《12》称号
「はぁ、はぁっ……」
裏路地。
僕は壁に手をついて荒い息を吐き出した。
視線を背後へと向ける。
「さ、流石にもう……追ってきてない、よな?」
これでも今の僕は全プレイヤートップクラスの敏捷値を誇っている自信がある。そのため体力こそ少ないが一瞬で道を外れ、後は気配を最大限消して隠れながら移動してきたわけだが――どうやらやっと撒けたらしい。
僕は「ほぅ……」と息を吐くと、壁に背を押し付けてズリズリと腰を下ろす。
そして、心底疲れたようにこう呟いた。
「はぁ……、一体何でこんなことになったんだ……」
☆☆☆
時は遡ること十数分前。
その店が噴水広場――つまるところ『死に戻り』の地点のすぐ近くだったことが幸いし、PVPが終わると同時にその三人は噴水広場のすぐ近くに姿を現した。
そして案の定、NPCと一部の正義マンなプレイヤーによって連行されてくるその三人。
だが――
「く、クソがっ! いつかぶっ殺してやる!」
「お、覚えてろよ! 一番最初に殺しやがって!」
「なんなんだよお前! 銃弾を剣で弾くとか化物かよ!? 絶対チートだろうが! もしくはお前運営側だろ!」
酷い言われようである。
僕はため息を吐くと、黙ってメニューを開いた。
詳しいことは知らないが……多分GMコールはヘルプの中に入っているのだろう。きっとそうに違いない。
僕はにやりと笑ってGMコールをしようとすると、それを見た三人は目に見えて慌てはじめる。
「ちょ、ま、待ってくれよ! GMコールする気か!? 謝るよ! 謝るから三週間ログイン禁止とかやめろよ!」
「お前馬鹿なんじゃないのか!? 三週間ログイン禁止とか、俺達が今までどれだけ頑張って攻略組にいると思ってる!?」
「三週間もログイン出来なかったら間違いなく最底辺に逆戻りだ! そんなの有り得ねぇよ!」
その他もろもろ。
まるで僕のことを『間違っている』とでも言わんばかりの彼らを見て僕はため息を吐いた。
「知らねぇよ。お前らが勝手にPVP挑んできて勝手に油断して勝手に負けただけだろうが。PVPを挑まれた僕はただの被害者なはずだが? そいつに向かってあれだけ大口叩いていたのにいざ負けてみればこの体たらく。しかもその口の聞き方……舐めてんのか?」
僕は容赦なくヘルプボタンを押すと、すぐに目に付いたGMコールの文字を容赦なくタップした。
瞬間、僕の目の前に光が溢れ、その中から一匹……一体? いや、一人の小さな妖精が現れた。
『やっほー! GMコールの化身、このゲームのルールの番人のシルフちゃんだよー! さぁ、お巡りさんに何のようかな!?』
「あ、お巡りさん。この三人がPVP負けたくせに巫山戯たことぬかすんでどうにかしてください」
『見事なスルー!? ツッコまれないとは予想外!』
ツッコんでたまるものか。
僕はその自称お巡りさんへと視線を向ける。
ボブカットにしているピンク色の髪に両の瞳は真紅色、背中からは四本の透明な羽が生えている。妖精のくせにボンキュッボンなその黄金比のような身体――
(この妖精……絶対あのポンコツをモチーフにしてるよな)
思い出すは神々のトップに立つ『寵愛神エロース』。
この妖精の羽根をむしり取って羽衣持たせて巨大化させたらまんま彼女になるだろう。性格も瓜二つだし。っていうか、もしかして中身アイツなんじゃない? と、そんなことを聞きたくなる程である。
「てなわけでエロース……じゃなかった、お巡りさん。こいつらです、しばいちゃって下さい」
僕の声に彼女はグッとサムズアップを決めると、フワフワと三人の方へと浮かびながら移動していった。
『やっほー、データから見るに君たち負けたら店主さんたちに謝った上で三週間ログイン禁止だよねー? これ破る気ー?』
その言葉に――文字通りの運営からの言葉にうぐっと言葉をつまらせる三人。けれどもすぐに彼らはフンッと全く別の方向へと視線を向けた。
「はっ、どうせそいつがズルしたんだろう? なら俺たち悪くねーじゃん」
「そーだそーだ! なんで俺達が三人もいて一人に負けなきゃなんねぇんだよ! 有り得ねぇだろうが!」
「常識ってものを考えろよ運営! テメェらちゃんと目ん玉付いてんのか!? アァ!?」
あ〜あ、僕知ーらない。
僕はもう完全にそいつら三人に対して無視を決め込むと、それと同時にフワフワと漂っていた妖精さんが腕を組み、ふむふむと頷いた。
『なるほどなるほど……、君たちはつまり自分たちが弱くて負けたくせにそれを他人のせいにして、その上で全能神が作り上げたこの世界のルールに楯突こうと、そういう訳だね? ならいいや』
瞬間、彼女はパチンと指を鳴らす。
直後に周囲の空間が歪み、その中から三体の大きな騎士が現れた。
――否、騎士ではないか。
全身が機械によって出来た非生物。背中には羽が生えており、その手には剣と盾が。その姿を一言で表すならば……そう、英霊騎士――エインヘリャル、とでも言うべきか。
『君たち反省の様子なーし。もう説得は諦めますっ! というわけで君たちにはこの世界で三週間を過ごしてもらいまーす! 別にあっちに逃げてもいいけどこっちで三週間過ごさないとこの街には戻ってこれないからね〜』
彼女がそう言うと英霊騎士たちは一斉に三人へと襲い掛かる。
その速度、パワーは今の僕からすればとんでもないもので、思わず背筋が寒くなる――もしも敵対したら、と思うと。
まぁ、もちろんそんな相手に死に戻りして弱体化した三人が抵抗できるはずもなく、彼らはギャースカと騒ぎながらその空間の歪みの中へと引きずり込まれて行った。
そして、その場に残ったのはそれらを呆然と見つめる僕らと、ニコニコと笑っているエロース改めてお巡りさん。
彼女はくるりとこちらへ身体を向けると、にぱっと笑ってこう告げた。
『今回は親切な人が現地人の娘を助けてくれたみたいだけど、現地人を殺すだなんていっちばんこっち側が許せないことだから〜、もしも万が一そんなことやらかす奴いたら……どんなことになっちゃうんだろうねッ?』
ブルルっ。
僕は思わず身を震わせた。
間違いない、この妙にラスボスっぽいオーラ――この中身絶対エロースだ。もしくはあいつの脳内を完全にコピーしたNPCか。いずれにせよろくなもんじゃない。
とまぁ、そんなこんなでお巡りさんはどこかへと消え去ってゆき、その場に残されたのは茫然自失とした様子の僕と、先ほどの言葉を噛み締めているプレイヤーたち。
そして――
「わーっ! すごいっ! すごかったよお兄ちゃんっ!」
ガシッ。
そんなぶつかってくるような感覚を覚えへ視線を下ろすと、そこには僕の足にしひっと抱きついている先ほどの少女の姿があった。
――僕、これでも吸血鬼なんだけどな。
僕は内心でそんなことを呟きながらも頬を緩めると、その娘の頭を軽く撫でてやった。
「ハッハッハ、お兄ちゃん凄いだろ。何てったってちょっと頑張ったからな」
「うんっ! 凄かったよっ!」
僕はその少女の言葉を笑みを浮かべて――
「さっすが吸血鬼のお兄ちゃんだねっ」
瞬間、周囲を静寂が包んだ。
NPCたちはうんうんと頷きながらも以前よりも少しだけ好意的な視線を、そしてプレイヤーたちは――
「お、おい、今吸血鬼って……」
「そ、そんな種族あったっけ?」
「もしかして新しいレア種族……」
「なるほど、ならさっきのも……」
おーっと、何だか熱い視線が僕の身体に突き刺さっています。それも複数。
ハッハッハ、もしかして誰か僕の勇姿に惚れちゃったかな? あー、これはハーレム来ちゃうかもなー。
「君……ギンでいいのかな? 少しお話、いいかな?」
知ってましたとも、出来るとしても男女混合の好奇心しか存在しないハーレムですよね。
僕はギリギリと首の関節部が錆びれたブリキ人形のように、ぎこちない素振りで振り返る。
するとそこにはギラギラと瞳を輝かせたハイドさんと、その背後のその他大勢。
僕はフッと笑みを浮かべると、その少女の目の前にしゃがみこみ、視線を合わせた。
「ん? どうしたの吸血鬼のお兄ちゃん?」
「お兄ちゃんな。ちょっと急用を思い出した」
僕はそう言うと、彼女に手を振って逃げ出した。
☆☆☆
とまぁ、そんなことがあった訳だ。
僕は再び現状を思い返してため息を漏らすと、気分を変えるためにも先ほどのインフォメーションについて考えることにした。
「称号……かぁ」
僕は確かにこの耳で聞いた――称号を獲得しました、と。
僕は考えても仕方ないな、と考えると、メニューを開いてステータスを表示した。
するとそこに出てきたのは、案の定レベルアップしたステータスと――
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【name】 ギン
【種族】 吸血鬼族
【職業】 旅人
【Lv】 4
Str: 9 +6
Vit: 4
Dex: 4 +2
Int: 4
Mnd: 4
Agi: 12 +9
Luk: 10 (↑3)
SP:3 (↑3)
【カルマ】
-78
【アビリティ】
・吸血Lv.1
・自然回復Lv.3 (↑1)
・夜目Lv.1
【スキル 5/5】
・下級剣術Lv.5 (↑1)
・隠密Lv.3 (↑1)
・気配察知Lv.4 (↑1)
・見切りLv.5 (↑2)
・下級魔力付与Lv.3
【称号】
小さな英雄
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「か、カルマがっ!?」
――カルマ値の、上昇だった。
自然回復についてはウルフ戦もみ合った時にやられたHPやマジックエンチャントの魔力が回復したから。
その他のスキルについても概ね順調で、特に銃弾を見切ったのがよかったのか見切りスキルがかなり上昇している。
のはいいのだが、今はカルマについてだろう。
「22も上昇か……」
思い出すは先ほどの状況。
襲われた現地人の女の子を救って、その襲った加害者側のプレイヤーを公衆の面前で退治した。
まぁ、そのせいでプレイヤーたちからは絶賛指名手配中なのだが、その分現地人たちからはよく思われていた、ということだろうか。
「まぁ、吸血鬼って言っても迷信や昔からの言い伝えで嫌ってる、ってのもありそうだしな」
僕はそう呟いてその称号へと視線を向ける。
――小さな英雄。
僕はその文字をタップする。
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称号:小さな英雄
誰かを助けた小さき英雄の証。
今は小さく弱々しいその姿。
けれど、いつか英雄は大きく成長するであろう。
Luk +3 / NPCからの好感度が上がりやすくなる。
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「……弱々しいとか言うなよな」
僕はそう呟いて苦笑すると空を見上げた。
僕はふぅとため息を吐いて立ち上がると――
「さて、どうやって逃げようか」
いつの間にか狭まっていた包囲網を見ながら、そんなことを呟いた。
※補足説明
・小さな英雄
《獲得条件》
・NPCの命を助け、それを大勢のNPCに認められること。
・NPCを助けた後に対価を要求しないこと。
分かっていなければかなり難しい内容ですね。
次回、第二回掲示板回です。




