《34》観戦者
成金プレイヤー、ゴールドは、どこからか逃げ出してきたかのように走っていたプレイヤーを斬り捨てながらも、断続的に響く化物の咆哮に眉を寄せていた。
「一体何なのですか……。コチラとしては他のプレイヤーを狩りやすくて結構なことですが――実に面白みに欠ける」
彼、ゴールドは大手企業の御曹司。
言うなればお金持ちである。
だからこそ装備を揃え、アイテムを揃え、万全の体制で本気でゲームに臨んでいる。
長年ゲームをやり続けて身につけたスキルに、様々な格闘技を習っているが故の、素の技術。
そして、彼の装備も相まって、彼は名実ともにかなり上位のプレイヤーと言っても過言ではない。
――だが、それでも勝てない強敵が、稀にいる。
だからこそゲームは面白い。
その勝てない相手――自分のように何かの技術を持っているわけでも、優れた装備やアイテムを持っているわけでもないのに強い相手を、打ち負かす。
そこに面白みがあるのだ。
なのに――
「……アオ様、あなたはどう考えになりますか?」
そう問いた先には、青髪ボブカットの少女が難しそうな顔を浮かべている。
――プレイヤー名、アオ。
このゲーム内において三本の指に入る有名人であり、大手クラン『蒼の傭兵団』のクランリーダーである。
その実力は紛うことなきトップクラス。三強に名を連ねる一人であり――ゴールドが、未だに一度も勝つことが出来ていない人物でもある。
「……この予選、最初から疑問に思ってた。仲間以外の『敵』を倒せって言ってたから」
「――つまりは、その『敵』はプレイヤーだけではないと、そういう事ですか?」
「さすが。真剣な時は理解が早くて助かる」
これでもゴールドはエリート御曹司。
普段はふざけた態度で周囲をイラつかせるが、真剣な時は限りなく真剣だし、なにより、一度認めた相手にはしっかりとした態度で接する男だ。
だからこそ大手クランの副リーダーを務めているわけで。
――故に、その足音にもすぐに気がついた。
「何者ッ!?」
その足音を聞いた瞬間に、背筋を這い上がってきたとてつもないほどの寒気。
思わず冷や汗を流し、剣を構える。
その視線の先には、闇の中から足音を響かせながらこちらへと歩みを進めている一人の少年の姿があり――その姿を見て、二人は咄嗟に戦闘態勢へと入る。
何せ、そこにいたのは――
「『破壊の使徒』のクランリーダー……、グライ!」
「ご明察。β以来か? 久しぶりだな、アオ、ゴールド」
そこに居たのは、ハイド、アオと肩を並べる、このゲーム内において三強の座に座る最後の一人――グライだったのだ。
少年のような容姿に、口元に張り付いた戦闘狂特有の軽薄な笑み。そしてその傍らには巨大な蛇の姿があった。
「まぁ、安心しろよ。俺は今、お前達と争うつもりはねぇ。何せこんな予選で大本命にやられちまったら本戦の楽しみがなくなっちまう」
「き、貴様……!」
怒りに顔を歪ませ、ゴールドは柄を握りしめる。
一体何度、この男に殺されたことか。
ゴールドも、アオも、β時代にこの男の手によって幾度となく殺されてきた。
けれど、怒るゴールドをアオは手で制す。
「ゴールド。今はそれどころじゃない。さっきから聞こえてくる咆哮は一つだけ。つまり、不幸中の幸い、化物は一体だけしかいないっていうこと。そして、さっきから戦闘音が続いているっていうことは――」
「そう、誰か――俺たち以外の何者かが、その化物ってのと戦ってるっていうことだ。それもこんな激しい戦闘を、長時間にわたってだ」
肯定するグライの頬には楽しげな笑みが浮かんでいる。
犯罪を生業とするクラン――『破壊の使徒』。
そのクランリーダーを務めるグライは、もちろん赤マーカーの持ち主である。プレイヤーを殺し、NPCを殺し、多くの犯罪に加担してきた。
――だが、その根底にあるのは戦闘欲。
もっと強いヤツと戦いたい。
もっと手応えのあるヤツと戦いたい。
そして、強いヤツと最も効率的に巡り会える方法こそが――恨まれ、憎まれること。
お陰で今はハイド、アオという二人の化物と出会うことが出来たし――
「――どうやら、β勢だけが強い、なんてのは迷信だったようだな?」
その視線は、真っ直ぐ戦闘音の方へと向いていた。
☆☆☆
一時休戦としたアオ、グライ、ゴールドの三名は、数分も経たずにその場所へと到達した。
そして――目を見開いた。
「な……」
「おいおい……、あんなのアリかよ?」
そこに居たのは、純白の鎧に身を包んだ巨大な何か。
頭の先から足の先まで、全てが鎧に包まれているため詳しい種族は不明だが、頭から生えている巨大な角を見れば、鬼の類であることは一目瞭然であった。
――勝てない。
それが三人の見解であった。
このゲーム内において、そのモンスター――『セイクリッドオーガ』はあまりにもゲームバランスを崩していた。
一階層、ギンが倒したシルバーナイトウルフでさえ脅威度はせいぜいが【B+】だった。
対して、セイクリッドオーガの脅威度は――【A】ランク。
紛うことなき、数階層下で出てくるはずの化物である。
見つかれば――死ぬ。
この三人に加え、グライの従魔の合わせて四人で戦ったとしても、勝てるか勝てないか……ギリギリといった所だろう。
だからこそ、彼らはその場から離れようとして――
――視線の端に、銀色の軌跡が舞った。
「……は?」
思わずグライの口から間抜けた声が漏れる。
それは、明らかに今の彼らが出せる速度ではなかった。
銀色の光――否、銀色の光を帯びた剣を構えたその男は、決して遅いとは言い難い、それどころか彼らからしても脅威に値するほどの速度を誇るセイクリッドオーガの攻撃をすべて最小限の動きで躱し尽くし、逆に奴の鎧へと攻撃を加えている。
――アイツだ。
グライは目を見開き――笑みを浮かべた。
「おいおいおい……、なんだあの化物は。これじゃ、どっちが怪物か分かったもんじゃねぇぞ」
一目見た瞬間に直感した。
アレは――格が違う。
今の自分たちでは勝ち目すら見えない。
ステータスだけならばさして変わらないだろう。
けれど、それを補って余りある、努力と経験によって裏打ちされた、絶対なる『自らの強さに対する自信』と、そして狂気すら感じさせるほどの戦闘技術。
「……おいアオ、アイツ知ってるか?」
「……たしか、ゴールドが絡んでたプレイヤー」
グライは小さくゴールドへと視線を向けると、そこには唖然と目を見開いているゴールドが立っている。
(こりゃ、ゴールドが認めるプレイヤー一覧、更新だな)
逆にあの男を認めずに誰を認めるというのか。
グライは初めて明確に、戦うまでもなく【敗北】を味わったことに、悔しさよりも清々しさを覚えていた。
(ハイドの野郎は、アイツのこと知ってんのか?)
正直憶測の域は出ないが、最近になって彼のクランがさらに勢いづいているという情報が入ってきている。
それはつまり――コレを見て、感化されたってことだろう。
「あー、クソッ……、これじゃ、しばらくは三強の時代は終わりそうだな、おい」
「……そう、みたいだね」
言いながらも二人の視線はその男へと向かっていた。
どこにでもいそうな平凡な容姿。
けれど、明らかに纏っているオーラが違う。
――百戦錬磨。
そんな言葉が良く似合う――その男へと。
☆☆☆
「強くない!?」
あまりの強さに思わず叫ぶ。
何この鬼騎士、めちゃくちゃ強いんだけど!
一時的に距離をとってメニューバーを開くと、そこに新しく増えていたポイントの『欄』には、もう数えるのも嫌になるくらい、大きな数字が刻まれていた。
もちろん数値は『マイナス』だったが。
「いやー、これは予選落ち確定したなー」
元々、ポイントっていうのはプレイヤーからしか手に入らないものなのだ。なのにこれだけのマイナスポイント……。今からプレイヤー皆殺しにしてもプラスにすらならないだろう。
「裏道、ってのも難しいだろうし」
あらかじめコイツと戦う前に注意は受けてるんだ。その忠告を破って戦闘を行い、あまつさえ勝利し、ものすごくポイントマイナスになったけど本戦お願いしまーす、なんて言い放った日には全プレイヤーから苦情の嵐だ。
きっと僕に激甘なゼウスでさえ、今回ばかりは手を打ってないだろう。断言できる。
「ま、本戦出場は次回以降ってことで」
ニヤリと笑い、重心を低く剣を構える。
だからこそ――予選落ちが確定したからこそ。
「行くぞシロ、全力でコイツを打ちのめす!」
後の事など考えない。
今ここで、全ての力をぶつけるんだ。




