《33》敵
やっと本編がいい所まで進んだので、本日からこちらも再開です。
流石に毎日二話投稿はきついので、こちらとあちら、交互に投稿していく予定です。
「や、やべぇよ……! あいつら……、っていうかあのプレイヤーがやべぇ……!」
男は、暗闇の中を駆けていた。
たまたま、彼は中央広場の近くへと陣取り。相棒の従魔とともにあの男――ギンというプレイヤーを狙っていた。
しかし、気がついた時には出遅れ――全てが終わっていた。
――ギンの、勝利という形で、
「あんなの……ッ、勝てっこねぇ!」
なんなんだ、あのプレイヤーは。
いや、本当にプレイヤーなのか?
あれは、プレイヤーが出来る動きなのか?
疑問は尽きない、あんな無双劇を目の前で見せられて尽きるはずがない。
だからこそ、無数の疑問に塗れて気がつけなかったのだ。
――隣を走っていた狼の従魔が、まるで何かに怯えたように、震える上がっていることに。
『VULUUUUUUUU……!』
気がついたのは、その呻き声にも似た声を聞いてからだった。
「な、なんだ! ……だ、誰かいるのか!?」
場所は廃墟の奥深く。
暗闇に覆われた裏路地。
その暗闇の奥には――真紅の双眸が光っていた。
「ひいぃっ!?」
思わず恐怖に後ずさる。
ズゥン……、ズゥン……。
足音が響き渡り、地が揺れる。
そして、その暗闇の中から現れた巨体を見て――
☆☆☆
「――ッッ!?」
響いた叫び声に思わず目を見開く。
響いた、というよりはなんとか耳に届いた感じか。
「……シロ、今の聞こえたか?」
「……」
確認のためにシロへと尋ねると、彼女もその微かな悲鳴を聞き取ったのか大きく頷いている。
間違いない。
「――本性見せたか、大会予選」
この予選の本質とは、どう生き延びるか。
誰をどう倒すのではなく。
どれだけの数が、生き延びていられるか。
全く嫌な予選もあったもので、相手がどれだけの怪物かは知らないが、ステータス的に今の僕らじゃ勝ち目は薄いだろう。
「さて、どうするか」
一つは逃げに徹すること。
気配を読み続け、絶対に遭遇を避けて行動し続けること。
それが一番安全な方法と考えて問題ないだろう。
だけれど。
「……」
じぃっと、視線を感じる。
僕の方を見つめてくるシロの方へと視線を向けると、そこには瞳の奥に炎を揺らしているシロの姿が。
「……まさか、戦いたいとか言わないよな?」
しかし、僕の言葉に対して大きく頷くシロ。
――無謀。
僕一人ならば何とかなる……可能性が高い。僕は素早さ全振りしているから、戦闘になったとしても気配遮断と合わせて逃げ切れる可能性がある。
――だが、彼女は違う。
「……死ぬぞ?」
ここはあくまでもゲームの中。
実際に死ぬ事は無い――が、実際に死ぬ恐怖を味わうことには変わりない。
生き返るからいい、なんてことは、決してない。
けれど彼女は、じっとこちらを見つめ続ける。
やっぱりその瞳の奥には消える気配のない炎が燃えており――それを見て、大きくため息を吐いた。
「はぁ……、シロはアレだな。僕が一番『めんどくせぇ』って思うタイプだな」
ピクリと、かすかの彼女の体が跳ね上がる。
だけど別に嫌いになったわけじゃない。安心させるように頭に手を置くと、短剣を腰の鞘へと戻して笑ってみせる。
「ま、僕はシロの保護者みたいなもんだからな。シロが戦いたいって言うなら、それでいいさ」
別に、この大会で優勝したいとか、そういう訳じゃない。
ただ、シロがこの大会に出たいと伝えてきた時に、この大会で戦っていく上でもっと仲良くなれたらいいなって、そう思って参加しただけに過ぎない。
だからぶっちゃけると、予選で敗退したって何の不満もないのだ。
……まぁ、シロは絶対拗ねるだろうけど。
「――というわけで、作戦変更だな」
今までの予選をどう勝ち抜くか、じゃなく。
その勝てないように設定されてる相手を。
――どうやって、倒すのか。
視線の先では、狭い裏路地、その奥の闇の中で大きな影が蠢いていた。
☆☆☆
現れたのは――巨大な鬼だった。
鬼……いや、大鬼と、そう呼ぶべきか。
しかしそのオーガはただのオーガではなく。
「なんだ、あの装備……」
奴が着込んでいた鎧に思わず目を見開く。
純白色のフルプレートアーマーで、聖騎士でも着ていそうなオーガには似ても似つかない鎧。
それを奴は着込んでおり、更には二メートルを優に超えるだろうという盾や、刀身だけで盾の大きさすら超える巨大な大剣も持っている。
「勝てる、かなぁ……」
思わず頬を引き攣らせてしまう。
普通のオーガだったならばまだいくらでも、って訳じゃないけど何とかなったと思う。
ただ、あれだけの鎧に加えて到底突き崩せそうにない堅牢な大盾に、更には一撃でも受けたら……どころか、掠ってもHPが吹っ飛んでいきそうなレベルの大剣。
――ふと、昔戦った、とある悪魔を思い出す。
あの悪魔――たしか名前を『ムルムル』と言ったが、アイツはこのオーガよりもさらに大きく、さらに強大だった。
けれど、
─────
セイクリッドオーガ
脅威度A
─────
今の実力で、果たしてこいつをどうにか出来るものか。
考えると同時、頭の中にインフォメーションが鳴り響く。
《ポーン! 予選特別試練を開始いたします! セイクリッドオーガから逃亡せよ! 亡霊の街に突如として現れた侵入者たちへ街を巡回中のセイクリッドオーガが襲いかかる! 襲い来るセイクリッドオーガから時間一杯逃げ切れ! 注意、セイクリッドオーガへ攻撃をすると持ち点が減ってしまいます。ご注意ください。また、セイクリッドオーガとの戦闘では経験値は一切入りません》
思わずため息が漏れる。
つまり、このオーガは百害あって一利なし、攻撃すればするほどにポイントが減るただの障害物、ってことだ。
つまりは――
「コイツを倒すか予選を通過するか、二つに一つってわけだな」
言いながらも――剣へと手を添える。
隣へと小さく視線を向けると、そこにはもう既に戦闘態勢のシロがスタンバっている。
その瞳はギラギラと輝いており……、もう、止めても無駄な段階に突入してる。
それなら、いっそのこと――
「悪いな運営。僕らは、予選で敗退することにしたよ」
――その代わり、そっちが用意した『倒せないはず』の敵は、倒させてもらうがな。
内心で呟いて、剣を抜き放つ。
「――『マジックエンチャント』」
白銀色の光が迸り、隣にいたシロから興奮が伝わってくる。
「……何気に、一緒に戦うのは初めてだったな」
猪狩りの時はシロが一人で突っ走って行っちゃったし。
さっきは僕が一人で暴れちゃったし。
だから、何気に一緒に戦うのは初めてなのだ。
興奮の意味合いとしては――どうなんだろうな。一応僕が戦っている姿を見て、格上として認めてくれたんだろうか。
だったとしたら、嬉しいな。
「一応、認めてくれた。ってことだし」
ニヤリと口の端を吊り上げて笑ってみせる。
視線の先には、脇に抱えていた白銀のヘルムを被り、赤い双眸をギラギラと輝かせているセイクリッドオーガの姿が。
経験値なし。
ポイントマイナス。
予選敗退確定。
だが――
「本戦でそこらのヤツと戦うよりも、お前と戦った方が面白そうだ」
――やっぱり本音は、そんなところだ。
☆☆☆
『VUOOOOOOOOOOOOO!!』
咆哮が轟き、それと同時に駆け出した。
「シロ! 僕が前衛でお前が中衛! 後衛なしの超特攻で行くぞ!」
今の僕は魔法は使えない。
シロなら魔法は使えるが、それもあれだけしっかりと防御を固められれば難しい。
ならば、近付いて斬って突いて、削りきる。
鎧なんて、近付いて削りきってしまえばいい。
「ハアアアアアッッ!!」
あえて大きく声を上げ、真っ直ぐセイクリッドオーガへと駆けてゆく。
すると奴は右手に持った大剣を軽々と振り上げ、思いっきり振り下ろす――ッ!
ズドガアアアアアアアッッ!!
たったそれだけ、たった一撃。
それだけで大地が砕け、中央広場の石のタイルは完全に粉砕されてしまう。
その馬鹿げた威力には思わず冷や汗を流してしまったが――けれど、それも当たらなければ意味が無い。
「悪いな鬼騎士、生憎とジャイアントキリングには慣れてるものでね」
今まで、多くの格上と戦ってきた。
何度も死を覚悟した。
そして何度も――乗り越えてきた。
だから、悪いが今度も、乗り越えさせてもらおうか。
アゾット剣の柄を握り締める。
刀身から魔力が溢れ――虚空へと、銀色の軌跡を描き出す。
「斬り裂けッ!『暗殺』ッ!」
刀身は、一直線に奴の体へと吸い込まれていった。
次回は明後日です。




