《17》討伐依頼
荒くれ者が僕に爆弾を投下して帰ってから数秒。
ギルマスは「ふむ」と顎髭をさすると、まるで何も無かったかのように話を再開した。
「それでなのじゃがな? とりあえずお主の力はワシがこの目でしかと見させてもらった! 故にお主に課したこのクエストは以上を以てクリアとする!」
《ポーン! Rクエスト『自らの力を示せ』をクリアしました。報酬のアイテムがイベントリへと贈られました》
あまりにもツッコミどころが多すぎるこの現状。
僕は思わず額に手をやってため息を漏らした。
「ぬ? いきなりどうしたのじゃため息など……」
「い、いえ……。ちょっと疲れてしまったもので……」
僕はギルマスの言葉にそう答えると、ふぅすぅと深呼吸をして頭を無理矢理に落ち着かせた。
とりあえず現状を再確認しよう。
突如として現れた荒くれ者によく分からない紙袋を渡された上に自宅にご招待。Sクエストなるものが発生し、直後にRクエスト達成により報酬がイベントリへと贈られた。
――うん、全くもってよくわからんな。主に前半。
僕はそう内心でつぶやくと、それと同時にギルマスが僕へと話しかけてきた。
「それでなのじゃが、前もって言った通りお主にはこれから吸血鬼――もう知れ渡ってるから隠す必要もないの? その吸血鬼という種族の偏見を解きほぐしてもらいたいわけじゃ」
「あぁ、そう言えばそうでしたね。最初は」
あぁ、たしかにそうだった。
このクエストはあくまでも『前菜』で、この後に吸血鬼の偏見を無くすという大きな仕事が残っているのだ。
だからこそ僕はそう言葉を返して――
「お主に頼みたい次の依頼は、南の森に住まうウルフの頭――エリアボスである『シルバーナイトウルフ』の討伐じゃ」
「…………はい?」
僕はその言葉に、思わず呆れたような声で返してしまった。
南の森? エリアボス? シルバーナイトウルフ? 討伐?
いやいやいや、流石に僕でもまだエリアボスは早いって。まだ流石に勝てないって。
僕はそう考えて、来るであろう『Rクエストを受けますか?』のウィンドウを待って――
《Rクエスト『銀夜狼を討伐せよ!』が発生しました。一階層における南エリアのボス『シルバーナイトウルフ』を討伐すると成功です》
「…………あれ? 選択肢は?」
僕は、消えてゆくそのウィンドウを見ながらそう呟いた。
☆☆☆
結局、僕は新たなRクエストを受けることとなった。
ギルマス曰く『最近この街の周辺にウルフが出るようになってきてのぅ。そこでお主にそのボスであるシルバーナイトウルフを討伐してもらいたいのじゃ』とのことだった。
まぁ、それについてはつい先程プレイヤー達が『草原にウルフが……』と話していたため本当のことだろう。
問題は――
「こんにちはー」
「へいらっしゃい……って昨日の吸血鬼さんじゃないか!」
僕は今、噴水広場の前に位置する武器屋まで訪れていた。
開け放たれた大きな入口から中へと入ると、すぐに僕の顔を覚えていたらしい店主さんがそう話しかけてきて、その声が聞こえたのか奥の方からたたたたっと足音が聞こえてくる。
「お兄ちゃん来たの!?」
そう言って顔を出したのは昨日の少女。
彼女は僕の姿を見るとぱぁぁっと花が咲いたような笑みを浮かべ、こちらへと猛ダッシュしてきた。
けれども僕へと激突する直前、ヒョイっと店主さんが少女の身体をつかみあげた。
「こ~ら、ツキ。吸血鬼さんが来て嬉しいのはわかるけど、少し落ち着いたらどうだ?」
「ッッ!? う、嬉しくなんかないもん! べ、別にそんなんじゃないもんっ!」
なんと、どうやら少女――ツキちゃんはその歳でツンデレをマスターしているようだ。まったく……末恐ろしい女の子だ。
僕が楽しそうにしている二人を眺めて頬を緩めていると、奥の方から出てきた奥さんが僕の姿を見て目を見開いた。
「あっ、ど、どうも昨日は娘を助けていただいてありがとうございます! なんとお礼を言っていいものか……」
「あぁ、いえ、大丈夫ですよ。僕もこんなにすごいもの貰っちゃいましたし……」
僕はそう言ってこのローブへと視線を下ろした。
すると店主さんはニヤリと笑うと、力こぶを作って見せた。
「はっはっ! そのローブは珍しく手に入ったドラゴンの鱗を砕いて混ぜ込んだもんだ! しかもそのドラゴンが正体不明の高位種と来たもんだ。普通に買おうと思ったら……くくっ、兄ちゃんでも目ん玉飛び出る額になると思うぜ?」
それには僕も思わずゴクリと喉を鳴らす。
こ、このローブ……改めて言われるとそんなにとんでもない代物なんだな……と。って言うか返した方が良くね?
僕がそんなことを思っていると、突如として店主さんの脳天にゲンコツが落とされた。
「痛っってぇっ!?」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか。流石に殴りますよ」
「殴ってから言うなよ!」
まるでコントである。熟練感がはんぱない。
ゲンコツを落とした側の奥さんは僕へと向き直ると、再び頭を下ろしてきた。
「主人が変なことを言って申し訳ありません。貴方には娘を救って頂きました、本来ならばそのローブだけでも足りないくらいなのですが……」
彼女はそう言って少し悩んだ様子を見せたが、はっとなにかに気がついたような顔をして僕へと視線を向けた。
「そう言えば今日はなにか入用な物がお有りですか? 店のものでしたらできうる限り安く売らせていただきますよ?」
「おお、そうだったそうだった! 兄ちゃんなにか欲しいもんあってきたんだろ? なら安値で売ってやるからなんでも見てけよな!」
「……あなた?」
「ひぃっ!? み、見ていってくださいませぇっ!」
僕はその二人のやり取りに頬を緩めると、ここまで言われて断るのもなんだと、その武器の名前を口にした。
「あの……弓って、置いてますかね?」
☆☆☆
その後、弓と五十本近い矢、そして矢筒を購入した僕は、早速街の外へと訪れていた。
もう既に僕のこの姿は広まっているらしく、先程からチラチラと周囲のプレイヤー達から視線が集まっているが……まぁ、気にすることでもないか。
場所は街のすぐ近くの草原。
周囲を見渡せばグリーンスライムが皆殺しにされており、何だか狩られ続けているグリーンスライムが可哀想になってくるレペルである。
まぁ、今から僕も試し撃ちってことで殺らさせて貰うんだけどね!
……と、その前にやることがあるか。
「さっきのRクエストで貰った報酬確認しないとな……」
そう、先ほどのRクエストでイベントリへと贈られたとされる報酬アイテムである。
僕はメニューからイベントリを開くと、そこには見たこともないアイテムが一つ。
僕はその名前に首をかしげながらも、そのアイテムの名前をタップした。
のだが――
────────────
ランダムスキルオーブ+s ランクS+
ランダムでスキルを一つ入手する。
スキルスロットが+1される。
使用しますか? yes/no
────────────
「うぉっふ……」
思わず口から変な声が漏れた。
――ランクS+。
このゲーム内における最高ランクである。
まぁ、極論をいえば使い捨てのためS+だろうとD-だろうとあまり変わらないが、それでもS+ともなると持っているだけで緊張してくる。もう手汗ダラッダラである。
「う、うん……これは早めに使った方が良さそうだな」
そして、できることなら『下級鑑定』のスキルを。
僕はそのyesの文字をタップする。
すると、それと同時に頭の中に流れたそのインフォメーション。
《ポーン! スキルスロットを一つ獲得しました。スキル『軽業』を獲得しました》
「……軽業?」
僕はその新スキル名を口にしながらも、今度はメニューからステータスを呼び出した。
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【name】 ギン
【種族】 吸血鬼族
【職業】 旅人
【Lv】 4
Str: 9 +6
Vit: 4
Dex: 4 +2
Int: 4
Mnd: 4
Agi: 12 +9
Luk: 10
SP:3
【カルマ】
-78
【アビリティ】
・吸血Lv.1
・自然回復Lv.3
・夜目Lv.1
【スキル 6/6】
・下級剣術Lv.5
・隠密Lv.3
・気配察知Lv.4
・見切りLv.5
・下級魔力付与Lv.3
・軽業Lv.1 (new)
【称号】
小さな英雄、月の加護
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見ればスキルの『5/5』が『6/6』へと変化しており、六番目に新たに『軽業』のスキルが増えている。
僕はその軽業のスキルをタップすると、その説明文が新たにウィンドウとして現れる。
けれど――
────────
軽業
アクロバット行動に補正がかかる。
────────
「こ、これ、使えるのか……?」
出てきたのはあまりにもお粗末な説明文。
アクロバット? 素で出来るわ。
運営にそう言ってやりたかったが、まぁ、あって困るスキルでもあるまい。
僕はそう思い込むことにすると、僕はメニューからイベントリを選び、先程購入した弓と矢の入った矢筒をタップした。
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白樺の合成短弓 ランクD+
白樺の木を用いた合成弓。
通常の木製の弓よりも優れている。
Str+7 耐久20/20
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初心者の矢筒 ランクD
特殊な素材から出来た矢筒。
十五本まで矢を入れておける。
耐久∞
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初心者の矢 ランクD
木と鉄の鏃から出来た初心者用の矢。
威力は低いが特殊な加工が施されている。
Str+2 耐久∞
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僕が今回購入したのは、道民ならばおなじみ『白樺』の木を使った合成弓と、プレイヤー達が『弓当たらねぇじゃねぇか! こんなの売った方がマシだ!』と、店に売りまくった初心者の矢、及びその矢筒である。
ちなみにこの世界では矢でもなんでも回収可能なようで、メニューからイベントリを開いて回収するか、もしくは自分でその場に行って拾うかすればいいらしい。
「さて、新スキルも覚えたし遠距離から攻撃する手段も得た」
ならば、あとは倒すのみ。
僕はニヤリと笑みを浮かべると、その森の方へと視線を向けてこう告げた。
「さぁ、首洗って待ってろよ、シルバーナイトウルフ」
僕はそう言ってグリーンスライムへと弓を向けた。




