《11》PVP
制裁の刻来たれり。
ヒュゥゥ。
風が音を鳴らして吹き付ける。
周囲には静寂が占めており、僕のローブがバサバサと風に揺れる音だけが聞こえてくる。
視線の先には三人の姿。
僕はふぅと息を吐き出すと口を開いた。
「僕が勝った時の条件は『この店の三人に謝ること』。そして『三週間のログイン禁止』だ」
「キャハッ! テメェが勝てるとも思えねぇがな! 俺達は『お前の持つ全財産の没収』と『俺らに土下座して許しを請うこと』だ! もちろん没収するのは防具やアイテムも同じだぜぇ?」
その言葉と同時に、僕らの上空に丸い円が現れた。
その中には『10』と文字が刻まれており、ポン、ポン、と一秒刻みでその数字が減ってゆく。
「よしテメェら! このイキがってる野郎をぶっ殺してやろうぜ!」
「デスマッチ始まってから謝ってもおせぇからな!」
「ギャハハッ! ぶっ殺してやるぜ!」
三人組はそう叫んで武器へと手をかけた。
ゴリラ高校生ことリーダー格が長剣、その横の細っちい男が弓、そして最後のひとりが銃を手にしている。
(そういや『下級銃術』なんてスキルもあったっけか)
僕は内心でそう呟く。
相手側は遠距離が二、近距離が一。
あの初心者丸出しの構えを見るに恐らくはアーツ便りのプレイヤー。素のプレイヤースキルで後衛二人が攻撃を当てられるとは思えない。ならば気をつけるべきはアーツのみ。
僕は背中の剣に手をかけた。
ポン、ポン――
次第に上空のカウントダウンは4、3、2――と終わりへと向かってゆき、その数値がポン、と『1』を表示する。
そして――
《それでは、PVP開始です》
そんな冷たい声とともに、僕は勢いよく駆け出した。
☆☆☆
「なぁ、何分持つかかけないか?」
「え、何分も持つのかしらあの人……相手は三人もいるのよ?」
「なぶられなければいいが……」
「な、せっかくのいい奴なのに」
そんな声が聞こえてくる中、俺は彼の姿を見つめていた。
風に揺れる黒いローブ。
その顔に浮かぶ表情、それは初めてのPVPに緊張している初心者のソレには見えなかった。
「い、いいんですかハイドさん!? あの初心者やられちゃいますよ!? 防具……というか服もらったみたいですけど、アレ後衛用のVitが強化されないやつですよね!? 間違いなく死んじゃいますよ!」
俺の後ろから見知った顔が話しかけてきた。
彼はβテスト時代の俺の噂を聞いて『紅蓮聖騎士団』へと入団してきた男で、なかなかに気配りのできるいい奴だ。
俺は顎に手を当ててふむと頷く。
「なに、最初は俺もそうだと思ってさり気なくと止めせようと中に入ったのだが……」
思い出すは、あの時の彼の後ろ姿。
初心者装備――つまるところ防御力の欠片もない布の服を着ていたときは何か感じるものはなかった。
けれどもあの黒いローブ。アレを着た途端に彼の身から感じられるそのオーラが一変した。
まるで、VRMMOを初めて体験して右往左往している初心者から――
「まるで、王者そのもの」
気がつけば俺はそう呟いていた。
俺はこれでもリアルは自衛官だ。今は上官に就職以降一度として使ったことのない有給を消費しろ、との命令を受けてこうしてゲームをしている訳だが――これでも人を見る目だけはあるつもりだった。
(……さて、どれほどか)
俺は少し頬を緩めて目を細める。
馬鹿な三人組は戦闘前だというのに無駄な会話を繰り返しており、前衛と後衛、三人が横一列に並ぶという愚行を行っている。
彼はその様子を興味なさげに見つめる、そして――その剣へと手を伸ばした。
瞬間、その姿を見た俺は目を見開いていた。
「全く……、一体何が初心者だ。……あれだけの構えを簡単に取れる者が初心者なわけがないだろう」
俺は思わず自分の眉間をもんだ――どうやら自分の見る目も相当落ちてきているようだ、と。
彼は背中の鞘へと収まっている剣の柄を右手で握りしめ、左手を前に伸ばして相手との距離を大まかに測っている。
それは『基本』とはかけ離れた、余計なものを削りに削って鋭く研ぎ澄まされた我流の構え。
だからこそ分かる――奴の技量を。
これだけの者を一瞬たりとも初心者と思った自分が情けない。
それと同時に上空のカウントダウンが『0』の数字を示し、周囲にその声が響き渡る。
『それでは、PVP開始です』
瞬間、彼は駆け出した――とてつもない速度で。
その速さには思わず俺も目を見開き、直後、カチャンと小さな音を立ててその刀身が鞘から姿を現す。
日の光を反射にし白銀色に光り輝くその剣。
今になって状況に気がついたのだろう、三人組はその速さを前に行動し始めるが――
「まず一人――ッ!」
瞬間、踏み込みと共に抜き放たれたその剣。
それは三日月のような銀色の軌跡を残し、その三人組のうち一人――前へと出すぎていた弓使いを捉えた。
その一撃はその男の首を一瞬にして切り落とし、弓使いのHPバーが一瞬にして削り取られる。その身体はポリゴンとなって砕け散っていった。
その光景に唖然とする周囲。
それもそうだろう――先程まで周囲では『何分持つか』などという的はずれなことを話していた連中だ。
だからこそ、俺はあえてこう呟く。
「さて……、何秒持つか?」
俺はニッと、楽しげに頬の端を吊り上げた。
☆☆☆
「へぇ、人もこういう風になるのか……」
僕はそのポリゴンとなって砕けていった身体を見ながらそう呟いた――正確にはその身体があった場所、をなのだが。
視線を頭上へと向ければ青いマーカーが視界に映り、事前に聞いてあったようにPVPで人を殺しても何の罪にもならないようだ。まぁ、でなければデスマッチなどやるはずもないのだが。
と、そんなことを考えていると、やっと硬直から立ち直った様子のゴリラ高校生が叫びだした。
「え、エイオォォッ!? く、クソがっ! ぶっ殺してやる! ウイ! FFは起きねぇからぶっぱなせ!」
「え? あ、あぁ! わかった!」
――FF。
きっと○ァイナル○ァンタジーの略。
……では、ないだろう。多分フレンドリーファイアの方。でなければあの男はいきなり『ファイ○ルファン○ジーは起きないからぶっぱなせ』と叫んだことになる。気でもトチ狂ったのだろうか?
にしてもいいことを聞いた。どうやらこの世界ではフレンドリーファイアというものは無いらしい。パーティを組むなんてないとは思うが一応心の片隅に留めておこう。
「『スラッシュ』ゥッ!」
瞬間、ゴリラ高校生の剣がアーツによって補助され、見事な太刀筋の袈裟斬りが放たれる。
だが――
「アーツってさ、多分それ途中で解除出来ないだろ」
僕はそのアーツの範囲内からスッと飛び出すと、ズザッと大地を踏みしめ、その首目掛けて剣を振り下ろす――
「『ツインショット』!」
――その直前に、僕はその場から飛び退いた。
直後に先程まで僕のいた場所に二発の弾丸が命中し、それを見た銃使いはニッと笑みを浮かべる。
「ハッ、最初の速度には驚いたがあれは不意打ちだったからだぜ! もう同じ手は食わねぇ、ただ追い詰められて死んでゆく未来が目に浮かぶようだぜ!」
「おうおう、難しい単語使って……。馬鹿みたいに見えるからやめとけよな」
僕はテキトーにそう返すと、周囲から「ぷふっ」という吹き出した様な笑い声が聞こえ、銃使いは顔を真っ赤にして憤慨した。
「て、テメェ! ぶち殺されてぇのか!?」
デスマッチやってるんだからそりゃ殺すか殺されるかしか無いわけだが……何でこう、ぶっ殺してやるとか、ぶっ殺されたいのかとか、そういう無駄なこと言わないと気が済まないんだろうかな。
僕は呆れたような視線を銃使いへと向ける。
「おい、そんな宣言も確認も要らないからとっととかかって来い。そんなに相手を怖がらせたいなら行動と実力で示せよ」
その言葉に彼はギリッと歯を食いしばる。
けれども直後、その横から「しっかりしろ」と声がかかった。
「ウイ! 相手は俺達を怒らせて弱体化を狙ってる! たしかに速度は早いがそれ以外はカスだ、格下だ! 協力して殺るぞ!」
そういったのはゴリラ高校生。
その言葉に銃使いはコクリと頷くと、それを見たゴリラ高校生――もう以降はゴリラでいいか――はこちらへと駆け出してきた。
ゴリラは剣を振りかぶると――
「うおらぁっ!」
そのまま今度は、アーツなしで剣を振り下ろした。
僕はそのお粗末な剣筋を一歩下がることで躱すと、それを何と勘違いしたのかゴリラはニヤリと笑みを浮かべた。
「テメェはたしかに早い! それに加えて目だけは良いようだな! アーツを発動した途端にその範囲内から外れるとは思いもしていなかった! だが、アーツを発動してやられるくれぇならそもそも発動しなけりゃいいだけの話だ!」
「ギャハハ! 相手に情報渡すなんざ馬鹿じゃねぇのか!?」
そう嗤ってゴリラは振り下ろした剣を振り上げ、銃使いもまたアーツを使わずに銃を撃ってくる。
だが――
「……それ、普通に弱体化するだけじゃないか?」
ピタッ。
僕はその場で静止した。
すると僕の目の前を大振りの剣が通り過ぎてゆき、数十センチ向こう側を銃弾が通りすぎてゆく。
それには何故か二人が驚愕に目を見開き、けれども、すぐにその数は半減する。
「『マジックエンチャント』」
瞬間、その言葉と同時に僕の身体は再起動し、直後、僕は今度こそゴリラのその首を叩き斬った。
首が宙に跳ね、その身体が倒れてゆく。
けれども地に着く前にそれらはポリゴンとなって砕け散ってゆき、それを見た銃使いは思わず「ひぃ」と声を漏らす。
「何がしたいのかわからないけどさ、お前らはアーツで力を『強化』してるんだろ? それをやめたら弱体化するのなんて子供でもわかるぞ」
僕はそう呟くと、血を落とすように剣を振って銃使いの方へと歩き始める。
一歩――また一歩。
僕の歩みに彼は思わず後退り、僕へと向けてその銃口を向けた。
どうやらもう一丁隠し持っていたのか、今度は両手に一丁ずつを構えていた。
「く、来るなぁっ! う、撃つぞ! この距離だ! アーツを発動して撃てば外すわけが無いからな!」
彼我の距離はおよそ十数メートル。
たしかにアーツを発動して撃っても、その間に僕が向こうまでたどり着くのは無理だろう。十中八九二発目以降が飛んでくる。
だが――僕はあえてニヤリと笑みを浮かべてその言葉を無視してやった。
――別に撃つたら撃つがいいさ。それが僕に対して、通じるとでも思っているのなら。
そんな言葉が透けて見えるだろう。
彼はギリッと歯を食いしばると、キッとこちらを睨み据え、そのアーツを発動した。
「『ツインショット』ォォ!」
瞬間、二つの銃口が二連続で火を吐き、僕へと計四発の弾丸が飛来する。
僕は薄々分かっていた――この身体じゃ、見て理解してから行動してたら弾丸なんて躱せるはずが無い、と。
だからこそ、僕は信じることにした。
(こんな速度、向こうじゃ当たり前だっただろう? これじゃ牽制にすらならなかっただろう? こんな弾、幾度となく躱して来たのだろう?)
僕は思い出す、あの三年間を。
この数十倍の速度で放たれる魔法、一撃でも喰らえばその弾幕の数に圧倒されて死すら有り得る。
そんな状況下で、僕はそれらの魔法を斬って斬って、あの人の魔力が尽きるまで斬り続けた。
だからこそ――僕の身体は覚えている。
「ハァッ!」
瞬間、僕はその銃弾を――斬り捨てた。
火花が散り、カァンと高い音が鳴り響く。
けれども流石は耐久度∞のファンタジー武器。僕は難なく一発目を切り捨てると走り出す。
下向きに放たれた二発目を最低限の動きで躱し、三発目を再び切り裂き、そして四発目。
気がつけば目と鼻の先までその弾丸は迫っており、僕は――
「らァッ!」
咄嗟に、その弾丸を剣で打ち上げた。
それには今の一連の行動を見ていたらしい銃使いは完全に固まってしまっており――その隙を見逃すほど、僕も詰めは甘くない。
僕は速度そのままで銃使いの目の前まで踏み込むと、迷うことなくその剣を振り下ろす。
《You Winner! PVPに勝利しました。報酬として相手チームの全財産、1,200Gを獲得しました》
《ポーン! PVPにてプレイヤーを三人倒しました。312経験値を獲得しました》
《ポーン! レベルが上がりました!》
《ポーン! 称号を獲得しました!》
僕はその声を聞きながら、疲れたようにこう呟いた。
「黒の剣士さん……。アンタ、こんな難しいことゲームの中でやっていたのか……」
僕の中でキ○トへの好感度が――結構上がった。
成・敗ッ!
 




