《32》SS―シルバーソウル―
試合開始のブザーが鳴り響く。
周囲に人影はなく、皆が皆、最も効率的に『狩り』のできる場所を探して広場から去っていってかなり経つ。もうほとんどの奴らが自分の場所を見つけたことだろう。
そしてそんな中、僕とシロは――
「はい王手ー」
「……」
――普通に広場で遊んでいた。
無言で将棋盤をひっくり返すシロ。彼女の頬はこれでもかと言わんばかりに膨れ上がっており、不機嫌さを身体中から醸し出していた――が、僕を相手にしたのが間違いだったな。
「もう諦めろよ、な?」
言いながらも噴水の中へと落ちた将棋の駒を集めていると、シロはブンブンと首を横に振って返事を返す。
さっきからずっとこの調子なのである。
僕が手を抜くなんて万が一にもありえないことだが、少しでも『もういいかな、テキトーで』と言った手を打てばさらにふきげんになるのだ。
故に最善手のみを打ち続けて、結果勝ち続けて……こうなった。
まったく理不尽なことがあったもので、
「理不尽と言えば、こっちもそれ相応に理不尽なんだが」
言って、飛来した矢を叩き斬った。
「!?」
遠くから、息を呑むような声が聞こえてくる。
……まぁ、狙いは悪くは無いが、それでもせいぜいが二流、三流としか言えない一射だった。
二流ならば相手が意図的に隙を見せていることくらいは分かるだろうし。
「一流相手なら、矢を外した時点で即死は確定だ」
慣れた手つきで背中の弓を構え、矢を番える。
相手の姿は見えない。
けれど矢が飛んできた方向と、地形だけはこうして理解出来ている。つまりは矢を当てる条件は揃ってるってわけだ。
「フッ――」
弦が音を鳴らし、僕の放った矢が一直線に飛来してゆく。
壊れた廃屋の窓を通り過ぎ、壊れ果ててところどころが崩れ去った外壁も通り抜けてゆく。
「あがッ!?」
小さく悲鳴が聞こえてきた。
どうやら当たったらしく、廃屋の向こう側からプレイヤーやモンスターが消滅した際のポリゴンが薄らと確認できた。
ふと、ぱちぱちと拍手が聞こえてそちらへと視線を向けると、僕の代わりに将棋の駒を回収してくれていたらしいシロが驚いたように目を見張っていた。
「……いや、そんなキラキラした目で見られても」
別に僕だってこっちに関しては天才ってわけじゃない。
あらゆる武器の使い方を一通り練習し、どれも『最低限二流』クラスまでは鍛え上げたってだけの話だ。
その中でも、大鎌と弓、そして短剣の扱いに関してだけは本気で頑張ったってだけだ。
ちなみに大鎌と弓は神々でも上位に入るくらいには上手い自信あるし、短剣に関しては多分僕よりも上手いやつは居ないと思う。そんなレベルだ。
「……ま、命かけて生きてたら自然とそうなるって」
言ってシロの頭をくしゃくしゃと撫でる。
鬱陶しそうに目を細める彼女だったが、その口元には薄く笑みが浮かんでいたことを僕は見逃さなかった。
……まぁ、言ったら言ったで面倒くさいし、見て見ぬふりをするわけだけれど。
「って訳で」
今一人を殺ったわけだが、となるともう一人が何らかのアクションを取らねばおかしいだろう。
大方影からこそこそと狙ってくるか、それが無理だと察して――大人数で、襲ってくるか。
「……これは、運が良かったかもな」
周囲へと視線を巡らせる。
ざっと見ただけでも十人はいるだろう。ペアにして五ペアだ。
それに加えて……なんだこれは、ものすごくお粗末な気配遮断……と言うか、ただ姿を隠してるだけにしか思えないが、他にも数名の気配が感じられる。
「へっへっへ……、アンタには悪いが、ここで退場してもらうぜ? 二つ名がまだ無いとはいえ、あんたの実力は二つ名持ちたちがしっかりと保証していた――つまりは、この予選において、三番目にやばい存在だってことだ」
ピクリと、その言葉に少し反応してしまった。
――三番目、とな。
そうなると、一番ヤバイのはあの白髪の少年か。次いで青髪少女と先日の成金野郎、となるのかな?
僕らの周囲を囲み始めているプレイヤー達は僕が何も言わないことを、きっと『怯えている』とでも取ったのだろう。
一応は上位のプレイヤーと認めている相手を、こうして現時点において完封できているその事実。彼ら彼女らの顔にはしっかりと笑みが浮かんでおり――
「……三番目。舐められたものだな」
――直後、その笑みは一瞬にして消え失せた。
理由は単純明快――僕の殺気にあてられたから。
たしかに今の僕はステータス的にはゴミ同然だ。使えていた魔法は何一つとして使えないし、回復力もまだまだ弱い。
だが――経験だけは、くぐり抜けてきた死地の数だけは、生きる場所が変わっても何も変わらない。
「シロ、そう言えばまだ、本気を見せてなかったな」
まだ僕は、こっちに来てから本気を出していなかった。
否、出せていなかった。
新天地で、向こうの称号も忘れてすべてゼロからやり直そうと、そう思っていたが故に、しっくりこなくて本気というものを出せていなかったのだ。
だが、もしかしたらそれこそがこうして舐められる原因になったのかもしれないと思うと……どうだ。
「何にこだわってたんだか、って感じに思えてくるよな」
ジャキッ――
小さく、腰に差した短剣へと左手を添えた。
白銀色の刀身が次第に顕になってゆき、ゴクリと息を呑む彼ら彼女らへと、スッと切っ先を向けた。
「舐められるのは好きじゃない。一回一回絡まれてたら面倒だし、格下に侮られっぱなしってのもあまりいい気分じゃないだろう?」
小さくシロへと視線を飛ばす。
――手を出すな。
その意思は伝わったのだろうか、彼女は目を見開き、驚きを顕にしながらも小さく頷いた。
「って訳で、お前ら全員、ここで終わりだ」
言ってアゾット剣を逆手に構える。
マジックエンチャントにより刀身が銀色の輝きを放ち、それを見て思わず一歩後ずさった奴らへと――
「これより、執行を開始する」
久しい宣言をして、駆け出した。
☆☆☆
その急遽作り上げられた連合。
『初心者装備』と少し前まで呼ばれていた弱者の皮をかぶった化物を早々に倒しておくために、そのためだけに組まれたその連合のリーダーをやっていた男は。
「なっ、ば、馬鹿な……ッ!?」
目の前の光景に、愕然と身を震わせていた。
銀色の線が空中に描き出される度、仲間達から真っ赤なポリゴンが吹き出される。
魔法かとも思ったが、よく見ればわかってしまう。彼は魔法なんて一切使っていないのだということに。
自分たちをはるかに上回る速度で戦場を縦横無尽に駆け回り、剣を振れば必ず体のいずれかの急所へと直撃し、たった一撃でHPバーが半分以上削られる。
それが、休む間もなく続けられているのだ。
この戦力差、ヒーラーなど少数で十分だろうと考えてあまり準備はしてこなかったが、今になってヒーラーやポーションをもっと集めておくんだったと後悔している。
――と、そこまで考えて、ふとこんな考えが頭を過ぎった。
『回復ができたとして……自分たちはこの男に、果たして勝てるのだろうか?』
不吉な考えを頭を振って追い出した。
そんな、わけが無い。
相手が現実世界でどんな職業についていようと、相手がどれだけゲームの達人だろうと、たった一人で十以上のプレイヤーを倒すなど有り得るはずがない。
だが――
「ぎ、ぎゃああああっ!?」
「た、たすっ! たすけ――」
「いやああああああああっっ!?」
阿鼻叫喚。
ため間なく赤色のポリゴンが撒き散らされ、徐々に一人、また一人と姿が消えてゆく。
「ば、化物……」
誰かが呟いた。
そうだ、化物だ。
明らかに人間じゃない。
見たこともない銀色の光を迸らせて、縦横無尽に戦場を駆け回り、死を量産するその姿は――悪魔か、魔王か、はたまた邪神か。
あるいは、運営側の遣いなのか。
「SSO……、Silver Soul Online」
ふと、その名が頭に浮かぶ。
銀色の魂の名を冠するオンラインゲーム。
今までどうしてその名なのか、ずっと気になっていたけれど、今この男を前にして、やっとどうしてそんな名前をしているのかわかった気がした。
「――まさか」
このゲームには、一つの小さな伝説があった。
曰く――『銀』あるいは『シルバー』など、その色が混ざった名前だけは設定できないのだと。
そんな中、唯一【銀】の名を冠し、見たこともない白銀色の短剣、そして銀色に輝く固有スキルを使用するその姿。
――正しく、その名に相応しい。
気がつけば周囲からは悲鳴やうめき声は消えており、男は目を見開き、その血に沈むプレイヤーたちの中心に佇む一人の青年へと視線を向けた。
――パァンッッ!
周囲のプレイヤーたちが一斉にポリゴンとなって砕けてゆき、その綺麗な『死』を眺めながら、その青年は真紅の双眸を男へと向けた。
「SS――シルバーソウル」
圧倒的な力を持ち、プレイヤーの中で唯一その名を冠するそのプレイヤー。
まるで、この青年のためだけにこのゲームが作られたのではないかと、そう錯覚するほどにその青年強く、気高く――そして、思わず憧れずにはいられない程の『何か』を感じさせた。
その青年は男が呟いたその名に少しだけ眉を寄せると。
「……二つ名? もうちょっとかっこいいヤツでお願いします」
直後、投擲した短剣によって、男のHPは削り取られた。
☆☆☆
ギンは全く知らないことではあるが。
実はこの予選、全世界へと向けて生放送をされており、ギンの正真正銘、本気の一戦に、全世界は『最速ボス討伐者』が誰なのかを確信してしまった。
そして、最後に男プレイヤーが発したその言葉。
それは前記の伝説を知る者達によって大いに取り上げられ、いつの間にかそれこそが彼を指し示す『二つ名』へと変わってゆく。
そうしてかつての世界で『執行者』と呼ばれた男は。
この世界において『SS』――シルバーソウルと、少しだけ変わった名で呼ばれることになるのだった。
ギンの二つ名、こんな感じになりました。
本編既読者の方は『執行者』の方がしっくりくるかと思いますが、あくまでも別の世界ですので二つ名も別で行きます。