《36》絶滅するか
目の前でむくれているシロを見て、思わず苦笑いしてしまう。
「いやー、アレだな。なんていうか、その、アレだ。惜しかったな? な?」
「……」
ギロリと睨みつけてくるシロ。
しかし思いっきり頬を膨らませているせいか、怖さよりも先に可愛さが来てしまい、思わず頭を撫でてしまう。
結果からいえば、僕らはセイクリッドオーガを倒しきることは出来なかった。
というのも、僕とデモンズウルフで七割近く削ったこともあり、シロの一撃が弱点である頭蓋を貫けば、間違いなくセイクリッドオーガは倒しきれていただろう。
――もしも、もっと時間があれば、の話だが。
シロがオーガへと一撃を入れる刹那の事。
《ピンポンパンポーン! 以上で予選を終了いたします。繰り返します、以上で予選を終了いたします》
という放送が流れ、ぶっちぎってマイナスポイントへ突入していた僕らは元の広場へと強制転移させられ、今に至るというわけだ。
おかげでシロは完全に拗ねてしまっており、もうご機嫌取りをするだけでも一苦労である。
そして何より――
「ちょっとおおおおおっっ!! 何この狼っ! 私に情報くれなかったじゃない!!」
『ヴルルル……』
「ひいっ!?」
さっきからうるさいのが一名。
正確に言えば、何故か僕らの戦闘が放送されていたらしく(ゼウスの悪意しか感じない)、集まってきている野次馬たちから無言の圧力が加えられているのだ。
といっても、召喚されたままになっているデモンズウルフのおかげか、正面切って叫んでるのはあのロリっ子くらいなものなのだが。
「にしても、このデモンズウルフ召喚、なんのデメリットも無いのか……?」
ふと、気になって呟く。
見れば、デモンズウルフは野次馬たちを追い払いながらも不思議そうにこちらを眺めており――直後、その姿が霧となって消失した。
「!?」
思わず目を見開いて固まってしまう。
時間制限……? だったとすれば、だいたい召喚してから……三分くらいだろうか?
それに――
《ポーン! 悪魔召喚を三分間使い切りましたので、これから一週間の間、悪魔召喚の使用が不可能となりました。また、今日一日、自身のステータスが半減します》
瞬間、ドッと重くなる体。
まるで体そのものが鉛に変えられたかのような……そう、まるでステータスを一気に奪われた感覚に似ている。
思わず膝をつき、苦笑いを浮かべてしまう。
それは初めて聞いたデメリット――三分間しか使えないこの能力に見合ったものではあったが――に対するものでもあったし。
――なにより、デモンズウルフが消えたことにより、なんだか調子に乗り始めてきた野次馬たちに対してのものでもあった。
「おい! なんだよ今の!」
「チートだろチート!」
「ふざけんな! どうやってあんなの召喚しやがった!」
「俺たちにも使えるようになるんだろうな!」
「情報売ってえええ!!」
「おいクソチート! 黙ってないでなんとか言え!」
はいはい分かってましたとも。
こう言われるってわかってたからこそデモンズウルフを召喚してたのだが……、三分で消えるならもっと早く逃げとけばよかったな。
まぁ確かに、あんな力使ってたら嫉妬する気持ちもわかるし、実際あの能力は単体でボスを攻略できるレベルの力がないと意味無いのだが……、こういう奴らにそういうのを説明しても無駄だろう。
それに、ぶっちゃけるとこれはゼウスから貰い受けた僕だけのユニーク装備。ほかのプレイヤーたちが手に入れられるわけがない。
――ので。
「知るか」
とだけ、答えておいた。
瞬間、何だかんだで言い訳なりなんなり返ってくると思っていたのだろう、野次馬たちは沈黙し――すぐに、怒声が轟いた。
「ふざけんな! 何様だテメェ!」
「そうよ! 無責任にも程があるわ!」
――等々、あまりにも多すぎるので多くの意見は省かせてもらったが、それらはあまりにも理にかなっていない。
「おいおい、一体僕になんの責任がある? 自分の力を開示する責任か? せっかく努力して(嘘だけど)手に入れた武器を手放す責任か? この武器の入手方法(知らないけど)を教える責任か? もしかしてそういう法律でもあるんですかー?」
敢えて言おう――何一つそんな法律はないとな!
法律がないならば従う必要は無い。暗黙の了解なんて知ったことか、暗黙してないできちんと言葉にしやがれこの野郎。
さらに溢れ出す怒声にニタニタと笑みを浮かべると、煽るようにして声を上げる。
「そもそもさぁ? こっちとしては自力でゲームを楽しんでるわけですよ。別にチートとか使ってませんし? 逆に言えば装備だって一切プレイヤーのこと頼ってませんし? ――そもそも、頼ろうと思えるほどのプレイヤー居ませんし」
思い出してもみよう。
いきなりNPCに絡み出すプレイヤー。
いきなり絡んでくる成金プレイヤー。
しつこく情報を迫ってくる情報屋。
――誰一人として、まともな奴がいない。
対してNPCはどうだろう。
このローブはNPCからもらい受けたものだ。
シロだって従魔屋のおじさんの紹介で出会ったわけだし、ギルマスにも何だかんだで世話になっているし。
「正直、お前らプレイヤーよりもNPCの方がよっぽど役に立つ。ぶっちゃけるとお前ら要らないんだよ。強くもない、強い武器も作れない、この世界では問題ばかり起こす。言ってみれば僕の障害でしかない」
まぁ、この世界で楽しく冒険しているやつを見ると、なんだろうな、心がほんわかする気もするが、それでも僕は、この世界に住まう人々と、シロと、一緒にこの世界を攻略して行ければそれでいいのだ。
今度こそ何者にも縛られず、何を守るとか、何を目指さなきゃとかそういうのも一切なく、誰にも邪魔されずに過ごしていきたいだけなんだ。
「だから、あんまり邪魔とかするなよな」
もしも、もしも万が一。
これだけ言ってもなお、下らない感情や嫉妬なんかで僕らの邪魔をしようって言うなら――
「それともなにか――絶滅するか? プレイヤー共」
正真正銘、本気の殺気をぶつけてやる。
すると、先程まで生き生きと悪口を言っていたプレイヤーたちは皆、さっきまで怒りで真っ赤になっていた顔を真っ青にして黙りこくってしまう。
確かに赤マーカーになれば困るのはこっちだ。
だが、こちらが赤マーカーにならずに相手を殺す方法なんざいくらでも思いつく。
なれば、この程度の雑多、簡単に殲滅できる。
……え? ステータス激減しててそんなこと出来るのかって? はっはっは……そこら辺はあれだよ。時にはハッタリもカマしてやれってヤツだ。
でもまぁ、これだけ言っても数の暴力ってのはあると思う。今ここでどれだけ言い返せなくても、後で集まれば必ず悪口が湧き水のように溢れてくるだろう。
――だからこそ、ここはシロにも頑張ってもらおう。
「にしてもさぁ、僕をチートだとかズルだと、そう言ってる奴ら、それブーメランになってるってこと分からないのかな? ねぇシロちゃん」
言ってシロへと振り返ると、彼女はこてんと首を傾げる。なにこれ可愛い。
思わず頭を撫でくりまわしたい衝動に駆られたが、何とかこらえると咳払いする。
「いやさ、僕は素早さ全振りしてること以外はコイツらと同じ――いや、それ以下のステータスしか持っていないはずなのに」
あえてその事実を強調して呟くと。
さらに口元の笑みを深くして、野次馬たちへとその事実を突きつける。
「同ステータスの相手に嫉妬とか……、それってつまり、自分の実力がないってことを周囲にアピールしてるようなもんだよねぇ?」
どこからか「ぶふっ」と吹き出したような笑い声が聞こえてきて、顔を青くしていたプレイヤーたちはなお一層顔を青くする。
「ねぇ、シロはどう思う?」
「……」
話を振れば、シロも首を大きく縦に振って僕の意見に肯定してくれているようで。
――さて、プレイヤー諸君。これだけ言われてもなお僕のことを裏でチート扱いした日には。
「これでもまだ、僕のことをチートとかいう奴が居たら……そいつはきっと、幼女以下の知性を誇り、自分が弱いことを周囲へとアピールする愚か者、なんだろうなぁ?」
一つと問おうかプレイヤー諸君。
これでもまだ、何か言い返す気持ちは起きるかい?
☆☆☆
その演説を聞いていた俺――ハイドは、思わず吹き出してしまった口を抑えてプルプルと震えていた。
(いや……、もしかしたら手助けが必要かとも思ったが……、そんなことを必要とする器ではなかったか)
内心で呟いて、先程まで罵声を浴びせていた自らのクランメンバーへと視線を向ける。
そこに居る仲間達は、ついさっきまでは顔を真っ赤にして怒っていたにも関わらず、今では顔を真っ青にして俯いている。
まぁ、それも分かる。
たしかに彼の言い分でも、裏でコソコソ噂する奴は絶てないだろう。むしろ言葉ごときで絶てるわけがない。
けれど、少なくともクランメンバーは違う。
自らがその噂を口にするということは――つまりは、クランの顔に、そしてクランリーダーである俺達の顔に泥を塗るということ。
それをしてしまえばどうなるか――考えるまでもないだろう。
「ふっ……、よく考えたものだ」
呟きながらも、メンバーへと体ごと振り返る。
そうしてたった一言。
「さて、これでも何か言ったら、本当に大恥ものだぞ?」
俺の周囲のヤツらが、ピクリと反応していた。
これぞギン!




