《30》向き合い方
お久しぶりです。
べ、別にエタッテマセンヨ。
その日は珍しく特にやる気も出なかったため、街を散策してそのまま夜を迎えた。
そしてその翌日。僕は朝早くから目を覚ましていた。
「さて、今日がそのイベントとかいう日のはずだが……」
そう言って僕は、腰に指したそのアゾット剣の柄をなでた。
チラリとテントの中へと視線を向けれはま、そこにはすぅすぅと息を立てて眠りについているシロの姿があり、僕はその可愛らしい寝顔にほんの少し口元を緩めた。
「全く、どういう性格をしてるのか」
僕はそう小さく呟いた。
たしかに僕はある程度他人の心の中が読み取れるが、それでも人のすること、限界はある。
喋ってくれたらまた別なのかもしれないが、終始無言で、その上恥ずかしがっている時と怒っている時以外は無表情と来た。
「少しは喋ってくれたらいいんだが」
そう言って僕はボリボリと頭をかいた。
その時、少しだけシロが身じろぎしたように思えたが……それは、気のせいだったということにしておこう。
僕は防壁の上から見え始めたその朝日を長めながらもググッと背を伸ばすと、笑みを浮かべてそのテントの中へと歩き始めた。
「さて、おいシロちゃーん、三秒以内に起きないとイタズラするぞー」
その後、わざとらしく反応しないシロをこちょばし地獄へと突き落とし、思いっきり蹴られたのは言うまでもない事だろう。
☆☆☆
少し楽しそうに拗ねているふりをしているシロを片手で撫でながら、僕は串肉に齧り付いた。
「はぁ、美味いなぁ……」
コクリと、シロが小さく首を縦に振った。
その明確な『反応』に僕は少し目を丸くすると、ふと、朝の独り言を思い出した。
――少しは喋ってくれたらいいんだが。
その言葉を思い出して、僕は困ったように眉を寄せた。
(そういえば、寝たフリして聞いてたもんな……)
僕の感情を敏感に察したのだろう、シロが不安そうにこちらを見上げてきたため、僕は笑って「何でもないよ」と返す。
本当に、本当になんでもないのだ。
僕が今悩んでいるのは、彼女との付き合い方。話ベタなのではなく『話さない』彼女との付き合い方だ。
今までにも『話ベタ』や『無口』といった人たちには出会ってきたし、少なからず話をしてきた。
それこそこの世界を作ったゼウスとか超口下手だったしな。雰囲気がシロにも酷似しているほどにな。
閑話休題。
と、似たような人はいても完全に話さないという相手とは生まれて初めて出会ったのだ。
そりゃ距離感なんかを測りかねているのはあるだろうけれど。
「ま、時間が解決してくれるだろ」
そこまで、この旅は急いでいない。
現実世界がどうなっているにせよ、僕の力が必要になればゼウスも強制的に呼び戻すだろう。
だからこそ、今はゆっくり、焦らずに向き合っていこう。
「休暇だ休暇、あんだけ働いてきたんだからたまにはゆったりしても怒られはしないでしょ。な、シロちゃん」
コクリと、再びシロは頷いた。
正直全く理解していないだろうとは思うけれど、それでも僕と会話をしたいという気持ちだけはあるみたいだな。
僕はニヤッと笑って彼女の頭を撫で回していると。
『ピコンッ』
頭の中にそんな音が響き渡り、司会の右上にメールのアイコンが明滅し始めた。
「おっ、メールだ……。イベント関連かな」
そう言って僕はそのメールを開くと、シロも気になったのか僕に体を寄せてその、ウィンドウを覗き込んでくる。
……やだ、なんか可愛すぎてキュンキュンするんですけど。と、今すぐ撫で回したい衝動にかられたが、けれども僕は自制心に関していえば世界最強だ。何せ数年間にわたって彼女と一緒に暮らしてたくせに一度も手を出さなかった男だからな僕は。
まぁ、言い方を変えればチキンなだけなのだが。
と、そんなことを思いながらも、僕らそのメールの文章へと視線を落とした。
「えーっと、どれどれ……」
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《イベント情報!》
即日イベントです!
今日の正午、十二時から武闘会の予選を開催します。
武闘会は『個人戦』『タッグ戦』『パーティ戦』の三種目があり、それぞれの予選が行われます。
予約は十一時半までに済ませ、十二時には始まりの街の中央に位置する噴水広場にまでお越しください。
また、予約は各種ギルドにて行えますので、是非参加したいという方はご予約を。
また、三種目のうち複数に参加することはできませんのでご注意ください。
※予選のルール、及び詳細と、本戦については十二時より説明を開始します。本戦出場者に関しましては何かしらの報酬が出ますので、奮ってご参加ください。
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「うぉぅ……、これはまた唐突に……」
僕はこのイベントの内容を見て思わずそう呟いた。
武闘会。いや向こうでやったよ武闘会。
向こうでの武闘会は途中でラスボスが乱入してきてとんでもない事になった訳だが……、それもあって、正直あまり乗り気にはなれない。
それに、学園に通ってた時期も武闘会あったしな。二回のうち一回は風邪ひいて休んだけど……。
そんなことを考えて――
くいっくいっ。
ふと、裾を引っ張られるような感覚を覚えた。
見れば、少し頬を赤く染めたシロが僕の服の裾を引っ張っており、彼女は身を乗り出してその文字へと指をさした。
――タッグ戦。
その文字を見た僕は、ソワソワとしながら上目遣いでこちらを見上げてくるシロへと視線を向けた。
「あれっ、もしかしてシロちゃん乗り気?」
瞬間、ものすごい速度で頭を縦に振り始めたシロ。
なるほど、意思の強さは頷きの速さに比例するって感じかな。
そんなことを思いながらも、僕は少し笑みを浮かべた。
「タッグ戦……か」
タッグ戦。
文字から鑑みるに二人一組での参加になるだろう。
はたして従魔が参加できるのか、それは聞いてみないとわからないけれど、……まぁ、子供がこんなにやる気出してるんだ。保護者がそれを反対するわけにも行くまい。
「そんじゃ、ギルドに行って聞いてみるか」
僕はそう言って立ち上がる。
チラリと視線を向ければ、彼女は少しだけ頬を緩めて立ち上がり、ギュッと僕の右手を握ってきた。
☆☆☆
「出来るが、もしや二人で参加するのかの?」
隣接する酒場で酒を飲んでいたギルマスへと聞いたところ、そんな答えが返ってきた。
「従魔も言ってみれば『パーティメンバー』のようなものじゃ。実力とてお主らと大差ないし、そこだけ差別する、という訳にはいくまい」
「確かに……、まだ僕らより強い従魔っていうのも少ないかもしれないな」
その言葉に目に見えてシロが頬を膨らませ、ピューとどこかへと駆けて行ってしまった。いや、だって僕の方が強いんだからしょうがないじゃん。
悔しかったら僕より強くなってみろと、そう言ってやりたい。
「良ければワシから登録しておこうか? 今更あの列に並ぶのも辛かろうに」
そう言ってギルマスはその列へと視線を向けた。
そこには受付の前に並んでいる長蛇の列があり、それらの列に並んでいる人々は皆防具に身を包んだプレイヤー達であった。
半数ほどは革鎧のままの初心者、と言った様子だが、中には鉄製や本格的な装備に身を包む人もいたが……やはりというかなんというか、真っ黒のローブにアゾット剣を腰に差すどこかの誰かほど奇特な格好の奴はいなかった。
「目立つ、だろうしなぁ……」
「じゃろうなぁ……」
僕はギルマスの声を聞いてため息を吐くと、そのまま立ち上がった。
「ま、目立つのはここでも同じことだし、列に並ばないで受付済ませたなんてこと知れ渡ったら面倒だしな。今回は大人しく列に並ばせてもらうよ」
「おお、そうかそうか」
そう、楽しげに笑みを浮かべてその盃を傾けるギルマス。
「たまにはお主もどうじゃ? 若く見えるが、お主とて酒の飲めぬ年齢ではあるまい?」
「いや、僕は酒飲まない派だから。幾つになってもコーラ派だから」
一度酒を飲んでみたことはあったが、もう一口飲んだ瞬間にわかったね。これは無理だと。
それ以降は自宅(異世界)でコーラを作って飲み続けてた。どっちも炭酸なのだから大差あるまい。
僕はギルマスに軽く手を振ってその列の方へと向かうと、あちこちをキョロキョロと周囲を行ったり来たりしていたシロが寄ってきた。
「あぁ、別にこの列並ぶだけだからまだ遊んでてもいいぞ? その受付の時だけは呼ぶかもしれないけど」
すると彼女はくるりと踵を返し、再びピューとどこかへと駆けていった。その様子だけ見たらその姿相応の小さな女の子にしか見えないのだが……。そんな子供が、猪を一撃で屠れるくらい強いことは僕がよく知っている。
僕はそのあちこちを行ったり来たりしている彼女を見ながら。
「子供が出来たら、案外こんな気持ちかもな」
そんなことを、呟いた。




