《23》転職の儀
やっと転職。
その後、僕はなるべく目立たないように街へと帰ってきた。
と言うのも、恐らくは僕がシルバーナイトウルフを討伐し、結界から出たと同時に流れたあのインフォメーション、アレがほかのプレイヤーにまで届いたのだろう。
帰ろうとした時には森の中へかなりの数のプレイヤーが押し寄せてきており、その中には見覚えのある赤髪や茶髪ロリっ子の姿もあった。
『どこにいるのっ、この糞チートォォ!』
という叫び声から、なんとなく僕が討伐したのバレてるんじゃないか、とも思ったが、別に聞かれてもシラを通せばいいだけのこと。……まぁ、シルバーナイトウルフの素材をどうしようかという話になるが。
閑話休題。
という訳で、僕は街まで帰ってきた後、とりあえずクエスト達成の報告をするべくギルドへと向かったのだが。
やはりというかなんというか、待っていたのはニコニコと笑みを浮かべているギルマスだった。
「おお! 帰ってきたかお主……確かギンと言ったの? まさかここまで早くあのモンスターを討伐してくるとは思いもせんかったぞ!」
僕はギルマスに一つ聞きたかった――何故こんなに早く情報が伝わっているんだ? と。
まぁ『ゲームだから』と言われたら仕方が無いのだが、もしかしたら討伐したモンスターがギルドで確認できるようになっているのかもしれない。っていうかそうだと嬉しいな。尾行とか、そういう不安しなくて済むからさ。
僕は内心でそう呟くと、それと同時にギルマスがニヤリと笑ってこう告げた。
「ということでギンよ、お主のクエスト達成を認めよう!」
《ポーン! Rクエスト『銀夜狼を討伐せよ!』をクリアしました。報酬のアイテムがイベントリへと送られました》
瞬間、そんな言葉が頭の中に響きわたる。
今回に関しては前回――というか今朝のように荒くれ者に絡まれたりすることは無く、周囲を見渡しても数人のプレイヤーがこちらを訝しげに見つめているのみだった。
と、そんなことを考えていると、ギルマスはあごひげを擦りながらも難しい顔で僕の身体を見つめていた。
「……? どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもないのじゃ。じゃが……」
彼は僕の言葉にそう返すと。
「お主、もしかして未だに転職をしてないのではないか?」
「………もちろんです」
転職について完全に忘れていたことは、僕だけの秘密にすることにした。
☆☆☆
転職の儀。
それはステータスにおける『職業』の欄をを変える儀式。
二回目以降、何レベルに達したら出来るのかは未だに不明だそうで、β時代にも確かめることは出来なかったとの事だが、その最初の一回目。それが何レベルで行われるかはハッキリとしている。
「おお、お主はLv.7か! 何故Lv.5の時点で来なかったのじゃ……。さすればシルバーナイトウルフとてもっと楽に攻略できたであろうに……」
「すいませんね。ギルド職員がなんにも説明してくれなかったもので……」
「うぐっ……、す、すまんのぅ……ほんとに」
僕の言葉にギルマスはぐっと胸を押さえつけた。
場所は冒険者ギルドの二階にある一室。
小さなアパートの一室よりも少し広いくらいのその部屋。中心には巨大な水晶とその下には大きな魔法陣が床に彫られており、水晶の中には同じような魔法陣が幾つも上下左右別の方向に、重なった状態で回転している。
「ここがその……儀式の場所ですか?」
「うむ、そうじゃの。外の人間ではここに来るのはお主が初めてじゃ。胸を張るがよい!」
そう言って彼は僕の背中をバシッと叩いた。
そのあまりの強さに僕は数歩前へとよろけてしまい、その魔法陣の上へと踏み込んでしまう。
一体何をするんだ。
そう言おうとした僕ではあったが、直後に頭の中へと聞き覚えのある機会のような声が響き渡った。
《第一転職条件、Lv.5を満たしていることを確認。転職が可能です。旅人から転職しますか? yes/no》
それと同時に僕の目の前へと透明なウィンドウが現れる。
僕は思わずギルマスへと視線を向けると、彼はニコッと笑うとサムズアップして見せた。意味はわからんがやってもいいってことだろう。
僕はyesの文字を押すと、それと同時にいくつかの種別が現れる。
───────────
どの種別にしますか?
・戦闘型―近距離タイプ
・戦闘型―遠距離タイプ
・生産型
───────────
それを見た僕は迷うことなくその文字をタップする。
押したのは――戦闘型、その近距離タイプだ。
実は僕は既に一つ、今の僕にはこれがいいだろうという職業をアスパから聞いており、それがあるとすれば、恐らくはこの種別の中。
そして、再び現れる新たなウィンドウ。
今度はズラーッと、それぞれの職業の名前とその説明が書かれていて――その中に、お目当ての職業を発見した。
─────────
○冒険者
近距離の戦闘も遠距離の戦闘もこなす万能型。
初心者にオススメの職業。
全ステータス+2、獲得経験値増加のアビリティ獲得。
○戦士
近距離戦闘のエキスパート。
堅実な守りをしながらのカウンターが得意。
Str+4、Vit+7、Dex+3、状態異常耐性のアビリティ獲得。
○傭兵
どんな武器でも使いこなす職業。
近接型の武器を中心には戦略を組み立てる。
Str+3、Vit+2、Dex+5、Agi+4、獲得金額増加のアビリティ獲得。
○盗賊
素早さと運勢の高いスカウト職。
純粋な戦闘職ではないが、索敵能力に長ける。
Str+1、Dex+3、Agi+5、Luk+5、危険察知のアビリティ獲得。
○狩人
短剣と弓を得意とする職業。
森などの入り組んだ地形で本領を発揮する。
Str+2、Dex+6、Agi+6、命中率増加のアビリティ獲得。
───────────
上から順に、冒険者、戦士、傭兵、盗賊、狩人となっており、それぞれの特徴が書かれている。
見た感じだと一番上の冒険者が『地味だけどチート』っぽくて人気がありそうだが、獲得する経験値が上がったところで強くなければ意味がない。早く強くなるよりもより強くなる道を選ぶのがここでの正解だろう。
それに加え、戦士と傭兵もあまりの僕の戦闘タイプには合致していない。故に除外するとする。
ならば、残るは盗賊と狩人なのだが――
「見事に、どっちもうまい具合に合致してるんだよなぁ……」
僕は思わず、そう呟いた。
まずは……そうだな、狩人から検討してみよう。
――狩人。
短剣と弓をメインに扱う、まさに僕にうってつけの職業。
説明文からすると、この職業は僕が行っていたように木の上を飛び移りながら矢を撃ちまくったり、隠れた所からの一撃必殺なんかがうまく噛み合いそうな気もしている。
だが――
「うん……、この職業はダメだな」
僕はそう、呟いた。
ダメだな、と。そう思う理由はいくつかあるが、それでも強いて言うならば、主に二つの事が挙げられる。
まず一つ――器用さが上がっても何の得もない、ということ。
普通に考えれば矢は当たりやすくなるし、剣も扱いやすくなれば、生産の方向にだって進めるだろう。
だが、このゲームをやって気がついた。ここで言う器用さ――つまりDexはあくまでも『補正』でしかなく、現実世界で専用の技術を身につけているものにとってはあっても無くても大して変わらないものだということに。
だからこそ僕は低い器用さであれだけ矢を当てられたし、シルバーナイトウルフと正面切った短剣で戦えた。それこそが何よりもの証明となるだろう。
そして二つ――アビリティが何の役にも立たないこと。
これは先に挙げた例をもう一同見てもらえばわかるだろう。命中率が上がったところで僕は基本的に当たるか当たらないか分からないような無駄弾――ならぬ、無駄矢は使わないし、使うとしたら百発百中、必ず相手が嫌がるような場所に撃ち込む。
そんな所に『命中率増加』などといった意味もわからない上に効果範囲もよく分からないスキルなど取ってみろ。逆に意味が分からなくなって混乱するのは目に見えている。
……まぁ、使ったら使ったで『まぁ、役には立つな』とか言いそうで怖いけど。
――とまぁ、以上の二つのことから『狩人』の職業は諦めるとしよう。別に入り組んだ場所でのみ戦うわけでもないんだしな。
「ってことで――」
僕はそう言ってニヤリと笑みを浮かべると、その職業をタップした。
瞬間、目の前に現れるその確認の画面。
────────────────
○盗賊
素早さと運勢の高いスカウト職。
純粋な戦闘職ではないが、索敵能力に長ける。
Str+1、Dex+3、Agi+5、Luk+5、危険察知のアビリティ獲得。
旅人から盗賊に転職しますか?
yes/no
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純粋な戦闘職ではない?
それはあくまでも一般人が操れば、の話だろう?
僕は迷うことなく『yes』の文字をタップすると、それと同時にその目の前の水晶が光り輝く。
《ポーン! 旅人から盗賊へと転職しました。転職ボーナスとしてステータスが上昇し、『危険察知』のアビリティを取得しました》
僕はその機械のような声を聞きながら。
「暗殺者。たどり着くとしたら……この職業しかないだろう?」
そう呟いて、笑みを浮かべた。
やはり盗賊でした。




