《14》悪夢との邂逅
右を見る。
「ふっふっふ……、ようやく見つけた、見つけたよっ! 噂の黒髪吸血鬼くん!」
そこには頭にゴーグルをした茶髪青眼のロリっ子が仁王立ちしており、その背後には数多くのプレイヤーの姿が。
左を見る。
「まさか逃げ足まで速いとは……脱帽したぞ、青年よ」
そこには赤い瞳を爛々と輝かせているハイドさんの姿があり、その背後には数多くのプレイヤーの姿が。
僕はため息を吐く。
――一体なぜこんな状況になったのか、と。
まぁ理由は簡単、僕の種族が吸血鬼だとバレてしまったからであり、この様子とギルマスの『吸血鬼は個体数がかなり少ない』という言葉も鑑みると、どうやら現時点では吸血鬼という種族は僕だけらしい。
(まぁ、もし僕の他に吸血鬼がいたとしても、多分その人即アバター作り替えるだろうけどな……)
僕は内心でそう呟くと、とりあえず気になることをハイドさんへと聞いてみることにした。
「ハイドさん、もしもここで僕捕まったらどうなります?」
「ふむ……俺としてはあまり無」
「もちろん引っ捕えて全部聞くまで解放しないよ!」
よし、逃げようか。
僕はそう覚悟を決めた。
反対側を見れば鼻息荒くしているロリっ子が目を充血させていて、その様子にはさすがの僕も……うん。ちょっとご遠慮願いたい。
「へぇー、そ〜なんですか」
ガキィンッ。
僕はそんなことを呟きながらも剣を抜くと、たまたま目の前――高さ百七十センチメートル程の高さにあった石壁の溝へとその剣を差し込んだ。
それには周囲のプレイヤーも首をかしげて困惑したが、数秒後にハイドさんとロリっ子は焦ったように声を上げた。
「ま、不味い! あれは初心者の剣! 攻撃力こそないが絶対に壊れない!」
「やばいよっ! 早く捕まえてっ!」
その言葉に困惑するプレイヤーたち。
僕はその様子を横目で見ながらちょいっとジャンプすると、その柄の上へと着地した。
「いやぁ、すいませんね。この世界では好き勝手冒険するって決めてるんで……」
僕はそう呟いた。
向こうの世界じゃ色々と邪魔が入ってろくに冒険もできやしなかったからな。せめてこの世界でくらいは自由に、気ままに過ごしてみたい。
僕はトーンとその柄の上で飛び跳ねると、再び柄の上に着地する。
すると壊れないその剣はギギギっと音を鳴らしながらもその身を弓なりに歪め、そして――
「それじゃ、いつか縁があれば」
僕はそう言って、建物の上まで飛び上がった。
タンッ――と着地する。
今になって下の方から騒ぎ声が聞こえ始め、それを聞いた僕はイベントリから壁に刺さったままの初心者の剣を回収する。
「いやはや、便利な世界で」
僕はそう言って眼下へと視線を下ろすと、僕の方を指さして何か叫んでいるロリっ子と、困ったように苦笑しているハイドさんの姿が。
僕はその様子を見て疲れたようにため息を吐くと、南の草原へと視線を向ける。
「それじゃ、とりあえず南の森のウルフたちでも狩って来ますかね」
僕はそう呟いて踵を返す。
どこからか、『こんっっっの糞チートっ!!』という叫び声が聞こえてくるようでもあった。
☆☆☆
難なく防壁の外まで来ることが出来た僕は、その足でウルフたちの住まう南の森へと向かうことにした。
その際に感じたのが、やはりというかなんというか、この黒いローブの見事なまでの『悪目立ち感』と『性能』だった。
気になって見てみれば――
────────────
影のローブ ランクC+
ある魔物の素材を僅かに使用して作られたローブ。
下位の竜の素材を使用して強化出来る。
Str+3 Dex+2 Age+9 自己修復
────────────
――なんとまぁ、思った以上のとんでもなさ。
そのランク、そして能力もさることながら、その説明文がまたとんでもない。
竜の素材を使用して強化できる?
それってつまりかなり上位のドラゴンの素材が使われてるってことだよね? ある魔物とか言ってるけどだいたい想像できるよね?
とまぁ、しばらくは多分強化出来ないだろうなぁ、というこのローブではあるが、今もそうだがあの三人組との戦闘、そして逃亡劇でも実感したが、この敏捷値+9という性能がとんでもなく優れているのだ。
単純計算してもおおよそ素の僕の敏捷値が二倍になったようなもの。この初期に手に入れられる装備としては破格すぎる性能を持っているのではなかろうか?
……まぁ、防御力皆無なんだけど。
僕はそうため息を吐くと、視線を前方へと向けた。
そこには数にして三体のウルフが僕へと向けて『グルルル……』と唸り声をあげており、もうその身体は臨戦態勢へと入っている。
僕はそれを見てにやりと笑うと、背中の剣をと手をかけた。
「って訳で、もう一回どれくらい早くなってるか確かめさせてもらうぞ――ッ!」
瞬間、僕は駆け出した。
以前よりも遥かに早いその速度にウルフ達は目を見開き、回避を始めたが――時すでに遅し。
「ハァァァッ!」
瞬間、青い光を纏った剣が一体のウルフの首に吸い込まれてゆき、速度も乗ったそれはいとも簡単にウルフの首を叩き斬った。
パァンッ!
ポリゴンとなって砕け散るその身体。
僕はその様子を確認すると、残りの二頭へと視線を向けた――のだが、
『ウゥゥ……ガウッ! ガルル……』
『ガウッ!』
瞬間、その二体が視線を交差させると、まるで何かから逃げ出すかのごとく踵を返して走り出した。
それにはやる気満々だった僕も思わず目を点にして固まってしまい、数秒後に頭の中へとインフォメーションが流れてきた。
《ポーン! ウルフを一体倒しました。50経験値を獲得しました》
その声を聞いて数秒後。
僕は髪をガシガシとかくと、先ほどの様子を見てため息を吐いた。
「ったく、なんで逃げられたんだ……? 強くなりすぎた……なんてわけないしな。そもそもステータスなら向こうの方が強そうだし……」
僕はそう考えながらも剣を背中の鞘へと戻すと、ふと、先ほど三人組を倒した時に起きたレベルアップ――その時に獲得したSPを未だに振っていないことに気がついた。
僕はチラッチラッと周囲を見渡して魔物の気配がないことを確認すると、メニューを開くべく手を上げる。
「さて……今回も敏捷値に極振り――」
――瞬間、背筋に怖気が走った。
「――ッッ!?」
考えるよりも先に僕は回避しており、直後、先程僕が立っていた地面へと巨大な斬撃の跡が刻まれる。
バキッ……バキバキッ――
見れば、その斬撃はかなり遠くまで『飛んで』いたらしく、一直線に地面が抉れ――否、割れ、その直線上に位置していた木々が音を立てて倒れてゆく。
「こ、これは……」
僕は光景に思わずそう声を漏らし――直後、ギィンという音が聞こえてそちらへとガバッと視線を向ける。
そこ居たのは、地面へとくい込んでいたその大鎌を持ち上げる、得体の知れない『何か』。
身長は小学生~中学生程度だろうか。頭の先から足の先までスッポリと黒いローブで覆われており、唯一、ローブに覆われていないその顔の部分から見えたのは――果てしなく続く深淵。
一目見ればわかる――コイツには、絶対に勝てない。
恐らくこの街のプレイヤーが全員でかかっても勝ち目はないだろう。そう思えてしまうほどにその存在は圧倒的で――何よりも、絶対的に思えた。
僕は軽く頭を振って無理矢理に頬を吊り上げると、背中の剣へと手を伸ばした。
「おいおい……、お前みたいな『怪物』が始まりの街のすぐ近くに出ていいのかよ? 普通に考えてダメだろ」
考えるまでもない、ダメに決まってる。
コイツは僕の直感だと、最終ステージの、それまたラスボスでもいいんじゃないかと、そう思えてくるレベルの化物だ。
言うなれば……そう。全てのステージを徘徊し続ける『悪夢』と言った感じだろうか。
僕はギュッと柄へと力を入れる。
そして――
「……あれ?」
次の瞬間、僕の視界がぐるぐると回転し、直後、ガツンという衝撃とともに僕の視界は暗転していった。
☆☆☆
「……っはぁっ!」
僕はそう叫んで息を吐き出した。
視線を周囲へと向けるとどうやらここは先ほどの噴水広場のようで、僕の声に何人ものプレイヤーと現地人の人たちがこちらを振り向いていた。
――死に戻り。
まぁ、ここまで条件が揃っていれば安易にその事実へと行き着くことが出来るだろう。
大方あの大鎌で首をチョンパされて即死。
そんな所だろう。
だが、それにしても……、
「し、死ぬ感覚……、リアル過ぎない……?」
僕は視線を手へと下ろすと、ガタガタと震えているその手が視界に入った。
そう、死ぬ感覚だ。
実はあの後、少しだけ僕の身体には感覚があったのだ。
首を失って倒れてゆく身体。土臭い臭いと地面に倒れる衝撃。そして――徐々に冷たくなってゆくその身体。
思い出すだけでも怖気が走る。震えが止まらない。
「ふ、普通ならこれトラウマになるぞ……?」
僕はそう呟いて、すぅ、ふぅ、と数度深呼吸する
あの真っ暗な闇の中死んでゆく感覚。
まぁ、これはゲームだ。しかもとてつもなくリアリティの高い、それこそ異世界と言っても差し支えないレベルのゲームだ。
そんな世界で死んで、それでも生き返ることが出来ると知れば、その人の現実世界での考え方にも影響が現れるかもしれない。だからこそのこういう措置なのだろうが――
「もう少し……、ソフトにしてもらえませんかね……っと」
僕は膝に手をついてなんとか立ちあがる。
思い返すは――あの化物。
鑑定スキルが無かったため名前やレベルは分からなかったが、今の僕よりも遥か格上に位置する存在だということは間違いあるまい。
僕はぎゅっと拳を握る。
顔にはニヤリとした笑みが浮かんでおり、僕はあの『悪夢』へと向けてこう告げた。
「いい目標ができた……。とりあえず、いつかぶっ殺してやるから覚悟しとけよ?」
先は果てしなく長そうだが、とりあえず僕の目標が定まった。
ギン、初めての死に戻りでした。




