《25》新たな相棒
数分後。
僕は左手の甲を見て笑みを浮かべていた。
それだけ見れば自分の指に見とれているナルシストのようだが、けれども僕の手の甲を見ればそんな考えは吹っ飛ぶだろう。
そこに描かれていたのは、円環龍の紋章。
僕がかつての紋章を紙に書き出して、それをアレクがアレンジした、クールな印象を感じさせる紋章だ。
「クックック、元々のモチーフが良かったのもあるが、ここまでいい仕事をしたのも久しぶりだ」
アレクはそう言って笑みを浮かべる。
なるほど彼がそういうのも納得で、僕は少し気分が良くなりながらも彼へと口を開く。
「すっごい気に入りました! ありがとうございます、アレクさん」
「おうよ! ……っていうか、今更敬語もなんだ、テキトーにタメ口でいいぜ!」
「分かり……じゃないか、あぁ、分かったよアレク」
そう言って僕らは握手を交わすと、ニッとお互いに笑みを浮かべた。
まぁ……、なんだ。最初こそ怖がってはいたけどよくよく話してみるとかなりいい奴な気がするし、気が合いそうな気もしないでもない。
と、そんなことを考えながらもお互い手を離すと、それと同時にアレクは後ろを指さしてこう言った。
「ってもまだまだ従魔屋の入口だぜ? まだこれから兄ちゃん、あんたの従魔を選ばなきゃなんねぇんだ」
そう言って彼は踵を返すと、付いてこいとばかりに歩き出す。
僕は黙ってその後について行くと、彼はカウンターの横にある扉、そのドアノブへと手をかけた。
そして、その姿勢のまま彼は僕へとこう告げる。
「兄ちゃんがどうするかは勝手だ。舐められながらも気の合う奴を探すか、高圧的でとにかく強いヤツを探すか。……いずれにせよ、俺が口を出せるのはここまでだ」
――覚悟は、出来てるよな。
彼はそう問いかけて――否、確認し、僕が首肯すると同時にその扉を開き、その向こうへと足を踏み入れた。
☆☆☆
まず最初に僕が感じたのは、足裏からの藁の感触だった。
ザクザクと、軽く押し返してくるその感覚。
僕は視線を足元へと向けると、そこには床に藁が敷き詰められており、前方を見ればこの大きめな部屋の床は全てソレで出来ているようでもあった。
けれども、僕はそれに感想を抱く前に、それらの視線に気がついていた。
「……ん?」
周囲へとぐるり視線を向ける。
するとそこには多種多様なモンスター――否、従魔の姿があり、彼ら彼女らはジィっと、見定めるような視線を僕へと向けていた。
「へぇ……、いろんな奴がいるんだな」
けれども僕はそれらを気にすることもなく頬を緩めると、それらをもう一度ぐるりと眺めてゆく。
兎、猿、犬、猫、骸骨、鳥……と、様々な種族の従魔がいるが、それらの他に、明らかに別格だろうと思われる存在がいくつか存在していた。
ザッと見渡しただけでも数体。
「お前と……、お前と、お前と……、お前か」
そうして視線を向けたのは四体。
それぞれが大蛇、獅子、狼、そして――竜。
それら四体はいずれも敵意に満ちた視線を僕へと送っており、今にも襲いかかってきそうな、そんな様子が窺える。
だが――
「うん、お前らは要らないな」
僕は、彼らをそう一言で斬って捨てた。
それには僕を隣から見ていたアレクも思わず目を剥き、下に見られたとわかったのか、四体は目に見えて臨戦態勢を取り始める。
まぁ、蛇は水の上での行動も出来るだろうし、獅子は言わずもがな強いだろう。狼は嗅覚と聴覚に優れて気配察知が得意で、竜は恐らくかなりの潜在能力を秘めているだろうし、今は僕より少し小さいくらいだが、成長すれば空も飛べるし水の中も泳げる存在になるだろう。
まぁ、強いて選ぶとしたら間違いなく竜なのだが。
「アレク、コイツらの他に誰かいないのか?」
そう言った瞬間、一番近くにいた竜が僕へと向かって襲いかかってきた。
それには流石のアレクも焦ったように声を上げようとして。
そして――その目を、見開いた。
「何度も言わせるな。力量差も測れない『動物』は要らない」
瞬間、ヒラリとその腕のなぎ払いを交わした僕は、その竜を地面に組み伏せてそう告げた。
流石にプライドが高いのだろう、竜は僕を憤怒と驚愕に染まった瞳で睨み付けてきたが、僕は黙って、竜の目の前の床にアゾット剣を突き刺した。
「僕が欲しいのはペットじゃない。命を預けられる相棒だ」
見れば僕の瞳を見ていたその竜はガクガクとその身体を震わせており、それらを見ていた他の三体も同じように怯えた様子を見せている。
――あぁ、ちょっとやりすぎたかな。
僕はそう考えながらも竜の背中から身体を退けると、それと同時に竜は奥の方へと駆けてゆき、ほかの小さな従魔たちも怯えたように隅っこの方へと集まっていた。
それにはアレクも困ったように頬をかいており、それを見た僕はアレクへと頭を下げようとした。
「すまんアレク。ちょっとやりすぎたかも知れな――」
瞬間、僕は服を引っ張られるような感覚を覚えて、思わず言葉を止めてしまった。
アレクの方を見れば信じられないと言ったふうに僕の方を見つめており、その視線は僕の右後方へと向いていた。
あれほどまでに徹底的に威圧し、力の差を見せつけられてまで僕に近づいてくる従魔。
僕はどこか直感めいたものを感じながら、ガバッと背後を振り向いて――目を見開いた。
「……え?」
なにせそこにいたのは、一人の子供だったのだから。
☆☆☆
最初に目が行ったのは、眩いほどに美しい、その肩の下まで伸びる白髪だった。
翼の模様が彫られた純白色の兜を被っており、それと同じような色の鎧を、胸、腕、足……と、身体の主要部に装備している。
その上から空を思い出すような蒼いマントを羽織っており、その澄み渡るような両の青い瞳が、僕のことをジィっと見つめていた。
「えーっと、なんだ? 迷子か?」
僕は手を離す様子のないその子へとそう話しかけてみる。
けれどもその子は首をふるふると横に振るばかりで、何を答えるでも無く僕のローブの袖を握っている。
「うーん……じゃあ何か兄ちゃんに用か?」
僕はその子の目の前にしゃがみこんでそう聞いてみると、今度はこくんと首を縦に振った。どうやら当たりらしい。
……ま、何の用なのかは分からないのだが。
僕は助けを求めてアレクへと視線を向けると、やっと彼も正気に戻ったのか、驚いたように声を上げた。
「おいおいおい……、マジでか兄ちゃん、いやギン! お前、とんでもない奴に懐かれちまったようだぜ?」
「……とんでもない奴?」
僕はその言葉に思わず眉を寄せ、その子へと視線を向けた。
そこには相も変わらず無表情で僕の袖をがっしり掴んでいるその子が突っ立っており、それを見ていた僕へと、アレクはその種族名を口にした。
「そいつの種族は『ヴァルキリー』。俺も知人から手に負えないからって預けられてたんだが……、こっちに来て数年、今までに一度も他人の前に姿すら現さなかったんだぜ?」
…………はい?
僕は思わずガバッとアレクへと視線を向けた。
「ちょ、ちょっと待てアレク! い、いまなんて言った? ヴァ、ヴァルキリーだって?」
「おうよ、天使や悪魔とかとおんなじ、神話に出てくるあのヴァルキリーだ。まだまだその子はレベルも低いからただの『ヴァルキリー』だがな」
その言葉に、思わず僕は愕然とした。
ヴァルキリー、その種族名とこの髪の長さからして、恐らくこの子は女の子だろう。
まぁ、それはいいのだが、まさか諦めかけていた所に来てくれるとは……、気分的には、川に釣りに行って諦めかけていたら鯨が引っかかった感じだ。もう意味わかんねぇな。
僕は周囲へと視線を向ける。
やはりというかなんというか、それ以外の従魔たちは皆僕のことを恐れてビクッと体を震わせており、僕は疲れたようにため息を吐いた。けれども。
「君は……僕でいいのかい?」
僕は彼女の瞳を見つめてそう問いかけると、彼女は少し悩んだ様子を見せたが、けれどもコクリと頷いた。
それには僕も思わず苦笑してしまい、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「なんとまぁ、可愛いのか可愛くないのか」
僕はポンと彼女の頭を軽く叩いて立ち上がると、笑みを浮かべて立っているアレクへと視線を向けてこう告げた。
「アレク、僕はこの娘にするよ」
その言葉に僕の袖をつかむ彼女の力が少しだけ強くなり、それを聞いたアレクは楽しそうに頬を吊り上げた。
「言っとくがよギン、ヴァルキリーってのは神話の中じゃ戦場にて死を選定する主神オーディンの配下だ。そいつを従えるってことは、お前さんはソイツにオーディンよりもでっけぇ器ってのを見せてなんなきゃなんねぇんだぜ? その覚悟はできてんのか?」
僕はその言葉を聞いて、思わずふっと笑みを浮かべた。
主神オーディン?
あっちの世界ではあの脳筋は『風神』を名乗っていたが……、まぁ、この際どちらでもいいだろう。
僕はアレクからヴァルキリーへと視線を向けると、自信満々にこう言ってやった。
「それなら安心して大丈夫だよ。オーディンだろうがなんだろうが、それよりも強くなればいいだけのことさ」
その言葉をどう取ったかはわからないが、彼女は今度こそ迷う素振りもなく頷いた。
☆☆☆
僕とヴァルキリーの様子を見ていたアレク。
彼は僕らの考えが纏まったのを見ると、コクリと頷いて懐から一枚の紙を取り出した。
「これは『魂契約の書』と言ってな。今からお前たち二人の魂そのものを結びつける。どんなに離れようと、何度死のうと、絶対にお前達二人は離れられない。捉えようによっては『呪い』という言い方もできるがな」
そう言って彼はその紙をペラペラと動かすと、彼は僕へとチラリと視線を向けて、その後にヴァルキリーへと視線を向けた。
「ヴァルキリーよ、お前さんはこのギンっていう兄ちゃんと一生を添い遂げるつもりはあるか? 死んでもなお常に共に居続ける覚悟はあるか?」
何だか結婚式みたいだな。結婚したことないけど。
思わずそんなことを思ってしまったが、彼女はそこまで頭が回らなかったのか、確かな覚悟をその瞳に宿しながら、コクリと頷いた。
それを見たアレクは、今度は僕へと視線を向けたが――
「ギンは……聞かなくてもいいか」
「っておい、なんだそのテキトーな感じは」
完全にスルーされる僕の存在。
彼は僕の言葉を華麗に無視すると、その紙を僕らへと渡してきた。
「唾液でも血でもなんでもいい。その主と従魔という欄に、それぞれ自分の体液を付けてくれ。その上で主――つまりはギンがヴァルキリーの名前を決めて、そんで終了だ」
僕はその契約書を受け取ると、かっこよく指でも噛んでその血をつけようと思ったのだが――うん、なんか痛そうだし普通に唾液にした。
まぁ、向こうでは手首切り落としたり頭から下が吹っ飛んだりと、色々やったりやらかしたりしていたが、それでも指を噛んで血を出すのは少し怖い。と言うか今やってみたらそもそも圧迫された爪が痛い。
ので、僕は親指を軽く舐めると、微かに着いたその唾液を垂れないように気をつけながらその主の欄へと指を押し付けた。
そして、それをじーっと見ていた彼女は、自分の鎧に包まれた親指をパクッと口に含めると、その従魔の欄へと指を押し付ける。
瞬間、その契約書が白色の光を纏って輝き始め、僕の頭の中にインフォメーションが鳴り響く。
《ポーン! ヴァルキリーと従魔契約を結びますか? また、この契約は『魂契約の書』を使用しているため、後から従魔を変更することはできません。契約しますか? yes/no》
僕はその言葉に笑みを浮かべると、彼女へと視線を向けてこう告げた。
「契約をしよう。僕はいつ如何なる時もお前を守り、戦い続けると誓う。だから、僕に力を貸してくれ」
その言葉に彼女ははじめて薄く笑みを浮かべて頷くと、黙って僕へとその小さな手を差し出した。
僕は手を握り返し、彼女へと、その名前を伝えた。
「今日からお前の名は――シロだ」
そうして周囲に銀色の白色の光が溢れ、僕らの魂の契約が完成する。
僕が銀色、そして彼女が白色。
まぁ、安易な考え方だけれども、その嬉しそうな顔からは『不満』という二文字は思いつかなかった。
新たな仲間はヴァルキリー!




