《29》面倒な奴
おおよそ一週間ぶり。
その翌日。
僕は、げしっと何者かから蹴られて目を覚ました。
「ったく……誰だよこんな朝早くから」
僕は寝ぼけ眼をこすりながらも上体を起こすと、目の前に一人の幼女が仁王立ちしてこちらのことを見下ろしていた。
その銀髪が寝起きの目を突き刺すかの様にまばゆく輝いており。
それを見た僕は、ふっと笑みを浮かべて――
「おやすみなさい」
二度寝することにした。
瞬間、僕の胴体に突き刺さるその蹴撃。
「っておい! なんで従魔がマスターを足でけってるんだよ!?」
その言葉に、まるで「しらないっ」とばかりに顔を背けるシロ。
まったく、可愛くなかったら頭ぐりぐりしていたところだ。
僕は彼女の頭を両こぶしでぐりぐりしながらそんなことを考えていると、彼女のおなかのあたりから『ぐうう』と音が聞こえてきた。
一瞬にして僕らの動きが停止し、しばらくしてシロの耳がじわじわと赤くなってゆく。
僕は何だか申し訳ない気分になってしまい。
「その……、シロ、ごめん」
シロが真っ赤な顔をしながら襲いかかってきたのは、それと同時のことだった。
☆☆☆
その後。
ぷんぷんと怒っているシロを宥めながらも、近くの店で朝食を取ることになった。
のだが――
「……なんだ? 今日は少し騒がしいな……」
僕はむしゃむしゃと朝食の串肉にありついているシロを傍目に、周囲を見渡してそう呟いた。
ここは普段僕が朝食をとっている中央広場。
普段はポツポツと、平日なのか休日なのかは分からないが、とりあえず朝っぱらからゲームをしている暇人がたむろっているだけである。
けれども――
「すいませーん! 誰か一緒に南の森行ってもらえませんか!?」
「前衛職募集中! 職業旅人でも大丈夫です!」
「どこかにヒーラーいませんか!?」
「後衛職一人ほしいです! 誰かお願いしまーす!」
そう言って騒ぎ立てる多くのプレイヤーたちに、チラチラと僕へと視線を送ってくる多くのプレイヤー。
「おい、アイツあの『初心者装備』じゃないか?」
「あぁ、まだ二つ名決まらねぇからってそう呼ばれてるやつか?」
「な、なんだあの隣の女の子はっ!?」
「マーカーが無い……もしかして従魔か?」
僕は次第にシロに注目が集まってきたのを感じると、チラリと隣のシロへと視線を向けた。
すると彼女は手についたその串肉のタレを舐めていたらしく、僕と視線が合うと少しだけ顔を赤くした。あら可愛い。
と。そんなことを思っていると、その人混みの中から見覚えのある赤髪がこちらへと歩いてきた。
「朝からログインしているとはな、ギン君。元気だったか?」
「……ん? あぁ、ハイドさん。超元気ですよ」
そこに居たのは、以前とは異なって金属製の鎧を纏ったハイドだった。背中には大盾を背負っており、見た目は正しく『騎士』だろうか。
僕は彼の言葉にそう返すと、彼は苦笑して口を開く。
「君の実年齢は分からないが、所詮ここはゲームの中の世界だ。故に私には敬語など必要ないぞ。名前も呼び捨てで構わない」
「あー……、うん、分かったよハイド」
確かにこの世界は彼らからすれば所詮はゲームの中の世界なのだろう。逆に僕のようにもう一つの世界、と。そう捉えてるものは少ないに違いない。っていうか居たらちょっと怖い。
まぁ、ならこの世界でまで無理して敬語を使う必要は無いのかもしれないな。
そんなことを内心で考えていると。
「そうだ、ギン君。君はイベントについてなにか準備はしていないのか?」
「……へ?」
ちょっと何言ってるのか分からないようなことを言ってきた。
それには僕もそんな間抜けた声を出してしまい、それを聞いたハイドは少し驚いたように声を上げた。
「ぬ? もしかして知らなかったか?」
「あぁ、完っ全な初耳だな」
っていうか何イベントって。この街にドラゴンでも襲撃してくるのだろうか?
すると彼は僕らの座っている噴水の縁、その隣へと座ってきて、呆れたように口を開く。
「これはこのゲームが発売されるよりも前に公表されていた事なのだがな。このゲームの公式稼働が始まってから五日目。つまりは明日に何かしらのイベントが開かれるのだ」
「五日目……ねぇ」
僕がこの世界へと来てもう既に三日目。
明日が五日目だとするならば……、やはりこのゲームは僕がやって来る一日前に始まったものらしい。
「んで、なにか情報とかは――」
「無い。全くと言っていいほどにな。どうやら当日まで何が起こるのかは分からないというスタンスらしい」
なるほど。
流石は超ハードモードなゲームだな。
と、そんなことを考えていると、ハイドの視線がシロへと向いていることに気がついた。
「そこの女の子は……噂の従魔かな?」
「おう、シロってい――おい、噂ってなんだ噂って」
すると彼はしまったとばかりに口を押さえるがもう既に遅し。
僕の気持ちのいい笑顔に頬を引き攣らせた彼は、諦めたかのようにその事実を口にした。
のだが――
「実はな……、君が有名になったあの件といい、アスパといい、その子といい……君が、その、幼女趣味のロリコ――」
「ぶっ殺す!」
気がつけば僕は腰のアゾット剣に手をかけており、それを見たハイドが焦ったように声を上げた。
「ま、まて!待ってくれギン君!君は誰がその噂を流したのか知っているのか!?」
「……そういえば知らないな。ハイドは知ってるのか?」
するとハイドは困ったように笑みを浮かべる。
――こりゃ知ってるな。
そんなことを内心で思っていると、彼は頬を掻きながら口を開いた。
「その男はあるクランに所属している問題児でな……。クランやクランリーダーは礼節のあるものなのだが……その男とその取り巻きが厄介極まりない。教えてもいいが、そのクランに迷惑はかけないで貰えるか?」
「つまりはアレか、秘密裏に暗殺してこいと」
「……物凄く君に教えたくなくなったぞ」
ハイドは僕の言葉にそう顔を顰めたが、僕の背後へと視線を向けて――そのシワを一層濃くした。
そして、それと同時に聞こえてくるその言葉。
「おーやおや!こんな所に噂のロリコンがいるではありませんか!今日も今日とて幼女を侍らせて、全くこういう者がいずれ犯罪者となるのでしょうねぇ!」
うおっふ。これまたモブ臭の漂う言葉だこと。
僕はそちらへと視線を向けると、まっ金金の防具に身を包んだ一人の男が立っていた。
金髪の髪がその金色の兜の隙間から見えており――
「……アレだな。全身焼肉焼器みたいなやつだな。この日光の下で暑くないの?生肉置いたら焼けそうなくらい湯気出てるじゃん」
「シャーラップ!なんだね貴様は!初対面の相手になんてことを言うんだ!」
いや、初対面で犯罪者予備軍呼ばわりしてきた奴に言われても。
そんなことを考えていると、その男の後ろに立っていた数人のプレイヤーたちがオラオラしながらこちらへと寄ってきた。
「おうおう、我らが『蒼の傭兵団』の副リーダー、ゴールド様にそんな口きいてタダで済むとでも思ってんのかァ?」
「今この場でボコってやってもいいんだぜぇ?」
それを聞いて、僕は――
「あぁ、脅しか。ならGMコール……」
「ちょまっ!?ま、待てやコラ!GMコールとか卑怯だぞ!」
「そうだぞ!このちくり魔が!」
僕がメニューを開いたところで慌て始めるその取り巻き共。
にしてもちくり魔か……、久しぶりに聞いたなその言葉。
僕は軽くため息を吐くと。
「ねぇ知ってる? 昔どこかの緑色の豆が言ってたんだが、ちくり魔って、チクられるのが嫌な奴――つまりはなにかやましい事がある奴の常套句なんだって〜」
「「うぐっ!?」」
そして今のが言われた側の常套句。
そう言ったら大体相手は黙り込むからな。相手が余程の馬鹿でない限り。
だが――
「ふはははははっ!GMコール如きでこの私を止められると思っているのかい!?この私は現実世界で一二を争う資産家の息子だ!私に逆らうならば社会的に抹殺――」
「ポチッとな」
――問題は、本物の馬鹿には効かないということ。
その後、そのお馬鹿なゴールドというプレイヤーは、件の妖精によって連行されていった。
☆☆☆
十数分後。
やっとシロがお腹いっぱいになった頃だったろうか。
突如として目の前の時空が割れ、その中から先ほどどこかへと連行されていったゴールドがボロボロになって飛び出てきた。
そして、その穴からチョイっと顔を出すシルフさん。
「やっほー!その子にはきっついお仕置きしておいたから、とりあえずは安心だと思うよー?またなんかあったら読んでねーっ!」
「おう、ありがとうな」
「へへへーっ!」
何故か生まれつつあるこの会話の熟練感。
それはシルフさんがあのエロースと限りなく似てるからなのだが、傍から見ているハイドからすればさぞかし意味不明だろう。
「もしかして君は……頻繁にGMコールでも使っているのか?」
といった迷走をしてしまうように。
そんなことを考えていた間にも時空の割れ目は完全に消え去ってしまっており、それと同時にムクリとゴールドが立ち上がった。
のはいいのだが。
「ふはははははっ!あの妖精も我が演技の前には騙されたようだな!金持ちが反省などするものか!」
「おい、目尻に涙溜まってるけど大丈夫か」
ゴールドはその言葉に裾で涙をゴシゴシと拭うと、直後にガバッと僕な方へと指を向けた。
「まぁいい!今回ばかりは見逃してやろう!でなければ貧困民に本気出してるあの金持ちかっこ悪いー、とかなりそうだからな!」
もうなってると思うけど。
僕はその高笑いを聞きながら苦笑すると。
「面倒な奴……」
そう、ポツリと呟いた。




