新王クエナ
1083年5月7日未明、クーデターは成功した。
カワノ公爵指揮の元、皆が寝静まった城内に潜入したのはわずか30名。
国王側の死者は、国王アナク、王妃、王姉サキナとその夫エルフ公爵、マサキ公爵、マイヤー侯爵夫妻、従者、侍女、警備隊員を含む27名、対して王弟クエナ側の死者は、傭兵、警備隊員、軍人を合わせてたったの5名だった。
警備隊総司令官ロイガは、昨日の軍学校教官ギニの話を聞いてから、言い知れぬ不安に襲われ、朝早く王宮に登城した。そしてそこで見たものは、レガート軍と、排除したはずの反国王派の警備隊員による王宮占拠だった。
「新王クエナ様の命により、これより先にはお通しできません。もしも入城する者あれば斬り棄てよとの命令です」
外門の前で勝ち誇ったようにそう告げたのは、レガート軍指揮官ハグウェルだった。
「それから、あなたはもう警備隊総司令官ではありません。今日からこの私、ラック・トデ・ヤッデンが警備隊総司令官なのです」
そう言いながら、ハグウェルの後ろから出てきた男は、かつての部下であり、王宮警備隊長、そして1週間前に地方に移動させた反国王派の人間だった。
「お前たち!王様を、アナク国王様を拘束したのか!?そんな、そんな悪行が許されると思うのかー!」
ロイガは怒りで身体を震わせながら叫んだ。
回りに居た兵士たちは、悪行という言葉に思わず俯く者もいた。配備されている兵士たちは、皆がみな反国王派の者ではない。上官の命令に従い、仕事としてこの場に立っている者の方が多いくらいなのだ。
「その質問には、私が答えよう」
そう言って、ハグウェルとヤッデンの前に、1人の見知らぬ男が出てきて叫んだ。
「我々は、悪政により国を滅ぼそうとした王を討ったのだ!正義は勝ったのだー!」
その力強い声は、早朝の外門から内門まで響き渡った。
『正義だと?何を言ってるんだこいつは!』
「ウォー!!俺たちの正義が勝ったんだー!」
外門と内門を取り囲んでいた反国王派の兵士たちが、勝ちどきをあげた。するとそれに呼応して、残りの兵士たちも勝ちどきをあげた。この瞬間、兵士全員に妙な連帯感が生まれてしまった。
兵士たちの不安を打ち消し、国王を討ったことが正義だったと、絶妙のタイミングで叫んだその男。勝ち誇ったように、王暗殺を宣言したその男は、軍服を着たギラ新教大師ドリルだった。
ロイガは、直ぐにその場を逃げるように立ち去った。いずれ自分は処分されるだろう。惨めさと悔しさと、国王一家を守れなかった非力さに、涙が止まらない・・・
いっそ自分だけでも戦うべきではないのか!?とか、レガート軍の同胞の帰還を待って戦うべきか、はたまた死んで国王様や殿下に詫びるべきか・・・などと、ヒミ川のほとりで人目につかないようにして、泣きながらこれからのことを考えていた。
すると、川岸の道を走るレガート軍の小隊と思われる軍人たちの声が聞こえてきた。
『もう、追っ手が来たのか?』
ロイガは身を低くし、草むらに身体を隠した。
「バルファー王子は馬で逃げたらしい!この先の川原に馬場があるから、ありったけの馬を用意して、ミノスへ捜索へ向かうぞ!」
そう言いながら、小隊は走り去って行った。
『・・・今なんと言った?確かバルファー王子がミノスへ逃げたと聴こえた・・・』
ロイガは立ち上がり走り出した。この時灯った希望の光を神に感謝し、生きていてくれたバルファー殿下に感謝した。新な目標と使命を胸に、もう2度と悔し涙を流さないことと、打倒偽王クエナを心に誓う。
その日の正午には、新国王誕生と新体制が国中に発布された。
それと同時に、掲示された触れ書きには、以下の3つが記されていた。
1、逃亡中の大罪人バルファー・レガートを、捕らえた者には褒美をとらせる
2、新政権に異議ある者、または逆らう者は反逆者とする
3、貴族税を2割軽減し、国民及び商工業者に対し、新しく国防税を課す
王妃の誕生会出席のために王都に来ていた貴族たちは、そのまま新王即位式に出席することとなった。
国王派でも王弟派でもない貴族たちは、掲示された触れ書きを読み、反逆者になるわけにもいかず、ただ従うしかなかった。
クーデターという名の暗殺は、人々にかなりの恐怖を与えたようである。
異議を唱えただけで反逆者になるなど、これまでのレガート国の国政の中でも、最悪の強権であることは、誰の目にも明らかだったが、恐怖の前では誰もが閉口せざるをえなかった。
帰還中の国王派レガート軍の上官や兵士たちは、クーデターを知り血の涙を流し怒りに震えたが、なんの行動も起こさなかった。
帰還後は新王の命に従い、国王派だった上官たちは降格となり地方に飛ばされ、兵士たちには嫌な任務が与えられたが、必死で耐えた。
国王派の彼等が強行に及ばなかったのは、バルファー王子が生きているという希望があったからだった。
警備隊総司令官だったロイガは、7日の昼前には出奔していた。信用できる部下数名を連れ、レガート国とカルート国の国境に伸びる、広大なレガートの森へと向かっていた。森に紛れてバルファー王子と合流し、活動の拠点を築くためである。
レガートの森は、王都ラミルの南に位置するランドル山脈の麓のカイの街から、水の都ミノス、北北東にあるマキの街まで伸びる縦長の森で、マキの街に近付く程深くなっていた。
『もしも殿下に危険が迫った時は、マキの街に潜ります』という昨日のギニの言葉を信じての行動だった。
街道を通って北のマキの街に向かうと危険なので、わざと東へ向かいミノスに近い森から入り、そこから北へ進んだ。
狙い通りバルファーの捜索部隊は、ロイガがミノスに向かったと思ったようで、捜索の手はミノスとカイの街へと集中してくれた。
ミノスの街は暗殺されたエルフ公爵の領地であり、カイの街も暗殺されたマイヤー侯爵の領地であった。バルファーを可愛がっていた2人の領主の、どちらかの街に潜むだろうと新政権は考えていた。
領主を殺された領民なら、バルファーを喜んで匿うだろうと思うのは、普通なら間違ってはいない。2人の領主は、領民からの信頼も厚く、とても好かれていたのだから。
◇◇◇ クエナ王 ◇◇◇
「王様、我々の悲願であった、貴族による高官の独占をお許しいただき、ありがとうございました」
新王の前で礼をとり、感謝の意を述べているのは、新国務大臣のカワノ公爵だ。
「私は約束は守るよ。それより王子マヌルはレガート軍特別総司令官で良いのか?」
新国王となったクエナは、前より高く設置された王座から質問する。高い場所から話をすることに優越を感じているクエナである。
用意された王座は金箔が施され豪華になり、兄アナクよりも臣下に慕われていると思えた。
「はい、特別総司令官と申しましても、月に1、2度会議に出席したり、行事を観覧していただければ良いのです。それだけで兵士たちは歓び、士気が上がります。尊敬する皇太子殿下の目にとまりたいと、奮闘することでしょう」
そう答えたのは、これまで無かった国防大臣というポストに就いた、前レガート軍総司令官のレイモン公爵だった。
国防大臣は、レガート軍と警備隊の両方を指揮する立場であり、新しくできた国防税を管理する立場でもあった。
「レイモン大臣、私が軍の特別総司令官でいるのは1年だけだ。来年からは財務大臣となり、王様を助け国庫を富まさねばならぬからな!」
マヌル殿下は、王座のすぐ下の段に新しく設けられた皇太子の椅子に座って、はっきりと申し付けた。
「承知いたしております。されど殿下には、次期国王として学んで頂くことがたくさんございます。先ずは新しい大臣や高官たち、地方の貴族との繋がりを強めることが大切です」
レイモン公爵とカワノ公爵は、【次期国王】という魔法の言葉でマヌルを管理すると、上手くいくだろうとギラ新教大師ドリルから助言を受けていた。
「分かっておるわ!」
マヌル殿下は、【次期国王】という言葉に気を良くしながら偉そうに応えた。
2人の大臣が去った後、国王となったクエナは、息子マヌルに言った。
「私が国王になったのは、お前を1100年以降に国王にするためだ。そして私が国王になれたのは、貴族たちの話をきちんと聞いてやったからだ」
国王クエナは、息子マヌルと一緒に地下神殿にやって来た。
地下神殿の《言い伝えの石板》は、王家直系だけが見ることを許されたものだった。
王子として生まれてこなかったマヌルにとって、初めて見る王家の秘宝である。
レガート国民でも知っている、【13ヶ月間在位できないで王は、真の王にあらず】という言い伝えは、もちろん知っていたが、正式な全文は初めて読んだ。
そして知らなかった、もうひとつの言い伝え。
【左から同じ数字が2つ以上並ぶ年、新しい王が即位すれば、国は栄える】を見て、父であるクエナ王の、先程の言葉の意味を理解し、父の本当の願いを知った。
王子となったマヌルは、新たな目標を胸に刻んだ。
『1100年以降に即位し、私は必ず名君になる。そのためには国王である父を、1100年まで即位させ続けなければならない』と。
一方、国王となったクエナは、石板を見てふと不安になった。
兄アナクは病気もケガもなく、何を気にするでもなく、普通に13ヶ月を過ごしていた。そして国民からも認められ国王となった。その時点では、兄アナクは偽王ではなかったはずだと・・・
『なにがなんでも、13ヶ月間を健康で過ごさなければならない。自分が王になったことが、正しかったのだと証明するために』
クエナ王は、ふと思った不安を打ち消し、笑顔で真の即位式を迎えることを《言い伝えの石板》に誓った。
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