《15》情報屋
「よし、こんなもんかな」
僕は噴水広場のベンチに座りながらそう呟くと、そのステータスボードを見下ろした。
───────
【Lv】 4
Str: 9 +6
Vit: 4
Dex: 4 +2
Int: 4
Mnd: 4
Agi: 15 +9 (↑3)
Luk: 10
SP:0 (↓3)
───────
そう、ステ振りである。
森の中でやろうとした時はいきなり出てきたあの良く分からない『化物』に襲われてしまったが、だからといってやらないわけにも行くまい。
今回は完全に敏捷値へと極振り。
最悪攻撃はあまり聞かずとも敏捷値だけ渡り合うことが出来れば勝機も見えてくるというもの。相手の攻撃を躱しまくり、自然回復量より多くダメージを加え続ければこちらの勝ちなのだ。
……まぁ、そんな簡単じゃないことは分かってるけど。
僕はそう考えながらもウィンドウを消すと、それと同時に、僕へと影が差していることに気がついた。
そして、下げている視線の先には僕の目の前に立っているであろう人物の靴が。
そして僕は思い出す――あ、そう言えば指名手配されてるんだっけ、と。
僕はヒクヒクと頬を引き攣らせながら顔を上げる。
そこには額に青筋を浮かべた茶髪のロリっ子が立っており、彼女の額にあるゴーグルがキランっと太陽の光を反射させる。
(あ〜、今一番会いたくない人だ……)
僕は内心でそう嘆くと、何でもないというふうに立ち上がる。
「さーて、初回死に戻りボーナスでお金もアイテムもステータスも減ってないし、とりあえず南の森でも行ってく……」
「おーっと、行かせないよん?」
ギンは逃げ出した!
ロリっ子にまわりこまれてしまった!
やっぱり無理だったか、と僕はため息を吐くと、それを見たそのロリっ子は、ニコッと笑ってこう告げた。
「それじゃとりあえず自己紹介っ、私の名前はアスパ! 一応βテスターの中では五本の指に入るくらいは有名だったから、名前くらいは聞いたことあるんじゃな」
「……え、誰?」
そうして僕らは、最悪とも呼べる邂逅を果たした。
☆☆☆
「情報屋……?」
「うんうん、情報屋っ!」
僕の言葉にロリっ子――もとい、アスパはそう首肯した。
その後、いきなり『なるほど、なんにも知らない初心者くんだね? わかるよ、わかるわかる。断じて私が有名じゃないとか、ちょっと思い上がってたとかそういうのじゃないから。……ぐすっ』と言い始めたアスパ。
それには思わず僕も可哀想なものを見たような顔を浮かべてしまい、そのままこう、アスパの出している露店へとやって来てしまったわけだ。
「まぁ、正確には鍛治師兼情報屋、って感じかな? 私って土人族――それもドワーフだからさ。情報屋をやりながら鍛治師としても働いてるわけなんだよ。……これでも結構攻略組とかの武器防具作ってるんだけどなぁ」
「いやすいません、全く微塵も聞いたことないです」
「ぐぼぁっ!?」
アスパは吐血した。
正確には手に隠し持ったケチャップなのだろうが、僕のような騙す側の人間でなければわからないほどにはその吐血のモノマネはクオリティが高かった。きっとこれで商売を有利に進めるのだろう。
そのため、僕はその吐血に関して無視することにした。
「で、何のようですか?」
「む、無視……。今の会心の出来だったんだけどなぁ……」
アスパはそう肩を落としたが、すぐにパンパンと頬を叩くとキリッとした表情を浮かべた。
のだが――
「ズバリ言うよ! 君の情報を売って欲しいんだ!」
僕は、その予想に反した言葉に少し眉を寄せた。
「僕の……? 吸血鬼に関しての情報じゃないんですか?」
「うん、吸血鬼に関してはもちろんだけど、あれだけのプレイヤースキルを持った君の方がよっぽどいい情報になりそうなんだよね!」
あぁ……そうですか。
まぁ、そう言われたらたしかにそうかもしれないな。アーツとか一切使わずに銃弾を剣で跳ね返すとかちょっとやりすぎた感あるし。目立つのも当然だろう。
(けど……)
僕は眉を顰め、顎に手を当てる。
まぁ、現状を言うのは簡単だ。異世界で僕TUEEEEしてたらいきなりそれまた異世界のゲームの中に閉じ込められてました、と。それだけで済む。
だが、そう聞いたところで、何も知らない赤の他人がそれを信じるだろうか? 答えは断じて否である。
もし言ったとしても『は? 頭でも打ったの? ちがう? じゃあ妄想乙~笑笑』とでも言われておしまいだろう。多分そんなこと言われた翌日には僕のアイコンは返り血で真っ赤に染まっているだろう。
(さて……どうしたものか)
僕はそう考える。
チクタクチクタク。
頭の中で時計の針の音が響き渡り、そして――
「うんいいよ、とりあえず日本でのことを話せばいいんだよね」
とりあえず、僕は情報を売ることにした。
クックック……、まぁ、嘘はつかない。つかないさ。
ただ説明するのは日本にいた頃の話であって、一番要肝心の『異世界に転移してから』のことは全く話さないがな! ふははははっ!
僕は表に一切の感情を出すことなく内心でそうほくそ笑むと、うーんとアスパは声を上げた。
「うーん……、たしかにそれは嬉しいんだけど、まさかここまで何考えてるか分からないとは……。あ、いや、私って情報屋やってるから相手が裏で何考えてるのかって大体わかるんだけど……。君の場合はほんっとになんにも分からなくてさぁ~」
おうっふ!
危ない危ない。やはりこいつ、僕の同類か。
まぁ、僕と違って面と裏であまり差はなさそうだが、人を騙す技術といい、人の内心を見すかそうという魂胆といい、本当にどこかの誰かさんに瓜二つだ。
僕はそう言って内心で冷や汗を拭う。
「ふーん? まぁ別にこっちとしてはどうでもいいんですけど。今回なら特別に安くして上げようかなぁ、とか思ってましたが、そんなこと言われてまで売る必要も無いですよねぇ……」
僕の言葉にアスパはピクリと身体を跳ねさせた。
彼女とて分かっているだろう――この機会を見逃せばこの情報を手に入れるチャンスは二度と巡ってこない、と。
けれども逆にここで下手に出れば『へぇ? ならいくらだせるのかなぁ? ねぇねぇ?』とか言われかねない。まぁ言わないけどな。
だからこそ、僕は助け舟を出してあげることにした。
「じゃあこれでどうですか? 僕は吸血鬼の種族と自分のことについて可能な限り話す。それに対して貴女は僕の質問に可能な限り答える。その『可能な限り』の裁量については僕の話す情報によって変わる――と、こんな感じでどうですか?」
彼女は、僕の吸血鬼について知りたい。
対して僕は、この世界について、このゲームについて――そして、あの『化物』について知りたい。
だからこそ僕はそう質問をして、それを聞いた彼女はため息を漏らしてこう言った。
「君は敬語……、ほんっとに似合わないね」と。
☆☆☆
結果、僕が話した内容はこんな感じだ。
①ありふれた大学生で、頭だけはかなりいい。
②父親がそっち系の人で子供の頃から……、その、地獄のような修行を受け……あ、思い出したら泣けてきた。
③このゲームは説明書なんかを全ての焼却処分した上で始めた上、またチュートリアルも受けていないため、情報は何も知らない。
④吸血鬼のアビリティ、またカルマ値の低さについて。
⑤選んだスキルについて。
まぁ、②と③に関していえば、お前何言ってるの? しかもよく聞けば全部嘘じゃねぇか。と、そう言われても仕方ないくらいの嘘をついた。むしろ清々しい程である。
だが、結果としてアスパは僕のそういった嘘には一切触れず、僕の言った後半部分を聞いて頭を抱えていた。
「か、カルマ値が……初期の時点で-100……? そ、そんなの街中で宿にも泊まれないじゃん! 今までどうやって生きてきたの!?」
「根性」
「馬鹿だよ! ここに馬鹿がいたよ!」
酷い言われようである。
けれども彼女の言葉はそれだけでは終わらない。
「って言うかなんでそんなスキルばっかり選んだのさ! ほぼ全部ハズレもハズレ、使えないってスキルばっかりだよ!」
「……え? そうなのか?」
それには思わず僕も驚いた。
別にスキルを使う上で不便なことは無かったし、むしろ下級魔力付与や見切り、気配察知のスキルなんかは特によく働いてくれていたであろう。
ちなみにアスパからは『敬語きもちわるいから止めてね』と言われており、……その、ちょっとだけ傷ついた。
「で、でもアビリティはまぁまぁ強い……とは思うよ? 夜目は夜と洞窟内以外では使えないハズレだとは思うけど、自然回復と吸血……、ポーション類を一切使わずに回復できる手段があるなんてかなり恵まれてると思うよ!」
「へぇ……、そうなんだ」
実際は自然回復なんて微々たるものだし、吸血に至っては未だに一回も使用していないためよく分からないのだが。
でもまぁ、たしかに回復手段を持っているって言うのはソロをやっていく上で重要なことだろう。
僕はとりあえずそう結論付けると、アスパへと視線を向ける。
「それじゃ、次に僕が聞いてもいいかな? 色々と聞きたいことがあるんだけど……」
僕の聞きたいことは主に四つ。
①このゲームはどう攻略するのが正しいのか。
②職業がずっと旅人のままなんだけど大丈夫?
③僕がやられたあの『化物』について。
④Rクエストとは何なのか。
それを完結に伝えると、それを聞いたアスパはむむむと眉を顰めてみせた。
「ゲームと職業についてはきちんと説明できるから大丈夫だけどね? 問題はその吸血鬼くん――ギン君って言ったっけ? 君が簡単にやられるほどの『化物』の存在と、そのRクエストって奴についてかな……」
彼女はそう口を開くと、何やら思い出したように「はっ」と机の下においてあった資料をペラペラ捲り始める。
何だか秘密情報とか乗っていそうで怖かったため覗くようなことはしなかったが、彼女はすぐに「これだ!」と声を上げるとそのページを見せてきた。
そして――そのページを見た僕は、背筋につい先程も感じたような怖気が走るのを感じた。
「こ、コイツだ……」
そのページに映っていたのは、スクリーンショットだろうか、写真に収められているあの『化物』だった。
巨大な大鎌に、身体中を覆い隠す黒いローブ。小さな身長に、そして顔付近のローブの中に広がるは漆黒の闇。
見間違うはずもない――奴である。
僕の様子を見ていたのであろうアスパは「あちゃー」と額に手を当てて声を漏らすと、心底残念そうに口を開いた。
「こんなに早い段階でエンカウントしちゃうとは災難だったねぇ……。しかもよりにもよってコイツと……とはね」
彼女はそう言って僕へと視線を向けると、そのモンスターの正体について明らかにした。
「ソレの名前は『禍神』。βテスト時代、全ての階層をランダムに徘徊し続け、出会った運の悪いプレイヤー達を片っ端から殺戮して回った――言うなればそう、死神かな」
――禍神。
僕はその名前を、頭に刻みつけた。
アスパとの邂逅でした。
禍神……いつになったら倒せるんでしょうかね。




