《35》使役悪魔
火花が散る。
またも剣が高防御力を誇る鎧に弾かれ、思わず上体を後ろへと逸らす。
――そして、目の前で振り上げられた巨大な大剣。
「――ッ」
破壊音が轟く。
大地が砕け、跡形もなく破壊し尽くされた広場がさらに壊されてゆく。
そんな中、何とか一撃を躱した僕は、砂煙に紛れながらもシロの元まで下がっていた。
「シロ……アイツに攻撃入ったか?」
「……」
見れば、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませ、勢いよく首を横に降っていた。
まぁ、それについては僕もなんとなくは察していたわけで。
「HPバー、全く減ってないもんな」
奴の頭上には、大きな緑色のHPバーが存在している。
その緑色はほんの少しだけ最初期からは減っているものの、それでも一ミリか二ミリ……、せいぜいがその程度である。
……本当に、この階層になんでこんなバケモノ出してるんだよゼウス。普通にやってたら勝てっこないぞ。
思わず苦笑しながらも――ふと、握りしめたアゾット剣へと視線を下ろす。
白銀色の刀身に、漆黒の柄。
そして――柄の先に付いた大きな宝玉。
「――本当は、自力で勝ちたかったんだけど」
それに、さっきから周囲に気配が多く集まり始めている。こんな状態で『これ』を使えば目立つこと間違いないだろうし、この前追われた時の二の舞になることは目に見えている。
「いやー、悪いなシロ。しばらく野宿になりそうだ」
「……?」
こてんと、可愛らしく首を傾げたシロ。
視線の先のは砂煙が晴れてきたこともあり、こちらの姿を発見した様子のセイクリッドオーガの姿が。
奴は剣を振りかぶってこちらへと駆け出し。
咄嗟に槍を構えたシロを傍目に――
「――『悪魔召喚・デモンズウルフ』」
宝玉が光り輝き――大きな闇が、迸った。
☆☆☆
『ヴオオオオオオオッッ!!』
咆哮が轟き、大剣を振りかぶっていたセイクリッドオーガの腹部へとその『闇』が突き刺さる。
『Guuu……』
しかしその鎧を貫通することは出来ず、セイクリッドオーガは十数メートル後ずさって片膝をつく。
――そう、片膝をついたのだ。
「これはまた……」
思わず頬を引き攣らせる。
シロに至っては目の前に佇む『ソレ』に限界まで目を見開いて固まっており、周囲の隠れてる(つもりの)プレイヤーたちからは驚愕に塗れた感情が伝わってきた。
それもそのはず。
僕らを守るように佇んでいたのは――黒色の、シルバーナイトウルフなのだから。
『グルルル……』
シルバーナイトウルフ――否、デモンズウルフはこちらへと視線を向ける。
その瞳には純粋な知性と敬意が宿っており、奴は黙って頭を垂れる。
「……もしかして、あの時の狼か?」
『……』
奴は答えない。
けれど、知性のあるコイツから何も答えがないことこそが、なによりの答えなのだろうと思う。
頬を緩めてその頭を軽く撫でる。
――宝玉。
それが、実際に自身の力を認めさせたボスモンスターからドロップできる――言うなれば魂の欠片だとするならば。
アゾット剣は、その魂の欠片を使用してそのボスモンスターを自らの配下として蘇らせる悪魔の剣。
――悪魔の、宝剣。
少しアイツの能力みたいで苦笑してしまう。
「……僕専用、ってわけか」
逆に僕以外に、戦ってボスモンスターを力でねじ伏せられるだけの奴がどれだけいるだろうか。
見た中では……そうだな、ハイドと、あとさっき見た青髪の少女と白髪の少年。あの三人は断トツだったが……如何せん、まだまだ戦闘経験が少なすぎる気がした。あの程度なら、まだアーツなんかに頼ってるレベルだろう。
「ま、それはいいとして――」
視線を向けるセイクリッドオーガへと向けると、そこには身体中から湯気を吹き上げ、怒りを顕にしている奴の姿がある。
「ウルフ、僕と一緒に前衛を頼む。シロ、お前は好きにやれ、自分で挑んだんだ……きちっと、責任もってぶっ倒せ」
彼女の瞳を見てしっかりと言い聞かせると、彼女もまた、僕の瞳を見つめ返してしっかりと頷いて見せる。
他人に頼ってばっかりじゃ成長なんて出来やしない。
倒すって――挑戦するって決めたんなら。
死んでもいいや、じゃなく。
――意地でも倒す、って。
それくらいで挑まなきゃ損ってもんだろう。
「――フゥ」
小さく、息を吐き出す。
前の世界では、ずっと一人で戦ってきた。
だからコンビネーションとか、誰かと合わせるとかは一切慣れてない。
けれど、単体での強さなら誰にも負けない。
禍神みたいな、根本的にステータスの見合っていない怪物はまだ勝てないだろうが――それでも、
「お前には、多分負けない」
――体を沈みこませ、一気に駆け出す。
その速度は先程までの『様子見』の早さとは異なり、鈍重な鎧を身につけたセイクリッドオーガでは到底追いつけない――どころか、並のプレイヤーじゃ扱うこともできないような速度。
これでも僕の敏捷値は、おおよそシロの八倍。
シロすら捉えきれないような脳筋が――
「素早さ全振り、捉えきれるだなんて思うなよ?」
ギィンッと、火花が散る。
見れば、セイクリッドオーガの脚鎧には大きな傷――否、凹みが刻み込まれており、そこは今僕が一閃した場所と見事に一致している。
「なるほど、まだ足りないか」
呟くと、さらに加速を開始する。
早さとは――つまりは威力。
筋力値など必要としない。
防御力だって最低限あれば十分で。
技術なんてのも、極論をいえば必要ない。
どれだけ早く、どれだけ重い一撃を叩き込めるか。
それこそが、僕がこのオーガの鎧を突き破ることの出来る唯一の手段。
「行くぞッ!!」
――マジックエンチャント。
剣に魔力を流し込むことで、その切れ味を増大させる。
鋭く、正確に。
何よりも緻密に、魔力を注ぎ込む。
轟ッ、と銀色の魔力が吹き出し、その一撃を――奴の首へと叩き込むッ!
ギィィィンッ!
火花が散り、硬い手応えが腕へと返ってくる。
然して地面へと落ちたのは――奴の兜。
『VUOOOOOOOOOOOO!?』
正真正銘、本気の一撃。
それでもなお奴の頭から兜を脱がすのが精一杯という結果に思わず歯噛みする。ステータス差というのは、やはりそれだけでも戦況を左右する。
――だが、ステータスと同じくらい、技術、経験っていうのも、戦況を左右するものだ。
「――さぁ、もう一撃」
スッと、やつの背後へと降り立つと同時。
奴が振り向くより早く、奴が硬直している間に。
――さらに、一撃叩き込む。
「ハアアアアアアッッ!!」
白銀色の刀身が虚空へと軌跡を描き――その背中へと、斜めに大きな傷跡を残す。
『Ga……』
奴の口から声にもならない悲鳴が漏れ、それと同時に僕の背後より大きな『闇』が姿を現す。
「突破口は作った。あとは任せたぞ、二人共」
そんな声をかき消すように、咆哮が轟く。
『ヴオオオオオオオオオオオオオンッッ!!』
流石は森の王。
完全に気配の絶った状態からの奇襲攻撃を奴の背中――丁度、僕の攻撃により鎧が剥がれた傷跡にねじり込む。
デモンズウルフの牙、そして爪が鎧の隙間からその身に突き立てられ、セイクリッドオーガは大きな絶叫を漏らす。
それは初めて見せた――明確なダメージの証。
僕の攻撃により二割ほど削れていたゲージが一気に残り三割程にまで減少し、デモンズウルフは勢いそのままオーガを地面へと押し倒す。
ゴオオオオオンッ……!
轟音が鳴り、大地が揺れる。
砂埃が舞い上がり――そして、その中より一つの影が飛び出した。
それは、未だ小さき戦女神。
まだまだ未熟なところばかりで、技術もステータスもまだまだなお子様だけれど。
「うちの娘、舐めてると痛い目見るぞ」
シロの突き出した槍が、奴の兜の剥がれた頭蓋へと吸い込まれていった。




