《18》銀夜狼
場所は南の森の中。
初めてここまで奥深くまで入ったわけだが、僕は森の中の広場で切り株に座り、フゥと息を吐き出していた。
ここは所謂『セーフティエリア』という場所らしく、なにか広場を囲う結界のようなものが透けて見えており、試してみてもモンスターはその結界より中へは入ってこれないようだった。
「にしても、セーフティエリアがあるってことはボス戦も近い、って言うことかな」
僕はそう呟くと、メニューから各種設定を呼び出した。
思い出すはアスパから聞いたその言葉。
『……え、ここまで知らないってことはもしかしてHPバーとか出してないの? だとしたらどんな縛りしてるのさ……』
そう、僕は今まで通常仕様でやってきたわけだが、このゲームは不親切こそが通常仕様。真面目に戦闘をやろうと思ったらHPバーやMPバー、APバーに至るまで全て自分で設定し直さなければならないのだ。
「はぁ……、本当に不親切すぎるゲームだな」
僕はそう言って各種設定をした後に決定ボタンを押すと、それと同時に左上へとHP、そしてMPのゲージが現れた。
HPゲージは緑色、MPゲージは青色。絶対使わないから無駄だな、という意味から出さなかったAPゲージは赤色らしい。
まぁ、本当に使わないだろうからどうでもいいけどな。
「んじゃ、設定も終わったし次はステータスいくか」
そうして僕は設定を閉じると、メニューからステータスの画面を呼び出した。
するとそこには、つい先程レベルアップして上昇したステータスが。
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【name】 ギン
【種族】 吸血鬼族
【職業】 旅人
【Lv】 5
Str: 10 +6
Vit: 5
Dex: 5 +2
Int: 5
Mnd: 5
Agi: 16 +9
Luk: 11
SP:3
【カルマ】
-78
【アビリティ】
・吸血Lv.1
・自然回復Lv.4 (↑1)
・夜目Lv.1
【スキル 6/6】
・下級剣術Lv.5
・隠密Lv.4 (↑1)
・気配察知Lv.5 (↑1)
・見切りLv.5
・下級魔力付与Lv.4 (↑1)
・軽業Lv.3 (↑2)
【称号】
小さな英雄、月の加護
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「おお、順調順調」
僕はそう呟きながらも今回のSPをすべて敏捷値へとつぎ込んだ。
何をやってるんだボス戦前に。
そう言われそうだが、僕の『下級魔力付与』を弓と矢に付与することで、弓が矢の速度をあげ、矢がその鋭さを増大させる。
結果として今まで襲った大体のウルフは一撃で死に絶えており、僕のリアルでの弓の技術も相まって、今や完全に弓持ちアサシンである。
というわけで、流石に攻撃が全く通じないことはないだろうと、そういう理由から全てを敏捷値へと割り振ったわけだが――
「ふぅ……、やっぱり常に一人ってのは緊張するな……」
それも周囲にいるのはいずれも僕を殺すことが出来るほどのモンスターである。気楽に倒せてはいてもその実ステータスだけで言えば互角なのだ。
そんな状況下、これからボスを探して討伐しようとしているのだ。緊張しない方がおかしいに決まっている。
僕は「ふぅ、すぅ」と数度深呼吸をすると、パァンッと頬を叩いて瞼を開いた。
「落ち着けよ僕……。常に冷静に弱みを狙い続けろ。でなければ勝てるものも勝てないぞ……」
僕は自分にそう言い聞かせて立ち上がる。
北から来たのだから、ボスがいるとすれば南。
僕は南へと視線を向けると、まだ見ぬその強敵の居るであろう方向へと、黙って歩を進めるのであった。
☆☆☆
僕は、木の幹に背中を預けてチラリと向こう側へと視線を向けた。
そこには先ほどのセーフティエリアと同じような結界の貼られている大きな広場があった。
けれどもその結界はセーフティエリアのような青色ではなく、血を連想するかのような真っ赤な紅色。
(間違いない……ボスエリアだ)
僕はそう内心で呟くと、その広場をかるく見渡した。
結界は広場の周囲に生えている木々も含めて広範囲に渡っており、広場には小さな切り株が幾つか。そしてそれ以外は草原と同じように短い草が生え揃っている。
噂のエリアボスの姿は――ない。
恐らくはあの結界の中へと入った途端に出てくるイベントでもあるのだろう。
(ふぅ……落ち着けよ、僕)
僕は一旦その広場から視線を外すと、胸を抑えて再び深呼吸をした。
やはり何度やっても『死』の可能性のある格上との戦いは慣れないもので、その上で奇襲が通じないと来た。ならば僕の暗殺術は使えない。
だが――
「なにも、僕が使える戦い方はそれだけじゃない」
僕はそう呟くと立ち上がる。
ザッ、ザッと草を踏みしめて歩き出すと、数秒後にはその赤い結界の目の前まで来ることが出来た。
恐らく、これを超えればあとは勝つか死ぬかしなければここからは出られない。
だが、ここまで来てしまったのだ。今更怖気ついてもそれはただカッコ悪いだけだろう。
弓をギュッと握ると、その結界の中へと足を踏み入れた。
そして――
『ウワォォォォォォォォッッ!!』
瞬間、その雄叫びとともに周囲が闇に包まれる。
――否、正確には正午過ぎだった時間が一瞬にして夜中へと切り替わった、とでも言うべきか。
夜空には満月が浮かんでおり、ふと、僕は気配を感じてそちらへと視線を向ける。
そこには一頭のウルフを連れた巨大な銀色の狼の姿があり、その瞳は静かに僕のことを見つめていた。
銀夜狼――シルバーナイトウルフ。
なるほど、たしかに強い。一目見ただけで僕よりも遥かにステータスが優れているのだろうということは理解出来た。
だが――
「禍神と比べたら……なんてことないさ」
僕はそう呟くと、その背中に背負った矢筒から矢を一本取り出した。
僕はギュッと弓を握りしめる。
瞬間、それと同時にシルバーナイトウルフの横に立っていたウルフが僕めがけて駆け出してくる。
その速さはかつて僕が絞め技で殺ったあのウルフと同等――あるいはそれ以上のもので、僕は少し驚きながらも弓に矢をつがえた。
「『マジックエンチャント』」
瞬間、僕の握っていた弓と矢が青色の光に包まれ、僕はそれを構えるとギュッと弓を引き絞る。
だが――
『ウバゥッ!』
「っと!?」
直後、ウルフを囮に僕の近くまで迫っていたシルバーナイトウルフが僕めがけてその爪を振るい、それを僕は間一髪で躱すことに成功した。
僕は躱した勢いそのままバク転で距離をとると、タタンっと木の幹を踏み台に近くの木の枝に片腕をかける。
「ふぅ……思ってたよりも早いな」
僕はそう呟くと、ふっと勢いをつけて木の枝の上へとダンっと着地する。
眼下にはこちらの方を睨み据えて『グルルル……』と唸るウルフと、ただ冷静のこちらの様子を窺っているシルバーナイトウルフ――銀夜狼の姿があった。
(これは……先に弱い方を消しておいた方がいいかもな)
僕はそう考えると、再び手にしていた弓を引き絞る。
瞬間、小さくなっていた青い光が元通りの輝きを放ちだし、それを見た銀夜狼が焦ったように木へと体当たりをかましてくる。
だが――
「ふっ」
体当たりが当たる直前。
僕は近くの木の枝へと大ジャンプすると、空中でくるりと周りながら弓を構えた。
――軽業。
そのスキルが影響しているのかはわからないが、現実とさほど変わった様子もなく僕は対象へと弓をロックオンし――放った。
ヒュウンッ!
瞬間、青色の燐光を放つ矢がかなりの速度でウルフへと向かってゆき、躱す暇も与えずにその脳天から顎までを串刺しにした。
シュタッ。
直後に僕はその枝へと着地すると、それと同時にミシミシッと隣の木がへし折れてゆき、ウルフがパァンッとポリゴンとなって砕け散る。
「うし、まず邪魔者は消した」
僕はそう呟くと、こちらへ視線を向けて『グルル……』と声を上げる銀夜狼へと視線を向ける。
お互いの視線が交差し――僕は、踵を返して逃げ出した。
それには銀夜狼も驚いた様子を見せたがすぐに僕を追いかけてくる。
銀夜狼。たしかにその速度には目を見張るものがある。
けれどもその速度もほぼ極振り状態の僕と同じかそれ以下でしかなく、なによりも、そのような巨体ではこの森の中はさぞかし動きにくいであろう。
僕はターン、ターンっと枝を蹴って移動し、彼我の位置が離れたのを確認して銀夜狼へと矢を放つ。
「フゥっ!」
瞬間、青い光を放つ矢がヒュンっと音を立てて飛んでゆく。
だが――
『ヴワゥッ!』
瞬間、ブオンッと音を立てて振るわれたその大きな腕。
それはその矢を見事にはじき飛ばし、その矢は数メートル離れた地面へとグサッと突き刺さった。
あまりにも高すぎるその攻撃力。
僕は弓を下ろしながら乾いた笑みを浮かべると、こちらへと睨みを効かせるその銀夜狼を見てこう呟いた。
「これはまた……綱渡りの持久戦になりそうだ」
☆☆☆
「ハァッ!」
その声とともに番えていた三本の矢が青く光り輝き、ヒュンヒュンッと風を切って突き進む。
その先には、身体中へと何本かの矢が突き刺さっている銀夜狼の姿があり、HPこそ見えないものの、僕が放っている矢は一本一本がウルフをオーバーキルできる威力のものだ。流石にボスと言えども三分の一近くのHPは削れているのでは、と思われる。
まぁ、憶測でしかないのだけれど。
あと、この戦い終わったらアスパのところ行ってスキル増やす方法を教えてもらおう。HP見えないのは流石にソロだとキツすぎる。
閑話休題。
僕はトンっと木の枝から他の木の枝へと飛び跳ね、銀夜狼が噛み砕きか腕の薙ぎか、はたまた回避か。どの選択肢を使うのか気になって視線を向け――
『グォォォォォォォォッ!』
瞬間、爆音が轟いた。
――否、正確には銀夜狼の咆哮だろうか。
衝撃波を伴って放たれたその雄叫びはその矢の勢いを殺し、その上空中を移動していた僕の身体を木々の下まで撃ち落とす。
「かハッ!?」
ドゴォッ!
そんな鈍い音を立てて僕の身体が大地へも思い切り叩きつけられ、肺の中の酸素が口を通って吐き出される。
視界の左上に表示されている緑色のHPバーが少し減少し――直後、視界の端に映ったそれを見た僕は、咄嗟に身をよじって緊急回避した。
ズドォォォォンッ!
直後、先程まで僕のいた場所を襲うその一撃。
体勢を立て直してそちらへと視線を向けると、そこには右前脚を叩きつけた形の銀夜狼の姿があり、初めて至近距離で見ることもあって、ないとはわかっていても、緊張に手から脂汗が滲み出るような感覚があった。
戦闘開始から、もうどれだけ経ったことだろうか。
周囲の木々はかなりの数がなぎ倒されており、未だに戦闘のあとが見えない大きな広場が『正々堂々と戦え』と嫌味を言ってくるようでもある。
要所要所で矢筒へと補充していた矢はいつの間にか残り三本へと減っており、回収しようにも目の前の狼さんがそれを尽くやらせてくれないのだ。
つまるところ、残る攻撃手段は体術と初心者の剣、そして弱々しい矢が三本、という訳だ。
対して向こうは速度は僕とほぼ互角であり、攻撃力は僕を一撃で沈められるほど。その銀色の毛皮……防御力もかなりあると見ていいだろう。
「全く不平等な事もあったもんだ」
僕はそう呟いてニヤリと笑みを浮かべると、背中の矢へと手を伸ばしてこう告げた。
「せいぜい気をつけろよ狼さん。手負いだったり覚悟を決めたりした獣っていうのは、案外に危なかったりするものだ」




