命の泉
◇◇◇ エントン ◇◇◇
俺の登場を、教官たちは拍手で迎えてくれた。
「お帰りエントン。殿下はお元気だったか?」
ハース教頭が笑顔で肩を叩いてきた。他の教官11名も俺を笑顔で取り囲んでくる。
「はい、お元気でした。今日はこれを預かってきました。殿下が坑夫として頑張られた成果です」
俺は金貨の入った袋をテーブルの上にガシャッと置く。袋には金貨500枚(500万エバー)が入っている。正直凄く重かった・・・
全員が、どれどれと袋の中を覗いて、見慣れない大金を目にしたせいか、金貨が眩しかったのか、何故か一歩下がってしまった。
「先生方、エントンには優しいですよね?嫌だな~金に釣られ・・・うっ」
ギニ先輩が、レポル教官に両頬をつねられている……
「それで、良い解決方法って?」
ハース教頭は、ギニ先輩を無視して質問する。同時に教官たちは席に着き、会議の続きを始めた。
俺は、殿下の次の作戦A【バルファー殿下は生きていて、心から民を案じています】について説明した。
「作戦名を聞けば、だいたい分かると思いますが、各地に散った同胞が、苦しんでいる民に救いの手を差し伸べます。そしてバルファー殿下の指示で動いていると告げます。重税で苦しむ民は、先の減税より今の生活の方が大事ですから、とても喜び、ついつい噂してしまうのです。《バルファー殿下は民の味方だ!王座を奪還して欲しい》と」
「ウオーッ!!そうだ民が見方になれば、我々が兵を挙げた時に協力してくれるだろう。たとえ協力が無理でも敵にはならない」
皆は口々に、作戦内容を歓迎してくれている。
そして作戦Aのもうひとつの目的【正しく税が徴収されているかを調べる】についても話した。
我々軍人には気付き難いことだが、殿下ならではの視点に、皆は流石殿下だと感心した。
「これからが本題です。皆さんにしかできない解決策であり任務なので、よく聴いてください」
そう切り出して、作戦B【王都包囲網】についても説明を始めた。
「12月に殿下は蜂起される予定です。それも全地方から一斉に王都に向けて進軍します。バルファー軍(旧国王派)は上手く地方に散らばっているので好都合なのです。そしてギニ先輩のハヤマ(通信鳥)があれば同時進軍も大丈夫でしょう。しかしながら我々には軍勢が足りません。そこで、学生たちが活躍するのです」
俺はニヤリと笑いながら、会議室にあったレガート国の地図を机の上に広げた。
ここからは、俺が独自に考えた作戦なのですがと前置きをして、作戦名とその内容を話し始める。
作戦名《卒業試験は3度美味しい〈仮〉》と地図に書き込んだ。
1、いつもより卒業試験に気合いが入る
2、学生たちが、経験を通して希望部隊を決められる
3、学校に帰るついでに、王都包囲網に参加させる
そして詳しい作戦内容を、次のように説明した。
ハース教頭は、レガート軍本部に行って、こう説明してください。
王様の巡行が終了する11月中旬までに、もしもバルファーが捕まらなかった場合、レガート軍学校の卒業試験として、学生全員をバルファー捜索に行かせたいと思います。当然試験官として教官も同行します。
滞在は各地の駐屯地ですから、食事の心配も寝床の心配もありません。捜索でバルファーを見付けることが目標ですが、各々学生の適正や力も判り、卒業後の配属が、より現場の意向に添えるようになると思いますと。
「これまでそんな卒業試験の前例などない。もしも反対されたらどうする?」
ハース教頭は、エントンの突拍子もない作戦を心配して問う。
「その時のキーワードは2つ」と言って、俺は説明を続ける。
1つ目は、入隊前に現場を経験できるので、もしも急にバルファーや他国が何かを仕掛けてきた時、入隊直後であっても、足手まといにならず少しは役に立てる。
2つ目は、卒業前だから、どんなに働かせても給金が要らない(学生は、宿舎と食事と制服の配給があるだけ)、よって経費の削減になる。と答えれば、たぶん大丈夫だと思いますよとアドバイスした。
「もしもそれでもごねるなら、この新しい卒業試験でバルファーを見付けることができた時、その手柄は誰のものでしょう?この卒業試験を許可した、貴方の手柄になるのでは?と言ってやれば必ず許可します」
俺は黒く微笑み、自信を持ってそう言った。
「エントン、お前って軍隊よりも政治向きだな」
ギニ先輩がそう言うと、他の教官たちもうんうんと頷いた。そうなのか・・・?
さあ、そして学生たちですが、彼等にはこう言ってくださいと、説明を続ける。
軍本部からバルファー捜索を命じられた。卒業試験も兼ねるので頑張るように。各地に到着したら、現場の上官の指示に従うこと。自分の適正も経験することによって判るので、どんな任務であっても逆らわないように。
そして15人1チームで行動する。試験教官から送られてくる評定と、現場の上官から送られてくる評定を合わせて、上位成績3チームに賞金を出すと。
「賞金はいくらだ?」
ビラー教官が、賞金というキーワードに食い付いてきた。
「ここは夢を持たせて、1位のチームは金貨2枚(2万エバー)、2位のチームは金貨1枚(1万エバー)、3位のチームは銀貨5枚(5000エバー)、もちろん1人に付きです」
俺は目の前の、金貨の入った袋をポンと叩きながら言う。
「えーっ!新兵の1ヶ月の給金は5000エバーだったよな?」
「ギニ先輩・・・羨ましがるのは止めてください。今は有事なんですから……」
後は、各地にいるバルファー軍の上官の配置場所に、8人の教官が学生たちを引率し向かいます。
地方に行けば国の現状や、今のレガート軍の腐敗を知るでしょう。到着後はバルファー殿下の捜索という仕事ではなく、国民を助ける行動をさせてください。
そして本当の目的は、地方にいるレガート軍の兵士全員と学生たちを、上官と力を合わせてバルファー軍にして欲しいのです。
先輩方が教育した生徒たちです。きっと我々の目指すところを理解してくれると、俺は信じています。
そして蜂起する時、学生たちを一緒に行軍させながら学校に帰してもらえばいいのです。
◇◇◇ 国王の巡行 ◇◇◇
1083年11月中旬、新国王クエナの巡行は無事に終わろうとしていた。
残念ながら、バルファーは襲ってはこなかったが、自分の元気な姿を地方貴族や民に見せることができた。巡行に出て正解だったと、沿道で手を振る民を見ながら、クエナ王は思っていた。
「王様、お疲れのこととは存じますが、この先の村で休憩をとってもよろしいでしょうか?兵たちを休ませねばなりませんので」
警備隊総司令官ヤッデンは、クエナ王にお伺いをたてた。
「構わんが、何か旨い飲み物は無いのか?毎日同じで飽きたのだが」
「申し訳ありません。村に着きましたら村長に用意させましょう」
ヤッデンは、王のワガママにも困ったものだと思いながら、飲み物のことをカワノ国務大臣に報告しに行った。
「この茶は旨いな!なんという茶だ?」
クエナ王は、熱い焦げ茶色のお茶を飲みながら村長に訪ねた。
「こ、このお茶は、まま、豆茶でございます。ごく普通の茶葉に少しだけ煎った豆を入れた、ほほ、本当に普通の豆茶でございます。もしも王様が他のお茶より、お、美味しいと感じられたのなら、それは水が美味しいからだと思います」
村長は平伏したまま、緊張した声で豆茶の話をする。
「なに?水だと?それはどんな水だ」
「は、はい王様、この村には【命の泉】と呼ばれる泉がございます。その泉の水を一口飲めば、10年寿命が延びると言われており、この村の者は長生きの者が多いのです」
村長は、長く伸びた自慢の髭を触りながら、自分の長寿をアピールした。
「王様、それは良いことを聞きました。この茶を飲んだのですから、我々の寿命も10年延びましたな」
ハッハッハッとカワノ国務大臣は笑いながら言った。隣でヤッデンも笑っている。疲れから不機嫌になりがちな国王の、機嫌をとる絶好の機会だと思ったのだ。
「あのう……大変申し上げ難いのですが【命の泉】の水は、寿命を延ばしたいと思う当人が、直接水を汲んで飲まなければ御利益がないのです」
正直者の村長は、つい真実を話してしまい、国王以外のお付きの者から「要らぬことを言うな!!」的な視線を浴びせられ、10年は寿命が縮んだと思った。
「巡行もあと3日だ。少しくらい寄り道をしても構うまい。村長よ、その泉に案内せよ」
国王クエナは5、6人の従者を連れて、〈命の泉〉に向かうことにした。
泉は神秘的な輝きを放ち、辺りの古木の葉が風に揺れている。空気はピンと清み、妖精が住んでいてもおかしくない幻想的な風景が広がっていた。
泉に到着した国王は、早速ひしゃくで水を汲んで飲んだ。
「おお!なんと旨い水だ!皆も飲んでみるがよい」
国王の言葉に従い、カワノ国務大臣や警備隊と軍の上官も、泉の水を飲んだ。そして口々に旨い旨いと言いながら、ガブガブと飲んだ。
『10年寿命が延びれば、あと7ヶ月など心配しなくても済みそうだ』
13ヶ月在位の言い伝えが、クーデター以来ずっと心に重くのし掛かっていたクエナ王は、心が軽くなった気がした。
国王巡行団が村を発った後、村長始め村人たちは、何事もなく一行が通り過ぎてくれて、安堵の溜め息をついていた。
他の町や村からの知らせでは、国王や上官の機嫌を損ねた場合、詫びや罰だと言って、作物や金品、最悪な場合は若い娘を差し出せと言われると聞いていたのだ。
「村長、でも良かったのですか?【命の泉の神の神判】のことを話さなくて……」
村の巫女は、心配そうに村長に訊ねた。
「そんな話をして、機嫌を損ねたらどうする。わしには村人を守る義務がある」
村長は村人の命の方が、王の命より大切だった。
【命の泉の神の神判】それは、泉の側の石板にきちんと書かれていたのだが、国王と従者は誰も見ていなかった。
◆正直者が飲むと10年寿命が延びるが、悪人が飲むと3ヶ月以内に死に至る◆と石板には書かれていたのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




