《31》予選開始
お久しぶりです。
「いらっしゃいませ、何の用ですか?」
あちゃー、と。頭を抱えたくなった。
そう、あの受付嬢である。
いきなり僕に『登録できましぇーん』とか言ってきやがったあの受付嬢である。
まったく、列が長くて見えなかったとはいえ運がない。もう本当ッッッに運がない。
「えーっと、イベント? の予選の受付に来たんですが」
「あぁ、了解しました」
素っ気なくそういった彼女は、その机の下をゴソゴソとやると、一枚の紙を取り出した。
「この用紙の空欄部分に必要なことをお書き下さい。多分数秒で終わりますので。あと、個人戦、タッグ戦、パーティ戦につきましてはいずれか一つしか参加できませんので、後者の二つに参加する場合は一緒に参加する方も連れてきてください。不正する方もおりますので」
「了解です――っと」
周囲へと視線を向けると、すぐにお目当ての人は視界に入った――というか、こっち見てた。
視線の先のシロちゃんは、何故か不機嫌そうにじーっとこっちを見つめており……、あぁ、そういう事かと手を打った。
「なるほど、嫉妬か」
瞬間、蹴りが飛んできた。
咄嗟に躱すと、すぐ隣へと降り立ったシロが更に機嫌悪そうに頬を膨らませる。僕に一撃を入れようなんて三年早いわ、ふははははっ。
と、そんなことを思いながらもその用紙に名前を書く。
何だか列に並んでいた奴らがめちゃくちゃ驚いてるが、仮にもこの子はヴァルキリーだ、あれくらいやって当然だろう。
「はい。ここにシロも名前書いてくれ。……っこいしょ」
彼女の両脇に手をやって彼女をその受付の台の所まで持ち上げると、シロはむくれながらも見たこともない字をその用紙に書いてゆく。多分これがこの世界の言葉なのだろう。
……まぁ、そうしたらなんで日本語が通じるんだ? ということになるがそこはご都合主義って言うやつだ。僕はここを現実と考えているが、その他大勢はここはゲームの中なのだと考えているわけだし、そこは製作者も手抜きしたのだろう。
と、そう考えていると――
「か、可愛い……」
……はい?
思わず顔を上げた。
するとそこにはポーッと頬を赤くしている受付嬢の姿があり、彼女はすぐに「はっ」と現実に戻ってきたようだが――何故だろう、僕の顔を見てめっちゃ顔を赤くしている。
「あっるぅぇー? なんか今聞こえたようなきがしたんですがぁー、気のせいでしたかねぇー?」
ものすごく巻舌でそう言ってやると、受付嬢はものっすごく悔しそうに下唇を噛み締めた。
まぁ、流石に可哀想だな、とは思う。僕の口撃力は正直女性にはキツすぎると何度も言われたからな。もちろん最高威力のフルバーストしたら男でも泣いてた。本編の農国編見てくれたらわかると思うけど。
故に。
「まぁ、別に撫でさせるくらいはいいんですけどね?」
「へっ!? い、いいんですかッ!」
無表情なりに嬉しそうにそう叫ぶ彼女。
やっぱりそうかもしれないとは思っていたけど、この人は良く居る愛想笑いで固められた受付嬢じゃなく、愛想なんて皆無な完全なる無表情な受付嬢だったらしい。
そんな彼女がここまで表情を浮かべているのだ、それほどシロがお気に入りということであろう。
僕は「どうぞ」と笑ってやると、彼女は心底嬉しそうにシロの頭へと手を伸ばし――
「この前の件、謝ってもらえたら」
その数分後。
受付嬢は心底悔しそうな顔をしながらシロの頭を撫でていたという。
☆☆☆
十一時三十分。
噴水広場まできた僕らは、そのあまりのプレイヤーの多さに、思わず圧倒されていた。
「うわ……こんなに出るのか」
こくこくと、肩車しているシロが頷いているような気配があった。彼女もこれだけの人が一堂に会しているのを見るのは初めてのことだろう。僕の両耳を摘むその手に力が入っていた。少し痛い。
と、そう考えていると、見知った顔が近寄ってきた。
「やぁ、数日ぶりだな、ギン君」
「あ、ハイド」
そこに居たのは、真っ赤な鎧に身を包むハイドだった。
相変わらずのバリトンボイスで、爽やかというよりはダンディに片手をあげてこちらへどうぞ歩み寄ってきた。
ピクリと、シロが反応を示した。
この前、街中で会った時は完全なる偶然だったが、今ここにいるハイドは間違いなく僕らの敵になりうる存在だ。だからこそ彼もこうして威圧感を向けてきているし――それにシロは反応した。
「なぁシロ、ここは『鈍感な振りをして臨戦態勢をとる』が正解だ。そんなにあからさまにやられると向こうも警戒する。ここは向こうが警戒していないうちに油断させまくり――隙を見て首を刈る」
「……末恐ろしい程に正論だな。君は軍人か」
「戦闘に慣れてることは確かだけどな」
たぶん、こう言ってやれば色々と考えて、その結果まったくあっていない変な方向へと向かってゆくことだろう。そしていつか、そのよくわからない結論に至って聞かれなくなる。それがベストだ。
こくこくと頷くシロから視線を切ると、ハイドの後ろの方を見ながら口を開く。
「で、ハイドも出るみたいだけど……一人か?」
「あぁ、俺のところのクランは今回は全員個人戦出場だ。たしかにパーティの団結力が要求されるこの世界だが、けれどもまだ序盤。今は個人の地力を付けてもらう方が優先だ」
「なるほど……。じゃあ僕とは当たらないわけだな」
その言葉には目に見えて肩を落とすハイド。
「そう、だな……。一応ギルドにて『従魔の参加権利』について調べておいた時点で予想はしていたが……、残念だ、君と戦えないのは」
「別に強い人ならほかにもいるでしょ……」
先日の成金野郎とか、そこのクランのリーダーとか、それにハイド自身だってかなり強い。それこそ、シロじゃ勝てないだろうと思う程度には。
「と言っても、君からしたら格下だろう?」
「……人による」
成金相手なら別にシロでも充分勝てるだろう。あれは装備に振り回されているだけだ。落ち着いていればどうとでもなる。
問題は、この人たちクランリーダー、そしてβテスターの中でもトップに立っていた者達だ。
技術面でならば圧倒的にこちらの方が有利だが、如何せん種族の差やステータスの差という問題がある。油断なんて多分できないだろう。
「まぁ、仮に当たったとしても全力で殺るだけだ」
「……君は本当に、末恐ろしい」
ハイドの頬を冷や汗が伝い、そして、その声がきっかけになったように花火が打ち上がった。
ドォォォンッ!
炸裂音が響き、頭上のシロがビクンッと反応を示す。
『デレレデッテデー!』
そんな電子音が鳴り響き――次の瞬間。
僕らの視界が、一瞬にして移り変わった。
「なっ――」
時空間魔法……じゃないな。そういう仕様なのか。
周囲へと視線を巡らせれば、そこらには二人一組のペアがごろごろと存在しており、軽く見ても百ペア――二百人はいるだろう。
案外人気がなさそうだなと、そう思っていたタッグ戦でさえこの人数……、個人戦とパーティ戦は果たしてどれだけの人数が参加しているのか。そう考えると心の底から『参加しなくてよかったぁ』と思えた。
更に遠くへと視線を向ければ、先程までと似ているようで異なる景色が瞳に映る。
一言で表すならば――古びた街。
人の気配はなく、ただボロボロになった町並みがそこには存在していた。
『デレレデッテデー!』
再度、似たような機械音とともに上空へと文字が浮かび上がった。
そこにはデカデカと『予選ルール発表!』と書かれており、その下にそのルールとやらが映し出されていた。
────────────────────
《予選ルール発表!》
タッグ戦出場者、全206名に告ぐ!
そこにいる仲間以外の『敵』を打ち倒せ!
倒せば経験値の代わりにポイントが入り、殺されればその時点でポイント上昇は打ち止めとなる!
また、今回に限りプレイヤーキルを許可するものとする!
エリアはこの街全域!
制限時間三十分! その時間内に入手したポイントが高い順に八ペアを本戦出場とする! 三十分以内にその他大勢が脱落した場合は残った八ペアが本戦出場とする!
三分後に予選開始だ!
さぁ、思う存分に狩りつくせ!
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なるたる中二病全開なルール説明だろうか。
だがまぁ――
「性格の悪いルール説明だ」
僕は肩車していたがシロを降ろすと、イベントリから彼女の装備である狼の銀槍を取り出した。
「シロ、とりあえず三分後までこの広場で待機。試合開始と共に目に付いたヤツらを片っ端からぶっ倒せ。それと――」
そう言って、再度その文字へと視線を向けた。
――そこにいる仲間以外の『敵』を打ち倒せ!
普通に考えれば、敵とは自らの障害となりうる他のプレイヤーたちの事だろうし、プレイヤーキルが許されるということからもそれについて疑っている者はかなり少ないように思えた。
――が、数人は気がついたようである。
一人は、件の成金とペアを組んでいるらしい青髪の少女。顎に手を当てて考え込んでいるから、比較的すぐに答えに至るだろう。
そしてもう一人は――大蛇の従魔とペアを組んだ、白髪の少年。コイツは僕とほぼ同じタイミングで『気がついた』ようで、ずっとその頬に笑みを浮かべている。
多分、注意するとしたらこの二人。
それ以外は……まぁ、油断さえしなけりゃなんてことは無い。
僕はシロの頭へとポンと手をやると、彼女へとたった一言、こう言った。
「シロ。多分これはどれだけの生き延びれるか、の戦いだ。プレイヤー以外の『敵』が出てきたら、その時は迷うことなく逃げ出してくれ」
本当に、この予選を作った人は性格が悪い。




