみる。
正確に何時間かは分からないけれど、まだあの召喚から一日が経っていないことだけは確かである。
にもかかわらず、ステータスに関していえばもうなんの違和感も残っていない。
「どうやら、ステータス低下は『日付が変わるまで、今日一日』だったみたいだな」
これについては後々詳しく考えていかないといけないが、それでもこの考えで見当はずれ、ってことは無いだろう。
なるほど、的な表情を浮かべるシロに『よく見てるんだな』と内心で苦笑しながらも。
「さて、南の森はボスエリアは最南端だったし……、とりあえず、西を目指して進んでみるか」
元気よく首肯するシロを眺めて、口元を緩めていた。
☆☆☆
――の、だが。
「おいいいいいッ!! 禍神の時から思ってたけどこのゲームハードすぎるだろおおおおお!!」
僕は今現在、シロを抱えて逃げていた。
――え、数話前であんなにカッコつけておいてなにしてんの?
とか、そんな事言われたらぐうの音も出ないが、それでもこれは完全に予想外だった。
「なんで歩き始めて数分でボス現れてんだあああああああ!!」
鼻息を感じながら、声の限りにそう叫ぶ。
そして背後で――咆哮が鳴り響く。
『ヴオオオオオオオオオオオオオ!!』
引き攣った顔で背後を振り返る。
そこには鼻息を吹き出しながらこちらへと掛けてくる巨大な野生動物の姿があり――
――――――
【BOSS】
アースバッファロー
脅威度B+
――――――
そう、ここのボスは――移動するのである。
ボスエリアはつまり、この西のエリア全て。
この広大な荒野をこのボス――アースバッファローは徘徊し、侵入者を見つけ次第、こうして襲いかかっているのだろう。
「く……、アスパの言ってたアレって……!」
――色々と。
彼女はその言葉を強く強調していた。そして僕らがすぐに攻略を始めるだろうとも言っていた。
つまりは――そういう事だろう。
しかし、今悔やんでも仕方ない。
今やるべきは、奇襲を受けて咄嗟に逃げる他なかった現状を、どうやって勝利にまで持っていくか。
小さくシロへと視線を向ける。
彼女のステータスを今一度思い出し、周囲へと再び視線を向ける。
「やれるか……?」
アースバッファローの体は優にあのシルバーナイトウルフを上回っている。
その巨体から放たれる、シルバーナイトウルフすら超えるであろう超威力の攻撃、躱すだけでも骨が折れる。
ならば――
ニヤリと口の端を吊り上げると。
「シロ、一つお願いがある」
きょとんとしたシロは、不思議そうにこちらを見つめていた。




