《10》贈り物
僕の言葉に彼らは――
「ぎゃははははっ! コイツ何言ってんだ!? 悪いことしたら謝る? んなの当たり前だろうが! 現実ではな!」
「はははっ! マジウケるんだけど! こいつ正義の味方かよ!? 僕の言葉、心に響けーって!」
「まじワロタ! 早速掲示板にあげようぜ!」
あー、コイツら終わったな。
僕は確信した。
チラリと周囲を見れば、そこら中にNPCたちの姿が見え、彼ら彼女らは三人へと絶対零度よりも冷たい視線を送っている。
もうこの先の未来が目に見えるようだ――この先始まりの街でNPCの宿に泊まれず、その他の店でも武器防具からポーションに至るまで一品たりとも売ってもらえず、結果としてヤケクソになって街の外に出て死に戻る。
せっかく『生きてるんだから気をつけろ』って意味でも忠告してやったのに……だから馬鹿な子供は苦手なんだ。
僕はため息を吐くと、そのメニューを操作しようとしている三人へとこう告げた。
「じゃあ僕も書き込もうかな。広場の目の前にあるよくプレイヤー達に使われている武器屋。そこの店主さんと奥さんを脅した上に娘さんを殺そうとしたプレイヤーが三人いるってさ。ついでに顔写真付きで」
瞬間、三人の動きがピタリと止まる。
こんな簡単なことくらいは分かっているだろう――そんなことを書かれたら間違いなく酷い目に遭う、と。プレイヤーたちから冷遇される、と。
その上――
「あー、そんなことしたらプレイヤーたちから嫌われるよなぁ。冷遇されるよなぁ――あぁ、冷遇されるのはなにもプレイヤー達からだけじゃないか」
僕の言葉に三人は目を見開く。
僕はわざとらしく周囲へと視線を向けると、三人もそれを追うように周囲へと視線を向けて――愕然とした。
「な、何なんだってんだよ……ッ、これはッ!?」
目の前に広がるはNPCとプレイヤーの軍勢。
彼らの瞳には少女を殺そうとした犯罪者とそれを守ろうとした一プレイヤーの姿しか映っておらず、それを見て三人は思わずその身を震わせた。
きっと彼らは考えるだろう――何故こうなった、誰が原因だ、と。
普通ならば最初に胸ぐらを掴みあげたあの男のせいだろうが、こういうヤツらに限ってこういう時ほど責任転嫁を好むものだ。
「そ、そうだ! こう、こうなったのは全部お前のせいだ! お前がっ、お前が俺に突っかかってくるから――ッ!」
「嫌だなぁ、僕はいきなり目の前でゴリラみたいな男が少女に襲いかかったから止めただけじゃないですかァ?」
僕の言葉に、その現場を目撃していなかった人たちが目を見開いてこそこそと話し始める。
「お、おい、あのゴツイ男が女の子を襲ったってマジ? あの年の差で……犯罪じゃねぇの?」
「いや、よく見ろよ。まだあのゴツイのまだ子供っぽいぜ? 高校生とかかな?」
「いずれにしても犯罪じゃない」
「ロリコンだ! ロリコンがいるぞ!」
「スクショスクショっ、掲示板に晒そうぜ!」
自分でも見事と評したい程の誘導話術。
流石は自他ともに認める詐術の天才。嘘は一つも言っていないのにそういうふうに聞こえて仕方が無い。
もうあれだな、これは本当に自画自賛してもいいと思う。
と、僕がそんなことを考えていると、その声が聞こえた件のゴリラ高校生は顔を真っ赤にして叫びだした。
「ち、違っ! 俺は違う! そんなことやってねぇ! お、おいテメェ! ふざけたこと言ってねぇで弁解しろよ!」
「え、何でわざわざめんどくさい……」
僕はそう言って興味なさげにポリポリと頬をかくと、それを見てとうとう堪忍袋の緒が切れたのだろう。
彼はメニューを慣れた手つきで操作すると、僕の方を指さしてこう告げた。
「もういい! ぶっ殺してやる! 俺はテメェにPVPを申し込む!」
その言葉と同時に、僕の目の前には透明なウィンドウが現れた。
☆☆☆
――PVP。
player VS playerの略であるのは僕でもわかる。
僕はそのウィンドウへと視線を下ろす。
──────────────
《PVPを挑まれました!》
VSアイウ、ウイ、エイオ
モード:デスマッチ
ルール:武器防具以外のアイテム使用不可
バトルを受けますか? yes/no
──────────────
僕はそのウィンドウを見て思わず唸る。
――全然詳細書いてないんだけどこれどうしたらいいの? と。
そう考えていると、三人組は怖気付いたものだと勘違いしたのだろう。顔に嘲笑を浮かべ、口を開こうとして――
「何か問題があったか青年。良ければ話に乗るが」
その時、渋いバリトンボイスが響き渡った。
そちらへと視線を向けると、最初にあの少女を助けようと手を伸ばしていた赤髪の男性が僕の方へと進み出てきていた。
のだが――
「んなぁっ!? は、ハイドだと!?」
「なにっ!? は、ハイドって、あの紅蓮聖騎士団の団長、竜人族のハイドか!?」
「な、なんでこんな所に……」
三人組が目に見えて狼狽する。
どうやらこの赤髪男性――ハイドはかなりの有名人らしく、出てきた途端に周囲がザワザワとしだした。
まぁ、正直どうでもいいんだけど。
僕は彼へと視線を移すと、素直に現状を打ち明けることにした。
「えーっと、なんかPVPのウィンドウが現れたんですけど詳細に関しては全く書かれていなくて。それもよく見たら三対一だし……」
「……なに? 三対一だと?」
僕の言葉を聞いたハイドさんはそう呟いて眉を顰める。
彼は僕の目の前にはあるウィンドウを覗き込むと、ムッとしたような顔つきになって三人へと視線を向けた。
「貴様ら……、初心者装備の相手に向かって三対一……それもデスマッチだと? 馬鹿にしているのか?」
どうやらかなりの悪条件らしい。
ハイドさんはかなりご立腹のご様子で、それを見た三人組は「ひぃっ」と短く悲鳴をあげたが、すぐに引き攣った笑みを見せると口を開く。
「べ、別にアンタにゃ関係ないだろうが! これは俺らとそいつの戦いだ! デスマッチ――どっちかが全滅するまで続き、負けたら自分の保有する全ての金が奪われる! 俺達がせっかく用意してやったんだ、まさかあそこまで言っておいて逃げるとは言わねぇだろうよ!」
「……チッ、この下衆が……」
ハイドさんは物凄く怖い顔でそう言葉を吐き捨てる。
と、何だか物凄くシリアスになっているところ悪いのだが、何やら丁度いい具合にデスマッチの説明があったので、僕は残る気になるところについて彼へと聞いてみることにした。
「えーっと、ハイドさん、でしたっけ? これって勝った場合は相手へと何か強制できたりしないんですか? 謝罪とか」
「……む? それなら事前にどんな形でも約束を結んでおけば良い。破ろうとしたらGMコールをすれば問題なく執行されるだろう」
へぇ、いいことを聞いた。
僕はニヤリと笑みを浮かべると、それに何を見たかハイドさんは焦ったように口を開く。
「ま、まさか受けるつもりか!? あの男達は見たところ死に戻ったばかりのようだが、恐らく初回死に戻りのボーナスでステータス低下はしていない! 見たところ南の森まで突入した様子……それを初心者装備の君が倒すなどあまりにも無謀だ!」
僕はその言葉を聞いて少し目を見開いた。
奴らの革鎧にはウルフの傷痕が微かに刻まれており、それをひと目で見て分かるということは、このハイドさんもまたウルフとの戦闘経験があるということ。
(なるほど、どうりで有名なわけだ)
僕はそう苦笑すると、それと同時にちょんちょんと、長袖の裾が引っ張られるような感覚を覚えた。
少し驚いてそちらへと視線を向けると、そこには先程奥へと引っ込んでいったはずの少女の姿が。
「あの、ね? お兄ちゃん。こ、これっ、戦うんでしょ? だ、だったら……あげるっ!」
そう言って少女は僕へと黒い何かを押し付けてくる。
僕はとっさにその何かを受け取ると、彼女はタタタッと店のほうへと駆けてゆき、その店の前に立っている奥さんの後ろに姿を隠した。
僕は奥さんへと視線を向ける。
すると彼女はニコリと笑みを浮かべると、
「娘の命の恩人に無礼を働くわけにはいきません。先程夫が完成させたばかりのものです。最高傑作、との事だったのでどうぞ使ってください」
見れば奥の方からやつれた顔の店主さんがサムズアップしてきており、僕は思わずその様子に頬を緩めた。
「ありがとう」
僕はそう彼らへと告げると、その黒いものをイベントリへと送り、そこから経由で自らの身体に装備させる。
瞬間、僕の身体を黒い光が包む。
そして――数瞬後。
バサァァッ!
吹き付ける風に漆黒が踊る。
僕の服は初心者の布の服から黒を基調としたローブへと変化しており、風を受けたそのローブは、まるで影をまとっているかのようにも見えた。
僕は笑みを顔に貼り付けて歩み出す。
その様――まさに威風堂々。
黒いローブ、それはかつて僕のメインとしていた防具でもあり、姿形こそ違えど、その姿はかつての僕に瓜二つ。
そんな、文字通りの『百戦錬磨』を前に三人組は思わず後退り、先程まで止めようとしていたハイドは笑みを浮かべて引き下がった。
「まさかあそこまで言っておいて逃げるとは言わないよな? デスマッチから」
僕はそう呟いて、ニヤリと凄惨な笑みを浮かべた。
次回、制裁開始。
ゲームの中では執行開始とは言いませんとも。




